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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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親子の対話(父と息子)


 イクリスがアダムに目をやると、下を向いて何事かを考え込んでいた。

 自分の母親が悪者として周知されるのは、とても辛いことだろう。そこは同情するが、王妃のやったことは、容赦できない。


 イクリスは王妃の野心を疑った事を思い出した。

 アダムには、まず王と話をしてもらう。そう決めた。

 もしイクリスの考えた事が当たっていたら、アダムは父からも母からも愛されなかったことになる。きつい話だが、事実を確認したほうがいい。


「実はレンティスの王妃が、あなたの母上を覚えていました。レンティス王に恋している様子でもないのに、より大国のバイエル皇太妃候補を蹴ってまで、なぜ婚約を申し込んだのか不思議に思った、と言っていました。思い当たることはありますか?」


 アダムは少し考えたが、わからない様子だった。


「私はもしかしたら、権力を手に入れたかったのかと考えました。レンティスの王は、あまり評判の良くない女性と、一時期付き合っていました。それでバイエルの皇太子より、隙があると考えたのかもしれない」


「まさか、そんなことは有り得ません」


「レンティスに側近の子供を王子として潜り込ませ、彼を王位に付ける工作を何度も行っていました。王妃は操縦できる駒をレンティスに置いたのです。バイエル王にとって王妃とあなたは、何だったのでしょう。もしかしたら、あなたが思うのとは違い、敵として遠ざけていたのかもしれませんね」


 アダムは目を瞠っている。


「王に会って、今までの王妃との関係を、聞き出して欲しいのです。アダム殿下にとっては酷な話でしょうけれど、はっきりさせないと、将来を誤ることになると思います」


 王への聞き取りは、アダムとセレウスの二人で行う事に決まった。

 アダム一人だと、お互いに感情的になったり、探り合ったりして、うまく話を引き出せないかもしれない。セレウスの公正さは、二人の話し合いの助けになると思われた。


 王は離宮に監禁され、第二妃と王女二人と王子は、王妃の部屋にまとめられている。生活のレベルは落とさず、外出のみ制限している。

 双方に対して、脱出したら相手は処刑されるだろう、と言い渡してあるので、今までの所は問題も起こさず、大人しく過ごしている。

 

 元の王族を生かすも殺すも、アダム次第だと言ってある。

 国土を一部削って国力を削いでおくが、大国には違いないので、反旗を翻されては困る。元の王や弟妹達に王位を取って代わられては、戦争になること必至なのだ。そのため、アダムと彼らの関係がどう落ち着くか、慎重に見極めようと考えていた。



 王は静かに二人を迎えた。


「いかがお過ごしですか。父上」


「いかがも何も、この離宮から出ることもできないのだ。毎日部屋で本でも読むしかないさ」


「外の様子は、警備に当たっている衛兵や聖騎士たちから、お聞きになっていると思います。国内も王宮内も、混乱なく通常通りに動いています」


 前王のユージンは、2人から目をそらした。


「王などいなくても、国は動いていくのだな」


「父上が王でなくとも、ということです。今日は、母上との関係について尋ねに参りました」


 今更何をだと言って、ナイトテーブルに乗っていた酒瓶を手に取り、グラスに注いだ。


「イクリス殿がレンティスで、若い頃の母の事を聞いたそうです。野心があったのでは、と聞かれましたが、私には全く見当もつきません。私が見ていた母は、夫に顧みられない、寂しく弱々しい女性です」


 ユージンが皮肉っぽく唇をゆがめた。


「本当にお前は何も知らなかったのだな。そんな気もしていたがね。知っていて隠しているなら見込みがあると思っていた。やはりお前に王は無理だな」


 突き放すような言葉を放つ父親と、アダムの間に、セレウスが入ってくれた。


「帝王教育を施さずにおいて、その言い方は不公平ですよ。今日はご自身の息子に、まっすぐに向き合ってみてください」


「そうだな、こいつは、あの忌々しい女から生まれたが、私の息子だ」


 ユージンは、酒を生のまま、グッと一口飲んだ。


「お前が生まれて二年経ったあたりから、私の周辺で、危険な事が起きるようになった。毒が盛られたり、狩りで流れ矢に当たりそうになったり、橋が崩れたり、滞在先で火事が起きたり。ゾッとしたものだよ」


「それを母が仕組んだと言うのですか」


「多分。毒殺事件の時は、レナルティの嫌いな料理に毒が仕込まれて、彼女だけ食べなかったな。あの時は同席した貴族が二人亡くなっている。私は腹具合が悪くて、一口しか食べなかったので、死ななかった。残念だったな」


「それは王位を狙っての事、でしょうね。父上が亡くなれば、次期王は私になり、母がその補佐をすることになる」


 アダムは腕をさすり、息を吐いた。


「そうだろうな。だが、第二妃を迎えると攻撃が止んだ。第二妃の腹に子がいて、それが王子だったら王権を奪えないからだろう。もちろん私は第二妃の王子に王位を譲るからだ。その後、第二妃も攻撃されたので、私は完全に王妃との交流を絶った」


 アダムは納得した様子だった。


「私が覚えているのは、それ以降の打ち捨てられた王妃である母です。私には、そういった姿しか見せてはいませんでした」


 ユージンが、徹底しているな、とつぶやいた。

 セレウスが、一言いいか、と聞いてから口を挟んだ。


「貴方がた二人は似ている。容姿も性格もだ。王妃はアダムも、必要としていなかったのかもしれない。王権を手に入れた後は、命が脅かされた可能性もあると思う。そうでなければ、アダムの教育に口を出すはずだ」


 ユージンとアダム親子は見つめ合った。お互いの目に、嫌な合意が見て取れた。


「お前は敵ではなく、人質だったか」


「もう一つ、聞いてもいいだろうか。疑問は残さないほうがいいと思う」


 セレウスの言葉に、ユージンがどうぞと答えた。


「エリ王女は、あなたの子か?」


 ユージンもアダムも、ギョっとしたように動きを止めた。その後二人とも考えこんだ。エリ王女の幼い頃から、今までの姿を思い出しているのだ。


「私はレンティスに対して行われた悪事を全て聞いた。そして、王妃の最側近の男を見ている。エリ王女には、彼の面影があるように感じた。どうなのだろう」


 まさか、と言いながら、アダムがユージンの腕に、手を伸ばした。

 ユージンは、そんなはずはない、と二人に向かって答えた。


「王妃を避け始めた後だったが、その日は酔ってしまって、王妃の部屋に泊まった。その時にできた子供のはずだ」


「同じようなことを、王妃たちはレンティスでも行っているのです。レンティスのマイルズ殿下は、そうやってレンティス王家に送り込まれた、側近の息子ですよ」


 しばらくの間、誰も声を出さなかった。


「では、レンティスはマイルズに、バイエルはエリに渡すつもりだったということですか?」


 アダムが喉にかかったような声で、セレウスに聞いた。


「王妃が両国の権力を握り、将来は両国とも、エリ王女に渡す気だったのではないかと思う。今回の婚姻の申し出は、レンティスの盾であるブルーネル公爵家を、敵に回したままでは、うまく事が運ばないと考えたのだろう」


 ユージンがまた酒を波々と注いだ。

 口元まで持っていって、ふと止めると、アダムに差し出した。


 アダムはノロノロとグラスを受け取り、一口飲んだ。

 しばらくの間、グラスを見ていたが、グッと一気に残りを飲み干し、ひどくむせた。


 アダムはグラスをテーブルに置くと、床に座り込んでしまった。


「アダムは副王になる。正しい情報と、その入手ルートの確保は絶対に必要だ。今の話を知る前と後では、心構えが違うはずだ」


 セレウスにそう言われ、アダムはうなだれたまま、頷いた。


「ユージン殿の失敗は、第二妃に彼女を選んだことと、その後むやみに甘やかしたことだ。王妃は災厄みたいなものだが、第二妃に関しては、あなたにも責任がある」


 アダムが俯いたまま、ポツリと言った。


「愚かな首と血に飢えた首、どちらも国の害。カーン殿の言葉だ」


「そうだな。その二つを放置していたのだから、王権を奪われても仕方が無い。遠からず、国全体を巻き込んでの、ろくでもないことが起きただろう」


 セレウスは、ユージンとアダムに向かって、新しい国について相談するように助言した。


「今からでも遅くはない。王の知識や経験をユージン殿から、アダムに伝えて欲しい。イクリス殿は欲の無い人物で、王に祭りあげられた事を、迷惑だとしか思っていないようだ。そしてアダムに国を託す気でいる。彼がここを去るまで、半年以上の時間がある。お互いに敵ではなかったことが分かったのだから、アダムに協力して欲しい」



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