『わたくしが貴方を愛することはございません』と宣言した婚約者に、秘密の趣味がバレた結果。
「わたくしが、貴方を愛することはございません」
ラスティーユ伯爵令嬢のファリンは、目の前にいる旦那様候補である青年にそう宣言した。
「そして、わたくしの私室にも決して立ち入らないというお約束をしていただきます。そういう契約で、婚姻を結んでいただけまして?」
自ら口を開いたファリンに、横の父が苦い顔をしているが、口を挟んで来なかった。
最初からそういう約束だからである。
目の前に座っている相手は、アイムレイディ・カルデン=オヴァド・ヒーリック、という長ったらしい名前の子爵。
ちなみに、社交界でも全然名前を聞いたことも姿を見かけたこともない。
調べたところによるとヒーリック子爵家は彼が初代で、爵位を得たのはほんの数年前、しかも平民上がりの新参だという。
ということはつまり。
良く言えば子爵家そのものに、面倒なしがらみがない。
悪く言えば、どこからも相手にされていない子爵家なのだ。
そして自ら積極的に、どこかの高位貴族に取り入るように働きかけたり、必死に結婚相手を探している様子もなかった。
ファリンが彼に目をつけた理由はまさにそこで『全然目立ってもないし目立つ気もなさそう』だから、である。
しかし実際に目にしたヒーリック子爵は、逆に悪目立ちしそうな外見だった。
王国の民には珍しい黒髪で、前髪は長くて目元が隠れるくらい。
しかも髭が生えていたが、これが本当に、壊滅的に似合っていなかった。
髭を長く伸ばすのは、現状社交界での貴族男性のトレンドであり、嗜みの側面もないこともない。
が、 釣り書きによればヒーリック子爵は20代後半、そして独身。
髭は子どもがいる30代男性の嗜みであり、まだ若い上に髭も濃くなさそうな彼では、中途半端な印象が拭えなかった。
髪も、寝癖がついていたりボサボサだったりする訳ではないけれど、前髪の長さも相まって、ダンディというよりどことなくだらしなさを感じる。
貴族というより、路上生活をしている平民に多そうな風貌になってしまっていた。
体格的にも中肉中背、一見これといった特徴はなく……しかもどことなく、居心地が悪そうに背中を丸めていた。
「……ファリン・ラスティーユ伯爵令嬢」
口を開いた彼の声音は割と低めで、ファリン的に響きは悪くなかった。
が、ボソボソとした喋り方はいただけない。
「何でしょう、子爵様」
「……どうぞ、アイムと」
「どう呼ぶかの要求を受け入れるのは、婚姻の条件を飲むか次第ですわね」
ピシャリと告げて、ファリンは扇で口元を隠した。
―――大体、その名前で呼びたくないですわ!
ちょっとしたファリン側の事情で、引っ掛かりを覚えるのである。
彼の名前だけでなく、その長ったらしい全てがちょっと気に入らない。
でも、そこ以外はファリンの求める条件に合っている以上、我慢すべきところではあった。
勿論、我慢しないところもある。
「そもそも子爵様は、わたくしから見て減点部分が多すぎますわ」
「……は?」
「まず、もう少し声を張られませ。そして背筋を伸ばされませ。子爵様を見る限り、素材は悪くないように思えますわ。体も、そこら辺の魔術頼りの貴族と違って、きちんと鍛えておられるようですし」
そう口にすると、ヒーリック子爵は何故か、少し驚いて固まったようだった。
―――ふふん。これでも、殿方を見る目には自信がございますのよ!
ファリンの目は誤魔化せない。
何故かは分からないけれど、お仕着せに見える貴族服の下にある体が鍛えてあるのは一目瞭然。
下手をすると、最上位の魔獣狩りを生業とする男性並の肉体である。
ファリンが入室した時に一礼した彼の所作からも、体幹がしっかりしているのが伺えた。
しかし筋骨隆々、というような肉のつき方ではなく、例えるなら骨に張り付くように良質な筋肉がついている為、着痩せするのだろう。
ここだけは加点部分である。
しかし風貌にダメな部分が多すぎるし、それは愛するかどうかとは全然別の話だった。
「髭も剃って前髪も切ったほうが良いですわ。人付き合いをあまりなさらないと伺っておりますけれど、少なくとも対外的には、まともを装っていただかないと困りますし」
何せこれは、契約結婚である。
変わり者で領地に引きこもり気味のヒーリック子爵と、相手が決まらないまま19歳になったファリンが、お互いに充実した人生を過ごす為の。
「……いや、髪と髭は」
「では、姿勢と声は? 遠慮とだらしなさは違いましてよ。自信がなくとも構いませんので、せめて胸を張られませ」
一応ファリン自身は、人から言われる性格などは一旦置いておいて、身なりはそれなりに気をつけている。
金髪碧眼、顔立ちも美人と称される部類だと自覚していた。
なのに、隣に立つ男性の清潔感や立ち居振る舞いが微妙だと、さらに余計な目立ち方をしてしまう。
それは人付き合いが苦手そうな子爵自身にとっても、良いことではないだろう。
すると彼は、一つ頷いて姿勢を正した。
体幹が良い、と感じたのは間違いないようで……外見は置いておいて……姿勢を正すだけで、それなりにしっかりとして見える。
「これで宜しいでしょうか?」
「ええ。ほんのちょっとした心がけ程度でどうにかなるのですから、そうなさって」
ファリンは少し満足して、一つ頷いた。
「さて、では本題に入りましょう。愛を求めないことと、私室に立ち入らない、ということ。わたくしのこの二つの条件を、呑めまして?」
※※※
ファリンとヒーリック子爵の見合いがお父様主導で組まれた理由は、当然ながら自分に婚約者がいないことだった。
それが19歳になる今まで組まれずに済んだ具体的な理由は、三つある。
まず、兄がいて跡取り問題に関わりがないこと。
次に、人と話すことそのものは好きだけれど、ファリン自身の性格と趣味的な問題があること。
最後に、ラスティーユ伯爵家と繋がることに他家の利益があまりないこと、である。
ラスティーユは、血筋が新しくも古くもない。
他の有力貴族家とも、付き合いがない訳でもないけれど非常に親しい訳でもない。
領地自体、立地がいい訳でも悪い訳でもなく、肥沃な訳でも乾いている訳でもない。
資産的にも、伯爵家として裕福過ぎもしなければ貧乏過ぎもしない。
つまり派閥に取り込む旨味が、基本的にない。
男爵、子爵といった下位貴族からであれば『地位』という観点からそれなりに申し込みもあったけれど、一応高位貴族である為に『下に嫁ぐのはちょっと』という言い訳が通じた。
父母も、ファリンの『中身』を知っているせいで下手な相手を当てることも出来ない、と考えていたのだろう。
そうこうする内に歳の合う相手もぼちぼちいなくなって、結果が現状である。
下手をすると、今度は歳の離れた後妻の話が出てきかねないくらいだ。
故に、ファリン本人が望んだ訳ではなかったが、流石に20歳になる前には、と、お父様がこの縁談を持って来たのである。
それ自体はいい。
別に誰が旦那だろうとファリンには正直、趣味に邁進出来れば関係がないからだ。
でも。
「お父様! 横暴ですわ!!」
その日、執務室で告げられた言葉に、ファリンは絶叫した。
「横暴ではない。儂はずーーーーっと、趣味を続けたければ、お前を受け入れてくれる婿を自分で見つけてこい、と伝えていた筈だ」
「いる筈がないでしょう!」
「だから言っている。お前が自分でヒーリック子爵を説得出来なければ、部屋にあるものを持っていくことは許さん」
お父様の言葉に、ファリンはブンブンと首を横に振った。
「嫌ですわ! わたくしと推しの方々を引き離そうだなんて!!」
「ただの石膏像と絵だろうが。そんなものをありがたがって常に部屋に飾っている令嬢がどこにいる」
「ここに居ますわ! それに石膏像ではありません、偶像であり似姿であり魂の依代ですわ!」
最推しは今も生きている筈だけれど、それはそれである。
「お前がそんなだから、いつまでも婚約者の一人も決められなかったのだろうが!」
青筋を浮かべたお父様が、ドン! と机を叩くが、ファリンは怯まなかった。
スパァン! と逆に手に持った扇を机に叩きつけて、真正面から睨み返す。
「居ないのですもの! 貴族の中に、わたくしの英雄様がたより心惹かれる者が!」
ファリンは、英雄フリークだった。
それも神話に語られるタイプの英傑ではなく、今もなお活躍していたりする魔獣狩りや騎士、あるいは勇者や聖女といった、現実に存在する殿方や女傑が大好きなのである。
部屋の中は、グッズや英雄絵画だらけ。
本は全部、吟遊詩人の語りを書き起こしたものや演劇の台本、自叙伝等々英雄に関わるものばかり。
その中でも、今お父様が言った石膏像にまで手をつけているのが、最推しだった。
「魔王殺しのあの方みたいな最高で至高で麗しく頑健で知性も教養も慈愛も武勲も兼ね備えたお方がこの世に存在すればわたくしだって嫁ぐのに否はありませんけれどそんな貴族はこの世のどこを探しても居ないのですものこれがどれほどの悲劇かお父様に分かりましてもしどうしてもと仰るのでしたら彼を目の前に連れて来てくだされば秒で即答で返事をうんと言えませんわそんな最推しの視界にわたくしが入るなんてそんな烏滸がましいこと……!」
「息継ぎをしろ。後、それを絶対に子爵の前でやるなよ、妄想娘め」
「妄想ではなく、夢と呼んでいただきたいですわ!」
「そんなキリッとして口にすることではない。妄想は妄想だ」
「お父様はそんなだから理解がないと嫌われるのですわ!」
「普段は黙って、お前のその早口を聞いておるだろうが……」
ふー、と深く息を吐いたお父様は、トントン、と机に置いた釣り書きを叩く。
「とりあえず、条件は悪くない相手を見つけてきた。多分、不利益さえなければお前を受け入れるだろう相手をな。そして一つ朗報だ」
「何ですの?」
ファリンが首を傾げると、お父様は煽るようなニヤッと笑いを浮かべて、こう告げた。
「子爵の名はアイムレイディと言う。名前だけは、お前の大好きな魔王殺しのアイムと同じだ」
「どこが朗報ですの!? 名前だけ似てる相手をそう呼ぶなんて推しを汚す行為ですわ!!」
「なんとゴネようと、見合いは決定事項だ。時間切れだ。このまま独り身で、儂より年上の枯れ木のような外見のジジイに後妻として嫁ぎたくなければ、受け入れるしかないぞ」
「いやーーーーーーーーッッ!」
想像したら凄く嫌だった。
筋肉は幾らあってもいいけれど、ない方は全然好みじゃないのである。
「あれ、でも」
しかしファリンは頬に両手を当てて絶叫した後、ふと冷静になった。
「年経ても頑健な肉体をお持ちでダンディな辺境伯様のような方であれば、アリですわね?」
「落ち着くんじゃない。それに辺境伯は夫人もお元気であらせられるし、仲の良い方々だ」
「知ってますわ! 辺境の黒龍をお二人で退治なさった時の武勇伝は、わたくしの部屋にございますもの!」
「話が逸れているが、子爵との見合いは一週間後だ。分かったな?」
「ぐぬぬ……で、でしたらせめて、わたくし自身で説得させていただきますわ! それくらい許していただいても構いませんわよね!?」
「推しとやらへの愛を熱く語り始めるようなことはするな」
「……ええ、いいでしょう」
ファリンとしても、別に自分の趣味を開けっぴろげにしたい訳ではない。
―――せ、政略結婚なんて、ありがちなことですもの!
夫婦の間に愛がなかったところで、何かお互いの益があればいいのだ。
ファリンにとって最大の益は、私室にヒーリック子爵が立ち入らず、思う存分推しに溺れられること。
そう思って、子爵側の益をうんうん考えてから、ファリンは見合いに臨んだ。
※※※
「……私室に立ち入らない、愛を求めない。条件そのものは、問題ありません」
ヒーリック子爵の淡々とした返事に、ファリンは満足した。
その上で、ファリン側から子爵に質問した。
「では次に、子爵様の益になるような条件を提示していただきたいですわ」
「は?」
「今の条件は、わたくし側の益の話ですもの。何かおかしなことがございまして?」
こういうのは『お互いに』納得するのが大切なのである。
ファリンとしても色々考えたのだけれど、残念ながら良い提案が思いつかず、それなら聞いた方が早い、と考えたのだ。
「何かございませんか? わたくしから提供できるものであれば、なるべく頑張らせていただきますけれど」
再び目を見張ったヒーリック子爵は、少しの間沈黙した後に、ふっと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「何がですの?」
「いえ、お気遣いいただいたので」
理由がよく分からないけれど、彼の緊張というか態度の固さが、少し取れたような気がした。
「夫婦になる以上、そこに愛がなくとも、お互いに利益があるのは大切なことでは?」
「……仰る通りかと思います。ですが、まずはラスティーユ嬢がお優しい、と私が感じたので、お礼を述べさせていただきました」
そのままヒーリック子爵は言葉を重ねる。
「私としては、婚姻を結んでいただけるだけでありがたいのです。特に後継者が欲しいとも思っていなかったのですが、その……領地や領民の為には必要、ということで。ですが、私は新参ですし、条件やご縁の上でも中々ご令嬢との婚姻は難しかったので」
「まぁ、それはそうですわね」
領地については、少々複雑な部分がある。
法的な意味合いで言うと、どこも基本的に領主は『国王陛下から領地を預かっているだけ』という形だ。
その為に領主は、領民から預かった税の一部を王都に納める必要がある。
特にヒーリック子爵については新参ということもあり、王族が有していた直轄地の一部を預けられたのだろうし、この形式を額面通りに踏襲しているだろう。
他の形は、法が定められる前から領地を何代にも渡って預かっている、だとかで、土地自体がその貴族の所有地であるような形も存在する。
また、領地を元々治めていた豪族が、臣下として王家に頭を垂れた……要は降伏したり外敵からの庇護を求めたり、といった形で傘下に加わった例もある。
後者二つについては、先祖代々その土地を支配している地主タイプの領主であり、血族に土地を引き継ぐことを重要視していた。
前者であっても、なるべくそうなるように努めるもので、ラスティーユ伯爵家も例に漏れずそうしている。
ヒーリック子爵は淡々と言葉を重ねるが、跡取りが欲しい理由が少し普通の貴族とは違うようだった。
「領民と関わるうちに、支配者が変わると生活が良くも悪くも変わってしまう、という話を聞き及びまして。私の預かっている領地は、近年開墾されてあまり人もいなかった土地ということもあり、官吏が領主代理を務めることも多く、結構な頻度で領主が変わっていたそうなのです」
「なるほど」
「私のような形で長く領主として居るのが稀なことで、どうやら民にとっては良い領主、という評価もいただいております。なので、子を作って根付いて欲しいと懇願されまして」
段々、ヒーリック子爵の事情が見えてきた。
「子爵様は、失礼ながら新参で貴族社会について疎いので、どうお相手を見つけたらいいかも分かっておらず、この話が渡りに船だったということですわね」
「はい。なので、ご結婚いただけるだけで益なのです。その上で子を産んでいただけるのであれば、それ以上望むことはございません」
「……お父様」
扇を口元で広げたファリンは、横のお父様にこそこそと顔を寄せる。
「何だ」
「思った以上にいい方かもしれませんわ。外見以外は」
「誰が見つけてきたと思っておるのだ」
「お父様のそういうところ、鬱陶しいですけれど好きですわ」
そうしてお父様から顔を離したファリンは、扇を下げた。
「子爵様」
「はい」
「既にお互いの益があるということで、最後の質問なのですけれど」
「はい」
本当にそれ以上を望んでいなさそうなヒーリック子爵に、ニコニコと口を開く。
「夫婦となる以上、遠慮し過ぎるのも宜しくないですし。わたくしの容姿や性格について、どう思っておられるかお伺いしても?」
「……」
するとヒーリック子爵は、少し考えた後にお父様の顔をチラッと見る。
その態度に片眉を上げたお父様は、また少々苦い顔になって目線を外した。
「正直に言って大丈夫だぞ。娘の性格については、この上なく儂自身が理解しておる」
「なるほど……そうですね。非常に個性的な方とお見受けしました。ですが、ハッキリと主張をなさる方は、個人的には好ましく思います」
「ありがとうございますわ」
「そして、ご容姿についてですが」
と、一呼吸置いた彼は、どうやら照れているようで、耳が少し赤くなった。
「その……大変お美しいと、そう思います」
容姿についての褒め言葉を口にすることそのものに慣れていなさそうな様子で、遊び人ではないのだろう。
「嬉しく思いますわ♪」
どうやら気に入らないとは思われていないようなので、ファリンとしても安心しつつ、そう答えておいた。
※※※
―――そうして、半年後。
ファリンは、子爵領に引っ越した。
結婚式や披露宴は社交シーズンに合わせて王都で行うものである。
内容については子爵家の家格に合わせるのではなく、お父様が伯爵家側で資金を出すと言って譲らなかった。
多分招く相手も、ほぼ伯爵家の関係者になるので、そちらの方がやりやすくもあるのだろう。
ラスティーユ伯爵家のメンツにも関わってくるので、渋る未来の夫にはその点を説明して呑んでもらった。
ファリンの『大切な荷物』は厳重に布や箱に包んで運び込み、その最中に馬車の中から見た領地のことを、少々ヒーリック子爵に聞く。
想像通り、言葉を選ばないなら『田舎領地』そのものだ。
領地の大半は畑や山。
領民は農民や狩人が大半で、当然ドレスを扱う服飾の店なども存在していない。
領主の館がある場所すら、街ではなく村とでも呼んだ方がしっくり来るくらいだけれど、良い点もあった。
ラスティーユ伯爵領よりも立地がよく、王都や学徒の街と呼ばれる街が、馬車で三日程度の意外と近くにあるのだ。
つまり趣味の本やグッズが……ファリンの私財を増やしつつの話にはなるけれど……買いやすくなったのだ。
伯爵領にいた時のように自由に、とはいかないし、子爵家の財産に手をつけるような真似は流石にしないけれど、良い点は良い点である。
そして、ファリンのこれからの急務は『ヒーリック子爵の改造』だった。
「いいですか、子爵様」
「はい」
「今日の夕飯までに髭を剃って下さい。そして、その鬱陶しい前髪は早めに切りましょう」
「……」
「勿論、常に領地の中でもそのままでとは言いませんが、これから披露宴までは、身だしなみの一環として整えて貰います。衣装合わせなどもございますし、容姿だけでなく所作に関しても、少なくとも結婚式まではきちんとした状態になれるよう指導させていただきます」
「……分かりました」
「本当に顔を見せるのがお嫌そうですけれど、貴族としてやるべきことだけはやらないと、最終的に領民にも迷惑が掛かるのです」
結婚式で招待した相手にナメられると、盗賊を装って土地を奪いに来たり作物を奪いに来るような真似をする領主も現れかねないのだ。
そういう話をすると、ヒーリック子爵は驚いたようだった。
「そんな、ならず者のような真似をする貴族がいらっしゃるのですか?」
「幾らでもいますわ。世の中は綺麗事だけでは回っておりませんもの」
直接の小競り合いやぶつかり合いはなくとも、我関せずの顔で、人を使って利益だけを取りに来ようとする汚い連中も多々いる。
「……人の悪い面は、どのような立場でも変わりはないのですね」
「ええ。良い面も同様だと思いますわよ。戦い方が違うだけですわね」
すると何故か、前髪の奥からファリンの顔をジッと見つめるような動きをした後に、ヒーリック子爵はポツリと呟いた。
「良い面も。確かに、そうですね」
「何故、わたくしの顔を見て深く頷かれたのです?」
ファリンはどちらかというと、思ったことをズバズバ言うので、良いとされない部類なのだけれど。
「では、わたくしは一度私室に。また夕食の際にお会い致しましょう」
「はい。これから宜しくお願い致します。自宅となりますので、お寛ぎになれるようこちらも尽力することをお約束します」
「子爵様こそ、肩の力を抜いて下さいな。張り詰めていると疲れますわよ」
そうして私室に下がったファリンは、早速『祭壇作り』に取り掛かった。
場所を指定して置かせた像の布は、侍女も追い出して自分の手で丁寧に剥ぎ取る。
―――ああ、アイム様……相変わらず素晴らしい似姿ですわ……ッ!
精巧な像で見る、魔王殺しのアイム様のお顔は、本当にファリンの好みだった。
栄誉を受けた後は、魔獣狩りや傭兵の職も引退して行方が分からない、と聞いた時は泣き崩れたけれど、最推しは最推しのままだ。
これ以上武勇伝を楽しめないのは本当に残念だけれど、魔王殺しを最後に平和な暮らしをしておられるのなら、それはそれで美しい終わり方でもある。
敷き布の上に置かれた像を丁寧に拭いてから、台座の周りにアイム様の本だけを集めた小さな本棚や、パーティーメンバーの方々の絵画、模倣剣などを置く。
さらにその周りを他の推し騎士や魔獣狩りの小さな人形を、クロスを敷いた小さな土台に見栄えよく並べて、前に一人一冊ずつ、それぞれの武勇を記した本を置く。
本当に、至福の時間である。
はふぅ、とため息を吐いて満足し、最後に英雄の証である国家報奨の模造メダルをアイム様像の左手の上に置こうと、前に進んだところで。
どうやら旅や初めての引っ越しで思った以上に疲れていたのか、スカートの裾に足先を引っかけてしまった。
―――あ。
思った時には遅く、倒れ込む前に前に差し出した手が、アイム様像の右手にちょうど重なって……バキン! と、手首から先が折れてしまう。
「――――――――――――――あぁあああああッッ!!!」
最初に声にならない悲鳴を、最後に叫び声を漏らし、ファリンは倒れ込んだ。
肘を地面にぶつけたけれど、ショックが大き過ぎたのか全く痛くない。
目の前に転がっているのは、アイム様像の腕。
指先が壊れて幾つかの大きな欠片になり、腕部分にも大きなヒビが入り、飛び散った粉が祭壇に並べたコレクションに降りかかっていて、絶望感を覚える。
―――そんな……。
何故もっと注意しなかったのか。
これだけ壊れてしまったら、石膏像は多分、職人を呼ばないと直せない。
でも引っ越したばかりで、呼び寄せるには理由をヒーリック子爵に話さないとどうしようも……。
と思ったところで、ドアが開いた。
「どうなさいましたか!?」
悲鳴が聞こえたからだろう、実家から連れてきた侍女の声が聞こえ、彼女も息を呑む。
そして、その背後から。
「ラスティーユ嬢、今の悲鳴は……」
「っ!」
まずい、と思った時には遅く、侍女の後ろからヒーリック子爵が顔を見せていた。
目が合う。
部屋の中を見られた。
―――終わったわ……。
条件までつけて死守しようとしていた秘密が初日にバレた上に、最推しの像まで壊してしまったのである。
「うっ……!」
一気にグチャグチャの感情が押し寄せ、ボロボロと涙が溢れ出して視界が歪み、生暖かい感触が頬を濡らす。
「失礼します」
侍女に優しく退くように指示したヒーリック子爵が、部屋の中に入ってきた。
―――何を言われるのでしょう。
お父様のように、こんな趣味、と口にされてしまうかもしれないし、他の男に似姿の像を作るほど熱意を注いでいるのを気持ち悪がられるのかもしれない。
そんな風に考えて俯いたファリンだったが、ヒーリック子爵の行動は予想外のものだった。
「お体に触れますが、ご容赦を。お怪我は大丈夫ですか?」
倒れたファリンの体に手を回すと、まるで羽を持ち上げるようにふわりと横抱きにされる。
「ふぇ……?」
浮遊感を感じて、思わずヒーリック子爵の首に手を回して顔を上げると、目の前に彼の顔があった。
「倒れられたのでしょう? どこか痛みは? 傷なども……」
そう口にするヒーリック子爵は、髭を剃っていた。
本当にすぐに、ファリンの言葉を守って行動なさったようだ。
前髪も、多分髭を剃るためなのだろう、バンドで上げているので、素顔が顕になっていた。
心配そうな表情を浮かべている彼は、ファリンの祭壇も気にせず、本当にこちらの身を案じているようだった。
それはいい。
それは良いのだけれど。
童顔に近いような、武勇に比して甘く整ったその顔立ちは……。
「アイム……様……?」
そこに居たのは誰あろう、ファリンの最推しである、魔王殺しの英雄だったのだ。
石膏像そのままの、毎日食い入るように見つめていた、見間違えようもないお顔である。
「わ、私の顔が何か?」
「え、何で……?」
頭が真っ白になったけれど、見つめ合ったままの状態でジワジワと思考が戻ってきた瞬間、ファリンは自分の状況を思い出した。
―――わた、わたくし、アイム様にお姫様だっこを……!?
思った瞬間に、一気に頭に血が上り、動悸が激しくなる。
色んな衝撃が重なったことも悪かったのだろう。
視界が涙のせいだけでなく激しく歪み、ファリンの意識はそこでプツン、と途切れた。
※※※
目覚めると、ファリンはベッドに寝かされていた。
どうやら左の肘を打ちつけて痣になっていたようで、薬膏を塗った布が貼り付けられ、擦りむいていたらしい手首にも薬が塗られて包帯が巻かれている。
「突然気絶してしまい、本当に心配しました……」
「も、申し訳ありません……!」
改めて、ベッドの横にある椅子に座ったヒーリック子爵に言われて、ファリンは肩を竦めて俯く。
座っている彼の前髪はまた下ろされており、ご尊顔を直視することはなかったのだけれど。
「あの……わたくし、英雄や英傑が大好きで……」
もう見られてしまったので、ファリンはその趣味について隠さずに話すことにはしたのだけれど。
「その、中でも、魔王殺しのアイム様、が、特に……大好きで……」
また頭に血が上っていくのを感じながらも、そう口にする。
―――ほ、本人を目の前にしてこんなこと言うの、告白みたいじゃありませんの……!
ファリンが顔を手で覆うと、ヒーリック子爵の……アイム様の戸惑ったような声が聞こえる。
「ええ、その……ありがとうございます……?」
気まずそうな気配を感じて、僅かに指を開いて隙間から彼を見ると、耳を真っ赤にして顔を背けているのが見えた。
趣味の話とアイム様を目の前にしている二重の気恥ずかしさから、もう気持ちが全く整理出来ない。
「こ、こんな趣味があるとバレたら、やめろと言われてしまうかもしれないのが、こ、怖くてぇ……わたくしが今まで婚約者を作れなかったのも、これが理由なんですぅ……」
消えてしまいたい、と思いながらそう言い切ると、アイム様は少し沈黙した後に、ポツリと話し始めた。
「少し、私の話をさせていただいても宜しいですか?」
「あ、も、勿論です!」
―――アイム様のお話……!
推しから推しの話が聞ける機会、と思った瞬間、恥ずかしさが吹き飛んで顔から手を離す。
傾聴する為に姿勢を正そうとしたら、アイム様に優しく押し留める仕草をされた。
「どうぞ、寝たままで大丈夫です。たわいのない話ですが」
「アイム様のお話なら、どれだけたわいのない話でもお伺いしたいですっ!」
「そ、そうですか……」
食い気味に言ってしまい、慌てて言い訳する。
「いえあの、その! 申し訳ありません行方が知れなくなってしまったアイム様がまさか貴族になっているだなんて思わなくて……!」
そもそも、アイム様程の知名度があれば、爵位を賜ったこと自体が大々的に触れ回られていてもおかしくない、とファリンは思っている。
だから、行方が知れなくなった時に、貴族になっていると考えなかったのだ。
アイム様は、話を遮ってしまったのに気を悪くなさった様子はなかった。
けれど少し困ったような微笑みを浮かべたまま、静かに話し始める。
「そうですね。陛下に爵位の授与を打診された時に、出来たらひっそりと暮らさせて欲しい、とお願いしたので、あまり知っている方はいないのです」
「ひっそりと、ですか……?」
「ええ。元々爵位を賜った時も、この領地のように静かな場所を求めました。あまり人のいない土地ですが、この領主の館近くに住んでいる者達の中には、かつての私のパーティーメンバーであり、共に移住してきた者達が数多く居ます」
ーーー勇者パーティーの方々が……!?
何ということだろう。
ならつまり、その中にはファリンの他の推しの方々も混ざっているのだ。
アイム様の言によると、その数は、実に数十名に上るという。
大半は戦闘要員ではなく、物資の運搬や調達を行う補佐役や商人であったり、旅の際に斥候や情報収集を務めてくれた者らなのだそうだ。
「使命を終えた後、彼らの多くは行き場がなくなりました。魔獣は凶暴さが徐々に薄れ、被害も減って、収入を得ること自体も困難になっていき、大所帯のパーティーそのものを維持することが難しくなってしまったのです」
アイム様だけなら大丈夫だった、という。
騎士爵でも得て、報酬で暮らすことも出来た。
しかし、例えば故郷を失ってパーティーに加わった隻腕の狩人は、感覚に優れた斥候ではあれど、狩場もなく組む相手もいないままでは、生業に従事するのが難しい。
数字に強いが強烈な魔障を受けて声を失った平民の女性は、様々な援助を受けていた時に予算を振り分けるパーティーの要だったが、その力を平和の中で活かす場所を得られなかった。
他にも様々な事情があって、一般的な生き方が難しい者達もいるという。
「私は、彼らに居場所を用意してあげたかった。その手配が上手く行った者も居ましたが、上手くいかない者の方が多かったのです。どれだけ勲功を立てようと、20そこそこの平民のままではどうしようもない現実が、そこにありました」
「そんな……」
ファリンは、自分が全く知らなかった事情を口にするアイム様の悲しそうな表情から、そうした人々を彼がどれだけ大切に思っているのかを理解する。
でも確かに、多くの英雄譚や武勇伝は、その矢面に立った、あるいは指揮を取った一人から数人以外は名前すら残らない。
そうした名もなき協力者達が、最終的にどうなるのか……そんなことまでは、英雄譚には書かれないのだ。
「だから、私は子爵となりました。皆に土地を用意し、私が領主となることで住処や仕事を準備することが出来ます。そうして皆が慣れるまでに、数年掛かりました」
ひっそりと貴族になり、他所とは必要最小限しか関らず、顔を隠し、髭を伸ばして。
なんとか皆が穏やかに暮らせるようになり、これでいい、と思った時に、別の問題が浮かび上がったのだという。
「それが、後継者問題でした」
パーティーメンバーばかりではなく、数年も協力して領地の状況を良くしていく為に関われば、元々の領民達にも情が湧いてしまったらしい。
彼らもアイム様を信頼してくれて、『どうにか領主として土地を守り続けて欲しい』と頼まれ……そうなると、自分を継ぐ子が必要だと気づいてしまったのだ。
「そこに、お父様がお声を掛けたのですね」
「はい。なので、ラスティーユ嬢のご提案は渡りに船だったのです」
「……!」
『わたくしが、貴方を愛することはございません』
知らなかったとはいえ、よりによって最推しに向かって、ファリンはそんなことを宣言したのだ。
「私側では愛する努力はするつもりでしたが、結婚するのがラスティーユ嬢のような方でホッとしました」
「あ、愛さなくていいと分かったから、ですの?」
自分から言っておいて、わざわざ嫌われるようなことを口にしていたと気づいて血の気が引いたけれど、アイム様は首を横に振った。
「いいえ。ラスティーユ嬢が、意に染まぬことはハッキリと意見を口にしてくれる、気持ちの良い方だったからです。色々と疎い私にとっては、貴族社会と渡り合う為の手段を授けていただけると感じましたし、愛の有無はともかく、過ごしやすい家庭を築くにも遠慮や我慢は少ない方がいいでしょう?」
アイム様は、そこで軽く目を伏せて、自嘲するような笑みを見せる。
「この世に生きている以上は。私が周りを含めて幸せになる努力をしなければ、皆に申し訳が立たないですから」
「あ……」
―――そうだわ、アイム様は……。
アイムレイディ・カルデン=オヴァド・ヒーリック子爵。
貴族としても、そこそこ古い血筋でもない限りそうそうないくらい、長い名前。
ファリンが気に食わないと思っていた、その名前の、気に食わない理由そのものの意味である。
事実を知ってしまえば、これ程分かりやすいこともない、そういう事実にファリンは気づいてしまった。
「アイム様のミドルネームや家名は……お亡くなりになった、パーティーの方々の……」
アイム様の武勇伝の中に記されていた事実によれば、レイディという名の魔術士は、魔王の配下の将軍を巻き込んで自爆したという。
カルデンという戦士は、聖剣の封じられていた大洞窟の崩落を防いで、アイム様が脱出する時間を稼ぐための礎に。
オヴァドという少年は、生まれつき病弱だけれど天才的な薬師で……魔王の瘴気に対抗しうる神薬の完成の為に無理をして、息を引き取った。
そしてヒーリックという治癒師は、アイム様が魔王と相打ちになった時に、自らの瀕死の重傷を顧みずに治癒魔術を彼に行使したのだ。
アイム様の華々しい武勇伝は、いつだって仲間を失う悲痛と隣り合わせだった。
それに気づいたファリンに、彼はやっぱり、静かに頷く。
「よくご存じですね。彼らの名前を覚えて下さっている方がいることは、喜ばしいです。それに皆の似顔絵も、私の像の周りに飾ってくれていましたしね」
「あ……ぅ……!」
少しだけおかしそうなアイム様に、ファリンは思わず言葉に詰まった。
恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい気持ちになる。
武勇伝が、それを成し遂げた人々が好き、という気持ちに偽りはないし、死が描かれれば悲しみを覚えていたけれど、それは実際に仲の良い戦友を失ったアイム様の比ではないのだ。
「申し訳ありません……わ、わたくしは、軽率で……」
―――推しに関わるなんて、そんなことになるなんて思わなくて。
自分の行動や大切なものが、アイム様に比べてあまりに薄っぺらいように思えてしまって、落ち込んでいると。
「いいえ。先ほども言いましたが、私は仲間達のことを尊敬し、覚えていてくれる貴女の気持ちを嬉しく思ったのです。ラスティーユ嬢」
「……はい」
「改めて、よろしくお願いします。勿論、趣味は続けていただいて構いませんが……その」
と、そこで言いづらそうにアイム様が頬を掻く。
「出来れば像だけは片付けていただいて、その分、本人である私と対話をしていただければと」
―――ま、毎日最推しに礼拝を……ッ!?
無理無理無理心が保たない……! と瞬時に思ったものの、これから夫婦になるのだし、今更なしにも出来ないのである。
でも確かに、本人がいるのに、それを差し置いて石膏像に愛と祈りを捧げるのもおかしな話で。
―――アイム様と、結婚。
信じられない。
夢にしても出来過ぎている。
でもファリンが『愛のない結婚』をする必要は、もう全くない。
無限の愛と尊敬を捧げてやまない方が、伴侶となるのだから。
ーーーでも、でも。
その立場に、自分の心が耐えられるだろうか。
しばらくうんうん悩んでいると、アイム様が不安そうな顔をなさったので、ファリンは慌てて口を開く。
そもそも最推しが望んでいるのだから、それに応えない、などという選択肢そのものがないのである。
「あの、勿論、毎日お話をさせていただきますけれど」
「はい」
「その、先日の条件を白紙に戻した上で、一つだけ新たに条件の提示させていただいても大丈夫でしょうか……?」
「勿論です。どういう条件でしょう?」
ファリンは何度か深呼吸した後に、こう口にする。
「あの……髭は良いのですけれど、わ、わたくしが慣れるまで、やっぱり前髪は伸ばしたままにしておいていただけますか……?」
アイム様のご尊顔を今日から直視するのは流石に心臓に悪過ぎるし、寿命が縮んでしまうだろう。
不意に廊下の向こうから現れたり、うっかり出会って間近に目撃したら、天に召されてしまうかもしれない。
「大丈夫ですよ。それだけでしょうか?」
「はい。後、石膏像は片付けます……その、捨てるのは難しいですけれど」
「まぁ、目に届かない形にしていただければ、そこまでは求めません」
何年と大切にしてきた思い出の品である。
そこは譲ってもらえるようでホッとしたファリンは、微笑みを浮かべ、彼にこう伝えた。
「わたくしは、多分この上なく幸運な女ですわ、アイム様」
趣味のせいで婚約者も作れず、愛のない契約結婚をするのだと思っていたのに、そうではなかった。
「幸運、ですか?」
「はい。わたくしは、英雄と呼ばれる方々が好きです。どのような理由であれ、人々の生活を脅かす者達からわたくし達を守って下さるそのお姿を、尊敬してやみません」
だから、憧れた。
貴族の中でも勿論高潔な方々はいらっしゃるけれど、嫌な話を聞くたびに、貴族こそ彼らのように誇り高くあるべきなのに、と憤りすら覚えていたのだ。
そして今、アイム様の話を聞いて、ファリンは自分が表面しか見ていなかったことを理解した。
ーーーまさか、英雄である筈の方々が、そんな苦難に晒されていたなんて。
脅威を退けた後、ただ平和に静かに暮らすような慎ましい願いすら、英雄である方々には遠いものだった。
アイム様が苦悩する程に、得難いものなのだ。
「アイム様と同じように、わたくしも、皆様がより良き暮らしが出来るように努めますわ」
そう口にすると、アイム様が大きく目を見開く。
ファリンは、ふふ、と笑いながら自分の胸に手を当てた。
「アイム様と引き合わせていただくまで誰とも出会わなかったのは、きっとこの為だったのですもの」
今まで助けられるばかりだった方々を支えることが出来る、領主の妻の地位を与えて貰えたのである。
「今度は武勇伝の中にいる憧れとしての皆様ではなく、現実の皆様に、敬愛を注ぐことに致しますわ♪」
きっと今までよりもずっと、ファリンの人生は彩り豊かなものになるだろう。
そう思っていると……はらりと、アイム様の目から一筋の涙が溢れて、ファリンは息を呑んだ。
「ど、どうなさいましたの!?」
「いえ……私の方こそ、ラスティーユ嬢がこの地に嫁いでくれて……幸運だったのだと、そう思いまして」
ーーーな、泣かせてしまいましたわ!
慌てて目を拭う彼に、ファリンはオロオロしながら、話を変えようとこう口にする。
「あの、あの、アイム様!?」
「何でしょう?」
それは初めて出会った時にアイム様が口にしたのと、図らずも同じ言葉だった。
そして、最初の宣言を撤回する言葉だった。
「どうぞ、わたくしのことは、ファリンとお呼び下さいませ! 決して後悔させないよう、生涯アイム様と、領地の皆様を愛することを誓いますわ!」
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