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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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おしおきと、仕事の仕分け


 イクリスの目の前にケインが伸びている。

 彼を囲んで、ルーザーとカイルとアイラ、少し後ろにセレウスが立っていて、ミラはケインの横に座り込んでいる。


 イクリスは、つま先で軽くケインの胴をつついて、起きろと命じた。


「こんなの酷いですよ。急にカイルが現れたと思ったら、すぐにルーザーまでやってきて、縛りあげるなんて」


「会いたかったぞ。ケイン」


 イクリスは優しく言って微笑んだ。しかし、優し気な声と裏腹に、場はひんやりとした。


「やっぱりイクリス様はそうでなくちゃ。早くマーガレット様、来ないかしら」


 ミラは今まで、ケインをくすぐり倒していたので、満足げだ。


 少し離れて立っているアイラは、下を向いて顔を隠している。

 嬉しそうな顔を見せると、セレウスが不機嫌になるから、自制しているそうだ。


 セレウスには、イクリスもカーンもイリスの変装だと、アイラから説明してもらっている。それで、イクリスを様付けで呼ぶようになったのだが、それでもイクリスにはライバル心を持つようだ。

 人間は目に見える姿に、いとも簡単に騙されるということか。大天使セレウス様も、やはり人間だったようだ。


「ケイン。教祖様はどうなったんだ?」


「消えました。もういません」


 かなりやけっぱちな声でケインが答えた。


「信者達は納得しているのか?」


「最大級の力を振り絞って、別れの言葉を残しました。そして教祖様は役割を終えて、神のもとに帰って行ったのです」


 縛られて転がったまま、笑いすぎてかすれている声を張り上げるケインには、威厳も何もあったものではない。これとあの教祖様とは、知っていても結びつけるのが難しい。


 アイラが寄って来た。


「セレウス様が新しい教団を作るとか、教祖様が言い残したそうだけど、ここでもう一回言ってごらん。内容によっては殴ってやる」


 そう言って、頭を一発殴った。


「お前は。先に殴るなよ。敵の敵は味方の論理で、旧体制に反旗を翻した勢力に合流せよ、と説いただけだよ」


 流石、口から化ける男だけあって、上手い事を言う。

 だが、絶対に面白がっていたはずだ。何か制裁を加えたい。そうでないとイクリスも、皆も気がすまなかった。


「ご苦労だったな、ケイン。無事に大役を終えたわけだ。次はもっと簡単な仕事を頼むことにするよ。第二妃親子のお世話係とか、どうかな」


「嫌がらせですか。まさかイクリス様が、そんな事をするなんて」


 もちろん嫌がらせだが、これはいい案かもしれないと気付いた。

 旧王族の見張りに、一人は優秀な人員を潜り込ませておきたいと思っていた。

 それにバイエルの人事を任せているセレウスとは、いいコンビなのだ。彼はケインに一目置いているようで、ある種の敬意と興味を持って接している。


 ケインはと言えば、胡散臭さを隠そうともしないが、ひたすら低姿勢でセレウスに接する。

 変なコンビだが、凹凸が合っているような感じだ。


「もうしばらく、そのまま転がっておけ」


 イクリスはそう言い残し、別室に、セレウスとブルーシャドウのメンバーを連れて、移動した。

 ドアを閉める時、ケインの文句が聞こえたので、セレウスに一声かけてもらった。


「ケイン殿。縄抜けや、脱出等考えず、静かに待っていてください。できますね」


 ケインは、ハイ、と言って諦めた。



 別室に落ち着き、イクリスから皆に、レンティスで決めてきた事を話して聞かせた。


「王家の財産は全て、元バイエル王家に引き継がれるのか。いや、セレウス殿がレンティスの爵位を得れば、レンティスに属することになるか」


 ルーザーが言うと、ミラが不服そうに意見を言った。


「アダム殿下は副王なのに、王のイクリス様より金持ちっておかしいです。変です。もっともらっておきましょう」


 イクリスはミラだけでなく、全員に向かって言った。


「できれば同盟国として、早く手離れして欲しいんだ。金は必要だろ。セレウス殿から聞いた話だと、王とのわだかまりも解けたようだし、アダム殿下に頑張って学んでもらおう。セレウス殿、教育をお願いします」


「お引き受けします」


 チラっとアイラを見ると、目が合った。

 アイラは自分の側に置きたい。イクリスは内心恐る恐る、アイラは引き続き私の補佐官として、全般を見ていって欲しい、と言ってみた。


 セレウスが、軽く唇を噛んだが、何も言わなかった。承知してもらえるようだ。



「この先は、バイエルの現状把握に努めることになる。

 軍隊の再編はルーザーとミラ、国の産業と事業の調査、外交含む状況把握はカイルとケインにやってもらう。セレウス殿には追加で人事面のアドバイスもお願いしたい」


 王妃の息のかかった者を、既に排除しているので、各組織共、穴空きだらけになっているし、貴族の家門もいくつも取りつぶされていた。これらの再編が急務だった。

 バイエルの王宮や、貴族に詳しいセレウスのアドバイスは貴重だ。教会の諜報網は、かなり使える。そこに入り込まれ、王妃に利用されてしまったことを教訓に、セレウスが諜報組織の在り方を、作り直している最中でもある。


 ロマンも呼び出し、彼には食料体制の調査と助言を頼もうとイクリスは考えていた。

 

 そしてイクリスとアイラは、財政の調査と仕分け直し、人事の見直しを行う。これが一番大変だろう。


「一か月以内で、大枠をまとめてくれ。これからは非常に忙しくなる。

 ところで、イリスはエドワード殿下と婚約した。全てが片付いたら結婚式だから、そのつもりでいてくれ」


 全員が、シンとして息を呑んだ。


 ウ、ワーという、戸惑い気味の中途半端な声が上がった後、もう一度、ワッと声が上がった。


「良かった。壊れたエドワード殿下を見ないですむ」


 ルーザーとカイルは大喜びしている。エドワードの訓練を受け持っていて、彼に思い入れが強い二人は、ずっと心配していたようだ。


 ミラは、イリス様は王妃になって当たり前です、と言っている。


 セレウスとアイラも、嬉しそうに笑い、見つめ合っている。


「イリス様がレンティス王妃で、イクリス様がブルーネルの後継者で、カーン様は何処かの王配って、以前に言ってましたよね。イクリス様がバイエル国王になってしまったから、カーン様が公爵でしょうか」


 ミラが楽しそうに言った。


「カーンは男色家だから、何処かの王の愛人じゃないか?」


 イクリスがしれっと言うと、アイラとカイルが皆を急かし、各々の仕事に向かわせた。

 二人は、長引いたらイリス様が変質する、とブツブツ言っていた。



 次の日から、財務関連の要職者を集め、財政の点検に入った。

 バイエル王家の財産は、レンティス王家の倍近かった。

 その三割程をセレウスの経費に充てる事になった。宗教施設と、聖騎士団の施設を建てるのに使う。

 セレウスの考える施設は質素なものだ。バイエルにあるような豪華な教会など、もともと不要だと思っていたそうだ。

 それでも教会や、聖職者や聖騎士団員の宿舎や、訓練設備には、かなりの費用が掛かる。聖騎士500人、その従者が三千人、その他を加え聖騎士団だけで5千人を超える。


 バイエルの教会に残る者より、セレウスに従って移動する者のほうが多いのだから、ほぼ、本拠地の移転と言っていい。


 そのためセレウスの領地は、最初から大人数を養う経費が必要になる。


 バイエル国側の教会経費が浮くので、それをしばらく、セレウスの領地に回すことになった。バイエルの国防に、聖騎士団を借りるという名目にしている。

 これだと、レンティス領というより、宗教を軸とした独立国のようなものだ。


 レンティス国からの補助はどれくらいもらえるのか、交渉が必要だと考えていたが、それはすぐに解決した。


 産業関連で移民についての情報整理をしていたカイルが、イクリスの執務室に飛び込んできたのだ。


「かなりの数の国民が、セレウス殿の治める領地へ、移住を希望しています。多すぎるので、制限したほうがいいでしょうか」


 数を聞くと驚く人数だったが、許可することにした。移住希望者は、農民から商人まで、まんべんなく居た。

 領民が増えれば、彼らから上がる税金で、教会の費用がある程度賄えるので、移民は好都合だった。そうこうする内に、当初予定していた領地では、移民を受け入れきれなくなってしまった。


 バイエルの領土は、レンティスの約二倍ある。当初、その一割を接収する予定だったが、思い切って二割もらうことにした。

 国境付近は大きな都市もない、辺鄙な地域だ。レンティスとは国交が制限されていたが、国同士の争いごとは無かったので、大仰な砦は置かれていない。新しい街を作るのに好都合だった。

 その地域を治めていた貴族達には、閉門された貴族の、もっと都心よりの土地を割り振ることが出来るので、反発は少なくてすみそうだ。


 教会建設と、中心部の設計に関しては、セレウスとレンティスの行政官たち、教会の建設部門などが集まって、話を進めている。


 それに先立ちセレウスには、アイラと共にレンティスを訪問してもらった。

 そして滞在先になったブルーネル家でも、挨拶に伺った王宮でも、皆セレウスの外見と、内面と、アイラへの執着に驚いたようだった。

 アイラの教育で、セレウスはだいぶ行動を抑えるようになってきている。それでも、王族で教会育ちの、浮世離れした雰囲気は抜けない。

 滞在期間中レンティスでは、精霊が現れたと言う噂が、流れたらしい。


「エドワードからの手紙に、あんなに美しい男が側にいると思うと、不安でたまらないって書いてあるよ」


 イクリスが笑いながら言うと、皆が笑った。イクリスをライバル視する、セレウスの様子を知っているからだ。



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