04
「いい加減、黒モップから戻れよまり」
「そういうことだったんだ」
「そうだ、こいつも元はこんなんだったんだよ」
頭をぽふぽふと叩かれてもまりは人間体になったりはせずにこちらの足にくっついていた。
何気にふゆも変身を解いて私の肩の上に乗っているから重い、これはお世辞でも軽いなんて言えるレベルではない。
「それでまりさんはどうして生駒さんに厳しかったの?」
まりに厳しかったのは白水さんだったのにね。
「怒ったら泣くだけだったから分からないんだ」
なんだ、彼女経由であっても理由が分かるならそれでよかったのに分からないみたい。
これだと直しようがない、そして私らしく過ごしているだけで煽ってしまっているようなもので、これ以上重ねられていく前になんとかなってよかったかな。
「実際、あのまま放置していたら死んじゃっていたのかな……」
「多分な、そういうことを冗談で言うやつらじゃないだろ。ふゆ、そうだろ?」
「うん、だけど僕の髪の毛リング効果で一年ぐらいはなんとかできた」
お、重い……。
「それでも一年だけ……」
「僕の力だとそれが限界、ごめん」
「で、でも、もうなくなったんですよね? そ、それなら大助かりですよ、ありがとうございます!」
いや、お礼を言わなければならないのはこちらだから言っておいた。
そうしたらまたもふもふに戻って今度は器用に頭の上で休み始めたから負けつつも任せておくことにする。
「はあ……駄目だこりゃ、これだと連れ帰れないから今日は頼むぞ冬美」
「ええ、だけどこの子のためにもあなたにもいてもらいたいの」
出会った頃よりも更に小さいサイズになってしまっているから心配になるのだ。
あとこういうときに側にいてほしいのは好きな人、つまり彼女なのだ。
「まあ、別に泊まるのなんて何十回としてきたんだからいいけどさ」
「ず、ずるい……」
「問題ないなら白水も泊まればいいだろ。よいしょっと――うん? また変な模様がついているぞ?」
「ちゅ、躊躇がないわね」
いまが夏でよかった、そうでもなければ背中から冷気を浴びて震えている。
まだまだ変な模様があるみたいだけど前と違って痛みもないし、喜々として肌を晒す人間でもないから問題もないだろう。
銭湯とか温泉とかそういうとこにはいかないからいくらでも対策のしようがある。
「わわ……あ、だけど本当だね」
「変な模様だと思ったけどこれは黒モップ状態のまりだな」
「タトゥーみたいになっているということ?」
「ああ、擦っても消えないからそんな感じだな」
今度こそ正式に契約者になったとかそういうことだろうか。
「まり、いい加減説明しろ」
「……こ、今度は死んじゃったりしないから大丈夫だよ。ただこれは……」
あ、戻った。
特殊な力を持っていてもモップモードでは話せないことも知ることができた。
これならこの姿のときに散歩をしても問題はなさそうだ、今度一緒に歩いてみよう。
「悪い力じゃないんだな?」
「うん、それは本当にそう」
「ならいいか。さ、飯でも作って食べようぜ」
「あら、今日もあなたが作ってくれるの?」
こういうところに関してはたまに厳しいところがあるのに意外だ。
見つめていると「まあ、冬美はダメージを受けて疲れているだろうからやってやるよ」と、風邪を引いて弱っているときと同じような扱い方をされているのだと分かった。
「ありがとう」
「おう、少し待っててくれ」
これだと私が取り上げてしまっているような感じがしたのでふゆは白水さんに返して部屋に移動する。
この家に珍しく人が集まっているから少し疲れてしまった、きっと起こしてくれるだろうからそれに甘えて寝てしまおうか。
「冬美……」
「まりも一緒に寝る? あなたがここに住んでいたときはよくそうしていたわよね」
「でも、食べてからにしないと夏穂が怒るよ」
鬼になって起こしてくれたら温かい状態で食べさせてもらう。
寧ろここで起きる選択をしていた方が眠さでちゃんと味が分からない、なんてことになって怒らせてしまいそうなのだ。
「起きていたいところだけど眠たくなってしまったのよ」
「それなら起きるまで側にいる」
「ふふ、お願いね」
いつもならそれなりに格闘することになるのにすぐだった。
問題だったのは目を覚ました後のこと、もう真っ暗になっているし、側にまりはいないから一人だ。
いや、この家でなら一人なのは当たり前だからそこはいい。
「私の部屋のようでそうじゃない?」
廊下に出てみても、一階に下りてリビングに入ってみても違和感がある、それこそまりの力によって死んでしまったかのような感じがした。
「冬美、そこに座って」
「座るけど……って、ふゆじゃない」
「うん、僕」
ショートカットだった彼女の髪が長くなっている。
そう、今更さけどショートカットなのに意外とばっさり髪の毛を抜いたものだからひぇとなったのだ。
誰にとってもそうだけど髪の毛は大事だ、それを私のためにあんなに抜いて大丈夫なのかと心配していたのにそんな心配といらないとばかりに長くなっていた。
「あ、ここのことは心配しなくていい、冬美はまだ夢の中にいるだけだから」
「そうなのね」
そういうことらしい、私はまたなにもせずに死から逃げることができてしまったようだ。
「死ぬことになるかもしれない状態になったとき同じ、冬美はなにも慌てない」
「慌てたところで変わることなんてほとんどないもの、とは考えていても白水さんとかが羨ましく感じるときはあるわ。誰かのことで涙を流せるのもいいことよね」
「春子は冬美を本気で心配している」
「そうね、あの子はなんであそこまで気にかけてくれているのかしら」
それこそ彼女やまりみたいな自分にとって好都合な作られた存在なのだろうか?
結局は悪い方に傾いていかないようになっている、こちらがなにかできたわけでもないのに気に入ってくれて優先してくれている、と。
「嬉しい?」
「それはそうよ、だけど時間を貰ってしまっているわけだから申し訳なくもなるわね」
「僕達のことはどう思う?」
「人間みたいになれる時点で同じよ」
それなら動物が相手のときなどは違うのかと問われれば同じだとは答えづらい。
うざ絡みを続けていたわけではなかったとしてもやっぱり他人といるときとは違う、ベタベタ触れたり、抱きしめていたりしていたから人によってはそれを人のときと同じようにできているとは言わないだろう。
だけどいまはそんな意地悪な質問をしてほしくなかった、自分を守るためだけに動いているところを見られたくなかった。
「話を聞けてよかった」
「ねえ、あなたは白水さんのところにいってあげないの? あなたを見つけ出したのは白水さんなのよ?」
「迷惑?」
「いいえ、ただまりが夏穂のところにいっているように――そういうこと?」
ここで先程の話に戻ってくるわけか。
「うん、だけど春子とだって一緒に過ごす、だから心配しなくていい。あの子だって僕が冬美にばかり構ってもらっていても嫉妬をしたりなんかしない」
「言い出せないだけかもしれないわ」
「それならここから出て聞いてみよ。幸い、今日はみんないるから大して移動をしなくていいのは楽でいい」
出るってどうやればと考えている間に一瞬で戻ってしまった――あ、部屋にも戻っていた。
夢の中と同じように移動しようとしたところで「ふぎゃ」と変な声が聞こえてきて意識を向けると「痛いよぉ……」とダメージを受けているまりが……。
「ご、ごめんなさいっ」
「……ううん、大丈夫。それよりまだ真っ暗なのにどこかにいくの?」
「え、ええ、少し白水さんのところにいきたくて」
「春子なら下で夏穂と寝ているよ。ふぁ~……眠たいけど私も付いていく」
「そう? それならいきましょうか」
ふゆも下にいるから探したりしなくていいだろう。
それでこれも今更の話だけど、私は大嫌いと言われている状態なのに一緒にいていいのかと考えてしまいそうになる。
そういうことも今度二人きりで話し合いをしなければならない、場所は学校の方がよさそうだ。
改めて嫌いだと言われたときになにかすることがあった方が心的にいい、あとは教室が好きだというのもあったから。
「ねえ冬美」
「なに?」
「冬美って大きいモードの方が好きなの?」
「な……んで?」
「なんか私を見る目が違っていた気がするの」
や、やっぱり嫌われていてまずは口撃をしようということか! これだけでも足りないならまたあの特殊な力を使ってなんとかしようと、そういうことなのか!?
「大きいモードってなに?」
「あ、ふゆは知らないよね、待ってて」
ああ……こうなるのか。
「このモードのことよ」
「へえ、冬美ってこういう子が好きなんだ、だけどこれだと自分を好きになっているようなものだと思う」
いやそれは嫌いではないけど所謂ナルシスト、と言われている人みたいなレベルではないはずだった。
「似てる?」
「うん、いまのまりは冬美と似ている」
「そうなのね、冬美に似ている……」
と、とにかくこんな真夜中の廊下でこんなことをしても無駄に疲れてしまうだけだから突撃してしまうことにした。
まずは夏穂を起こそうとしたところで「生駒さん起きたんだ?」と白水さんに声をかけられてなんとかそうねと答えられた。
「し、白水さんっ」
「しー夏穂さんを起こしてしまったら可哀想だから外にいこう」
「え、ええ」
いやなんで緊張しているのか。
告白をするわけでもないのに変だ、ただ一旦落ち着かせるためにふゆに代弁してもらう。
「私の家は動物みたいな状態になっても一緒に暮らすことは難しいからこれでいいんだよ、あとは本当に好きな子と一緒にいてほしいからね」
「冬美好き、だけど春子のことも忘れてはいない」
「ははは、ありがとね」
敬語をやめるまでの時間はいつでも早いのに深くは求めないなんて……。
「というか、まりさん……なの?」
「そうよ、これも私なの」
こうしてすぐに受け入れて対応できてしまうのが白水さんのすごいところだ。
それでいて人間らしさも持っている、だからこそ人から求められるのだ。
「へえ、すごいなあ、奇麗だなあ」
「冬美と似てる?」
「んー髪が長いという以外は似ていないかも」
「だそうよ、これだとふゆの目がおかしいのかもしれないわね」
この子と似ていると言われても分かりやすいお世辞に感じて喜べはしないから全く違っていた方がいい。
「私達は別に鏡に映らないヴァンパイアとかじゃないからね。いつだって確認ができて、冬美の顔だって毎日見ることができるんだから似ているのかどうかんてすぐに分かるわ。これまでそういう話が出ていなかったのはつまり似ていないということよ」
「そんなに似ていたら不都合なことがあるの?」
「別に? ただ違うから違うと言っているだけ、それだけでしかないわ」
早口になっていたとかそういうこともないし、彼女からすればそこはきっちりしておかないと気が済まないのだろう。
多分、あの明るい方でも言い方こそ違っても同じような内容になると思う。
「それと冬美にベタベタ触らないで」
「危ない誰かから守ってあげないといけないから仕方がない」
「ちょ、どうして二人ともそんなにバチバチと……」
「「春子、この子から冬美を守って」」
「え、ええ!?」
私は夏穂に謝ってご飯を食べさせてもらおう。
お腹が空いた、なにか食べれば少しそわそわしていた心も落ち着いていく。
「夏穂起きて」
「……今更起きたのかよ」
「ええ、すぐに食べることができずにごめんなさい」
せっかく家に来てもらったのに話すこともろくにできなかった。
あとは夏穂のおかげで前に進めたからそのお礼を言っておく、少し遅れてしまってもこうして本人に伝えることができれば取り戻していける。
「……休めたのなら別にいい、リビングにあるから温めて食べろ――は……?」
「どうしたの?」
「お、お前それ……コスプレかなんかだよな……? ちょっと来い!」
「ちょ、ちょっとっ」
そんな掴んだりしなくても逃げたりしないのに。
どうやら目的の場所は洗面所だったみたいでそこに駆け込む。
「これを見ろ」
「ん? うん、耳が生えているわね?」
「冬美、お前まりの力を受けて人間じゃなくなったとか、ないよな?」
私、死にはしなかったけど人間でもなくなったの?
なにかが怖くなったとか、なにかから逃げたくなったとかもないから普通の人間のつもりだったのに違うのかもしれない?
「これはどういうことだ?」
外で盛り上がっていた三人を連れてきて彼女はそう聞いていた。
「耳ね」
「冬美も元々こっち側だったのかもしれない」
「いやそんなことを言っている場合じゃないだろ、朝になったら学校にいかなきゃいけないんだぞ」
私達の間でごたごたしていただけで他は関係ないから学校にいかなければいけないのは確かなことだ、それを考えるとこんな時間に起きて話していることも悪いことだった。
「耳が生えていたって驚かれない、人間には当たり前のようにあるんだから大丈夫」
「その耳とはまた違うだろ……」
「そうだ、僕達はこんなこともできる。よ――どう?」
「冬美、だな」
私だ、ここまで同じ状態で似ていると言ってもらいたいものだ。
私とまりの間には遥かな距離がある、意識して頑張ったところでそれこそ整形でもしない限りは追いつけたりはしない。
全く気にしないタイプだからいいけどもしそうではないのならその残酷な差にやられてしまうなんてこともあったかもしれない。
「だから耳がなくなるまでは僕が代わりに冬美として学校に通えばいい、だけど全てを知ることができているわけじゃないから夏穂と春子には協力してほしい。僕のためではなくて冬美のためなら動きたくなるはず」
「ま、冬美には助けられてきたからそうしてやるか、少なくともこんな違う耳が生えた状態でいかせるよりはいいだろ」
「私もちゃんとサポートをするよ!」
これは仕方がないか。
彼女達に甘えることになってしまうし、見ることもできないけど我慢をするしかない、頼るしかない。
「私の名前が聞こえなかったけど」
「まりはなにもしなくていいよ」
ここ、仲良くできるといいけど。
とりあえず悪い雰囲気になりそうだったのを止めてご飯を食べることに集中することでなんとかした。




