第25譚 - 焦
「ささ……こちらをどうぞお納めください、宗様」
「まあまあこれはご丁寧に、ありがとうございます、ひなさん」
「……何してんの? お前ら」
宴会場で顔を突き合わせて正座をし、すっとひなの差し出す金平糖を受け取る宗一郎に、廉は思わず突っ込んだ。
旅行初日の夕どき。
清香の計らいで、6人は同じ広間で顔を合わせお膳を囲んでいた。
清香の予想通り、大喜びしたひなは昼間に調達した金平糖のお土産を早速手に、小躍りしながら夕食会場へ顔を出していた。
灯篭の淡い橙色の光を受けて煌めく金平糖の瓶を掲げる宗一郎。
「へえ……! こんな可愛らしい瓶に入った金平糖もあるんですねぇ」
「そうなのです! 可愛らしくありましょう!?」
「そうですねぇ。正にひなさんって感じで」
「まあまあ! この金平糖の可愛らしさには、誰も敵いませんことですわ!」
なぜか得意げなひなが息巻きながら、足を崩して宗一郎に身体を寄せる。
「この招き猫さんは特に、ほら! おめめがくりっくりで可愛らしく――」
ひなが言い切る前に、隣に座る廉がひなの腰をぐいっと引いて引き戻した。
「……随分と、楽しそうですねぇ」
「廉様も欲しいのですか?」
「…………」
廉様には私のうさぎさんがありますわよ、ときょとんとした顔のひなと見合う廉。
皆が大きく笑い声をあげる横で、さっと廉の腕をすり抜けると、修吾と文子の元へ向かうひな。
すっと正座をすると深々と頭を下げ、修吾にも丁寧に金平糖を差し出した。
「こちら、先生ご夫婦でお召し上がりくださいませ。つまらないものでございますが、可愛らしいものであることは折り紙つきでございます」
「ご丁寧にありがとう、ひなさん」
若干笑いを堪えながら、丁寧に受け取る修吾。
向かいでは呆れた廉と可笑しそうな宗一郎が酒を飲みながらその様子を眺める。
「金平糖を菓子折りみたいに出すやつ、初めて見たよ」
「ほんとひなさん、おかし……!」
ほら、と修吾が文子に手渡す。
すると、文子はまあ……! と目を丸くした。
「これは、もしやスズメを模した瓶でございますか?」
「そうなのでございます! まずひとえに丸々ふくふくとしたスズメさんが可愛らしいということと、なんと! スズメさんは夫婦円満、家内安全、子孫繁栄、家運長久などの象徴とされていると、お菓子屋の店主様にお聞きいたしまして! これはこれは先生と文子さんに是非と――」
「まあまあ……!」
その瞬間、文子が大きく感嘆の声を漏らし、何とも大事そうにその瓶を抱えると、ひなはえっ? と目を瞬いた。
「ひなさんから頂いた吉兆のスズメだなんて、なんと縁起のよいことでしょう……!」
「そうだな」
ははっと笑って自然に同意し、盃を傾ける修吾に、他の皆も、ん? と怪訝な視線を送る。
皆の視線に気づいた文子は、あら! と口に手を当て、にっこりとひなを見た。
「ええと……実は――」
「ななななななんと!!!」
まあああぁぁぁ……!!! とひなは頬に手を当てて瞳をきらきらと輝かせた。
「おおおおお子が、お腹に……!!!」
「ええ、そうなのでございます。なかなかお伝えできず、申し訳ありませんでした」
「ああお前、それで療養に来たっつってたのか」
「そうだ。宗みたいに適当にぶらっと休みに来たわけじゃない」
「あっ、ひどい修吾さん!」
むっと膨れる宗一郎の横で、まあまあと大きな目をぱちくりと瞬かせながら文子の腹をじっと見つめるひな。
「なんとなんとなんと、まあまあなんとまあ……!!!」
「お前今日、語彙力どこ行った」
「僭越ながら、いつもにございます廉様」
「確かにな」
すかさず突っ込む清香に、廉はうなずく。
その横で宗一郎が、ははっと笑いながら盃を掲げた。
「それはそれはおめでとうございます、修吾さん。やりましたね」
「何か言い方がいらっとするな、お前」
「長らくできなかったじゃないですか」
「――!」
そう言うと、宗一郎はくいっと盃をあおった。
「手放しで喜ばしいですよ、本当に。人ごとではありますが」
廉もふっと笑って修吾を見る。
「そうだな。めでたいじゃねーか」
「そうだな。お前のおかげだよ」
「――は?」
うふふ、と静かに笑う文子が、ふっとひなを見た。
「ひなさんが廉さんと出会い、良気を巡らせてくれたおかげだと、私は思っております」
思いもよらない言葉に、はたと動きを止めるひな。
「……………………ま……」
かろうじてそう声を漏らしたひなに、広間を皆の笑い声が包んだ。
「――確かに、挙式の日にひな様が文子様に触れて、そうおっしゃいましたな」
「ええ……! そこから何だか気の巡りが本当に良くなったような気がしていて……このスズメもきっと、子を守ってくれるに違いありませんわ」
「……そ……この子に…………そのような大役が……務まりますでしょうか……」
「さっきまでの自信はどうした」
わなわなと震えながら金平糖の入ったスズメの瓶をはらはらと見つめるひなに、笑いながら突っ込む廉。
10羽ほど連れてくるべきでしたでしょうか……! と考え込むひなに、宗一郎が、あっ、と声を上げた。
「そういえば今日散策していましたら、縁結びや安産にご利益のあるらしい神社ののぼり旗を見かけましたよ」
「……よく見てるな」
「僕、見かけた神社ののぼり旗を一瞬で記憶できるんです」
「すごい特技持ってんな!?」
「出会ってこのかた知らなかったな……!」
さすが神職……! と笑う廉と修吾。
すると、きゃわ!!! とひなが廉に飛びついた。
「れれれ廉様! 是非とも明日、その神社へ参りましょう!!」
「何でお前が?」
「文子さんが安産を祈願する神社に、悪気1つ留まらせておけませんわ……!!」
気という気を片っ端から払いに払って差し上げますことよ……!! とめらめらと闘志を燃やすひなに、全員の笑い声がまた大きく上がったのだった。
その夜。
温泉に浸かり静かに部屋へ戻った廉は、広縁の大きな洋風の椅子に膝を立てて座り、ぽやっと暗い外を眺めているひなに、どきっと1度大きく心臓を弾ませた。
かた、と扉にもたれると、どきどきと速まる心音を感じながら、ひなをじっと見つめる。
昼間の、ふわっとワンピースを踊らせる可憐な動きや、腕に手を回し真っ赤に染まった顔を向けるその仕草。
きらきらと煌めく海を背に金平糖を掲げ笑みを弾けさせたその表情。
その1つ1つを思い出す度に、廉の胸には焦燥感が広がった。
(何でこんな……心も通わせて何度も身体を重ねてるのに……日を増すごとにひなから目が離せなくなって、こんな余裕がなくなるんだ俺は……)
口に手を当てると、はぁ……、と小さく息を吐いた。
その時、んー……とひなが小さく声を漏らす。
廉の視線が、その口に引き寄せられるように留まった。
「……春の夜の、星見て恋しき金平糖(字余り) 」
「何だそれ……!」
あはは……! と思わず笑い声を上げた廉に、ひなは驚いたように振り返る。
「はわわわ……おおおかえりなさいませ廉様……!」
「まだ食い足りないのか……!」
「ままま……そそそのようなことは――」
そう言いかけて、わずかに頬を高揚させ目を細めて笑う廉に、どきー! と動きを止めた。
(旅館+湯上がり+酔い+浴衣(やや着流し)=色気――!?)
はわわわわ……!!! と顔を真っ赤に染めて頬に手を当てちっちゃく丸まるひなに、廉はふっと笑う。
敷かれた布団に座ると、ひなを見つめた。
「ひな」
「はい……廉様」
「おいで」
「はわ……」
するっと椅子から降りると、ひなはたたっと廉に駆け寄る。
真っ直ぐ駆けてくるひなの腕を廉は堪らず引くと、驚いた表情で倒れ込むひなの唇を塞いだ。
唇を合わせながら、おずおずとぎこちなく廉の首に腕を回すひなに、廉は内心ふっと笑みが漏れた。
ゆっくりと顔を離すと、は……と吐息を漏らし真っ赤な顔で恥じらうようにもじもじと身をよじるひなに、廉は無意識に口端を上げる。
「……あ……あの……廉様……?」
「何ですか?」
「もう少し……飲まれないのでしょうか……?」
「飲みますよ?」
「はわ……あの……では…………その」
これは何? と言いたげな視線を、ひなの帯を解く廉の腕に落とすひな。
廉は、にこ、と微笑んだ。
「少し味見」
「……――!?」
旅先での酔った廉様は大変に危険でございます清香……!!! とひなは内心叫んだという。
「――して、昨日は如何でございましたか、ひな様」
廉様の胸を高鳴らせられました? とひなの髪を梳かす清香に、まっ……! とひなは耳まで真っ赤な顔を両手で覆う。
まあ、でしょうな……と呟く清香の横で、まままま……と項垂れていくひな。
(結局……昨日は私だけがキャラメルのように甘ぁく甘ぁく甘やかされてしまったように思います……)
なぜそんなことに……、と考え込むひなが、はたと目を見開いた。
(もしや廉様…………胸が高鳴らない!?)
鉄の心臓をお持ちで……!? とわなわなと震えるひなに、多分それ違いますひな様、と清香は笑いを堪えながら丁寧に突っ込んだ。
「……何の話だそれ?」
広縁の椅子で本に視線を落としていた廉が、訝しげにふっと顔を上げる。
はたと見合う2人。
「まっ…………いらっしゃいましたのね廉様……!」
「はぁ?」
私ったら、うっかり家のような感覚で……! とひなは思わず頬に手を当てた。
「れーんー様!」
ひなと清香のきゃあきゃあと賑やかな声を聞きながらまったりと本を読んでいた廉は、ひなの呼ぶ声に再び顔を上げた。
その瞬間、はたと息を止める。
「今日のワンピースは、如何ですか?」
花を散らした笑みを弾けさせながらくるっと回り、淡い桃色の上品なワンピースを揺らすひなに、廉は少しの間、息も忘れて見惚れた。
廉様? と無反応の廉にやや不安そうな顔でおろおろと視線を泳がせるひなの前に歩み出ると、ちょい、と昨日と同じ帽子に触れた。
どきっ! と小さく肩を弾ませるひなに顔を近づけると、軽く振れる程度にキスを落とす。
「……最高すぎますよ」
「さいこうすぎます!!?」
ま!!! とまた今日も、ひなは大いに胸を高鳴らせたのだった。
烏谷神社、と彫られた社標(石柱)を越えた先の鳥居の下で、廉はずきずきと痛む頭に顔をしかめていた。
「文子のために気という気を全て払う」と息巻いて来たひなは、口約通りせっせせっせと真剣に気を払っていた。
「……まだまだかかりそうですかね」
「まあ廉様! 廉様の気を先に払いましょうか!?」
「いや……大丈夫ですよ」
そう言うと、また参道の脇のジンチョウゲに視線を落とし、さささっ! と手で撫でるように気を払い始めた。
わずかに残る梅と参道脇に彩りを添える低木に咲く甘い香りの中、ふわっふわっとワンピースを揺らすひなに、妙にメルヘンな光景だな……と廉はぼんやりとその姿を無意識に目で追った。
その真剣な表情に思わずふっと笑みを漏らした、その時。
移動しようと、ばっ! と立ち上がったひなが、目の前に突如現れた白衣に袴姿の神職とぶつかりそうになり、わっ、と小さく声を漏らす。
その神職が突然、ひなの手をぱっと掴んだ。
廉ははっと息を呑む。
「これはこれは……随分と可愛らしい妖精が迷い込みましたね」
「――!?」
廉は、目を大きく見開いた。




