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ハンス 〜存在しなかったA.I.ストーリー〜  作者: わだだわ


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5 引き籠もりの理由

 翌日も、翌々日も、わたしは学校に行かず、家から一歩も出なかった。それどころか、ほとんど自分の部屋からも出なかった。

 この三日間でわたしがしたことといえば、掃除と洗濯と部屋の隅の壁紙が少し剥がれかけているのを発見したことくらい。ただその場所は天井に近い位置にあって、車椅子に乗ったわたしからはどうやっても手の届かないところだった。

 時計の針は焦らすようにゆっくりとしかまわってくれなかった。何度見直しても針がちっとも動いていないということが何回もあって、もしかしたらとバッテリーを疑ってみたりもしたけれど、秒針だけが動き続けるようなバッテリーの上がり方はありそうになかった。

 学校に行くというのが自分の人生のこんなにも大きな部分を占めていたのかと思うと、不思議なくらいだった。あんなに行きたくないと思っていたのに、いざ行かなくなってみるとその時間をどう過ごしていいのかわからない。

 音楽も、映画も、小説も、どれもこれもわたしの興味を引いてくれず、結局わたしはなにも考えずに手を動かしてさえいればいい掃除と洗濯に舞い戻ってしまうのだった。

 それでも、外出もしないのに洗濯物がそれほどたくさんあるはずはなく、シーツや布団カバーまで洗ってしまうと、もうわたしを洗濯機の前に連れて行ってくれる汚れ物はなにひとつ残っていなかった。

 そして掃除の方も、いよいよお風呂場のカビとりでもするか、爪楊枝を使って床の継ぎ目をきれいにするかくらいしかやることがなくなってしまった。

 わたしはこれからどれくらいこの退屈と付き合っていけばいいのだろう。もしかしたらもうずっとこのまま家にいるのかも知れない。そしてそのうち、退屈と感じることにすら飽きてしまって、もうなにも感じなくなるのかも。

 やがて笑うことも、泣くことも忘れて、自分が存在していることも忘れてしまうのかも知れない。それはきっと、リナの方でも同じなのだろう。

 リナもその取り巻きも、きっとわたしのことなど忘れてしまう。わたしをいじめていたことも、それどころかわたしが存在していたことも、きっと忘れてしまうに違いない。

 ああ、そうなのか。

 つい昨日まで、わたしは引き籠もってしまう人たちのことがわからなかった。外に出ればいいのに、新しいことを見つければいいのに、そんなふうに思っていた。部屋の外には、まだ見ぬ世界が広がっているかも知れないのに、なんて。

 でも、違うんだ。

 あの人たちは部屋の外に広い世界があることを忘れてしまっているんじゃない。そんなことは百も承知で、百も二百も承知で、自分がその中に存在していることを忘れてしまっているんだ。

 あんなにつらい思いをするくらいならいっそ自分のことを忘れてほしいと願い、その願いをせめて自分だけはと叶えてしまったんだ。

 だからあの人たちは、引き籠もっているんじゃない。外に出ないんじゃない。外の世界に出て行く自分がいなくなってしまっているんだ。

 その証拠に、今日のわたしは掃除機であり、食洗機であり、洗濯機である以外にはなにものでもない。掃除機も、食洗機も、洗濯機も、そこに「ある」けど「いる」じゃない。わたしはもう、車椅子の上に「ある」だけの存在だ。

 わたしの中にあるものがはらはらと部屋の中に散っていくような気がして、わたしは逃げ出すように二階に上がった。

 車椅子使用者のわたしは、本来ならずっと一階にいた方がいい。二階への上り下りという普通の人にとってはなんでもないことが、わたしにとってはひと苦労だからだ。いまだって、階段につけられた昇降機を使ってやっとのことで二階に上がっている。

 だけどわたしの部屋は二階にある。それはこの家を建てるときに父さんがそう要望したからだ。わたしは理由を聞かなかったし、反対もしなかった。

 ただなんとなく、見晴らしをよくしてやりたいのだろうと思った。車椅子に座ったままのわたしは、ただでさえ視点が低い。混んでいる電車になんか乗ろうものなら、途端にベルトの品評会になる。

 だからせめて、家にいるときくらい遠くが見渡せるようにしてやりたい。たぶん父さんはそんなふうに考えたんじゃないかと思う。

 でも、いまは。

 いまのわたしは遠くを見られない。

 以前はあんなに行ってみたいと思った遠い山並みも、くぐり抜けてみたいと思った街の並木も、いまはまるで窓枠に切り取られた絵のようにしか見えなかった。

 曇り空の下で、その絵は色も影も失っていた。

「さあ、これは何色に見える?」

 二年生になって選択した美術の授業、その最初の時間に先生はいった。暗幕を閉め、照明を落とした美術室の教壇の上にはコンクリートのブロックが置かれ、誰がどう見たってそれは見慣れた灰色をしていた。だからみんな、口々にそう答えた。

 ところが。

「光量が不足していると、わたしたちの目は正しい色を見ることができない」

 ニヤリと笑った先生が勢いよく暗幕を開けると、そのブロックはきれいなオレンジ色をしていた。

「わたしたちの眼球には錐体細胞と桿体細胞があって、色を見分けるのは錐体細胞。十分な光量があると、三種類ある錐体細胞が赤、青、緑の色を感じとってくれる。でも光量が少ないと錐体細胞は働かない。一方で桿体細胞は暗いところでも働いてくれるんだけど、あいにくこっちは色がわからない。だからみんなの目には、オレンジ色のブロックが灰色に見えたってわけだ」

 あとは先入観だな、と先生はつけ加えた。そして、「この色に塗るの苦労したよ」とコンクリートブロックを撫でた手を生徒に向けると、その手のひらはオレンジ色に染まっていた。

 生徒を驚かせるためだけにそんな手の込んだ準備をしていたというのがなんだかおかしくて、美術室にいた生徒たちはみんな声をあげて笑った。

 ああ、これも学校の思い出だ。あれから、ふた月しか経っていないなんて。

 あのときは、先生が暗幕を開けた途端に色が戻った。コンクリートブロックのオレンジも、ホワイトボードの白も、机の茶色も、誰かのキーホルダーのピンクも、カーディガンの水色も。

 でもいま、わたしが見る風景には色がない。カーテンを開け放っているのに、この部屋の中にさえ色があるようには思えない。

 わたしは、間違っていたのかしら?

 たとえいじめられるとわかっていても、それでも耐えて学校に通い続けるべきだったのかしら?

 電動車椅子の上に「ある」ことにすら耐えられなくなって、わたしはベッドに身を投げ出した。

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