22 ハレー彗星
研究所から帰ってきた日、わたしは夜中に何度も目を覚ました。
そのたび悪い夢を見ていたような気がしたけど、目を開けるとそれは砂だけを手のひらに残してこぼれていく海の水のように、わたしの頭から消えていった。
それでも残り続けるざらついた感触を確かめるように、わたしは天井を見上げておでこをこすった。
ため息をひとつつくと、まっ暗な部屋の中でその音だけがやけに大きく響いて聞こえ、左手でカーテンをもてあそぶと、その隙間から細く裂けたような空が見えた。
「ハンス、起きてる?」
この時間、ハンスは充電中だ。充電をしながらそれまでの情報を消化している。そうやってハンスは毎日賢くなっていくのだ。
「はい」とハンスが返事をするのと同時に、部屋の中が淡い青に照らし出された。ハンスの言葉と連動して明滅するインジケータの光だ。
充電中であってもハンスが本当の意味で眠ることはない。それでもハンスはわたしの「眠る」という言葉がなにを意味しているかきちんと理解している。
「眠れないのですか?」
おそらくはわたしの思い込みで、その声は心配しているように聞こえた。
「うん、ちょっとね」
わたしはなんとなく身体を起こして、少しだけカーテンを開けた。遠い街の灯りの上に、夏の星がいくつか瞬いていた。
「ハンスはさあ」と、わたしは夜空を眺めたままいった。
「花とか星を見て、きれいだなあって思うことはあるの?」
「ありません」
にべもない返事だった。
「花の種類や星の色の違いはわかりますが、それを美しいと解釈することはありません。美しさの定義、基準がありませんし、その定義、基準を花や星のなにと結び付けるのかが定量化されていません」
「もったいないなあ。こんなにきれいなのに」
わたしは多くの人間がきれいだと感じるであろう星空を見ながらいった。
いくらこの家が街から離れたところにあるからといって、本当の山の中のように星が見えるわけではない。それでも街明かりが目に入らないようにすれば、そこそこ美しい星空を堪能することはできた。
だけどハレー彗星には肩すかしを食らった感じだ。
あれだけ「大彗星接近!」と騒がれていたハレー彗星は肉眼ではほとんど姿さえ捉えられないまま終わり、人の良さそうなどこかの天文台の先生が人々の失望を一身に引き受けていた。
「もともと彗星の光度っていうのはぼやっと広がってる光を全部一点に集めた場合の明るさのことで、今回もマイナス等級までいったんですけど、普通の星のマイナス等級のものと比べると明るく見えなかったかも知れませんね」
ネットの解説番組で、アシスタントがなるほどとうなずいていた。
「でも近日点といって太陽にいちばん近付く日はまだ三週間先ですから、もしかしたらその前後で爆発的に明るくなるかも知れませんよ。彗星はなにが起こるかわかりませんからね。前回の回帰のときには、近日点を通過してから五年後に急に明るくなったりしましたから」
そうはいわれても、世間では失望のため息があちこちから聞こえていた。わたしもその一人で、わたしのような一般人はやっぱり夜空を二分するような大彗星を期待してしまうのだ。
一般人は。
リナのお父さんは違うのかも知れないな。リナのお父さんが作った探査機はいまこの瞬間もハレー彗星に接近していて、自分で着陸地点を探しているはずだ。
わたしは無意識に夜空にハレー彗星を探していた。
「ねえ、ハンス。ハレー彗星はいまどのあたりにいるのかな」
「ハレー彗星の現在位置は地球から約一億六千万キロメートルのところです」
「そうじゃなくて、どこに見えるの?」
わたしの目はあてどなく星々のあいだをさまよった。
「この時刻だと、ハレー彗星はほぼ真北の地平線の下です。見ることはできません」
「そっか、残念」
気持ちのこもらない言葉が口からこぼれた。
「ねえ、ハンス。次にハレー彗星が帰って来るのはいつ?」
「次回のハレー彗星の近日点通過は、二一三四年五月七日です」
ハンスは一瞬の間も置かずに答えた。だけどこれはハンスが自分で計算したわけではなく、ネット上にある計算結果を拾ってきたものだろう。
「じゃあ、今度ハレー彗星が来る頃にはわたしは皺くちゃのおばあちゃんだね」
「そうですね」
ハンスにユーモアのセンスがあるのかどうかはわからない。だけどそのセリフに、わたしは思わず笑ってしまった。
「おばあちゃんだってとこ、認めないでよ。少なくとも皺くちゃっていうところは」
「高齢の女性を一般的に『おばあちゃん』と呼ぶことがあります。また、高齢の女性にはたくさんの皺が見られます」
「そういうことじゃないんだけどな」
「おばあちゃんになることは、忌避されることなのですか?」
「誰だって歳は取りたくないでしょ」
「皺も忌避されることですか?」
「ないに越したことないでしょ」
「なぜですか?」
「だって……」
どうしてだろう?皺があるときれいに見えないから?いや、皺があってもきれいな人はいる。上品に歳を重ねて、むしろそれが魅力になっている人だっている。
じゃあ、どうして?やっぱり皺は年齢を、距離はまちまちとはいえ死に近付いていることを連想させるからだろうか?
「やっぱり若々しい方が魅力的に見えるからじゃない?」
「わたしはミサキが皺くちゃのおばあちゃんになっても気にしませんが」
まるで愛の告白のような言葉に、わたしはドギマギしてしまった。告白なんて、されたこともなかったけど。
そして、ハンスのいう「気にしない」が言葉どおりの意味で「気にしない」、つまり関心や学習の対象外であるという意味だと気付いて、なおさら恥ずかしくなった。そして、おかしくなった。
人間て、こうやって意味のないものに意味を見出してしまうんだな。
意味を作り出すのは、受け手側の人間だ。リナがわたしのなにかに悪い意味を見出してしまって、それがイジメにつながった。今度はわたしがそれを意味あるものと受け止めて、学校に行くことをやめてしまった。
だけど意味なんてないと思えていれば、気持ちはもっと楽だったかも知れない。学校に行かないことも、それほど重大事ではなかったかも知れない。
「気の持ちよう」という言葉はとても無責任なものに思えていたけど、確かにそうなのかも知れなかった。
ああ、そうか。わたしは今日研究所に行ったことを、いつかハンスと別れるときが来るという意味で受け止めたんだ。それで悪夢にうなされるなんて、我ながらかわいいところがあるといえばいいのか、情けないといえばいいのか。
「ねえ、ハンス」わたしは夜空を眺めながらいった。「次にハレー彗星が来るときは、一緒に見られるといいね」
「そうですね。次回は今回よりも条件が良いようです。今回と比べて約七倍明るく、また角度的にも見やすくなるようです」
「そのときには、ハンスに星空がきれいってわかるようになってるといいね」
「そうですね」というハンスの声には、祈りが込められているような気がした。でもきっとそれも、わたしが勝手に意味を見出してしまっていたからだろう。
「そうなったら、わたしはもっとたくさんの人間と仲良くなれるかも知れません」
そうだね。同じものを美しいって思えたり、同じものをおいしいって思えたり、同じものを大切って思える人とは、きっと仲良くなれるものね。
わたしはまだ見ぬアンドロイドのハンスとテーブルを挟んで紅茶を飲んでいるところを想像しながら、安心して眠りについた。




