40. 報告と方針……?
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婚約承諾については内々のものだったが、本人以外に伝えないという訳にもいかないということで、一夜明けて朝食が終わった後、ウェド様とともに陛下の執務室に報告に向かう。
さすがに朝食の席で話すような軽い話題でもない。
宮廷の上部、政務に関わる区画にはこれまで足を踏み入れることがなかったので、風景にあまり変わりはないとはいえなかなかに新鮮な気分だ。これがなければ……と思いつつ前に伸ばされている自分の手を見る。
「あの、ウェド様。そんな手を引かなくてもボクは歩けますよ」
「だってこうしないとシアが居なくなったら困るでしょう。それと、"様"はもう付けないで呼んでよねって昨夜も言ったよね?」
まだしばらく意識しないと"様"を付けて呼んでしまいそうなのはずっとそうしてきた癖もあるのだろうか。
ボクの一歩前を行くウェド様は嬉々として、でもボクが居なくならないか心配をしながらボクの手を引いて歩く。足幅がかなり違うのにちゃんと気遣ってくれている速度であるのを無意識で行っているように見えることが逆に腹が立ちそうだ。
「ああもう、ウェド……。ボクだってちゃんと気持ちも覚悟も決めて受け入れたのだから、そんな勝手に居なくなったりしませんよ」
「そんなこと言われても父上の前で報告を無事終えるまでは僕だって不安もあるのだからわかって欲しいな」
政務区画ということもあって歩いていると貴族官僚や登用されている役人などとも時々すれ違うが、ウェド様とボクを見て不思議そうな顔をしている。
ウェド様だけなら陛下の手伝いや自身の公務の関係もあって区画への出入りも以前からある。けれども、顔は思った以上に知られているみたいだが、一介の学院性である身として、決して普通ならボクに用事のない場所だからだろう。
余計なことをいろいろと考えているうちに、区画最上部にあるらしき陛下の執務室の前についたらしい。他の扉とほとんど変わりはないが、微妙に意匠や作りが違うのだとか。
扉を四回叩くと、陛下の侍従が扉を開き、ボクたちの訪れに一瞬驚いた後、陛下への用件を尋ねる。ウェド様も陛下の息子とはいえ執務室での扱いは他の人同様になるらしい。急ぎの報告があるということを伝えると、繋ぎの間で待つように言われ、侍従は奥へ消える。
しばらく待つと、入室の許可が下りたのか、侍従が戻ってきて奥への扉を開き招いてくれた。
「この時間にやってくるとは珍しいな、ウェド。急ぎの報告があると……、ベルサフィア嬢も伴っていたのか。
とりあえずそこに掛けるといい。用件を聞こう」
執務室の端にある簡易な打ち合わせに使うのか向き合ったソファを勧められ、陛下も反対側に着く。
報告が必要なのはわかっていたが、やっぱり昨夜のそれと同じくらいドキドキする。
「ほら、シア」
「う、うん……。
執務中の貴重なお時間いただきありがとうございます。
以前より打診をいただいていたウェド様との婚約の件ですが、その、承諾のお返事をさせていただくことになりましたので、ご報告に参りました」
緊張しながらも短い報告を終えると、陛下の動きが止まった。視線だけがボクたちの間を行ったり来たりしている。
ウェド様が隣で小さく頷くと、陛下の顔がいきなり満面の笑顔になって立ち上がる。陛下もこんな風に笑うのだ、と驚きを禁じ得ない。
「そうか! ウェド、ベルサフィア嬢、おめでとう。そうか、よかった、よかったなぁ……」
「あの陛下、何も泣かなくても……」
祝いの言葉を述べた後、急に泣き出す陛下にびっくりしてボクも立ち上がってしまう。恐る恐る隣で座ったままのウェド様を見ると苦笑して首を振る。
「父上、シアが驚いていますから泣かないでください。なかなか返事が貰えていないことを心配してくれていたのはわかりますが、息子の婚約が決まったくらいで泣かれても僕も困ってしまいます」
「そうは言ってもなあ……、やっぱりそこは嬉しいだろう。やっと話が決まったのだ。そもそもベルサフィア嬢に出会う前は結婚するかどうかも考えていなかったことを思えば、伴侶にしたい相手が現れた時点で喜ぶべきことではあったが」
陛下を窘めたと思ったら、返された言葉で複雑な表情をするウェド様。
お相手を外国の王室から迎え入れる話自体は纏まっていて、あと時期を待つばかりのフィア様。幼少のころより婚約者が決まっていて既に夢中なエルさま。娘二人の婚約は随分前から決まっていたのに対して、成人しているのに結婚をまるで考えていない息子が居たのは確かに王室の人間としてはきっと心配だったのだろう。
「ベルサフィア嬢、本当にウェドでいいのだな?」
「はい」
執拗に念押しをしてくる陛下にどれだけ心配だったのだろうかと思ってしまうが、次の言葉で固まってしまう。
「婚約を受けてくれたことはありがとう。心から感謝する。それでは、婚約の発表と、婚姻はそれぞれいつ頃にするかね?」
なるほど、心待ちにしていた息子の婚約だけに早く発表したいのだろう。気持ちはわからないでもないがあまり焦らないで欲しい。
「その点については申し訳ないのですが、しばらくは内々のものとさせていただきたいのです。
できれば学院卒業後に発表して、エルさまの婚姻よりも後での婚姻をと考えているのですが……」
「せめて発表だけでももう少し早めたいのだが、何故そんなに引き延ばすのかね?」
「それはその……」
「それは僕もちょっと気になっていたのだけど、聞いてもいいかな?」
二人して私を直視されて居た堪れない状況に陥っていく。発表を後にしたいのは単にボクのわがままでしかない。
「…………。その、恥ずかしいので……」
顔を背けながら言うとウェド様が昨夜のように突然ボクに抱き着いてきた。
「あっ、あの、ウェド様、離してください」
「昨夜から何度も言っているのにまた……」
「……ウェド、離してください」
本当に、ボクは昨日から何度顔の火照りを経験すればいいんだろう。もうわからなくなってきている。
それを見ながら陛下は咳払いを一回して複雑そうな顔をして述べる。
「……よい、わかった。二人の仲に問題がないのであればベルサフィア嬢の希望通り、卒業後の発表としよう」
「あの、ありがとうございます」
「ああ、まあ構わない。
ところでウェド。いつまでそうしているつもりだ。ベルサフィア嬢が困惑しているし、婚約を結ぶとはいえ婚姻よりも前にあまりそのようなことを続けるのもどうかと思うぞ」
陛下の発言を聞いてようやく離してくれるウェド様。助かった……。
陛下を前に話をするよりもウェド様に抱きしめられる方がドキドキするのは慣れない状況からなのか、単に恥ずかしいだけなのか、それとも本当に知らず知らずのうちにウェド様を好きになっているからなのだろうか。
「それでは報告も終わりましたし、いつまでも父上の執務の邪魔をする訳にはいけませんからお暇しましよう。ね、シア」
「あ、はい。そうですね。お邪魔いたしました」
陛下の執務室から居室区画に戻りながら、そういえば、他の男性から抱き着かれるような真似をされたことがないからウェド様との比較なんて無理だなとか、父様とウェド様以外に抱きしめられそうになったら殴り倒してしまいそうだなどとくだらないことを考えてしまう。
今回はとりあえず婚約発表が在学中にされて、更に学院内の注目を集めるようなことが回避できただけでも十分だ。それに、殿下は臣籍降下をした上で我がベルサフィア家に婿入りという形になるので、ボクが王室独特の慣習などに触れる必要がないのは幸いといったところだろうか。
きっと年明けに吉事として発表したかったのだろうなどと陛下の表情を思い出して今更ながらに思うが、心と生活の平穏のためにまだしばらくは猶予をいただこう。
前回同様予定より随分遅くなってしまいました。
これからもしばらくの間は仕事の繁忙期等の諸般の事情により
投稿する曜日や時間が不安定になってしまうかもしれませんが、
更新自体が全く無くなることは無いようにさせていただきます。
それでは、ご読了どうもありがとうございました。




