バイエルに戻る
色々と話し合った結果、王家の財産は、アダムとセレウスに、分割して引き継がせることになった。
バイエルの領地の内、レンティスに近接する地域を、一部接収してレンティス領とし、セレウスに治めてもらう。そのために、レンティス王の臣下となり、爵位を受けてもらう。
そしてそこを聖騎士団と教会の拠点にすることにした。
セレウスはイクリスと行動を共にするので、国の体制が落ち着いたら、一緒にレンティスに来ることになるだろう。多分彼の居る場所が、聖騎士団と、教会の本拠地になる。
その費用や管理は、ブルーネル公爵家が抱えるには、規模が大きすぎる。その経費として、王室の財産の一部をセレウスに渡す。それならセレウスも断れないだろう。
実際の財産の規模は、バイエルに戻らなければわからないが、一応の大枠が決まった。
レンティスの貴族院で、この話を持ち出すのは、戴冠式の知らせを受け取った後にする。揉める期間をなるべく短くしたいのだ。
貴族たちは驚き、山のように異論が飛び出すことだろう。バイエルを併合してしまおうと言う声が上がるに決まっている。
それをしたら、周辺国との力関係が変わる。自国より広いバイエル国を、収めきれず混乱している内に、他国に攻め込まれたら本末転倒だ。
混乱を避けるために、これから王は、慎重なかじ取りを行わなければならない。
バイエルに戻る前にイクリスは王宮に挨拶に出向いた。
王たちに挨拶したあと、少しだけ、エドワードと二人きりになる時間が取れた。
ところがイクリスの姿のままなせいか、お互いにぎこちない。
「姿が少し違うだけなのに、変なものね。なんだか不思議な気分よ」
イクリスの姿のままで、イリスに戻ってみた。アイラなど、これをすごく器用にやるので試してみたのだが、エドワードが、たじろいでいる。やっぱり気色悪いのかしら。
「ゴメン。イリス。でも混乱して困ってしまう」
やっぱり初心者には、アイラのような器用なことは、無理なのだろう。
「こちらこそ、ごめんなさいね。イリスの姿で過ごしたら、また印象が変わってしまいそうで怖いのよ。だからこの役目が終わるまでは、なるべくイクリスの姿でいることにしているの」
「わかっているよ。一番大変なのは君だもの。会えない間、忘れられないよう、これを贈りたいんだ。受け取ってくれる?」
エドワードがシンプルな指輪を差し出してきた。銀色の細いリングで、葉の模様が刻まれている。
「お祖母様の指輪なんだ。もっと素敵なのを贈りたいけど、その姿では似合わないだろうから」
そう言って、指輪を薬指に嵌めてくれた。
「嬉しいわ。ありがとう。毎日嵌めているわ」
いいムードになっている。これは、キスくらいするのかしらと思い、エドの目を見つめた。
エドもイクリスをじっと見つめている。
何故かエドがグッと唇を噛んだ。
「駄目だ。僕には無理だ。頭でわかっていても、気持ちが付いてこない。僕には男色の気は全くないんだ」
なんだかイラッとして、イクリスは思わずエドの頰を両手で挟んで、唇にキスした。
「男が相手っていうのも、悪くないでしょ」
ちょっと離れた場所から、ブホッと咳をする声がした。姿を探すと、王と王妃がそこにいた。
「覗いていたわけじゃ無いのよ。散歩していたの。邪魔してごめんなさいね」
王妃様が、王の腕を引っ張って、そそくさと離れていった。
「イリスに戻るまで、私はエドの前でもイクリスでいることにするよ。さっきのは御免。今度会うのは戴冠式かな。楽しみに待っているよ」
バイエルに戻ってから、この時のことをアイラに話したら、アイラは舌打ちした。
「遅れているのは、イリス様だけじゃなかったか。エドワード殿下も、イリス様一筋だったせいで、全く訓練されていないようですね。しまった」
アイラはしばらく何か考えていたが、キリッと表情を引き締めて、何とかしますので、お任せください、と言った。
イクリスがバイエル王宮に戻ると、二週間の不在の間に、王宮内は落ち着きを取り戻し、通常通りに運営されていた。
元々、余り混乱が見られなかったのだが、それにしても穏やかな雰囲気で、逆にイクリスにとっては違和感でしかない。
バイエルへの帰国に際し、身の安全を危惧した王家やブルーネル公爵家が、100名程の混合の騎士団を付けて寄越したが、彼らも驚いていた。
国民もだが、王宮で働いている者たちも、歓迎ムードを隠さない。
「この様子は一体何故でしょうか」
聞かれても、イクリスだってさっぱりだった。
出迎えにはセレウスとアダム、それにアイラとブルーネルの騎士たち、そして何故かロマンまでも揃っていた。
その後ろには衛兵が並んでいるが、皆嬉しそうで、役に立ちたいです、と看板をぶら下げているような様子だ。
セレウスとアダムに先導され、王の私室に入ると、そこは全く様変わりしていた。
以前の豪華な雰囲気から、イリス好みの落ち着いた部屋に変わっている。
濃紺の壁に、ベージュ色のドレープカーテンがかかっている。太いタッセルは、かなり凝った織りの物で、黒いパイピングが施されている。
寝室のベッドカバーも、同じ織物が掛けられ、統一感とともに品がある。
とても洗練されたインテリアで、感心してしまった。しばらく部屋を見て回ってから、クッションがたくさん置かれたソファに座った。
「いつの間に模様替えしたんだ? それにセンスがいい。誰が選んだの?」
ロマンがニコニコしながら、一歩前に出た。
「え、ロマンがコーディネートしたの? 君は料理の才能以外に、こんな才能まで持っているのか。神のえこひいきが過ぎるよ」
驚いて聞くと、嬉しそうに答えてくれた。
「料理は見せ方も大事です。美的感覚を磨くのも、料理の修行の一つです」
「ありがとう。気持ちよく過ごせるよ。部屋のことはすっかり忘れていたけど、元の王の部屋をそのまま使うのは、気分が悪いだろうね」
ロマン達は一旦下がり、すぐにティーセットを持ってきてくれた。
スコーンと、ケーキが載ったトレイが4つも運び込まれた。久しぶりのロマンのお菓子だ。
疲れていたので、ケーキを二つ平らげ、皆にも勧めた。
勧めないと、皆、手を出さないのだ。
「もう、王様扱い? まだいいよ。堅苦しいのはごめんだ」
その言葉で、ようやく少し雰囲気が緩やかになった。
「ところで、民衆も王宮の使用人や衛兵たちも、すごく友好的な雰囲気なのだが、なぜなんだ」
それには代表でセレウスが答えてくれた。
「ブルーネル公爵家が、執拗な王妃の攻撃に立ち向かい、王家を守るために犠牲を払って来た事が、まず貴族たちの間に広がり、それが民衆にも伝わった結果です。ブルーネル家はレンティスの正義の盾であり、そのブルーネルの息子が、今度はバイエルを守る盾になってくれることを、歓迎しているのです」
アダムの反応が気になり、様子を伺うと、彼は目を伏せたが、すぐに頭を上げた。
「母のしてきたことは、隠して置けるものではありません。王の了承を得ていなかったし、国の為とも言えない。私を王位に付けるためにしては、辻褄が合わないことが多すぎて、何が目的なのかわからない。息子の私ですらそう思うのだから、人々に反感を持たれるのは仕方のない事です」
セレウスがもうひとつの理由を続けて説明してくれた。それは思いがけない事に、ケインのせいだった。
「ケイン殿のメイサム教団が、あの日以降、バイエル国教や他宗教の信者を取り込み、急激に信者数を増やしたのです。ケイン殿は信者に対し、イリス神に背く旧王家を排した今、イリス神様が認める王に従うことが、その御心に叶うことである、と説きました」
だからイクリス様への忠誠心は、神への信仰に裏打ちされて、非常に強くなっていると言う。
イクリスは、ぽかんとして聞いていた。ケインの扇動は催眠レベルなので、信者は本気でそう思っているのだろう。恐ろしい話だ。
「そして、私の率いる新バイエル国教こそが、イリス神の正しい教団であり、メイサム教団は、そこに合流すると宣言しました。おかげでいつの間にか私は、新バイエル国教の教皇のように思われています。今までより信者が増えて、しかも信仰心が強い。まったくケイン殿の能力と行動には驚かされます」
あの男は、本当にセレウス殿に、教団を押し付けたんだ。今ここに居ないのは、姿を現したら、責めたてられるのがわかっているからだ。ほとぼりが冷めるまで、どこかで羽目を外して遊んでいる気だろう。
「カイル、すぐにケインを探して引っ張ってこい」
イクリスが命令すると、カイルが、すぐ連れて戻りますと言って、部屋を出て行った。




