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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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キルン国の襲撃


「恋をすると、不安になるものです。イリス様が恋を実感できないのは、エドワード殿下が、ずーっとぞっこんで、不安になることなんか無かったせいかもしれませんね。不安も恋のスパイスですよ」


 カイルがわかったような事を言う。カイルの恋愛事情は聴いたことがないが、もしかして結構華やかなのだろうか。

 イクリスと同じように感じたのだろう。ミラがじっとカイルを見ている。


「カイルったら、恋人がいるっていうの? なんか知ったかぶりしてない?」


「あ、俺、結婚しているよ」


 全員が初耳だった。


「何を馬鹿なことを」


 アイラが言いかけて、やめた。カイルは真面目な顔をしていて、嘘を言っているようには見えない。


「それなら、奥さんはどこにいるの?」


「バイエルにいるよ。こっちに来てから知り合ったから」


 なんて早い、とルーザーが言ったが、彼だって、会って1時間もしないうちにプロポーズしていたのを、イクリスは知っている。


「ルーザーもカイルも、即決なんだな。そういえばセレウス殿とアイラもそうか。取り残されたような気分で、少々滅入るよ」


 なぜか落ち込んだ気分になり、その日の仕事はお終いにして、早々と寝ることに決めた。



 ナイトキャップを引っ掛けて、まどろんでいたところに、荒々しくドアがノックされた。

 慌ててベッドから身を起こし、外に声を掛けると、セレウスとアイラが、衛兵を引き連れて飛び込んできた。


「バイエル西方にある、キルン国が攻め込んできました。国境に接したペイル伯爵領からの伝令が、たった今到着しました」


 ベッドから降りたイクリスにアイラが駆け寄り、着替えを手伝おうとしたが、それを断って、ガウンを引っ掛け、そのまま伝令に会いに出かけようとした。


「会う。このままでいい」


 アイラが手早く髪を梳いてくれた。髪を留める物が無かったので、垂らしたままでいいと断った。


 伝令の兵士は、二名いた。


 二人は、ガウン姿のまま、すぐに現れたイクリスに、驚いたようだった。

 疲れた様子だったが、一瞬嬉しそうに目を輝かせた。こんなにすぐ拝謁できることはめったになく、結構待たされるのが常なのだから。


 二人の報告によると、二日前に突然大部隊が押し寄せてきたという。


 キルンと隣接する領地の砦は、長年小競り合いが続いているので、守りが堅いが、今回の襲撃は、規模が違うという。キルン国側の平原は、見渡す限り、兵で埋められていたそうだ。兵の数は約3万程度だろうと言う。


 王権の交代で、バイエル国が混乱している隙に、バイエルを落とそうと考えての大部隊だろう。こちらも、本格的な備えが必要そうだ。


 二人を労い、今からすぐに出陣の準備をすると約束してから、彼らを部屋に案内させた。

 このまま戻ると言い張っていた二人も、休憩してから、部隊と共に戻るよう言うと納得し、衛兵に従って退室した。


「アイラ、ルーザーとミラはどこにいる」


「兵営に行っています。もう遠征の準備を始めているでしょう。張り切っていましたから」


「まずは敵の情報と、バイエル国の防衛体制を知りたい。1時間後に大会議室に必要な人物を集めてくれ。軍事だけでなく、外交、経済分野の人間も呼んでくれ。ロマンも必要だ」


 イクリスの言葉で、アイラが侍従数人に、指示を出した。騒動で起き出してきている侍女たちもたむろしている。

 アイラが彼女たちに簡単な説明をし、会議室の準備と、お茶の支度を頼んだ。


 その者たちが散っていくと、セレウスが寄って来て、着替えることを提案した。


「その格好では、皆、落ち着かないようだ。着替えて欲しい」


「済まない。アイラ、頼む」


 そう言うと、またセレウスがアイラを後ろから抱きしめた。これは嫉妬しているときの癖のようなものだ。

 アイラがセレウスを抱きしめ返し、背中をさすってから、体を離した。

 部屋に入って、着替えを選んでいるアイラの頰が緩んでいる。


「どうしたんだ」


「緊張して引き締まった顔が、すごく色っぽいです。寝起きの乱れた感じが更にそそります」


 そんな事を考えているから、セレウスがああだったのか、と脱力した。でも、そのおかげで、肩の力が抜けた。


 着替えてから会議室に入ると、すでに数人が席に着いていた。

 アダムも来ていたので、彼に質問する形で、必要な情報を集めていった。


 敵は、隣接するキルン国で、レンティスから見るとバイエルを挟んで反対側に位置している。そのため、レンティスではキルンの情報は少ない。

 キルン国は、以前からバイエルとの国境付近の領地を狙っていて、小競り合いが絶えないが、国境の領地を治めているペイル伯爵が、しっかりと抑え込んでいるという。


 国からも三千人規模の部隊を駐屯させているので、通常なら攻めてくることはあり得ない。


 小競り合いごとに和平交渉を行っているが、好戦的な王で、全く解決への糸口が掴めないそうだ。

 キルン国は、国の事業や特産品の販売が振るわず、国力は低い。原因は、王家の圧政だった。課税や賦役がきついので、国民が疲弊しているが、王家が国の運営方針を変える様子もない。


「典型的な、好ましくない隣人だな。国民の王家への支持はどのくらいある?」


「国民はずっと弾圧されていて、現王に変わってからは、それが加速しています。そのせいで国力は下降の一途をたどり、国民は更に貧しくなっている。そして王は他国から奪おうとする。いい事は一つもないです」


 アダムは長年の紛争相手のことだけあって、内情をよく把握していた。

 イクリスがしばらく考えてから、アダムに聞いた。


「キルン国を占領し、バイエルに併合することは可能だろうか」


 この言葉に、会議室内の全員が、驚いた。部屋に入るところだった、ルーザーとミラが、何があったのかと、先に来ていたカイルに聞いている。


「イクリス様が、隣国を併合したいって言ったんだよ」


 さらっと答えた言葉に、ルーザーとミラもさらっと返した。


「面白そうだな。派手に暴れられるってことか」


「実戦。久しぶりで腕が鳴るわ。王の首は私がもらうわ」


 ケインは、俺は後ろで見守る役をする、と言った。


「じゃあ、ケインには首都の守りの任務に着いてもらおう。よろしく」


 口を開けたまま、ケインがアワアワとして、え、俺だけ置いていかれるの? と言っている。


「三割ほどの兵を守備に残す。その指揮はセレウス殿にお任せしたい。すぐにレンティスに援軍を依頼し、首都の守りに一万の兵を借りよう。依頼書を書くから、伝令を走らせてくれ」


 イクリスはケインを無視して、矢継ぎ早に指示を出した。


「全軍の総司令官には私がなる。軍を二つに分け、先発隊をアダム殿に率いてもらう。ルーザー、ミラ、カイルはそっちに入ってくれ。アイラは私に付いてくれ。アダム殿の軍は、ルーザー以下目一杯着飾って、明後日、華々しくパレードをしながら出発して欲しい」


「イクリス様はいつ発つのですか?」


「後方支援を整えてから出る。いくつかに分けて後を追わせるから、迅速に進軍してくれ。私も四日後くらいには、出られるだろうから、私たちが着くまで、砦を守っていてくれ。それまで、余りはしゃぐなよ」


「私は色々と仕込んでから行きたいので、イクリス様の部隊に入れていただけないでしょうか」


 ミラは爆薬やトラップの類を用意したいのだろう。了解したら、元気よく、ありがとうございますと答えた。

 次に、少し前に到着していたロマンが、食料について説明してくれた。


「現在の備蓄は十分にあるので、先発隊の携帯食料や砦への補給物資は、すぐにでも積み込めます。私はイクリス様の軍に従いますからね。もちろん、出来立てを毎食お出しします」


 ルーザーとカイルがブーブー文句を言ったが、ロマンが上手い干し肉や、栄養たっぷりの携帯食を用意すると言うと、不服そうだが黙ってくれた。


 イクリスが作戦を簡単に説明した。


「大部隊で一気に首都まで攻め込んで、王を捕え、キルン国を併合する。カイルは王族の動向を探ってくれ」


 カイルが敵陣に潜入します、と答えた。


「相手はバイエルの混乱を狙ったんだ。油断させるため、大軍だと気付かせないよう注意しろ。侵攻は、全軍が揃ってからとする。それまでは小競り合い程度にとどめておいてくれ」


 ここまで、質問は? と聞くと、ケインが、レンティス軍が来るまでの王都が不安です、と発言した。


 国民の安全を真面目に考えているんだ、と思ったら、頬が緩んだ。

 それを押し隠したら、難しい顔つきになってしまったようだ。それで、ことさら優しい口調で答えた。


「ケインを信じているんだよ」


 ミラが喜び、ケインが青ざめた。逆の効果が出てしまったらしい。


「聖騎士団員は首都の守りに置いていくのだが、それでも不安か?」


 そう聞いてケインが少し嬉しそうにした。


「ケインはかなり強いから、セレウス殿も安心してください」


 イクリスの言葉に、セレウスは、じゃあ、一度お手合わせ願おうか、とケインを誘った。アイラに突っかかって遊ぶくらいだから、かなり強いのだろうと思っていたのだ、と笑っている。


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