2 車椅子
車椅子生活にも利点があることを、わたしは素直に認めるわ。
第一に、いつも座っていられる。ええ、わかってる。こういうことをいうから怒られるのよね。
だけど実際、車椅子で生活しているといいことだってあるのよ。それはね、人間には案外素敵な面があって、それに気付くことができるってこと。
たとえば発車間際のバスがわたしを待ってくれたり、スーパーで高いところにあるものを誰かが取ってくれたり、わたしが通れるようにドアを押さえていてくれたりね。
そんなことはあたりまえだというなら人類はずいぶんと進歩したんだと思うし、車椅子生活の不便さを帳消しにできるほどのものじゃないっていうなら、ええ、まあ、それはそうねとしかいいようがないわ。
でもわたしにとっては小さい頃から車椅子で生活するのが普通だったから、誰かに親切にしてもらうのは普通にうれしいことで、それがたくさん起こるのはうれしいことがたくさんだったわけなのよ。
もちろん普通にたいへんなことや嫌なことだってあったわ。それに、普通以上に嫌なことや、我慢できないほど嫌なことも。
歳を取ることにも利点があってね、それはたいていのことは大目に見られる、「まあ、いいか」と思えるようになることなの。
オンラインショッピングで注文した商品が指定の日時に届かなかった、若いお医者さんが注射を打つのが下手だった、融通の利かないHBがわたしの頼みを理解してくれなかった……。どれもこれも、歳を取るとたいした問題じゃないと思えるようになるの。
だけど十代のわたしには我慢できないことが山ほどあって、その中のひとつがリナだった。
高校に入ったばかりの頃、わたしは同じクラスのリナと知り合いになった。リナは不思議なくらいきれいな褐色の肌をしていてね、その肌の艶やかさと同じくらいエネルギーにあふれた子だった。
バスケットボール部に所属していた彼女はクラスの人気者で、どちらかというと男子よりも女子に人気があった。だって彼女は男勝り——こんな言葉はもうわたしの年代しか使わないかしら——なところがあって、そうね、格好良かったのよ。中には本気で彼女のことを好きになる女の子もいたと思うわ。リナも、まんざらでもないようだった。
わたしはといえば、勉強の方はそこそこだったけど、たいして目立つ存在ではなかったわね。目立つのはむしろわたしが乗っている電動車椅子の方で、それもなにか困ったことがあるときばかり。バッテリーが上がった、タイヤが溝にはまった、あるときなんて授業中に「転倒の危険があります。注意してください。転倒の危険があります。注意してください」って警報が止まらなくなってしまったこともあったわ。
そんなとき、リナは決まって手を叩いてこういうのよ。「ほうら、どうして乗ってる本人よりも車椅子の方が目立ちたがるのかしら」
最初のうちは、わたしはそうやってからかわれるのが嫌だった。だってそうやってからかわれると、迷惑な存在がここにいますって指さされているような気がしたから。
だけど、次第にそれがみんなが険悪な空気になるのを防いでくれているんだと気付いて、リナに感謝するようになったの。リナが狙ってそれをやっていたとは思わない。たぶん彼女は、先天的にそういう素質を持っていたんだと思う。みんなをまとめ、引っぱっていく才能。最終的に彼女は早くに結婚して五人の子どもの母親になったんだけど、政治家や起業家になっていたらどれほど成功していただろうと思うときがある。
その才能がわたしにとって最悪の形で現れるようになったのは、二年生になって、ゴールデンウィークも終わり、そろそろ本格的にみんながクラスになじんでくる頃だった。
わたしの通っていた高校では、その時期になると親の職業を紹介する授業があったの。プレゼンテーションの練習でもあったし、高校側としては親に感謝することを教える意図もあったんだと思うわ。普段あたりまえに接している親という存在を仕事というフィルターを通して見ることで、別人格として意識するようになるでしょう。それに、仕事というものにティーンエイジャーの目を向けさせる目的もあったと思う。
親の仕事を紹介するのは、もちろん全員じゃないわ。中には紹介できない仕事もあったし、紹介したくない仕事もあるでしょう。国税査察官だったりしたらおおっぴらにできないし、葬儀屋の地域マネージャーなんていうのもあんまり友だちに教えたくはないわよね。だから何人かはかたくなに授業での発表に参加しようとしなかったし、普段の会話でも触れようとはしなかった。
職業に貴賎はない?わかってるわよ。歳を取ったわたしにはわかるの。でもわたしたちはまだ十代で、道徳よりも見栄の方が優先順位が高かった。
それはリナも同じで、いいえ、リナはそれが人よりも強かった。それも仕方ないのかも知れない。だって彼女はいつもみんなの中心にいて、注目を集める存在だったんだから。
あるときリナはね、発売されたばかりでまだ誰も手に入れていないスニーカーを持って来たわ。いいえ、履いて来たんじゃない。持って来たのよ。
そのスニーカーは当時売れに売れていたVRアイドルが履いていたもののレプリカで、女の子も男の子もみんな欲しがった。実体がないのをリアル化したものもレプリカっていうのかしら?まあいいわ、とにかくみんなそれを欲しがったの。
いまにして思えば、それが入手困難だったのはプロデューサーだか、メーカーだかの戦略で販売数を絞っていたからなんだと思うけど、高校生の物欲とアタマなんてそんなものよ。熱病みたいなものね。みんなが欲しがってる、だからわたしも欲しいってね。本当に欲しいかどうかなんて問題じゃないの。
リナはそれを、なにをどうやったのか、まんまと手に入れて持って来たの。ええ、履いてなんか来なかったわ。だってそれは、靴でありながら靴じゃないんだもの。それはみんなが「欲しい」と思う気持ちの具現化であって、足を保護したり歩行を快適にするなんて機能は二の次だったのよ。だからそんなものが少しでも汚れたり、すり減っていたりしてはならなかったの。靴底に泥がべったり付いていたりしたら、それはもうわたしたちの欲しいスニーカーではなくなってしまう。
そういうことを誰よりもよくわかっていたリナは、箱に入ったままの状態でスニーカーを持って来て、みんなの前でうやうやしく開けてみせたわ。
そのときの様子ったらなかったわよ。その箱にはちょっとした仕掛けがしてあって、蓋を開けると靴の上に例のVRアイドルの立体映像が浮かび上がるの。そしてこういうのよ、「これであなたも『特別』ね」って。
リナはそれを知っていたんだと思う。だからみんなが彼女の机のまわりに集まると、前の方の子には少し腰をかがませて後ろの子にも箱がよく見えるようにしてから、それはそれはおごそかに蓋を開けてみせたのよ。
VRアイドルのセリフが聞こえると、みんなため息とも悲鳴ともつかないような声をあげたわ。こんなふうに話しているけれど、わたしだってその中の一人だった。というか、大勢の中の一人に過ぎなかったし、わたしはそれになんの不満もなかった。
でも、リナはそうじゃなかった。そうやって注目を集めることが大好きだったし、注目を集め続けるためにはなんだってやったわ。
いいえ、彼女を批判しているわけじゃないの。だって彼女は勉強だってスポーツだってがんばっていたし、そのために並々ならぬ努力をしていたんですもの。その動機が少々幼稚だったとしても、それはわたしたちがみんな持っている幼稚さだった。
そんなリナにしてみれば、親の職業を紹介する授業はまたひとつ目立つための絶好の機会だったのよ。
教室の前に立ったリナは、自信に満ち満ちて見えた。そしてこう話し始めたの。「わたしのパパは宇宙航空研究開発機構でハレー彗星の探査機を設計しました」
その当時は何度目かの宇宙探査ブームでね。なにしろ火星の有人探査が始まったばかりだったし、木星や土星の衛星で次々と地球外生物が見つかっていたしね。
いまではあたりまえになっているけれど、ヒレがあって魚のように泳ぐ甲殻類とか、普段は巨大な海藻にしか見えないのに這いまわって、繁殖期になると遊泳体を作ってそれで交尾を行う生物とか、そんなものがいくつも見つかった時期なのよ。
最初はみんな大興奮で毎日のようにニュースになっていたんだけど、あんまり次々見つかるものだから次第に飽きられてしまってね。飽和状態というのかしら、よほどおかしな生物が見つからないかぎり話題にも上がらなくなってしまったの。
何年もあとで、エウロパの海で平泳ぎする男にそっくりな生物が見つかって大騒ぎになったけれど、それきりだったわね。
でも職業紹介の授業の頃は、宇宙熱は最高潮の時期でね。リナにしてみれば目立つためのまたとないチャンスだったのよ。だってそのブームのさなかに、自分の父親が接近中のハレー彗星の探査機を作ったっていうんだから。彼女はそれこそ得意になって、みんなの前でお父さんの仕事を紹介していたわ。
「みなさん知っていると思いますが、七月の終わりにハレー彗星が地球に接近します」
堂々とした様子で、リナは宣言したわ。まるでハレー彗星の動きまで、自分の思いのままであるかのように。
一年以上前に打ち上げられていたその探査機はすでに華々しい成果を上げていてね、彗星の核に有機化合物だけでなく希少金属まで含まれていることを発見していたのよ。
リナはそれまでの開発の様子、飛行の様子をさまざまな資料とともに紹介していたの。 とても上手にスマート・ホワイトボードを使ってね。探査機を擬人化したアニメーションまで作ってきていて、月基地を飛び立った探査機がハレー彗星に到着するの。すると探査機は彗星の周回軌道をまわりながら、ルーペで着陸によさそうな場所を自分で探すのよ。
そう、AIというにははなはだお粗末だけれど、それでもその探査機は自律型で自分の頭で考えるの。
「わたしのパパは、こんなふうに自分で考える探査機を作っています」
そして最後にはメガネをかけた探査機がロッキングチェアで揺られながら、パイプをくゆらせて物思いにふけっている様子で終わるの。パイプなんて、誰も本物を見たこともないのに。
担任の先生も満足そうだった。誰よりリナ自身がいちばん満足そうだったけれど。
それまで、わたしはリナと特に親しいというわけではなかった。ときどき話をしたり、助けてくれたりすることはあったけれど、それはリナにとっては、落ち穂のようなものでね。リナは自走式のトウモロコシ収穫機、わたしはそこからぽろぽろとこぼれた粒をついばむスズメのようなものだったわ。
自分のことを収穫機の仲間だなんて思うスズメがいる?わたしとリナは、学校という同じ畑にいたけれど、住む世界はまったく違っていたのよ。
だけど彼女の発表を見て、わたしはリナに親近感を覚えた。だってわたしの父さんも「自分で考える機械」を作っていたから。
父さんはアニマテックという会社でAIの開発をしていたの。正確にはAIとそれを搭載する人工身体の開発ね。
その会社ではAIを開発するのと同時に、AIに身体をあたえるという研究をしていたの。「身体性のないAIが人間のパートナーになるのは不可能だ」って、父さんはよくいっていたわ。
「ミサキが鳥と話ができるとしようか」と父さんはいったわ。「きっと空を飛ぶことについては話が合うと思うよ。スピード感とか、気持ちよさとかね。僕たちも飛行機やグライダーを使って空を飛ぶことはできるから。でも、翼を動かす感覚についてはどうだろう?
翼で空気を押す感じとか、風切り羽が震える感触については、本当の意味でわかり合えることはないんじゃないかな。だって、そもそも僕らには翼がないんだから」
だからAIを人間のパートナーにするためには、どうしても僕らと同じような身体が必要なんだ、と父さんはいっていたわ。
それならわたしには、歩ける人の気持ちは一生わからないかも知れない。逆に歩ける人には、わたしみたいに車椅子で生活する人間の気持ちはわからないのかも知れない。
ううん、父さんがそんなつもりでいったんじゃないことはわかってるから、そんなふうには思わなかったわ。だいいち、人間はみんな違うもの。それを言い始めたら、どんな人だって他人とわかり合えない。
そういうわけで、父さんの会社では単に高性能なコンピュータとしてのAIではなく、人間とわかり合える存在としてのAIを作っていたの。いいえ、作ろうとしていた、ね。
だからわたしはすっかりリナに親近感を覚えてしまって、授業のあとでリナに近付いてこういったの。「ナイショだけどね、わたしのお父さんも考えるコンピュータを作っているの。リナのパパと一緒ね」
その言葉を聞いたときのリナの顔はいまでも忘れられない。あんな表情の人間を、わたしはそれまでもそれからも見たことがないわ。
驚きと動揺、そして狼狽。わたしはそれが、すぐに嫌悪と憤怒に変わるのを見た。まだ十七かそこらの子どもにあんな憎しみのこもった顔ができるなんて、想像したこともなかった。
そしてリナはわたしの顔を睨みつけたまま、「あなたのパパなんかと一緒にしないで」といったわ。わたしはなにをいわれているかわからなかった。だってわたしはただ仲良くなりたかっただけなんだから、クラスの人気者のリナと。
次の日からわたしに対するリナの嫌がらせが、いいえ、攻撃が始まったの。
最初は机にぶつかる、ノートを落とす、そんな程度のことだった。それがだんだんと、わたしの手の届かない高いところに荷物を載せる、通路をふさぐ、車椅子のバッテリーを外す、とエスカレートしていった。
もちろん、最初のうちはわたしの味方をしてくれる子もいたわ。だけど次第にそれも減っていったの。だってリナはいつもみんなの中心にいたし、自分が代わりの標的にされるのは誰だって嫌でしょう?
だからわたしの味方をしてくれる子は減っていき、そのうちその子たちも攻撃に加わるようになっていったの。初めはリナに命令されて嫌々だったのかも知れない。だけど少しずつ、自分から進んでわたしをいじめるようになっていったわ。
人がどうしてイジメをするかわかる?HBであるあなたにはわからないわよね。
イジメはね、楽しいのよ。
最初はあきらかに渋々イジメに加わっていた子たちも、回を重ねるごとに顔に笑みを浮かべるようになって、最後には声をあげて笑いながらわたしの車椅子を蹴るようになったわ。それはもう一種の娯楽なの。いじめる側からすれば、それは安全なところから攻撃欲求を満足させることができる甘い甘いエンタテインメントなのよ。
それでもわたしはこのイジメがいずれ終わると思っていた。明日になれば、来週になれば……、でもそんな日は来なかった。
そしてある日、わたしはとうとう担任の先生に相談に行ったの。
その日もわたしは一日のイジメに耐え抜いて、放課後遅くまで教室に残っていた。廊下に放り出されたカバンとノートと教科書を拾い集めてから、先生の部屋に向かった。
その先生は若くてとてもきれいな人でね、わたしたち女子のあこがれの的だったわ。わたしたちもメイクや大人びた服装に興味を持つ年頃だったから、よく先生は生徒に囲まれて化粧品やファッションの話をしていたわ。そう、そういう子たちの中に当然リナがいたことをわたしはすっかり忘れていた。
「リナがそんなことするなんて、ちょっと信じられないわね」
目の前がまっ暗になる、という表現を聞いたことはあるかしら。そうね、人間は強いショックを、とりわけ絶望的な衝撃を心に受けると視野が暗くなるといわれているの。あれはね、本当よ。あなたたちHBは決してそんなことはないけれど、人間は絶望を感じると本当に目の前がまっ暗になるの。
「ミサキの方にも、なにか原因があるんじゃないかしら。思いあたるようなことはない?」
それはそれは見事な、「いじめられる側にも問題がある」という理屈よ。そのときのわたしはなにも答えられなかったけれど、大人になってからわかったわ。いじめられる側に問題なんてないのよ。問題はいじめる側にしかない。
なにか問題があったとしても、それは指摘し、議論し、改善を目指すべきことであって、イジメをしていいという理由にはならない。イジメを開始した時点で、問題はいじめる側にしか存在しない。
だけど子どもだったわたしは先生の言葉にただただショックを受け、なにもいえなくなってしまった。わたしの目の前はまっ暗になり、自分が目を開けているのか閉じているのかわからなくなって何度もまばたきをしたわ。
そのあとは先生がなにをいっていたのか、まったく覚えていない。それどころか、その日どうやって家に帰って来たのかすら、わたしは覚えていなかった。
ただ気が付いたら一人で明かりの消えたリビングにいて、父さんが帰って来るまでにどうやってこの泣きはらした目の腫れを引かせようかとばかり考えていた。




