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澄枝神社

俺は今にも境内に倒れそうなほどの恐怖を覚えていたが、女はただそこに浮いているだけで落ち着いていた。よく見れば顔も微笑んでいるだけであった。


「私は(かなで)。二十七歳。あなたの名前は?」


女の名前は奏というらしい。奏があまりにも落ち着いていたので、なんだか俺も冷静さを取り戻してきた。


「名前は...水村琉一(みずむらりゅういち)。二十九歳」


奏は「ふうん」と、微妙な反応をする。あっちに(なら)って年齢も付け足しただけなのに。もしや俺のことを年下だと思っていたのだろうか。


俺も奏に質問を投げかける。


「あなたは...いや、奏は幽霊なのか?」


これで逆上して襲い掛かってきたらなりふり構わず逃げようかと思ったが、

「幽霊の扱いで良いと思います」

と返答がきて、俺の逃走計画は杞憂に終わる。


「私、この澄枝神社(すみえだじんじゃ)で死んだんです。多分、一週間前ぐらいかな。水村さんが幽霊になって初めて会った人です」


俺は命日がつい最近であることに驚く。俺が芳賀(はが)から話を聞いて約一週間後に亡くなったということか。


俺はずっと気になっていることをぶつける。


「だから喪服を着ているのか?自分がこの廃神社で死ぬことを予測していたから...」


奏は溜息を吐き──あるいは幽霊だから空気は吐いていないかもしれない──よく耳を澄ませば聞こえる程度の声量で呟いた。


「......姉が死んだんです。その葬式の帰りに、ここに来ました。八咫烏が死んだ姉を導いてくれるかと思って」


俺は「それは辛かったな」と言おうとしたが、やめた。姉が死んで、そのあとに自分も死ぬ気持ちを上手く捉えられなかったからだ。俺は代わりに別の質問をする。


「この廃神社には何回も来てた?」


「そうです。ここから山を降りてすぐ近くに家があるんです。あ、今もお父さんと二人暮らしです。澄枝神社は小さい頃にたまたま見つけて、そのときにはもう廃神社でした。それから事あるごとに参拝してまして、私が死ぬ直前もここに参拝しに来ました。でも社殿の前に立った途端、急に心臓が痛くなって...。そしてそのまま幽霊になりました」


心臓が痛くなった、か。医学は詳しくないが、おそらく心臓麻痺とかであろう。


奏は質問を返してくる。


「水村さんはなぜここに?」


「俺か。このカメラを見れば分かると思うが、俺はフォトグラファーなんだ。趣味で廃神社を巡ってるんだよ。ここに関しては二週間前、友達から話を聞いて知ったんだ」


奏は俯き加減で「そうですよね、ここに参拝目的で来る人はいませんよね」と一人で悲しがっている。この廃神社に対してかなり思い入れがあるのかもしれない。


奏は俯いていたのにいきなり顔を上げた。


「あの...今気づいたんですけど、その右腕の傷、どうしたんですか?」


俺は「ああ」と言って少し笑う。半袖を着ているから見えるのは当然だ。


「この傷か。前に料理してたとき、包丁を落として右腕を掠めちまったんだよ。それでなかなか傷が癒えなくてな」


奏は「そうだったんですか」とだけ言って、また俯く。生前はネガティヴ思考だったんだろうな、と勝手に思った。


やがて俺と奏の間に流れる沈黙。葉が揺れ、鳥は囀り、その中に小型扇風機の人工的な稼働音が混じる。


沈黙を切り裂いたのは奏だった。


「私、なんで幽霊になっているのか不思議だったんです。でも水村さんに会って気がつきました。最後に世話になったお父さんに会いたいことに」


奏が一瞥(いちべつ)してくる。俺は黙って続きを促す。


「家はさっき言いましたが、この山を降りてすぐそこです。ですが、澄枝神社を覆うように薄いドーム状のような膜が張ってあって、そこから出ることができないんです。水村さんは見えますか?」


俺は首を横に振る。人間に見えてればこの廃神社は間違いなく有名になるだろう。


「そうですよね、私も生きている間は見えませんでした。それはともかく、私はお父さんに会いたいんです。でも、膜のせいで出られない。そこでなんですが、水村さん、ここにお父さんを連れてきてくれませんか?」


「悪いがそれは無理だ」


まさかすぐに否定されるとは思っていなかったのか、奏は俺に少し失望したような顔を向ける。


俺は奏に弁明する。


「奏の家に行って奏のお父さんを呼び出しても俺が怪しまれるだけだ。死んでから一週間も経ってるんだから、素性を知らない男からいきなり『あなたの娘さんが呼んでますよ』って言ってもまず来ない。仮に呼び出せたとしても連れて行くのは山の中だ。余計に怪しまれて俺が警察のお世話になっておしまいだ」


奏はまだ納得していないような顔だったが、「確かにそうですね」と言った。奏のお父さんを呼び出せない理由は他にもあるが、省いてもいいだろう。しかし、俺もこのまま帰るのもなんだか腑に落ちなかった。


「なあ奏。俺もその話を聞いた以上、何もしないのは俺の善良な心に反してしまう。俺が奏のお父さんに会わせる方法を他に考える」


奏の顔が明るくなった。


「だけど、今思いつくのは厳しい。だから一度この問題を持ち帰らせてくれ。明日は仕事があって厳しいから、明後日だ。明後日、ここにもう一度来る。絶対だ。それでどうだ?」


「分かりました!」


さっきの俺のように、奏は即答した。


「じゃあ、俺は今から帰る。一日は待ってもらうことになるが、辛抱してくれ」


俺は奏に背を向け、汚い鳥居をくぐる。振り返った俺は奏に手を振ると、奏も振り返しながら「絶対来てくださいよ!」と叫ぶ。


廃神社が見えなくなってきた頃、俺は「さて、困ったもんだな」と独りごちた。

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