家族の姿
翌日。困り果てた俺は一人、夜のベランダでタバコを吸っていた。今日に限って少し涼しく、頭を悩ませる俺を冷たく嗤うかのごとく風が吹いてくる。
俺には問題が主に二つあった。
一つは、廃神社の写真を鳥居しか写っていない一枚しか撮っていなかったことだ。だが、これはすぐに解決する。明日、もう一度廃神社へ向かうからだ。
俺にとってはもう一つの問題が重要だった。それは、奏の家族についてほぼ知らないことである。なぜ詳しく教えてもらおうと思わなかったのだろう。奏には姉がいること、まだ父親が生きていることぐらいしか知らない。だが、俺は悪くない。悪いのは俺の内なる善良な心が叫んだからだ...という言い訳を頭に浮かべる。
「せめて奏自身について何か知れれば...」と考えパソコンを立ち上げたが、思えば「奏」という名前はあまり珍しい名前でもないし、さらには名字を聞いていなかったのだ。そうして手も足も出なくなった俺はベランダで吸った煙を天に吐くことに至っているのである。
「困ったな...」
さっきからそれしか呟いておらず、延々と悩んでいるばかりだ。タバコが苦くなってきたので、灰皿に擦って捨てる。
もう一回、真面目に考えてみるか。
まず、奏は約一週間前に死んだ。その直前には姉の葬式に行っていたそうだ。
「姉の葬式ならなんらかのニュースサイトに載っているのでは?」と期待したが、瞬時に儚く散った。そもそも名字どころか名前すら知らないし、死んだからといって事件性があるとは限らないのだ。それこそ奏のように病気によって死亡している可能性だってある。
俺は奏のお父さんの気持ちに思いを馳せた。長女が死んだと思えば次女も死んでしまい...
「うん?」
俺はなぜか違和感を覚えた。長女と次女が次々に死んだ。これのどこがおかしい?
俺は奏のお父さんになったつもりで考える。
まず、次女と共に長女の葬式に赴く。その後、家へ帰る。そして、次女は廃神社へ参拝に行き、そのまま次女は死ぬ。次女は死んだので家に帰ってこない。つまり、奏のお父さんは...
─── 水村さんが幽霊になって初めて会った人です。
そう言ったのは奏だ。奏の言葉を信じるなら、「奏が正式に死亡した」と知っているのは俺だけなのだ。そして、世間では奏が死んだことを知らない。その「世間」にはもちろん、奏のお父さんも含まれる。
奏は世間では行方不明者扱いになっているんじゃないか?
一週間も家に帰っていないなら、奏のお父さんも警察に行方不明者届を出すはずだ。それは立派な事件であり、ニュースサイトで取り上げられる可能性もあり得る。
俺はすぐに部屋へ戻り、パソコンを立ち上げる。検索欄に<奏 行方不明>と打ち込み、すると見事に一件のニュースサイトがヒットした。俺は静かにガッツポーズを決めると同時に、こんな単純なことに簡単に気づけなかった自らの愚鈍さを恨む。
俺はニュースサイトに目を通す。
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K県O市に住む天津奏さん(27)が9日から行方不明になっていることが11日までにK県警への取材で分かった。
県警や関係者によると、天津さんは9日午前10時から姉の葬儀に出席していた。なお、姉は7日に自宅の火災によって亡くなっている。16時頃に自宅へ帰宅し、家族に「散歩に行ってくる」と伝えたのち外出した。夜になっても連絡がつかず、不審に思った家族が110番し、同日、O署に行方不明者届を出した。
警察は事件性・事故性の両面で捜査を行なっており、情報提供を呼びかけている。
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そこには顔写真が載っていて、それは間違いなく幽霊となった奏の顔であった。
俺は動かなかった。というよりも動けなかった。
奏の名字が判明したからではない。
俺が放火殺人をした日が完全に一致しているからだ。
六月七日。かつて中学生の俺を虐めてきた女を放火で殺した日のことを思い返す。




