10話 「あのね、あたし…」
そろそろ準備しようかな。
時計は17時ちょうどを指している。
部屋の窓から外を見てみると、夏祭りに向かっているであろう人たちがチラホラ。
今日の祭りは、地域では一番の規模で、出店もかなりの数あるし、陽が沈むと花火大会も行われる。
このあたりに住んでる人なら、みんな一回は行ったことがあるんじゃないかな。
かくいう僕は、なんだかんだで毎年行ってる。もちろん、いつものメンバーで。
そして今年も…行くんだけど。
(恭介…緊張してるだろうな。)
まるで自分のことのように考えてしまう。結局、あの日を最後に恭介からは相談を受けていない。
まあ、やると決めたら突っ走るやつだから、そこは心配しなくていいだろう。
それにこれはあの二人の問題だ…今日は脇役に徹するとしよう。
頑張れよ、と一言だけ個人メッセを送る。するとすぐに返事が返ってきた。
「おう!サンキューな!」
サッパリしているように見えるけど、なんだか言葉以上にアツい友情を感じた。
リビングに行くと、美愛が母さんに髪飾りを付けてもらっていた。
浴衣も着付けてもらっていて、気合が入っている様子。
「あら、晴太もお祭り行くの?気を付けて行ってらっしゃい~」
家を出て、集合場所の公園に向かう。
その間、色んな人とすれ違った。両親と手をつないで楽しそうに笑う子供。冗談を言い合って笑う学生の友達グループ。ちょっと恥ずかしそうに手を繋いで歩くカップル。
形は違えど、お祭りに行く人は、みんな笑顔だ。
「高田神社」という名の神社が、この近くにある。
かなり長い歴史があって、だいたい300年前にできたものらしい。
元々この周辺の地域は、農耕で栄えた場所で、それの豊作を祈る祭りを定期的にしていたものが、形を変えつつも今の時代にまで受け継いでいる…っていうのを小学生の時に習った。
その神社は小高い丘の上にあって、そこを起点に市街地まで降りてくる階段を通って、最終的に川沿いの道まで出店がズラッと並ぶ。
川の土手から丘の方を見上げると、オレンジ色の明かりがずっと上まで続いていて、とても幻想的な風景を演出していた。スマホを取り出して、その様子を写真に収めようと、カメラアプリを起動する。
そうしてレンズ越しに目の前を見ると…。
「あ、綾寧?」
思わぬ人物がそこに現れ、反射的にシャッターを切った。
見慣れた顔のはずなのに、ほんの一瞬、誰かと思ってしまった。
その原因は明らかだ。
赤い花柄の浴衣は見事に整えられていて、淡い桃色の帯がそれを引き立てている。
いつもの様子からは想像できない大人っぽさを感じさせるけれど、頭のお団子ヘアーにはデフォルメされた魚の髪飾りがあしらわれていて、いかにも綾寧っぽい…。
それでも、去年までとは比べ物にならないほど、その姿は大人びていて…綺麗だ。
「ちょっと…黙ってないで感想言ってよー」
指で髪の毛をくるくるしながら、上目遣いで恥ずかしそうにこちらを感想を求めてくる。
いつもの綾寧と話してる気がしなくて、調子が狂う。
「うん…。すごく似合ってると思うよ」
僕にはそんなありきたりな誉め言葉しか出てこなかった。
それでも…彼女は。
「えへへ…ありがと、晴太!」
満面の笑みでそう言ってくれた。
そのまま公園に向かうと、思いのほか同じように待ち合わせをしている人で賑わっていた。
パッと見渡しても、みんなを見つけられそうになかったから、グループチャットに現在地の写真を送って、残りのメンバーを待つことにした。
「カップル、多いね」
突然、綾寧が口を開いた。まあ、デートでこういう夏祭りに来る人は多いだろうけど、それを言われてもどうリアクションすればいいか分からない。
「そ、そうだね」
…。言って、しばらく沈黙の時間が流れる。おかしいな…、いつもならもっと会話が弾んで、盛り上がるはずなのに。なんというか、いつもより大人しい。
「晴太はね、好きな子とか…いないの?」
今、僕には好きな人とか、気になってる人とか…。そういう類の人物はいない。もっと言うと、恋愛とか恋人というものに自分は関係ないと思っている。
「僕は…。いないかな。」
恋愛もののアニメとか漫画はよく見るし、面白いと思う。
勇気を出して仲良くなって、どこかに遊びに行ったり、同じ時間を過ごして仲を深めて。
そして二人の気持ちが通じ合って、結ばれる。
そういうのって、美しくて…なんか素敵だ。
でも…「現実」に「僕が」そうなれるかと言われると、全く自信がない。
勉強とか、運動とか…それらができなくても、何かしらの魅力とかがあるなら、誰かを振り向かせて、好きになってもらえるだろう。
でも、僕には何もない。現に誰かに告白された経験もないわけで。
それに、自分に自信のないやつがどうやって自分以外の誰かを幸せにしてあげられるというんだ。そんなの烏滸がましいなんてものじゃない。
つまるところ…。僕には誰かを好きになる〝権利〟がないってことだ。
「あたしはね、いるよ。好きな人。」
え、そんなにあっさり教えちゃっていいの…?好きな人がいること自体は知ってたけど、今度は違う角度で驚いてしまった。
「へ、へぇー!そうなんだ、それはびっくりだよー」
あくまでも、今初めて知った設定じゃないと辻褄が合わない。できる限りそう演じてみる。
綾寧の好きな人、か。
彼女は持ち前の明るい性格で、誰とでも分け隔てなく仲良くできる。
勉強はダメだけど、スポーツは得意。周りに気を遣えるし、無償の優しさをみんなに与えられる…、とても良い子だ。
そんな綾寧が好きになるような人は…、どんな人なんだろう。
「あのね…。今日、聞いて欲しいことがあってね…、あたし…」
そんなことを考えていると、いきなり綾寧はこちらに目線を合わせて、何かを言いかける…が。
そのタイミングで、残りのみんなが合流してきた。
「おっすー!探すの苦労したぜぇ」
「ごめんなさい、用意に時間がかかっちゃって…」
鏡花も水色の浴衣に身を包んでやって来た。こっちも…めちゃくちゃ似合ってる。翔なんて右手にわたあめ、左手に焼き鳥を持っていて…すでに祭りを満喫している様子。全員揃ったことだし…そろそろ行くとしようか。
でも、その前に…
「綾寧。何の話?」
さっき言いかけてたから、その続きを聞こうとする。
「…ううん、やっぱ良いや!ささ、まず焼きそばから行くよー!」
さっきまでとは打って変わって、いつものテンションに戻った。そんなに大事な話じゃなかったのかな…?
花火が打ちあがるまでの間、僕たちは屋台グルメを堪能した。
袋を振って味付けするフライドポテト、好きなんだよね。
それ以外にも射的とか金魚すくいとか…お祭りならではの体験でワイワイ盛り上がった。
いつだって楽しい時間は一瞬だ。




