7 アイスポックス
わたしは誰に対して、いや、なにに対してあんなにも全力で歓迎の意を表してしまったんだろう?
わたしはぎこちなく作った笑顔を貼り付けたまま、その場に固まってしまった。
「お父さん、これ……?」
ソファに横たわっていたのは、絡まり合ったプラスチックと金属の塊だった。
白くて細長い部分がいくつかあるから、それがなんとなく人間の腕や足の骨みたいに見えるといえば見える。だけどこれを人というにはあまりにも……。
「そう、この人に会ってほしかったんだ」
父さんは楽しそうにいった。
どうしちゃったんだろう?わたしが学校に行かなくなったことで、父さんまでおかしくなってしまったんだろうか?
そんなつもりじゃなかったのに。
父さんに心配をかけることはわかっていたけど、おかしくなるのは自分だけだと思っていたのに。それどころか、自分がいなくなれば学校はまたいつもどおりになって、わたし以外の世界はまた普通になるんだと思っていたのに。
「どう思う?」
父さんは楽しそうにいった。
「どうって……」
どう思うもなにも、自宅のソファにガラクタを置かれて、父親がそれを嬉々として娘に紹介している状況は、それはそれはアブナイ状況にしか思えない。
そんなわたしにお構いなしに、父さんはガラクタに向かって話しかけた。
「アイスポックス、ご挨拶して」
え、話しかけるの?それに、なにその名前?どこの国の人?
そりゃ父さんはこのガラクタを人だと思い込んでるらしいから、話しかけもするんだろうけど、父さんの頭の中では会話が成立しているんだろうか?ああ、でも幻聴ってどこからともなく音や声が聞こえてくるんだっけ?だとしたら対象物があるぶん、父さんはまだましなのかも。いや、もしかしたら逆に重症なのかも知れない。
それにしても「ご挨拶して」って、やっぱり父さんはこのガラクタを自分の婚約者だと思ってるんじゃない?わたし、ガラクタをお母さんって呼ぶ自信ない。
「はじめまして、ミサキ」
そのとき、声がした。父さんとは違う、かといって女性のものでもない、もっとずっと中性的な声。
父さんの唇は動いていなかった。一瞬、父さんが腹話術でもしているのかと思った。でも父さん、そんな特技持ってなかったはず。
「はじめまして、ミサキ」
わたしが呆然としていると、ふたたび声が聞こえた。そして今度は、声の主がはっきりとわかった。
目の前のガラクタだ。声はあきらかに目の前のガラクタから聞こえてくる。そしてご丁寧なことに、自らの存在を主張するかのように埋め込まれたインジケータから青い光を発していた。
「お父さん、これって……」
「そう、これがお父さんが作っている人工知能、名付けてアイスポックスだ」
父さんはまるで大観衆を前にしているかのように両手を広げた。
「はじめまして、ミサキ。わたしはアイスポックスです」
無表情とはいえないまでも、妙に抑揚を欠いた声がいった。その声にともなって、青い光が明滅する。
「これが、人工知能?」
人工知能っていうのは、もっとこう、コンピュータ然としたものじゃないの?それかもっと、映画で見るアンドロイドみたいな形をしているものでは?
「うん、まあ、プログラムの方はけっこういい線までいってて、自律的に物事を考えるし、それに好奇心もある。いまはまだ、そういうふうにプログラミングしたからって段階に過ぎないけど。それでもいろんなことを知ろうとするし、知れば知るほど賢くなっていくよ。いろんな意味でね」
わたしはあらためて、父さんが誇らしげに人工知能だと呼ぶ物体を見た。
最初の印象どおり、腕といえば腕、足といえば足に見えるパーツもある。そのあいだには関節のようなパーツも挟まっている。だけどやっぱりアンドロイドには見えない。
父さんは人間のように思考するコンピュータを作っていたんじゃなかったっけ?そしてそのためには身体性が不可欠だとかなんとか。だから人工知能と人工身体の両方を並行して開発していたんじゃなかったの?
「これが、人工身体なの?」
ソファに横たわる巨大な知恵の輪にしか見えないそれは、古い映画に出てきた人間を攻撃するアンドロイドとは違ってずいぶん痩せ細って見える。これではとても人間を襲うどころか、自分で立つことすらできないんじゃないだろうか。
「ええっとね、人工身体の方はまだその、自立して動けるようなレベルじゃないんだ。立ったり歩いたりできるロボットはあるけど、まだ人間と同じレベルで動いたりはできない。うちの研究所もまだそこまではいってないんだ」
父さんが申し訳なさそうにいった。いったいなにに対して申し訳なく思っているのかわからなかったけど、きっと科学とか工学、もしかしたら人類全体に対してなんていう壮大なことを考えているのかも知れない。
科学者——父さんは自分を「技術屋」といっていたけど——の常で、父さんは考えのスケールが大きい。それも意識してそうしているのではなく、頭の中が自然とそうなっている。
だから、「これが完成したら誰も危険な仕事をしなくてすむようになる」とか、「人間の代わりに深海で資源の採掘ができる」とか、「もし人類が滅んでも文明を受け継いでくれる」とか、平気で壮大なことをいう。その一方で、「納豆はあっちのスーパーの方が安い」とか、「風呂は沸かし直しより追い炊きの方が安くつく」とか、「靴はちゃんとブラシをかけると何年ももつ」とかっていう話もする。実行はしないけど。
そのあいだをなんの抵抗もなく行ったり来たりするから、わたしはついていくだけで目がまわってしまう。
今回もそうだ。自分で考えることができるコンピュータができたなら、それでいいじゃない。まだまだ初歩的なものだとしても、ある程度のものができているなら、それを誇っていいじゃないか。
ところが、父さんはそうではないらしい。
「でも、こんなので自分で考えることができるなんて、すごいじゃない。わたし、人工知能ってもっと大きなコンピュータが必要なんだと思ってた」
父さんが連れてきたこの「人」は、ほとんどフレームだけでできている。高度な自律思考を実現するにはよほど大きなコンピュータが、それこそビルのワンフロアを占有するようなスーパーコンピュータが必要になるとばかり思っていたわたしは、素直に驚いていた。
「ああ、それなんだけどね……」
父さんは気まずそうにいった。
「実は人工知能の本体の方はこっちでね」
おずおずと指さす方を見てみると、ガラクタの中に楕円形の部品が置かれていた。大きさも形もほぼハンティング・キャップほど。他のパーツと同様、金属なのか樹脂なのかわからないけどとにかく白い物質でできたそれは、部屋の明かりを照り返してつやつやしている。そしていちばん広い面に、父さんの研究所アニマテックのロゴが控えめに印刷されていた。
「このバックパックにバッテリーとコンピュータ本体が入っていて、ソファの上にあるのはその駆動部分というか、とりあえずの身体部分というか……」
なるほど、この細いフレームの中に自律思考をする人工知能を収めることはできないのか。それにしたってこんな小さなパーツの中に最先端の人工知能が収まってるって、それってとってもすごいことなんじゃないかな。
わたしは素直にその感想を口にした。
「うん、そうだね。ここ数年で量子コンピュータが進歩したおかげだね。たぶんこのレベルの人工知能を旧来のコンピュータで実現しようとしたら、都庁くらいの大きさのビルがいる。
それを考えると、量子アニーリングを実用化レベルまで持っていってくれたシャクラバティ博士にはどんなに感謝してもし足りないよ」
ごめん、ちょっとなにいってるかわからない。でも、すごいことはわかった。
「ただね、人工身体の方があまり進展しないおかげで、人工知能に身体性を理解させるのがむずかしいんだ」
それは、父さんがたびたびいっていたことだった。
父さんはこうもいっていた。人と人がわかり合えないのは、結局は互いが個別の存在だからなんじゃないか。個別の存在だから互いの身体感覚、別の言い方をすれば肌感覚が共有できなくて、そこに齟齬が、対立が生まれるんじゃないかって。
かといって、じゃあお互いの意識が溶け合ってしまえばいいかというとそんなことはなく、むしろ違いがあるからこそ意味があるんじゃないか、そんなこともいっていた。
ただ人工知能に人間の感覚を教えるためにはそれが大きなネックになっていて、ディープラーニングで、「これは猫、これは犬」と教えるのとはわけが違う。
どういう場面でどういうふうに人間が感じるか、どう動くのか。それを理解させるにはどうしても人間と同じか、少なくとも似通った物理的な身体が必要になる。
「そこでだね、ミサキにお願いがあるんだけど」
父さんはおずおずといった。まるでこれから怒られることがわかっているイタズラを告白する子どものように。
「しばらくこれを着けて生活してもらえないかな」
父さんはフレームだけの人工知能を指さしていった。
「着けてって、このガラクタ……、フレームを?」
せっかく家にいるんだし、とは父さんはいわなかった。もちろん父さんはそんなふうには思っていないだろうし、思っていたとしても、そして実際にいわれていたとしても、わたしはなんとも思わなかっただろう。
だって実際、わたしは学校にも行かずに家にいるんだし、なんにもせずに時間だけを消費しているのはこの上なく心苦しい。家事以外でなにか父さんの役に立つことがあれば願ったりだ。
だけど、こんなことにすらわたしは役に立てそうにない。
父さんがわたしにこれを着けさせたがっているのは、人工知能に人間の身体感覚を教えたいからだ。だけどわたしには、教えられる身体感覚が半分しかない。
わたしの足は動かないからだ。
うんと小さい頃、わたしは普通に歩き、普通に走り、普通に立ったり座ったりしていた。それがある日突然、普通でなくなった。何年も前のその日から、わたしの足は動くことをやめてしまった。
事故だった。
毎日、どこかで起きているような、ありきたりの交通事故。
ニュースになることも、ネットを騒がすこともないような、誰の注目も集めない事故。
だけどその事故で、わたしの人生は変わってしまった。
信号のない交差点でぶつかり合った二台の車。そのうちの一台がよろよろとわたしの方にやって来て、小さかったわたしは避けきれずにコンクリートの壁と車の間に挟まれてしまった。
小さなわたしの骨盤は見事にぱっくりと割れ、そのぶんきれいにくっついた。だけどなぜか歩行機能は回復せず、何度歩こうとしてもわたしはぺたりと尻もちをつき、動けなくなってしまった。
お医者さんの診断は「転換性障害」、中でも「心因性歩行障害」といって、要するに原因は不明だけど精神的なものでしょう、と。
それ以来、わたしの足は役に立ったことがない。ただの錘でしかない。今度もそうだ。わたしの足は、父さんの役に立つことができない。わたし自身が父さんの錘にしかなれない。
「お父さん、わたし、これ着けてもその……、人工知能のためにはならないんじゃないかな……」
役立たず、とわたしは心の中で自分を罵った。
「だってほら、わたし、足が動かないし。人工知能が上半身の動きばっかり学習しても困るでしょう?」
「それがそうでもなくてだね」と、父さんはアイスポックスを持ち上げながらいった。
その様子はどこかで見たことがある。ああ、キャンプのときに使う折りたたみ式のテーブルだ。フレームの中にゴムが通っていて、組み立てたときにはいいけれど、バラバラにしたときにはどうにも始末に負えないやつ。あのゴムはショックコードっていったっけ?
「まあ一回、着けてごらんよ」
父さんはそれこそ折りたたみ式のテーブルを扱うような仕草で、アイスポックスをわたしの身体に装着していった。
まずは上半身をかがめてバックパックを背負い、そこに腕とおぼしきパーツを連結する。パーツはベルトで肘と手首のところで固定されるようになっていた。
そして、いよいよ足のパーツ。
バックパックから下に伸びたフレームはおしりを左右から挟むようになっていて、そこに足のパーツを連結する。座ったままこれをやるのはちょっとたいへんだった。そして腕と同様に、膝と足首の部分で固定する。足首から先は、足の裏から甲を覆うようになっていて、甲の部分のベルトで締め付け具合を調節できた。
「痛くない?」
父さんは各ベルトを入念にチェックしていった。そして、「ちょっと立ってみて」といった。
立てるわけがないのに。わたしの足は動かないのに。わたしは役立たずなのに。
「いいから」
戸惑うわたしに、父さんはうながした。
わたしは病院でのリハビリの要領で、車椅子の肘掛けを両手で下に押した。普段、ソファやベッドに移るときは、もうちょっと雑にやる。そこに倒れ込もうがなにしようが構わないからだ。
だけど今回は、父さんは立てといっている。だから病院で平行棒を使ったリハビリをするときみたいに、腕の力でまっすぐに身体を持ち上げた。
だけど、それだけだ。
それだけなんだ、わたしにできることは。
父さんに立ってみてといわれても、わたしは両腕で自分の身体を持ち上げることしかできない。やっぱりわたしから人工知能に教えられることはなにもない。
わたしはゆっくりと身体を戻し、車椅子の座面に腰を下ろした。
「アイスポックス、ちょっと手伝ってあげて」
父さんは、今度はわたしではなくわたしの襟元に向かっていった。無意識にその目線を追って見ると、わたしの首の付け根あたりのフレームに小さなレンズがついていた。。どうやら、これがアイスポックスの目、カメラらしい。そのカメラの横にはもっと小さいレンズがついていて、こちらはさっき青く光っていたインジケータだ。
そのインジケータが明滅して、「わかりました」と答えた。
「さ、もう一回」
父さんはインジケータの明滅を見ていった。
わたしはたぶん、ちょっと嫌な顔をしたと思う。それは父さんの言葉が嫌だったのではなく、身体を持ち上げることが嫌だったのでもなく、自分が役立たずだと確認するのが嫌だったからだ。
ところが。
わたしがふたたび肘掛けをつかんで力を入れると、いや、力を入れようとすると、驚くほど軽やかに身体は車椅子を離れた。
羽根のように軽く、という言葉の意味をわたしは身をもって知った。
肘掛けを握る力を込めてはいるものの、身体を持ち上げるのにも、こうして支えているのにも、わたしはほとんど力を使っていない。
驚いて父さんの方を見ると、父さんは満足そうに笑っていた。
「アイスポックスにはね、人間の動きを補助するモーターがついてるんだ」
「でも、いったいどうやって?」
「どうやってって、人工知能だから」
なんという雑な説明。確かにそれはそうなんだろうけど、人工知能が人間をどう補助すればいいかを判断するためには動きをモニターすることが必要で、首元のカメラだけでそんなことができるとは思えない。
「種明かしをするとね、アイスポックスのフレームにはところどころに筋肉を流れる微弱な電流を感知するセンサーがついてるんだ。そうそう、ちょうどそういうところ」
わたしは身体をひねってフレームが二の腕にあたる辺りを覗き込んでみた。するとそこには鈍く光る小さな電極のようなものがいくつか並んでいた。
父さんの話だと、白く見えるのは金属フレームを覆う樹脂で、それは装着する人が冷たく感じないようにという配慮らしい。それに、真夏に直射日光を浴びても触れられないほど熱くならないようにだとか。その樹脂のところどころに並ぶ円形の銀色部分が電極になっているのだ。
たったこれだけのもので、筋肉の中に埋め込むのでもなく接しているだけで微弱な電流を感知できるなんて。
それにもまして驚いたのは、わたしにした説明以上に雑な父さんの指示だ。この人工知能は「ちょっと手伝ってあげて」なんて曖昧な指示を正確に理解して、的確な判断を下した。
そのときのわたしには、「なんだかすごい」くらいしかわからなかったけど、この指示には人工知能には苦手な要素が二つも含まれている。
ひとつは「ちょっと」という言葉。これは定量的にも定性的にも曖昧だ。人間なら、「ちょっと」といわれれば「多くない」という判断はできるけど、それが必ずしも「少ない」ということにはならないし、多くないにしてもどれくらいなのかはさまざまな要因によって左右される。ましてや「ちょっと」なんなのか、というのは文脈を理解していないと適切に判断できない。
もうひとつは、「手伝う」という言葉。あまりにも漠然としていて、この言葉だけではほとんど意味をなさない。文脈だけでなく、状況全体を正しく理解して初めて解釈できる言葉だ。
それを、この人工知能はあっさりとやってのけた。
わたしは漠然とした驚きとともに、中腰のような姿勢からゆっくりと身体を沈めた。その間も、握力以外はほとんど力を使っていない。アイスポックスはわたしがどれだけの力を出しているかを感知しているだけでなく、わたしがなにをしようとしているかまでわかっているんだ。
「でも、立ち上がるのは無理だよ」
わたしはふたたび無力感に苛まれていた。だってアイスポックスはわたしの動きを感知して、その動きをサポートすることはできる。なんなら、その先を予測することまで。
だけど、それはわたしが動こうとしての話だ。わたしは、わたしの足は、そもそも動こうとしてくれない。それに、アイスポックスにできるのはあくまでもサポート。事実上足の筋力ゼロのわたしが立ち上がることはできないだろう。
そう思った瞬間、アイスポックスが言葉を発した。
「立てます」
いうが早いか、わずかな駆動音とともに腰、膝、足首の各関節部に組み込まれたモーターが作動し、気が付くとわたしは二本足で立っていた。
父さんはニヤリと笑っていて、わたしはポカンと口を開けていた。
アイスポックスだけが無感動に、「立ちました」と告げていた。




