4.異世界生活45日目
雨の月 木の日 天気:曇り
どうも、葉加藤久太です。
この異世界にやって来てもう一か月半も経っていた。
とうとう俺は一軒家持ちになってしまった。
そんな苦労していないのに。
家を手に入れたとみんなに話すと驚かれつつも「おめでとう」と祝ってくれた。
馬小屋での生活に慣れて、みんなと一緒に過ごす生活が楽しかったこともあって寂しい気持ちになってしまった。
やっぱり馬小屋で暮らそうかとポロッと口にする。
するとノリちゃんが
「ご縁があったのだから大切にしたほうがいいよ」
とアドバイスしてくれた。
図書館では幽霊じゃないかと話していたが、この異世界では実在するものとして身近な存在らしい。
マジで?
モンスターと戦ったことのない俺は現世における幽霊のイメージが強かったが、ここでは違うらしい。
まず敵にゴースト系のモンスターが存在し、通常の攻撃では倒せないそうだ。
しかも、人に取り憑く場合もあるそうなので、少しでも見かけたらすぐに逃げることが推奨されているそうだ。
こええよぉ!? 異世界ってやっぱり危険じゃねえか!!
ここに送った女神マリアンに怒りの矛先を向けるていると、ノリちゃんが笑って言った。
「キュウちゃんは人が良いから好かれたんじゃない?」
キュウちゃんとは俺のことである。
幽霊も悪い奴ばかりではなく、生きた人に恩恵を与えたり、気持ちを伝えたい場合にこの世を彷徨っているという証言もあるため、一概に恐ろしいものだというのは違うらしい。
俺も一日一緒に過ごしただけであったが、楽しかったのは事実なので、良い思い出として忘れないようにしようと思い直す。
一つ後悔があるとすれば、彼の口から名前を知りたかったことだ。
役所の人に尋ねたら、男の子の名前は「アレス・ドウ」というらしい。
良い名前じゃん。
何で言ってくれなかったのか。
死んだ人間であると悟られたくないためだったのか。
理由はわからないが、教えてくれても良かったろうにと心の中で俺は小さな友達に悪態をついた。
まあ言いたくなかったのなら仕方ないか。
気を取り直して幽霊ハウスに向かう。
全部で4LDKの間取りとそこそこ広かった。
リビング、ダイニング、キッチン、客間とそれぞれ空いた部屋が3つあった。
アレスが使っていた部屋と両親が使っていた部屋にはそれぞれ私物や衣類なども残されていた。
これらを捨てたりするのは憚られたため、俺は空いていた部屋を一室使わせてもらうことにした。
なんだかんだ言って自分だけの家が手に入ったのは嬉しい。
家庭菜園でも始めるかと調子に乗ったように気分が上がったが、それを含めて楽しい一人暮らしを過ごせそうだった。
ーーー
「すみません。家に泊めてくれませんか?」
冷え切った身体で鼻水を垂らす一人の少女が家を訪ねてきた。
…………誰この子?
年は十代後半くらいで俺と同じくらいだろうか?
黒いハット帽と黒いマント。
紫の髪に水色の瞳。
魔法使いと思わせる女の子が俺の家の前にやってきた。
因みに季節は夏前くらいでたまに蒸し暑くなるくらいの気温だった。
しかし、目の前の少女は極寒の地で歩いてきたかのように全身から冷気を漂わせて涙から鼻水までが凍っていた。
俺は不審者と思い、家には上げず、ギルドと役所の場所を教えてそちらに出向くように言った。
遠回しに関わりたくないと暗に示してドアを閉めようとしたそのときだった。
ガンッ!
彼女は俺が閉じようとした玄関ドアに足を突っ込んできたのだ。
「セールスはお断りですからぁあああ!! どうぞお帰り下さいませぇええええええええっ!!」
俺は渾身の力を込めてドアを思いっきり引っ張った。
「セールスじゃあないですよぉおおおお!? モンスターに襲われ命からがら生き延びた英雄なんですっ!! 行く場所がなくて困ってるんですっ!! 泊めてくださいよぉおおおおおおおおっ!!」
少女も負けじとドアノブを持ち始め、閉めさせてたまるかと引っ張り始めた。
「英雄名乗るなら他に行く宛なんかあるでしょうがぁああああ!? どうして見知らぬ家にやってくるんだぁ!? 意味がわからんぅううううううううっ!!」
意地でも入れてたまるかと俺は更に力を込めた。
「行く宛のない私はぁああああ、ここに行けばいいよって言われたんだぁああああああああっ!! とやかく言わずに泊めろオラぁああああああああっ!!!」
一歩も引かない姿勢の少女は叫ぶ。
「言った!? だ、誰だそれぇっ!?」
「アレスさんですよぉおおおお、お?
わぁああああああああ!!?」
アレスという名前を聞いて俺はドアノブから手を放す。
反対のドアノブを持っていた少女は体重をかけて引っ張っていたために俺が放した反動で庭の方まで転がり倒れた。
「アレス……?」
俺は倒れて目を回す少女を見つつ、いなくなった小さな男の子の名前を口に出した。
ーーー
なんでアレスが?
結局俺は疑問に思いつつも、とりあえず少女を家に招き入れることにした。
まず風呂に入ってもらって(異世界にもあるんだと最初は驚いた)身体を温めもらう。
そのあとアレスのお母さんが来ていたと思われる室内着(勝手にごめんなさい)に着替えてもらってサッパリとした姿へと変わっていた。
黄緑色のパジャマである。
彼女の名前はユラン。
冒険者だそうだ。
「ほい、ミルク」
俺は客間でゆっくりとする彼女に温めたミルクを出してあげた。
「ありがとうございます。いや~家に入れてもらえて良かったよかった」
彼女は最初こそ強引に家に上がろうと不審な行動をとっていたが、落ち着いて話すと変人ではあるものの不審者ではないと思われた。
「落ち着いたなら教えてくれない?」
俺は彼女にここに来た経緯を訪ねた。
「はい! 実は私、人類軍として魔王軍と戦っていたのですが――」
彼女曰く、魔王城付近で戦闘を行い、人類軍が瓦解したあと、ずっと一人で逃げていたそうだ。
「部隊から一人孤立してしまって、無我夢中に逃げてたんですよねぇ」
疲労で段々と動けなくなり、魔王軍が追い付いてきたそうだ。
「氷魔法を操るモンスターに囲まれてしまいまして……凍えてそのまま意識を失ってしまいました」
「ならどうやってここに?」
俺が聞くとユランも首を傾げながら不思議そうにする。
「私も良く分かっていないのですが、気を失ったあと変な声が聞こえたんですよね」
「声?」
「はい。『今からチャレンジタウンにきみを送るから、目の前の家を訪ねてみて』って」
ユランは容量を得ない様子で話す。
彼女も状況を理解してはいないみたいだった。
「『あなたは誰ですか?』って聞いたら、『アレスだよ』って答えてくれました」
「…………」
アレスはいなくなったはず。
なのにユランを助けた?
それにチャレンジタウンに送るってどういう意味だ?
ノリちゃんみたいに瞬間移動を使ったってことか?
俺は意味がわからず、とりあえず彼女の話を聞こうと思った。
「『そこに住むおじさんは変だけど優しいから、無理矢理にでも家に押し掛けてみて』って言ってました」
「誰がおじさんだよ!? 誰が!」
俺はツッコミを入れる。
「そうですね。おじさんではなかったですね。変人は正しかったですけど」
「誰が変人だ!!」
アレスもそうだが、目の前のユランも好き勝手言ってくる。
一人暮らしをただ満喫していたのにどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
「いや~目が覚めたら本当にチャレンジタウンに来ていたからびっくりしちゃいましたよ。アレスさんもそうですが、キュウタさんも命の恩人ですよ」
そこまで言ってユランを姿勢を正した。
「本当にありがとうございました。助けてくれて嬉しかったです」
頭を下げて礼を言う彼女に俺は肩の力を緩めた。
「アレスさんにもお礼を言いたいのですけど、今はどちらにいますか?」
「…………」
俺はユランにアレスのことを話すのであった。
ーーー
「亡くなられてる……」
俺の話を聞き終えたユランは顎に手を当て考え込む。
「俺はこの世界に来てまだ二か月足らずの転生者だ。この世界で幽霊がどういう存在か、まだよくわかってない」
俺はノリちゃんに教えてもらったことを同じようにユランに伝えた。
「そうですね。そのノリちゃんの言うとおり、幽霊というかゴーストというか、生身の肉体を持たない存在は確かにいます。そして全て害あるものではないのも確かです」
ユランは言う。
「しかし、キュウタさんの言うとおりなら、この家を譲ったあとに姿を消したのは、成仏したのではなく、ただ消えたということでしょうか?」
「わからん。俺は置き手紙を読んだだけで消えたあと何も見てないし聞いてない」
もう会えないと思っていた人物がまだ存在している可能性がある。
俺はアレスに会えるかもしれないと心の中で期待が膨らんでいた。
「ユランは声を聞いただけで、アレスの顔は見てないんだよな?」
「はい。高い声でしたから、女性かと思いましたが……まさか小さい男の子だったなんて……」
戸惑うユランに俺はこれ以上、アレスのことを聞いても何もわからないなと話を切り上げて立ち上がる。
「とりあえず俺は出かけるから、ユランも今晩の宿探しておいてくれな?」
「は?」
俺の言葉に口を半開きにして驚くユラン。
「泊めるなんて一言も言ってないぞ。アレスの話を聞きたいから家に上げただけで、この家に泊める気はないからな」
俺ははっきりと言った。
「ちょっ!? 泊めてくれないんですか!?」
「当たり前だろ。せっかく一人暮らしを満喫していたのにどうして見ず知らずの人間を泊めないといかんのだ」
ユランを泊めるくらいなら、ノリちゃんやサブ、ケースケなど浮浪者仲間たちを泊めたいと思った。
「大体、得体が知れなさすぎる。家に押し入ろうと咄嗟に足をドアに挟むなんてまるで慣れた芸当……ユランは本当に冒険者なのか? 差し押さえ慣れした金貸し業者か何かじゃないか?」
俺は疑いの目でユランを見る。
「そんなわけないでしょっ!? こんな可憐で清楚でキュートな美少女が金貸しなんてするとお思いですか!? しません!! 断言します!! 私は無実です!!!」
胸を張って堂々と答えるユラン。
その言動に俺は益々不信感が強まった。
「自分で自分のことを美少女っていう奴が美少女なわけあるか!! 大体、冒険者として働いてきたなら金があるだろ? なんでそこまでしてうちに泊まろうとするんだよ!?」
「…………」
ユランは黙り込み、次第に目に涙を浮かべてポツリと言葉を漏らす。
「お金……捨てちゃった」
ユランは言う。
魔王軍から逃げる際に、寝返った元冒険者たちに対して全財産を投げ捨て追われないように気を逸らそうとしたらしい。
「お願いします。ぜひ住まわせてください……」
土下座で頼み込んでくるユランに俺は何も言えなくなってしまったのだった。




