枕は見た
とある友人に聞いた話。
ある時、彼の妻が新しい枕を買ってきた。
「リサイクルショップで、新古品で安かったのよ」
そう言って、新しいカバーを掛けてくれた。
それまで使っていた枕はかなりくたびれていたため、友人は喜んでそれを使い始めたそうだ。
使い心地に特に問題はなかったが、枕を変えてから不思議な夢を見るようになった。
それはベッドに仰向けの状態で部屋を眺めている夢だった。夢なのに金縛りにあっているようで、目以外を動かすことができない。
その部屋というのは、今まで見たこともない部屋だった。友人は今の家に至るまで数回引越しをしているが、そのどれとも違う。
ある日ふと、その話を妻にしてみた。
「あの枕に変えてから、変な夢を見るんだよな。僕の部屋じゃない部屋に寝てるんだ」
「へー」
「ベッドの右側に青いカーテンのかかった窓があって、シーツはやっぱり青のチェック柄。左側にドアがあって、ドアのすぐ脇にクローゼットと本棚がある。なんか高級そうな部屋だよ。そんな部屋、知ってる?」
「知らないわ。でもそんなの、いかにもモデルルームでありそうな部屋じゃない? そのうち見なくなるわよ」
妻は素っ気なくそう言った。
しかしその言葉とは裏腹に、友人は毎日のように夢を見続けた。いつも変わらぬ内容の夢は、不気味というより不思議な感覚だったという。
友人は朝食の際に時折、「昨日も同じ夢を見たよ、何なんだろうなぁ」と妻に話していたそうだ。
夢を見始めてから一ヶ月ほどが経った頃、初めて夢に変化が現れた。
といっても、それはとても些細な変化だった。いつも何もない本棚の上に、一枚の絵が置かれている。「どこかで見たことある絵だな」友人は夢の中でそう思ったという。
目が覚めてから、友人は既視感の正体に気がついた。自分の枕元に掛けてある絵とそっくりだったのだ。それは人々が離陸する飛行機を見上げている絵で、妻が数年前の彼の誕生日に買ってくれたものだった。
朝食の席で、友人は妻に話しかけた。
「また夢を見たよ。今度はいつもと違って、本棚の上に絵が追加されてた。ほら、君が前に買ってくれた、あの絵だよ。やっぱり夢だな、無意識だけど現実に影響されてるね」
友人が言い終わるか終わらないかのあたりで、ガチャンと大きな音がした。驚いて見ると、妻がコーヒーカップをテーブルに叩きつけていた。
「どうした…」
「言いたいことがあるなら、はっきり言えば⁈」
妻は顔を真っ赤にし、目には涙をためて叫んだ。
「全部わかってるんでしょ⁉︎ 探偵でも雇ったの? そんなもったいぶった言い方で追い詰めて、楽しい? そうよ、私が悪いわよ、離婚でも何でも、お好きにどうぞ!」
協議の末、半年後に友人は妻と離婚したという。
・・・・・・・・・
「早い話、妻の奴浮気してたんだよな。僕にくれた枕は、浮気相手のお下がりだったんだ。あいつ、ケチで面倒臭がりだったから、ちょうどいいと思ったんだろ。誕生日プレゼントも考えるのが面倒で、同じものにしたらしい。浮気のことはともかく、なんで寝室の内装やプレゼントの置き場まで知ってるのかと、妻は内心怖かったとさ」
友人は呆れたようにそう言った。離婚からはもう数年が経過していて、すっかり心の傷は癒えているらしい。
「それって、枕が教えてくれたってことか?」
「そうとしか思えないんだよなぁ。実際、浮気が発覚してからはすっかりその夢を見なくなったし」
「その枕を、まだ使ってるのか?」
浮気相手のお下がりを? 言外にそう含めて訊くと、友人は頭をかいた。
「変な仲間意識が芽生えてなぁ、捨てきれないんだ。浮気に気づいたのは枕のおかげでもあるし。ま、捨てられた者同士、これからも仲良くやるさ」
友人のそんな自虐に、私は苦笑で応えるしかなかった。




