第一章最終回 入城
第一章の最終回です。
ルーザーたちの持ち帰った報告は、喜びをもって受け止められた。
キルン国軍が戦いを放棄したのだ。
「彼らの扱いはどうしましょうか」
アイラの問いかけに、イクリスは会ってから考える、と答えた。
バイエル軍がキルン軍の前まで進軍すると、キルン軍に緊張が走った。
人数は元の七割ほどに減っている。約五倍の敵兵が向かい合えば、緊張して当たり前だ。
元帥が前に出た。戦わない証として、鎧を脱いで平服になっている。イクリスはそれを見て、肝が据わっていて潔い人物だと判断した。
職務を全うして死ぬつもりだったのを、ルーザーたちの説得で取りやめ、生きてみようと考えてくれた。だまされたとしても、負けは決まっていると、腹をくくったのだろう。
イクリスは馬から降りて前に進み、挨拶を交わした。その後で言い渡した。
「このまま、我々はキルンの王都に入る。王族を粛清して、王都に厳戒体制を敷く予定だ。貴殿らは、私達が王都を制圧した後に、国民の鎮圧をお願いしたい。自国軍が王都に入れば、混乱が少しは緩和すると思う。連絡員を送るので、それまで皇都の外で待機願う」
元帥は頷いた。
「それまでの間、我らは我らに出来る事をしていよう。私が思うに、混乱は少ないだろう」
そこからは進軍速度を上げ、空が暗くなる前に王都に入った。王都の民は逃げているか、家に籠っているかで、夜の街に人の姿はない。
城に待ち構えているはずの衛兵すら居なかった。思いがけない事に、バイエル軍は抵抗らしい抵抗にも会わず、あっけなく城に入ることが出来た。
王は、既に逃げていた。城に残された者達は、右往左往するばかりだ。何人かを捕まえて聞くと、王が親衛隊に荷を運ばせて、2時間ほど前に出て行ったらしい。負ける事を想定して、逃げる手筈を整えていたのだろう。
王には王子が一人と王女が一人いたが、王子は戦死している。王女は近郊の離宮から今日か明日に戻る予定だと言うことだ。
バイエル軍は徹夜で、王宮内の調査と、王都内の見回りを行った。城や街中に何か仕掛けられているかもしれなかったからだ。
結局そういう仕掛けをする時間はなかったようで、何事もなく城と王都は明け渡された事になる。
そうやって慌ただしく働いている翌日の午前中に、王女が見回りの兵に捕まって、イクリスの前に引き出された。
メリッサ王女は、馬車で城に向かう途中をバイエル兵に捕まったそうだ。豪華に着飾った姿で、驚きを隠せずにうろたえている。
イクリスは彼女をゆっくり観察した。赤い髪と、茶色の目をした華やかな美人だ。18歳という年相応に見える。ひたすら驚いているが、おびえている様子はない。その気の強さは、さすが一国の王女といったところだろうか。
この王女が国の統治者に使えたらいいのだが、評判を聞くところ、王や王子と同じく、贅沢三昧して、搾取するだけの人物だそうだ。
「キルン王国のメリッサ姫とお見受けする。王は他国に逃げたようだ。今はバイエルがこの国を占拠している。あなたの処遇が決まるまで、自室にてお過ごしください。監視は付けさせていただく」
メリッサ王女は、黙ったまま衛兵と侍女達に囲まれて、自室に戻って行った。
夜が明けてからも、通りに人が出てくることは無く、王都全体が静かだった。
イクリスは約束したように、元帥の率いる軍に連絡を送り、王都の治安維持を頼んだ。彼らが来れば、その内人々が街に出て来るだろう。
城は無傷だが、国庫の中身は全て持ち去られていた。つまりすぐ使える金が全くない状態だった。国政を担う者達に、支払う給金も工面できないことになる。
それは頭の痛い事だが、それ以上の破壊はないし、長い目で見れば大成功と言えた。当面の金はバイエルとレンティスが補填するしかない。
頭の痛い事を増やしてしまったが、イクリスは後悔していなかった。バイエルへの脅威を排除出来て、この地と国民を無傷で残せたのが最大の成果だ。
アダムはこの主のいない豪華な城を見て回ってから、イクリスの所にやって来た。
「城を見て回りながら、国を治めるということを考えていました。この国の王は、自分のために国の全てを搾取していた。そして搾り取って貯め込んだ全てを持って逃げた。国民を彼に奉仕する奴隷のように思っていたのでしょう」
イクリスは黙って頷いた。
「イクリス様、この国は一から作り直さないと駄目だと思います。それにはすごく力が必要でしょうね」
「そうだろうね。それも国民の感情次第だよ。この国にとっていい形が見つかるといいね」
その日の夕方になって、キルン国軍が王都に入って来た。想定していたより、だいぶ遅い到着だった。軍は大量の荷を引いている。
イクリスの元にやって来た元帥は、荷の一部をイクリスの目の前に並べた。
「王都の周辺で待機していたら、王の近衛兵達と遭遇しました。彼らが何かを運んでいたので、接収しました。その一行の中に王が居たので、ついでに討ち取っておきました。ご確認ください」
重大な話が、あまりにもあっさりと伝えられた。荷の中身は、大量の金貨と宝飾品で、たぶん、国庫の中身だろう。そして一台の荷馬車には、王が横たわって居た。
我らの出来る事をするとは、これだったのかと、思い至った。王が逃げ込む先も、元帥は知っていたはずだ。イクリスは礼を述べた。
「ありがとう。これで、金の工面をしなくてもよくなる」
ルーザーが前に出て、元帥に手を伸ばした。
「よかった。貴殿の力を、正しく使っていただけて、本当にありがたく思います。力のある人間は、仕える主を間違えたら、たくさんの人間を不幸にしてしまう。本当に良かった」
二人は、がっしりと握手をした。
王都の住民たちは少しずつ外に出て来て、次第に活発に活動を始めた。もう、王や国の役人たちにおびえなくても済むのだ、と悟ってからは、それはお祭り騒ぎに変わって行った。
イクリスが、城にストックされていた食料や、日用品などの物資を配給した後、それは更に大きくなっていき、本格的な祭りになった。
民衆は、今までの王家が排除されたことを、盛大に祝った。
◇◇◇
そのころ、自室に軟禁されたメリッサ王女は、薬の瓶を手に握り占めて、父との会話を思い返していた。
他国に逃げる前に、王は娘の居る離宮に寄っていた。
「お父様、突然どうしたの?」
「バイエルを攻撃したら、逆に攻め込まれた。キルン国軍も負けて散りじりになったらしい。だから私は、今から他国に逃げる」
「それじゃあ、私もすぐに支度をするから少し待って」
そう言って、支度をするために、侍女を呼ぼうとしたメリッサを、父は止めた。
「いいや、お前にはやって欲しい事がある。これをお前にあげよう。男を思い通りに出来る秘薬だ」
そう言って、小さな薬瓶をメリッサに渡した。
ガラスの小瓶で、紫色の液体が、ほんの少し入っている。
「これは、どういう薬なんですか?」
「一年前に閉門にした、ノバック伯爵家に伝わる秘薬だそうだ。200年くらい前のものだが、薬効は確実らしい。キルンで一番人気だった、侯爵家の子息と娘が結婚したのは、この薬のおかげだそうだ。家の存続と引き換えに差し出してきた。お前はバイエルの新王に、これを使え。そうすれば、バイエル全土が手に入る」
父から渡された薬はティースプーンに三杯分くらいしかない。それを揺すってみて、液体が揺れるさまをじっと見た。
「これを飲んだ男はどうなるの?」
「目の前に居る女に、べタ惚れになるそうだ」
「では、飲ませたら、勝ちね」
「バイエルには、マリアを潜入させている。イクリス王の側近に接触しているはずだ。彼女に連絡を取って、協力を仰げ。うまくやってくれよ」
そしてメリッサは目一杯着飾ってから、その瓶を持って馬車に乗った。その後、うまくバイエル兵に捕まり、イクリスの前に引き立てられて行った。
思いがけない事に、イクリスは若く、とても美しい男だった。物静かでストイックな雰囲気なのに、強烈な色気がある。ふとした動作や目線に滲み出す色気に、引き寄せられる女達の視線を、全く気に留めていなそうなところが、また妙にそそるのだ。
初対面では、か弱げな様子を見せようと思っていたことも忘れ、メリッサは見入ってしまっていた。
一応、王女として丁重に扱われ、元の自室に軟禁されることになった。その内に、この部屋を彼が訪れることもあるだろう。
その時に、これを飲ませれば、すべてはメリッサの意のままになるのだ。
あの美しい男が、自分のしもべになる。そしてメリッサはキルンとバイエルを合わせた、大国の王妃になるのだ。
メリッサはこの幸運に体を震わせた。
読んでいただきありがとうございました。
「第一章 敵国バイエル王太子からの求婚」は、完結です。
第二章「(仮)秘薬の導く先」を少し開けて連載します。
第一章と違い、この章は恋愛色が強く、やっとイリスが恋してくれそうです。
第二章開始は三か月くらい先になりそうです。
ここで一旦完結設定にします。再開する時には活動報告を出しますので、また読んでくださいね。




