第1話:ネコとシェイクと蒼いパスケース②
蘭武高校には授業のために使われている新校舎と部活動および委員会活動のために使われる旧校舎の二棟から成り立っている。その旧校舎の最上階三階には生徒会室があり、生徒会長である叶井巡の活動拠点となっている。
夕焼けが校舎を赤く染める放課後の時間に巡は生徒会の事務作業に追われていた。かれこれ二時間以上も様々な事務書類を片付けていた巡は、ぼやくようにため息をつく。
「はあ…」
「突然のため息…もしかして押印ミスった?」
すかさず反応したのは同じく生徒会書記の水晶占。巡とは中学からの親友であり、今日も事務作業を一緒に手伝っている。
「いや全然違う話。今朝ね、佐竹さんのネコに威嚇されちゃってさ…」
「なるほどと思ったけど、キヨシって結構機嫌悪い日が多くない?」
「いや占ちゃん、ネコの名はヒロシだよ…」
「失礼失礼、ネコ違いか…それにしてもなんで巡はそんなに凹んでるの?ある意味で巡はヒロシの命の恩人なわけだし…」
事務作業を終えた占は、趣味の占いで愛用している水晶玉を丁寧に磨きながら淡々と答える。
「占ちゃんが言う通りかもしれないんだけど…なんかあたしって動物に好かれないんだなと思って悲しくなってしまったというか…」
「まあ確かに巡はよく路上のカラスに威嚇されてるし、わりかし動物にモテないから動物園には就職できないかもね」
「そう、まさにそれなんだよね…」
「え、本当に飼育員になりたいの?」
「違う違う。進路の話じゃなくて“動物にモテない”という話」
引き続き水晶玉をフキフキと磨く占に対して、さらに溜息をつきながら巡は語り出す。
「動物全般にモテないんだというショックもあるんだけど、こんな調子で自分に彼氏ができなかったらどうしようという不安がめちゃくちゃ大きくなっちゃって…三十路を過ぎても恋人ができなかったら本当にどうしよう…」
巡の悩みを聞いて、占は水晶玉を磨いていた手を止める。
「それはまた唐突っすな…」
「占ちゃんは恋愛に憧れはないの?」
「そこまでないね…今は男より星が好きだし、もし欲しくなっても適当にプロフィールでっち上げてアプリで良さげな相手を捕まえられるでしょ」
「相変わらず凄い自信。私にも分けてほしいな…」
「すいません。この自信は非売品でして…」
「ハハハ。まあ冗談は置いといて、やっぱり生徒会長の仕事で忙殺されていると余計に“青春”とか“恋”が羨ましいなという気持ちが大きくてさ…」
「へ~~(たぶんその話は五万回ぐらい聞いた気がするけど)」
「もちろんこの仕事はやりがいがあって好きだけど、それこそ私の好きな少女漫画みたいにね、恋バナの相談に乗ったり、街で運命の男の子と出会ったり、そういう青くてロマンティックなことにどうしても憧れちゃうな…」
「身近な友達に恋バナがなくて申し訳ないっす…」
「いやいやいや占ちゃんは気にしなくていいからね!」
「フフッ、分かってるよ。要するに今の巡の日常からは恋愛とかが程遠く感じていて、今朝ヒロシに威嚇されたことで余計にその隔たりを実感したってことでしょ」
「さすが占ちゃん、言語化がお上手で」
「まあ現代文は毎回赤点スレスレなんだけどね」
巡と占はお互いに顔を見合わせて笑い合う。こうやって生徒会室でだらだらと仕事をしながら雑談に耽るのが彼女たちの日常であった。
「とはいえ、この話題を何回も語る巡を見るのは辛いものがあるので、せっかくなら巡の今後の恋路を占ってあげようか」
「え、いいの!恋占いは苦手なんじゃなかったっけ?」
「最近、芸能人のスキャンダルを予知できてから調子がいいから大丈夫」
「それは大丈夫じゃないでしょ」
水晶占は、冗談を交えながら磨いていた水晶玉を紺色の布を机の上に広げ、そこに台を固定して水晶玉を設置する。彼女は、占い師である母と祖母の影響で幼い頃から占いが趣味であり、ライフワークにしたいと考えている。普段からクラスメイトの依頼を受けて占うことが多く、歯に衣着せぬ言い方で校内では「蘭武の母」と呼ばれている。ちなみに当たる確率は本人曰く「日によって変わる」らしく、巡もあまり当たった記憶はない。こうして準備が整った占は、即座に水晶玉に手をかざして呪文を唱え始める。
(占ってる時の占ちゃんの顔が凄く真剣でカワイイんだよね)
巡はどこか嬉しそうに占の様子を見守っているが、占は素早い手つきで水晶玉をのぞき込んでは傍に置いた占いの本をめくり、水晶玉が暗示する内容を考察している。
「ほうほう…フムフム…だいたいわかったよ…」
すっきりした表情で占いの本を閉じた占は、巡を見つめて占いの結果を伝える。
「良いですか。落ち着いて聞いてください。あなたはたぶん高校在学中に恋人ができます」
「え!?」
「しかもたぶん意外と近くにいる人みたい…」
「え、誰だろう…従弟のサグルくんかな…」
「いやそういう血縁的な近さじゃない気がするし、無理して探すものじゃないからね…」
「まあ、正直サグルくんは恋愛対象じゃないわ…去年結婚したし」
「これ以上具体的なことは分からないけど、巡は日頃から色んな人を助けてるんだし、そうした縁がきっかけで素敵な人と出会えるんじゃない?」
「ありがとう、占ちゃん、なんかちょっとやる気が出てきたよ」
「よしよしその意気だよ!街で困ってる好青年を助ければきっと恋が始まるでしょ」
「いやまあ、私はそういう下心で人を助けてるわけじゃないからね」
「失礼失礼。巡の座右の銘だもんね、情けは…」
「“人のためならず“だね。困ってる人をほっとけない性分だからついついやっちゃうだけなんだけど…きっとこうやって手助けできることを積み重ねたらきっと自分や自分の大事な人に良いことが起こるはずだからね」
どこか自信をのぞかせる巡の話しぶりを占は微笑みながら見つめる。こうやってさりげなく語るカッコいいことを実行できることが巡の凄いところだと占は密かに尊敬していた。
「やっぱり巡は自然体で過ごした方がモテるよ」
「ありがとう、占ちゃん!」
「でも、ちょっとそろそろこの話は飽きてきたから、当分動物に近寄るのは禁止ね」
「ええ!!!」




