異常気象
今年の夏は異例の酷暑だと報道されているが、それを昨年も、さらに言えば一昨年も報道している気がした。
六月上旬。俺はエアコンと扇風機をフルで活用して冷気を廃神社の写真に溢れた小汚い部屋で包んでいる。両手にはカップ麺と割り箸。自炊はしない人間だ。最近は包丁すら持っていない。できれば食後にタバコを吸いたいが、外があまりにも暑すぎて吸う気も起きない。
十年前の俺が今の俺を見れば間違いなく嘲笑するだろうが、されても困る。俺だけで地球温暖化を食い止めれるわけがないのだ。俺ができるのは変わりゆく気候に適応していくだけである。
フィルムの割れているスマホの奥にいる友達の芳賀は、
『ああ琉一、俺が死んだら写真を一緒に埋葬してくれ』
など、暑さに頭をやられたのか死を悟り始めている。
芳賀とはネットで知り合った。芳賀も俺と同じようにフォトグラファーを生業としており、週に一度は通話、月に一度は実際に会っている。
『良いことを思いついた。琉一、俺の棺桶でも撮っておけ。なかなかないチャンスだぞ』
どうも酒で酔っているような気配はない。ということはやはり、暑さが芳賀を酔わせているのだろう。そしてそれは芳賀だけではない。俺も同じだ。これは暑すぎる日本が悪い。
「芳賀、俺が死んだら死後の世界で会おうな」
死後の世界はあってほしい。生涯で知り合った人たちや今までの友達に死んだら会えなくなるというのは、あまりにも虚しいものだ。
スマホの奥からウイーンと扇風機を起動させる音と、『最高だわ』という呟きが聴こえ、芳賀は気だるそうに言う。
『なんだお前、近くに死神でもいるのか?』
それはお前が言うことか?
「死神ねえ。俺は死後の世界に死神に連れて行かれるのかよ」
死神は何百年も前から描かれ続け、今でも変わらない。しかしそれは人間の空想に過ぎないのだ。一度は会ってみたいが、その一度が死後なのは残念である。是非とも俺の自慢のD7500にその姿を収めたい。そんなことを考えていると、芳賀が言う。
『死神はあくまで人の魂を奪い取る存在なだけなんじゃねえか?連れて行くならカラスとかだろ』
確かに、死神よりカラスの方が納得する。
「カラスで連れて行くといったら、八咫烏の話が有名だよな」
『ああ、神武天皇を導いたっていう話か』
「そうそう。祀っている神社も多いよな」
俺が言うと、愉快そうに話していた芳賀が急に黙り込んだ。数秒しても黙り込んだままで、俺が声を掛けようとした瞬間、芳賀が話し始めた。
『八咫烏を祀っていた廃神社を知ってるか?』
八咫烏を祀っていた廃神社。趣味で全国の廃神社を巡っているが、そんなところは聞いたこともなかった。
「そんな場所、聞いたこともねえな。どこにあるんだ?」
『説明がしにくい。写真を送る』
数分後、芳賀から一枚の写真がメール上で送られた。見ると、何の変哲もない山の中腹にピンが刺されている。しかし、この地形になぜか見覚えがあった。
『K県O市だ。お前の住んでいる場所だろ?』
「ああ、O市か。通りで見覚えがあると思ったよ」
だが、O市はO市でも俺の家からは遠い。しかも真夏日が何日も続く異常事態が発生している。行くか行かないか悩んでいると、芳賀が付け足す。
『その廃神社、撫子が綺麗に咲いているとも聞いたぜ。行ってみたらどうだ?』
撫子か。それなら見に行く価値もあるだろう。
「そうか、それなら行ってみるよ。教えてくれてありがとうな」
『おう、じゃあ俺は明日も仕事がある。ここらで寝るよ。またな』
そう言われたのち、スマホはピロンと鳴らしてそれきり音が聴こえることはなかった。




