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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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キルンの本隊


 ある地点まで進んだところで、ミラが立ち止まり、ボウガンの矢を5本、前方の地面に連射した。

すると地面に亀裂が入り、一部が少し沈み込んだ。


「落として」


 ミラの掛け声で、部隊が周辺を踏み始めると、一気に地面が陥没した。

 満足そうなミラが、どうする、とルーザーに問いかける。


「全部落としておいてくれ」



 そう言い残し、いくぞとケインに声を掛け、ルーザーは落とし穴を飛び越した。



 その様子を見ていたバイエル軍は、水を掛けられたように、シンとしている。

 イクリスはアダムの肩に手を置き、ポンポンと叩いた。


「ミラはトラップが趣味なので、相手側の考えにも勘が働く。私も助かっているんだ」


 イクリスが慰めたが、アダムは恥ずかしそうだった。アダムが指揮していたら、前線の軍が穴に突っ込み、大混乱を起こしていたに違いないからだ。


「さあ、これからだ。切り替えていこう」


 イクリスがそう言ってから馬にまたがり、アイラとカイルを率いて前に出た。

 中央が分断するように陥没しているので、そこまでは自陣のようなものだった。


「陣を前進させろ」


 イクリスが振り返って叫ぶと、全軍がゆっくり前進を始めた。陥没地帯の両横に兵を分けて配置し直すのには、かなり時間がかかった。



◇◇◇


 その頃、ルーザーとケインは旗を掲げたまま敵陣に向かい、少し手前で停まって相手の出方を見ていた。柔らかな光に満ちた平原に、キルン軍が布陣している。こちらもシンとして身動きもしない。馬のいななきがたまに聞こえるのみだった。

 頼みの綱だろうトラップが不発に終わり、落胆しているのが伺える。


「この戦いについて交渉を望む。バイエル軍は、戦闘を回避したい。交渉の場を設けて欲しい」


 ルーザーの口上に、兵が動揺する中、元帥が前に出てきた。


「そちらのほうが有利な戦いだ。だからといって、無条件に投降する気は無い」


 それに対して、ルーザーがイクリスより言付かった内容を、復唱した。


 元帥は一瞬、驚いたような表情で動きを止めたが、すぐに平静に戻ったようだ。そして、ルーザー達をジロジロと眺め回した。


「君たち三人は、ブルーネルに仕える、ブルーシャドウのメンバーだな。レンティスがバイエルを、完全に支配しているということか」


 三人? と後ろを振り返ると、ミラが付いてきていた。

 ミラは、グッと親指を立てている。


 ケインが口を開いた。


「全軍の副指揮官は、アダム王太子殿下だ。現在はバイエルの副王で、今後はバイエルを治めることになる」


「では、バイエルから多額の税を徴収するということか?」


 ケインもルーザーも、言い淀んだ。

 今後様子を見ながら決めていくという、国家間の取り込めとしては、非常に緩くて、ありえないほどバイエルに有利な話なのだ。説明には時間が掛かる。


「そうしたっていいのに、イクリス様は要らないって言うから、仕方ないのよ。もちろん経費は、倍で請求するわよ。とにかく早く無事に、一人立ちして欲しいそうなの。それにはキルン王家は困った存在だってこと」


 ミラが突然割り込んで口を出した。その言葉に面食らった様子の元帥が聞いた。


「なぜ、そんなに寛容なんだ」


「王族のセレウス様が、イクリス様に仕えたいって押しかけたのよ。だからレンティスも、バイエルを無碍に出来ないし、バイエルが国ごと、イクリス様にのしかかってきたような感じなの」


 鳩が豆鉄砲を食らったような、というが、元帥がまさにそれだった。

 ケインが割って入った。


「簡単に言うと、そういうことです。要するにバイエルが落ち着くまで、近隣のちょっかいはご遠慮願いたい。でないと、いつまでもイクリス様の手が離れない」


「キルン王家でまともな人間がいれば、王位の交代でもいいが、良い噂は聞いていないんだ。貴殿はどう思う?」


 ルーザーが元帥に聞いた。答えはなかなか返ってこない。


「そんな王家でも、命がけで守りたいか?」


 ルーザーが何の悪意も熱もこもっていない調子でストレートに聞いた。

 その単純な問い掛けに、元帥は答えられないようだ。


 後ろで聞いている兵たちにも、動揺が広がっていった。

 彼らは王の命令で、命を掛けてこの場にいるのだ。そんな事辞めたらいいという言葉に驚き、動揺しているのが伺える。


 将校の一人が、それは本当なのか、と小さい声でつぶやいた。


 ケインはそれを聞き逃さなかった。


「バイエルに攻撃を仕掛けた軍隊は、捕虜として留め置いたが、一部を無条件で帰還させた。こちらは殺戮も、略奪も望んでいないからだ。信じていただきたい」


 ミラが、さすがケイン、と緊張感のない声を上げたので、ケインはそこで口をつぐんでしまった。

 更に緊張感のなさそうなルーザーが、すぐには決められないかな、と言って首をかしげた。


「少し時間を置こうか。考えてくれ。昼めしの休憩にしよう」


 そう言って、さっさと引き上げてしまった。



 元帥は、将校を集めて会議を開いた。


「どう考える? ここだけの話とするので、本音で話して欲しい」


「こっちは決死のつもりでいたのに、殺気も緊張も無しで乗り込まれて、その挙句に昼食休憩だ。これは負けたも同然だな」


 元帥の一番の友人でもある大将が言った。


「どうなっても、今より悪くはないかもしれない」


 懇意にしている将が言った。彼は、娘を無理やり側室として召し上げられている。

 もう一人、親戚の一家を、冤罪で投獄されている将校が、もっとはっきりと言い切った。


「バイエルが、現王権を潰してくれるなら、私はそちらに加勢する」


「何をバカな事を。王家があってこその我らではないか。バイエルに負けたら、どんな目に会うかしれたものではない」


 確かに正論なのだが、それを言った貴族は、王家に取り入って、うまい汁を吸っている者たちの代表格だった。

 だから、その正論は火に油を注ぎ、会議の場は、罵り合いに変化してしまった。


「口を閉じろ。外の兵たちが動揺する」


 一旦は場が静かになったが、険悪な雰囲気はそのまま残った。

 そんな中、しばらく黙っていた元帥が、おもむろに口を開いた。


「バイエル軍は、今頃昼メシでも食っているんだろうな。飯もうまそうな気がする。確かに、あっちに加わりたくなる」


「元帥ともあろうものが、何を」


「決めた。元帥として私が軍を率いてバイエル軍と戦う。離脱したい者は戦いに出なくていい。各自に選ばせろ」



 二時間後、ルーザーたちが再訪した時には、軍は三つに分かれていた。

 戦闘に出る者二千で、主に将官達。離脱したもの2万一千、逃げた者七千。


 正論派の派閥は、ほとんどが逃げた。たぶん急いで王都の屋敷に戻り、貴重品を掴んで領地に逃げるのだろう。


 ルーザー達は、この決定を聞いて困り顔になった。

 今度はキルン軍の前方に幕が張られ、簡易的な会議の場が設えられている。そこに落ち着き、元帥から結論を聞いたのだった。

 公式なやり取りが終わった後、ルーザーが人払いを頼み、少し寛いで話をすることになった。

 

「崩壊が始まっちまったか。そして屑は逃げ出したというわけだ。それは、まあいいが、あなた方は戦うつもりか?」


 ルーザーの問いに、元帥が自嘲気味に答えた。


「そうだ。私は元帥という地位に居る。国の軍を率いて戦うのが仕事なんだ」


「職務の全う、確かにそれはある意味正しいことだ。だが、あなたが居なくなったら、軍の力が落ちてしまう。それは新しいキルンのためには、ならないと思うのだが、どうだろう」


 新しいキルン? そうつぶやいた元帥に、ケインが畳みかけた。


「強い軍があるというのは、国民の心のよりどころです。無くてはならないでしょう。多くの人を統べる力が一番欲しいのに、今あなたに居なくなられては、大損失です」


 ミラがケインを押しのけて前に出た。


「そうよ。手伝うこっちの身にもなってください。私は軍の再編を担当しているけど、上層部が全ていなくなったらまとめられないでしょ。そんな人材すぐには用意できないわよ。それはそうと、キルンをまとめる人物、仮に王とするけど、候補はいるの?」


 理詰めのケインより、ポンと一拍飛んだようなミラの話の方が、元帥を動かすようだ。いきなり次期の王と言われて、思わずという感じで元帥が答えた。


「普通は、バイエルの王子とかが王に収まる、ではないのかな」


「バイエルに人材が無いから、イクリス様が王を押し付けられているの。幸いアダム殿下に可能性があるから、バイエルは収まった。キルンは?」


 皇族は皆同じだし、まともな事を言う高位貴族は、粛清されていなくなっている。誰も思いつかないと、元帥はため息交じりに言った。


「それじゃあ、バイエルに併合するしかないの? アダム殿下はバイエルだけで手一杯なのに」


 元帥はしばらく考え込んでいた。


「私は王に次ぐ、軍の最高指揮官だ。その私の権限で、この戦いを放棄しよう。逆らえないように将校だけ殺す国も多いのに、逆の提案をする貴殿らの采配を、見てみたいと思う。どうせ王権はもう保たない。バイエル軍が王都に入れば、王族は逃げ出すだろう」


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