キルン国の襲撃
「恋をすると、不安になるものです。イリス様が恋を実感できないのは、エドワード殿下が、ずーっとぞっこんで、不安になることなんか無かったせいかもしれませんね。不安も恋のスパイスですよ」
カイルがわかったような事を言う。カイルの恋愛事情は聴いたことがないが、もしかして結構華やかなのだろうか。
イクリスと同じように感じたのだろう。ミラがじっとカイルを見ている。
「カイルったら、恋人がいるっていうの? なんか知ったかぶりしてない?」
「あ、俺、結婚しているよ」
全員が初耳だった。
「何を馬鹿なことを」
アイラが言いかけて、やめた。カイルは真面目な顔をしていて、嘘を言っているようには見えない。
「それなら、奥さんはどこにいるの?」
「バイエルにいるよ。こっちに来てから知り合ったから」
なんて早い、とルーザーが言ったが、彼だって、会って1時間もしないうちにプロポーズしていたのを、イクリスは知っている。
「ルーザーもカイルも、即決なんだな。そういえばセレウス殿とアイラもそうか。取り残されたような気分で、少々滅入るよ」
なぜか落ち込んだ気分になり、その日の仕事はお終いにして、早々と寝ることに決めた。
ナイトキャップを引っ掛けて、まどろんでいたところに、荒々しくドアがノックされた。
慌ててベッドから身を起こし、外に声を掛けると、セレウスとアイラが、衛兵を引き連れて飛び込んできた。
「バイエル西方にある、キルン国が攻め込んできました。国境に接したペイル伯爵領からの伝令が、たった今到着しました」
ベッドから降りたイクリスにアイラが駆け寄り、着替えを手伝おうとしたが、それを断って、ガウンを引っ掛け、そのまま伝令に会いに出かけようとした。
「会う。このままでいい」
アイラが手早く髪を梳いてくれた。髪を留める物が無かったので、垂らしたままでいいと断った。
伝令の兵士は、二名いた。
二人は、ガウン姿のまま、すぐに現れたイクリスに、驚いたようだった。
疲れた様子だったが、一瞬嬉しそうに目を輝かせた。こんなにすぐ拝謁できることはめったになく、結構待たされるのが常なのだから。
二人の報告によると、二日前に突然大部隊が押し寄せてきたという。
キルンと隣接する領地の砦は、長年小競り合いが続いているので、守りが堅いが、今回の襲撃は、規模が違うという。キルン国側の平原は、見渡す限り、兵で埋められていたそうだ。兵の数は約3万程度だろうと言う。
王権の交代で、バイエル国が混乱している隙に、バイエルを落とそうと考えての大部隊だろう。こちらも、本格的な備えが必要そうだ。
二人を労い、今からすぐに出陣の準備をすると約束してから、彼らを部屋に案内させた。
このまま戻ると言い張っていた二人も、休憩してから、部隊と共に戻るよう言うと納得し、衛兵に従って退室した。
「アイラ、ルーザーとミラはどこにいる」
「兵営に行っています。もう遠征の準備を始めているでしょう。張り切っていましたから」
「まずは敵の情報と、バイエル国の防衛体制を知りたい。1時間後に大会議室に必要な人物を集めてくれ。軍事だけでなく、外交、経済分野の人間も呼んでくれ。ロマンも必要だ」
イクリスの言葉で、アイラが侍従数人に、指示を出した。騒動で起き出してきている侍女たちもたむろしている。
アイラが彼女たちに簡単な説明をし、会議室の準備と、お茶の支度を頼んだ。
その者たちが散っていくと、セレウスが寄って来て、着替えることを提案した。
「その格好では、皆、落ち着かないようだ。着替えて欲しい」
「済まない。アイラ、頼む」
そう言うと、またセレウスがアイラを後ろから抱きしめた。これは嫉妬しているときの癖のようなものだ。
アイラがセレウスを抱きしめ返し、背中をさすってから、体を離した。
部屋に入って、着替えを選んでいるアイラの頰が緩んでいる。
「どうしたんだ」
「緊張して引き締まった顔が、すごく色っぽいです。寝起きの乱れた感じが更にそそります」
そんな事を考えているから、セレウスがああだったのか、と脱力した。でも、そのおかげで、肩の力が抜けた。
着替えてから会議室に入ると、すでに数人が席に着いていた。
アダムも来ていたので、彼に質問する形で、必要な情報を集めていった。
敵は、隣接するキルン国で、レンティスから見るとバイエルを挟んで反対側に位置している。そのため、レンティスではキルンの情報は少ない。
キルン国は、以前からバイエルとの国境付近の領地を狙っていて、小競り合いが絶えないが、国境の領地を治めているペイル伯爵が、しっかりと抑え込んでいるという。
国からも三千人規模の部隊を駐屯させているので、通常なら攻めてくることはあり得ない。
小競り合いごとに和平交渉を行っているが、好戦的な王で、全く解決への糸口が掴めないそうだ。
キルン国は、国の事業や特産品の販売が振るわず、国力は低い。原因は、王家の圧政だった。課税や賦役がきついので、国民が疲弊しているが、王家が国の運営方針を変える様子もない。
「典型的な、好ましくない隣人だな。国民の王家への支持はどのくらいある?」
「国民はずっと弾圧されていて、現王に変わってからは、それが加速しています。そのせいで国力は下降の一途をたどり、国民は更に貧しくなっている。そして王は他国から奪おうとする。いい事は一つもないです」
アダムは長年の紛争相手のことだけあって、内情をよく把握していた。
イクリスがしばらく考えてから、アダムに聞いた。
「キルン国を占領し、バイエルに併合することは可能だろうか」
この言葉に、会議室内の全員が、驚いた。部屋に入るところだった、ルーザーとミラが、何があったのかと、先に来ていたカイルに聞いている。
「イクリス様が、隣国を併合したいって言ったんだよ」
さらっと答えた言葉に、ルーザーとミラもさらっと返した。
「面白そうだな。派手に暴れられるってことか」
「実戦。久しぶりで腕が鳴るわ。王の首は私がもらうわ」
ケインは、俺は後ろで見守る役をする、と言った。
「じゃあ、ケインには首都の守りの任務に着いてもらおう。よろしく」
口を開けたまま、ケインがアワアワとして、え、俺だけ置いていかれるの? と言っている。
「三割ほどの兵を守備に残す。その指揮はセレウス殿にお任せしたい。すぐにレンティスに援軍を依頼し、首都の守りに一万の兵を借りよう。依頼書を書くから、伝令を走らせてくれ」
イクリスはケインを無視して、矢継ぎ早に指示を出した。
「全軍の総司令官には私がなる。軍を二つに分け、先発隊をアダム殿に率いてもらう。ルーザー、ミラ、カイルはそっちに入ってくれ。アイラは私に付いてくれ。アダム殿の軍は、ルーザー以下目一杯着飾って、明後日、華々しくパレードをしながら出発して欲しい」
「イクリス様はいつ発つのですか?」
「後方支援を整えてから出る。いくつかに分けて後を追わせるから、迅速に進軍してくれ。私も四日後くらいには、出られるだろうから、私たちが着くまで、砦を守っていてくれ。それまで、余りはしゃぐなよ」
「私は色々と仕込んでから行きたいので、イクリス様の部隊に入れていただけないでしょうか」
ミラは爆薬やトラップの類を用意したいのだろう。了解したら、元気よく、ありがとうございますと答えた。
次に、少し前に到着していたロマンが、食料について説明してくれた。
「現在の備蓄は十分にあるので、先発隊の携帯食料や砦への補給物資は、すぐにでも積み込めます。私はイクリス様の軍に従いますからね。もちろん、出来立てを毎食お出しします」
ルーザーとカイルがブーブー文句を言ったが、ロマンが上手い干し肉や、栄養たっぷりの携帯食を用意すると言うと、不服そうだが黙ってくれた。
イクリスが作戦を簡単に説明した。
「大部隊で一気に首都まで攻め込んで、王を捕え、キルン国を併合する。カイルは王族の動向を探ってくれ」
カイルが敵陣に潜入します、と答えた。
「相手はバイエルの混乱を狙ったんだ。油断させるため、大軍だと気付かせないよう注意しろ。侵攻は、全軍が揃ってからとする。それまでは小競り合い程度にとどめておいてくれ」
ここまで、質問は? と聞くと、ケインが、レンティス軍が来るまでの王都が不安です、と発言した。
国民の安全を真面目に考えているんだ、と思ったら、頬が緩んだ。
それを押し隠したら、難しい顔つきになってしまったようだ。それで、ことさら優しい口調で答えた。
「ケインを信じているんだよ」
ミラが喜び、ケインが青ざめた。逆の効果が出てしまったらしい。
「聖騎士団員は首都の守りに置いていくのだが、それでも不安か?」
そう聞いてケインが少し嬉しそうにした。
「ケインはかなり強いから、セレウス殿も安心してください」
イクリスの言葉に、セレウスは、じゃあ、一度お手合わせ願おうか、とケインを誘った。アイラに突っかかって遊ぶくらいだから、かなり強いのだろうと思っていたのだ、と笑っている。




