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幽霊の女

今朝、テレビの画面越しにいるニュースキャスターは残酷にも、今日も真夏日になることを伝えた。さらには「涼しくなるのは十一月上旬ごろになるのではないか」というあながち冗談として笑い飛ばせないような可能性まで報じてくる。だが、それが仕事なのだから仕方がない。


それを聞いた俺は今、首にはカメラを掛けて、小型扇風機を片手に(くだん)の山を見上げている。


「......意外としょぼくねえか?」


スマホのマップで見たときは航空写真だったため、上手くサイズ感を掴めずにいた。しかしこうして見ると、なんだかこじんまりとしている。それはそれで廃神社を探すのが楽なのでありがたいが。


芳賀(はが)から話を聞いてから二週間が経つ。仕事や個人的な用事が重なってしまった。できれば芳賀も誘いたかったが生憎、芳賀は芳賀で仕事があるようで、結局は俺一人で行くことになった。


「さて、見に行きますか...」


人の手入れもされていない山道は険しそうに見えるが、廃神社巡りを趣味とする俺もそんなものでは負けない。これまで散々山道を歩いてきたので、もう慣れている。


対策すべきは熱中症である。ニュースキャスターの言葉を嘘だと信じたかったが、どの番組も、どの天気予報アプリも真夏日だと知らせる。これでは今年の八月が四十五度すら超えるのではないかと心配になってしまう。


倒木や雑草を掻き分けいく。種田山頭火(たねださんとうか)の「分け入っても分け入っても青い山」という俳句をかつて授業で習ったときは情景が上手く浮かばなかったが、今フォトグラファーとなっては浮かぶどころか何度もこの目で見ている。


「多分この辺りか?」


マップの情報が正しければ、そろそろ廃神社が見える頃だ。


道に落ちている葉を蹴散らしながら歩き、やがて鳥居が見える。俺は思わず「おお」と感嘆の声をあげた。まだ鳥居しか見えていないが、周りの杉や(ひのき)が汚い鳥居とマッチしていた。


俺は今立っているところから、シャッターを切る。近くで撮るのも良いが、遠くから撮るのも構図として悪くない。


さらに歩みを進めて、鳥居の前に立つ。鳥居に掲げられている輝きを失った扁額(へんがく)には「澄枝神社(すみえだじんじゃ)」と書かれていることが辛うじて読める。


そして俺は気づく。


────誰かが、いる。


もう何年も掃除がされていないであろう境内。その真ん中に倒れている八咫烏像。両脇に咲き誇る綺麗な撫子。見捨てられた社殿。その前に、誰かがいる。


鳥居に背を向けているから、顔は分からない。だが長く黒い髪を一本に結んで腰あたりまで下ろしていることを踏まえると、女であるだろうとは予想がついた。

服は全身が真っ黒であった。あれは、喪服か?喪服を纏うその人はまるでカラスのようであった。カラスはカラスでも、漢字の「鴉」が似合う、となぜか直感した。


そもそも偶然、こんな廃神社で会うことなんてあるのか?俺は廃神社を巡ってきて何度か人に遭遇したことがあるが、全員が明らかに様子がおかしかった。この人も同じ類なのか?それにしては「静」を保って社殿を見ている。


ここまで来て、引き返すことはできない。意を決した俺は鳥居をくぐり、声を掛けた。


「あの...」


あなたもフォトグラファーですか、と続けようとすると、先に振り向いてきた。


やはり、女だった。改めて見ると身長がやや高い。


女は呟いた。


「あなた...見えるの?」


瞬間、真夏日だというのに背筋に寒気が走った。俺は咄嗟に女の足元に目をやる。


女の体は、浮いていた。僅かに浮いていた。


俺はこれまであらゆる廃神社を巡ってきた。中には心霊スポットとして知られる場所もありながら、それらはやはり噂に過ぎなかった。


だが、この女は。女は間違いなく「幽霊」と呼ぶに相応しい存在だった。


顔を見上げた先には女の顔があった。口角を上げていた。不自然なほどに。


この女は、人間じゃない。幽霊か、鴉か。


そのとき、ガアガアと聴こえた。俺には鳴き声の主が壊れた八咫烏か、喪服を(まと)う女か分からなかった。

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