第27譚 - 遇
ひなは茶屋の緋毛氈(赤い布)を敷いた縁台に座り、そよ風にそよぐ彼岸桜をうっとりと眺めていた。
茶屋の屋根のように、今いる川沿いの通りには悠然と咲き誇る彼岸桜が並び、そよそよと風に乗ってたまに花びらが舞い降りてくる。
手に持つ花柄の和紙にもふわっと淡いピンクの花びらがふわりと落ち、柄と重なると、まああぁぁ……! とひなは瞳をきらきらと輝かせた。
「廉様廉様! 見てくださいませ! 可愛らしい桜の花びらが――」
花びらが落ちないようにそーっと和紙を動かすひなの目の前に、すっと三色の団子が現れる。
ま……、と頬を染めて目を細めるひな。
はむ! と団子を口に含むとほんのりとした甘さが口いっぱいに広がる。なんと……! と幸せそうに目を細めると、ぴと! と廉にくっついた。
「ほのははひのはははひへふ……!」
「何て?」
あむあむあむ……とゆっくりと味わうように団子を食べると、にっこりと廉を見上げた。
「桃色のお団子にまぶしてある白い子が、とってもとっても甘くておいしいのです……!」
「俺も食べていいですか?」
「はい、もちろん! 廉様はこの真ん中の白いお団子、を……」
ひなの目をじっと見つめながら、口の前の団子へ顔を寄せる廉に、どきどきどき……と、ひなの顔がみるみる赤く染まる。
「美味しそうですねぇ」
「……おおおお……お団子……」
「知ってます」
「近――」
その瞬間、廉の首の後ろに団子の串を突き立てる修吾。
「刺すぞ、廉」
「刺してんだよ、もう」
「ちょっと、いきなり面白いことしないで下さいよ……! 茶吹きそうになりましたよ、僕」
口を押えながらふるふると震える宗一郎の横で、ひなは、まっ……! と真っ赤な顔を手で覆っていた。
この日の午前は、宿の玄関でばったりと顔を合わせた4人で花見に来ていた。
ここへ来る途中、ふらっと立ち寄った土産屋で花柄の和紙のはがきと花柄の鉛筆に一目惚れし、衝動買いしたひな。
真っ先に花見団子を食べ終えると、それらをバッグから取り出し、慣れた手つきでさらさらと鉛筆を走らせていた。
茶を手に男3人でまったりと会話を弾ませていた宗一郎は、ふと隣でささっと和紙に何やらしたためているひなの腰に視線を落とす。
当然のようにひなの腰にずっと回している廉の手をじっ……と見ると、ひょいと廉の顔を覗き見た。
「ところでご両人、今日はいつもにも増して糖度高めですが、何かありました?」
えっ!? とひなと廉の顔が同時に赤くなる。
「ななななな何かとは!!?」
「…………いや…………別に」
「…………」
まっ……! と真っ赤になった顔に和紙を叩きつけるひなと、照れたような顔でひなをじっ、と見下ろす廉。
(……絶対何かあったな……)
お前何した……、と修吾が目を細めて廉を見る。
すると、宗一郎はその叩きつけられた和紙のはがきに目を留めた。
「ひなさん、それは?」
「!」
ひなは、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの嬉しそうな顔をぱっと上げ、得意げに和紙を掲げる。
「何を隠そう、絵をしたためておりました! 折角お花見へ参りましたので……旅の思い出に、美しい桜をと――」
「ライオンですか?」
きょとん、と目を瞬くひなが宗一郎と見合った。
すん……と真顔で、なぜ私のしたためます絵は全てライオンに……? と和紙に描かれたライオンと見合うひな。
丸? 最初に丸を描くから?? と真剣に考えこむひなの横で、廉が可笑しそうに笑いを堪える。
同じく笑いを堪える修吾が、思わずひなを見た。
「色をつければ、ライオンには見えないのでは?」
「まあ……! さすが先生ですわ!」
優しくフォローを入れる修吾にひなは、先ほどのお土産屋さんで色鉛筆と、可愛らしいガラスペンも買いつけませんとね! と息巻く。
廉は、満足そうにひなを見る修吾へ、ちらっと視線を送った。
「……お前、妙にひなに甘いな」
「何だ」
「……いや」
(昨夜、嫉妬のあまりひなに随分と大変な思いをさせた手前)強く言えない廉は、歯切れの悪い声を漏らす。
その様子を見た修吾が、はあ……、とわざとらしく大きなため息をついた。
「な……何だ」
「ひなさんが可愛いから、つい甘やかしたくなるだけだ。それ以上でも以下でもない。いちいち俺たちに妬くな」
「妬いてねーよ……」
「噓つけ。宗が隣に座るのも渋ったくせに」
「うるせぇな」
「余裕のない男は愛想つかされるぞ」
「――!」
核心を突かれたように廉は目を見開くと、息を呑む。
ふわっと少し大きく風が吹いた。
横のひなが、風に乗って舞って来た桜の花を見つけ、まあお花……! と思わず駆け出す。
すると。
茶屋の前の道で花に手を伸ばそうとしゃがむひなの目の前で、1人の男がすっと屈んだ。
ひなより先に花を手にすると、ひなの手を自然に取って立たせ、すっと目の前に桜の花を差し出した。
ふっと甘い笑みで微笑む男と、驚いて見上げるひなの視線が絡んだ。
「やあ、ひなちゃん」
「――!」
まあ昨日の……!? と目を丸くするひな。
その背後で、ひなちゃん!?!? と男3人が殺気立った顔で、ギン……! と男を睨みつけた。
「あ! だめだめ! ほんとだめ! 僕長髪の神職と女性を平然とちゃん付けする神職、ほんと受けつけないんです」
あの髪切ってきていいですか? と鋭い目線で告げる宗一郎の横で、修吾が団子の串をめき! と握り折った。
「あの手、へし折ってくる……!」
「何でお前らがそんな切れてんだ」
余裕ねーな、と思わず突っ込む廉。
何でどいつもこいつも俺より先に切れるんだ……、と呆れたように呟くと、ひなへ視線を戻した。
まあ……私が頂いてもよろしいのですか? と目の前に現れた男を見上げ目を瞬いているひなに、もや……と胸に言いようのない圧迫感のような息苦しさが込み上げる。
(……いや落ち着け、落ち着け……)
廉は、ひなの普段通りの表情を見た。
ちょん、と帽子に乗るチューリップの飾りに触れただけで「ま……」と頬を染めていたひなを思い出すと、はっ……! と乾いた笑みを漏らす。
(ひなが好いているのは俺……ひなが慕ってるのは俺……!)
廉はばっと立ち上がると、ひなの手に腕を伸ばした。
(まあ……面白くはねーけどな……!!)
ひなの手を奪うと、背後からひなの腰に手を回し抱き寄せた。
「妻に、ありがとうございます」
「……いえ」
口元だけ笑っている廉と男が、にや、と目を細めて見合う。
もちろんひなはというと、つまにありがとうございます……!!? と真っ赤にした顔を覆っていたのだった。
「昨日といい、妻に何か用ですか」
「ええ、少し、話をしたいなぁと思って」
「人の妻に、何の話が?」
「……随分……怖そうな旦那さんですねぇ」
「喧嘩売ってんのかてめぇ」
静かに火花を散らす2人を他所に、ひなはふるふると震えていた。
(ひとのつま……だんなさん!!!)
ま!!! と身をよじると、はたとひなは目を見開いた。
(そうよ……これよ清香!!! 私が廉様に「おれのよめ」と言われますと心ときめきますように、廉様にも同じように言ってみたら、廉様もままま! と胸が高鳴るのでは……!?)
さっ! とひなは廉を見上げた。
「つーか、誰なんだお前」
「ああ、申し遅れました。烏谷右京と――」
「聞いてねぇよ」
「聞きましたよね」
言うタイミングを計ろうと、さっ! さっ! と廉と右京を交互に見上げるひなに、言い合いながらも徐々に気になって視線をちらちらと向ける2人。
「大体何で……ここに……」
「いえ……休憩にと…………」
「…………えっ?」
2人の視線に気づいたひなが、気まずそうに視線を泳がせる。
その時、風に乗って舞っていた桜の花が、ひなの手にふわりと乗った。
ぱああああ……! とひなの表情が途端に華やぐ。
「…………お花……!!!」
そう言って、全力できらきらと嬉しさを滲ませた顔を上げると、廉と右京揃って思わず固まる。
手に……!!! と嬉しさのあまりぷるぷると震えるひなに、廉と右京も頭を抱えてふるふると震えた。
「……そりゃよかったな……!」
「よかったですね……!」
「はい……!!!」
嬉しい……! ときらきらと花を見つめるひなに、可愛すぎかああぁぁ!!! と内心崩れ落ちた廉と右京であったという。
一方、縁台に腰かける宗一郎が、ふー……、と傾けていた湯呑みから口を離した。
「……花1つで男2人落とせるひなさん、さすがすぎますね。いやでも可愛い」
「ひなさんを前に、戦意を保つのは不可能だな。それにしても可愛いな」
修吾さん、茶追加で頼みます? とのんびりとした声を上げる宗一郎。
すっかり戦意を削がれた宗一郎と修吾であったという。
その様子を、茶屋の女将が黒漆器の丸盆を手に、目を瞬きながらきょとんと眺めていた。
(……痴情のもつれ?)
春ねぇ……とほっこりと目を細めると、右京の前にすっと出た。
「お客様、お待たせをいたしました。こちら、季節ものにございますよ」
ありがとう、と言うと、女将がそっと縁台に置いた角皿を右京は手に取った。
「そうそう。お礼をと思って」
「はて?」
「ひなちゃん、羊羹好き?」
ひなは、ぱちくりと目を瞬いた。
縁台に再び腰掛け、石目の黒い角皿をそっと大事そうに手に持つひなの瞳が、まあああぁぁぁ……! とそれは大きく輝いていた。
下は鶯色、上は半透明の澄んだ桃色の羊羹の中に、桜葉と桜の花を模した羊羹が散りばめられたその可愛らしい羊羹に、まあ! まあ! とひなは頬を高揚させる。
「れれれ廉様廉様! なんと……なんと可愛らしい羊羹なのでしょう……!!!」
きゃわ!!! と嬉しそうに隣で身をよじるひなに、右京は思わずふっと微笑んだ。
にや、と逆隣に座る廉へ笑みを向ける右京に、廉は、カチン、と1度眉をぴくつかせる。
その横ではひなが、じっ……、と真剣な目で羊羹と見合っていた。
ん? と皆は不思議そうにひなへ視線を向ける。
廉は小さく笑みを浮かべると、はらはらと舞っていた桜の花びらをすっと手に取った。
その花びらを、ぱら、と皿の上から散らす。
まあああぁぁ……! とひなは声にならない感嘆の息を漏らした。
「どうでしょう?」
「完璧にございます……!!!」
ああ、花びら待ってたの? よくわかったなお前……、と目を丸くする宗一郎と修吾の横で、廉はちらっと右京に視線を向ける。
ひなを見つめていた右京がその視線に気づいた瞬間、にや、とわざとらしく笑みを浮かべると、すっと右京は睨むように目を細めた。
廉と右京が静かな攻防を繰り広げる横で、露知らずなひなは竹の菓子楊枝で、ちまっ、と羊羮を小さく切りながら、大事そうに少しずつ口に含んでいた。
口に入れた瞬間に立つ桜の春らしい華やかな香りと、口に広がる羊羮の甘さと塩漬けの桜葉のほのかな塩味に、まっ……! と感嘆の息を漏らしながら、幸せそうに廉にぴと! とくっつく。
羊羮を口へ運ぶたびに、まっ……! ぴと! と忙しいひなを、何だそれ可愛いな……と廉は微かに頬を染めて見下ろしていた。
そこでふと、羊羮を小さく切りながらすっと楊枝で刺すひなの手に視線を落とした。
さっと手を伸ばすと、その楊枝を持つ手に添え、ぎゅっと握る。
えっ!? とひなの目が大きく見開かれた。
ままままま……!? とみるみる赤くなる顔を覗き込みながら、にや、と視線を合わせてその楊枝に顔を近づける。
「――で、話なのですが……!?」
「……まだいたのか、お前」
がっ! と廉の頭を掴み制止する右京に、ちっ……と舌打ちする廉。
まあ……! とすっかり忘れていたかのようにひなは右京を見て目を瞬くと、懐紙でささっ! と口元を拭った。
「しし……失礼をいたしました。大変甘ぁく幸せなお味でございました」
「それは伝わってきました」
「まあ……! 失礼ではありませんでしたか」
「可愛らしかったですよ」
「まあまあ……!」
てれてれと恥じらうように小さく身をよじるひなに、3人の後ろでずずず……と茶をすすっていた宗一郎と修吾が、こっそりと囁く。
(……久々の、社交辞令形態のひなさん?)
(懐かしいな……今は、良妻形態と呼ぶらしい)
(それ誰が言っていたのです?)
(清香さんだな)
(聞くまでもなかった……!)
こそこそと話す横で、ひなが、ふふっ、と笑みを浮かべて右京を見上げた。
「して、お礼とは……? もしや、烏谷神社の気を払ったことでございましょうか?」
「――!」
えっ!? と廉、宗一郎、修吾は揃って目を見開いた。




