25 停電
「どうしてリナがうちに来るの?」
自分でも、嫌な声が出たのがわかった。探るような、訝しむような、警戒するような、おびえるような。
『リナちゃん、いま連絡が取れないらしいの。花火を見に行くって昼過ぎに家を出て、それからしばらくして連絡が取れなくなったって。何人か一緒らしいんだけど、その子たちとも連絡が取れないの。先生たちもあちこち探してて、それでうちにも連絡が来たんだけど』
叩き付けるような雨の音が、わたしの猜疑心を責め立てているように聞こえた。
わたしはほんのわずかに心に浮かんだリナへの心配を頼りに、なんとか自分に悪態をつかずにいられた。
時計の針はもう七時半をまわっていた。
晴れていればまだ空に残っているであろう陽の光は分厚い雲に遮られて暗く、雨はまるで闇から降ってくるように見えた。
「誰かの家に集まってるんじゃない?それか、どこかのファミレスかカフェにでも入ってるんじゃ?」
『それがね、誰の家にもいないらしいの。リナちゃんと一緒に花火を見に行くっていってた子たち、誰とも連絡がつかないって』
それは予想された答えだった。誰かの家か、ファミレスにでも入っているのならなんらかの形で連絡がつく。
じゃあ、連絡がつかないんじゃなくて、意図的に連絡を絶っているとしたら?その子たちで申し合わせて、どこかに遊びに行ってしまったのでは?花火大会にかこつけて、本当はどこか別のところに遊びに行ったとか?だから雨で花火大会が中止になって、いまその計画がバレそうになっているのでは?
そこまで考えて、わたしは頭を振った。
リナなら、そんなまわりくどいことはしない。どこかに出かけたいのなら、親が反対しようが先生がダメだといおうが、「行ってくる」のひと言で出かけてしまうだろう。
『親たちははっきりいわないけど、この雨で川が増水してるから、もしかしたらって思ってる人もいるみたいで……』
雨はすでに数時間降り続いている。そのうちのかなりの時間は強い雨だったはずだ。河川の増水が危険なレベルに達していてもおかしくなかった。そしてもし、そんな川の近くで花火を見ようと思っていたとしたら……。
「わかった。じゃあ、もしリナから連絡があったらすぐユイちゃんに……」
いいかけたとき、目の前が真っ白になって、それからすぐにまっ暗になった。そして間を置かず、耳をつんざくような轟音が聞こえた。
雷だ。どこか近くに雷が落ちたらしい。その影響で、家の電気が止まってしまったようだった。
「び、びっくりした……」
わたしはスマホ片手にまっすぐ立ったまま、思わずつぶやいていた。
そしてあらためてユイちゃんと話そうとスマホを耳にあてなおすと、通話が切れて信号音だけが聞こえていた。
「え、これって……?」
スマホの画面に目を落とすと、電波が来ていなかった。Wi-Fiも、携帯回線も。
正確にはWi-Fiはつながっていたけど、その先の光回線がインターネットにつながっていなかった。つまり手の中のスマホは、家の外とはつながっていないのだった。
「先ほどの落雷で基地局がダウンしたのではないでしょうか。光回線の方は落雷によるサージ電流でケーブルか終端装置が破損したことが考えられます」
暗闇の中、青いインジケータを明滅させてハンスがいった。
そうか、じゃあさっきの雷は家から見える鉄塔型の携帯基地局に落ちたんだ。
街中であれば、携帯電話の基地局はたいていビルの屋上や電柱などに小さなアンテナの形で設置されている。その方が電波も強くなるし、接続する携帯電話もたくさんさばけるからだ。
だけどうちのような郊外、というと聞こえがいいけど要するに田舎の場合には、基地局は背の高い鉄塔に設置されていることが多い。接続数がたいしたことないから、高いところから広い範囲をカバーした方が効率がいいからだ。
しかしそうなると、雷からすれば絶好の餌食になる。もちろん避雷針やその他の対策は施されているのだろうけど、それでも雷はそのとき落ちたいところへ落ちる。
「終端装置ってなに?」
「光回線とコンピュータとのあいだで、光信号とデジタル信号の変換を行う装置です」
ああ、あれか。Wi-Fiルータと一緒にある黒い箱だ。ルータの他にもうひとつあるなとは思っていたけど、あれはそういう仕事をしてたんだ。
「でも雷はうちに落ちたんじゃないでしょ?なのにどうしてそれが壊れるの?」
「雷サージによる被害の九十九パーセントは非直撃雷によるものです。きわめて一般的な事象です」
要するに、鉄塔に落ちた雷が地面を伝ってうちまで届き、家の中の機械を破壊したのだ。停電もきっとその影響だろう。
スマホのライトをつけて脱衣所にあるブレーカーボックスを見てみると、メインのブレーカーが落ちていた。わたしはうんと背伸びをしてブレーカーに手を伸ばした。
こんなこと、ハンスがいなかったら絶対にできない。
それどころか、もしハンスなしで停電にあっていたら、わたしは為す術もなく車椅子の上で座っているだけだっただろう。だって電気が来ていなければ、わたしは二階に上がることも、一階に降りることもできないのだから。
カチリと、見た目よりもずっと軽い音がして、黒いスイッチが上にあがった。わたしは突然の明るさに備えて目を細くした。
ところが、家の中は暗いままだった。
念のため他のブレーカーも確認してみたけど、どのスイッチも「入」の位置になっていた。
「なんで……?」
急に心細さが襲ってきた。雨の音が、いっそう強くなったような気がした。
「おそらく、地域全体が停電しています」
わたしの不安とは対照的に、ハンスの声は変わらず落ち着いていた。
この嵐の中、うちは完全に陸の孤島になってしまった。




