第1話:ネコとシェイクと蒼いパスケース①
月詠神社の裏には小高い丘がそびえたち、その丘の上には名門女子高である私立蘭武高校が建っている。ここは「蘭のように優雅で、勇敢な武の心を持つこと」を唱えた創設者・宮美チエによっておよそ100年前に創設された由緒正しい女子高である。八田駅から15分という程よいアクセス性も相まって、多摩地域では人気の学校でもある。そんな蘭武高校の裏庭から朝の登校時間にもかかわらず、ひときわ大きな声が響き渡る。
「いい加減にするザマス!」
険しい表情を浮かべた中年の女性教師が、女生徒に向かって怒りの声をあげている。
「校則で厳格に定められている通り、校内で勝手に動物を飼うことは禁じているザマス。にも関わらず、佐竹さん、あなたは校則を破って1年以上もネコを裏庭で飼っていたのです。それは許されないことザマス」
「座間先生、どうか聞いてください。昨年、裏庭に迷い込んでいたこの子をずっと保護していたのです。どうか見逃してくれませんか?」
怒られていた女生徒、佐竹は校則違反であることを知りながらもこっそり野良猫を飼っていたのであるが、遂に生活指導を担っている座間先生に見つかってしまったのである。しかし、彼女にとって、愛着を持って育ててきたネコを見捨てることはできない。そこで佐竹は、ネコを両腕に抱えながら必死に弁明しようとするが、座間先生は頑として聞く耳を持たない。
「そんな願いは聞き入れられません。すぐにでも保健所へ連れて行くザマス」
「そんな…」
座間先生は佐竹への追撃の手を緩めないようにするべく背後にいる別の女生徒に話しかける。
「叶井さんも生徒の模範として言ってあげてくださいな」
座間先生に促された女生徒の名は、叶井巡。蘭武高校の現生徒会長であり、オレンジ色でぐるりとカールした髪型が特徴的な高校2年生である。巡は、佐竹に向かって歩み寄りながら口を開く。
「確かにこれは客観的に見れば校則違反ですが…佐竹さんの取組は実は時宜を得た大事な取組なのです」
「どういうことザマス?」
「先生もご存じではないでしょうか?実は近年、八田市では保護猫の発見件数は増加の一途を辿っていますが、その増加に対して行政の保護猫の収容施設の人手が足りていないのです。これはただ単に職員がいないというより専門性のある担い手がいないことを意味します」
「つまり…どういうことザマス?」
「つまり、ここで将来的に保護猫の保護を担いたい佐竹さんが猫を飼うことには、大きな意味、すなわち未来の人材を育てる意味でも意義があるのです。こうした観点から今回の事案は特例として許可すべきと考えます」
「佐竹さんはそういった進路を希望されているザマスか?」
突然、予想外の質問を投げかけられた佐竹は動揺しながらも必死に取り繕うとする。
「ええ…しょ…将来的には動物保護のエキスパートになりたいと考えていました…はい…」
「な…なるほど…分かりました…そこまで佐竹さんが崇高な目的で取り組まれているとは知らなかったザマス…」
佐竹は困惑した様子で巡と座間先生の様子を見守る。
「では、佐竹さん、ネコの飼育を特例で認めることにするザマス」
佐竹の表情は一変して満面の笑顔となり、深々と頭を下げる。
「先生、ありがとうございます!!」
座間先生は佐竹を微笑ましく見守った後、校舎へ向かって歩き出す。巡もその様子を見て、満足げな顔で去ろうとしたが、佐竹がすかさず引き留める。
「叶井さん、ちょっと待って!」
「どうしたの?佐竹さん…」
「あの…なんて言えばいいのか…私をかばってくれて本当にありがとう」
「気にしないで。私がなんとなく見過ごせなかったというか…むしろ勝手に将来の夢をでっち上げちゃってごめんね」
「全然気にしないで。どっちみち動物関係の職業には就こうと思ってるし」
「それなら良かった。このネコちゃんをどうか大切に育ててね」
「本当にありがとう!ほら、ヒロシもお礼を言ってね」
「ネコちゃんの名前はヒロシくんって言うのね。かわいい…」
巡がネコに優しく手を振ると、佐竹に抱えられたネコが威嚇する。
「シャー―――」
「うわっ!」
威嚇に驚いた巡の様子を見て、佐竹が笑う。




