帰国
外交関係の手を打たなくては。今回の件を、なるべく納得しやすい話に作り直さないと、他国からの非難や干渉を招きかねない。
今までレンティスがバイエルから攻撃されていた事、国民が王の退位を求めて暴動を起こしたこと、王族のセレウスが、国を譲る決断をしたこと、をあげたら何とかなるだろうか。
なんにしろ一番始めにしないといけないのは、レンティス王への報告だ。
勝手に隣国の王になりました、は拙い。それをしたら、いくら親しいレンティス王家とて怒る。だからその前にだ。
すぐにでもアダムを副王とし、2週間ほどの、イクリス不在期間を乗り切ってもらう。
アダムを抑え込みつつ、教育する役は、セレウスとアイラに任せよう。
従者を半分残し、ルーザーとミラを連れて帰国する。
イクリスはそう決めて、アダムを連れて、セレウスのもとに戻った。
ありがたいことに、イクリスの計画に、セレウスも賛成してくれた。アダムの教育は、王族であった自分の責任だと言い、積極的に引き受けてくれた。
「では戴冠式は三ヶ月後として、その時に、諸外国へのお披露目を行いましょう。式は外国に知らせるためのもので、実際に現在の王はあなただ。民衆もすでに納得している」
イクリスはセレウスに三つお願いをした。
一つ目は、アダムの副王宣言。彼の立ち位置を確保する。
セレウス様が宣言すれば、貴族も、城で働く者たちも、民衆も納得する。
二つ目は、願いというか、期待でもあった。貴族院に正式に承認を得ることだ。ここで揉めてくれたら、アダムに押し付けて逃げられる。
三つ目は、帰国に際し、聖騎士数名を借りること。証拠と言ったら何だが、手ぶらで帰って、信じてもらうのは難しい。
そこからのセレウスの動きは早かった。
高位貴族達で構成される貴族院のメンバーに召集を掛け、二日後に会議を開き、事の経緯を以下の様に説明した。
「事の発端はレンティスの使者に対し、王女が毒殺を仕掛けたことだ。王はそれに関わった第二妃一族を罰しないで済むよう、もみ消しを図った。
次に、帰国しようとした使者に、王妃が軍を差し向けた。第二妃の時とはうってかわり、王は王妃をアダム共々処刑すると言う。
そこまでの王族の面々の振る舞いには正義が無く、誠実さも賢さも慈悲もなく、それを示したのは、使者のカーン殿一人だった。
王族の系統に人物がいないため、イリス神の娘に王位を継いでいただこうと考えたが、レンティス国が彼女を手放しそうにない。そこでイリス様の長兄君であり、カーン殿が自らより優れた人物として、敬愛するイクリス殿こそが、王にふさわしいと考えた」
六割くらいの貴族が納得したようだ。想像していた反応と違うので、驚いた。
セレウスが続けた。
「じつは今まで、王妃が各国に謀略を仕掛けていたそうだ。それによって、レンティスとロブラールとカルムは、既にバイエル国を敵とみなしている。
前国王のままでは、三国は敵として立ちはだかっただろう。だがイクリス殿は、三国を巻き込んだ事件を見事に解決し、厚い信頼を寄せられている。彼が国王の座に付けば、三国は友好国に変わる」
これで全員が諸手を挙げて賛成した。
残念ながら、誰も反対してくれなかった。 『セレウスのできること』 に、説得も加えよう。
アダムが副王になることも、すんなり通った。善良でおとなしいイメージが、副王としてぴったりハマるのだろう。
それに副王を前王太子が勤めるということは、おおむね現在の態勢のまま統治が行われるという、意思表示にもなっている。
だが、スムーズに話が進む最大要因は別にある。
イクリスとアダムの間にセレウスが居ることが、絶対的な安心感を与えているのだ。セレウスは王ではなく神の立ち位置だな、と改めて感心する。
アダムに王権を任せる場合、セレウスを何らかの形でかかわらせること、というのも頭の中にメモした。
これで、ようやくレンティスに帰ることができる。
数日で慌ただしく準備を整え、夜のうちにひっそりと城から出て、一気に馬を飛ばした。休みは最低限にして、四日ほどでブルーネル公爵邸に到着した。
落ち着かない思いで、カーン達の帰国を待っていたブルーネル公爵たちは、この一行と、その報告に心底驚いたのだった。
一晩ゆっくり休み、次の日イクリスは、ブルーネル公爵と共にレンティス王に謁見を申し込んだ。最重要案件と伝えて便宜を図ってもらい、予定の合間に時間を取ってもらった。
王宮には、ルーザーとミラ、聖騎士団の第一部隊長の三人を伴ってきていた。彼らを控えの間に残し、ブルーネル公爵と共に、謁見の間に入っていくと、王とエドワードが待っていた。
「君がイクリスか。初めましてだな。カーンはどうしたのだ?」
あらかじめ、ブルーネル公爵とイクリスの名で、謁見を申し入れている。
王は物珍し気な目でイクリスを眺めている。その横で、エドワードもイクリスをじっと見ていた。
「ある時点から私に交代しました」
不思議そうに見つめたまま、王が問いかけた。
「それで、最重要案件とはなんだ」
一度、深く頭を下げてから顔を上げ、イクリスは王の目を見据えた。
「バイエル国王が失脚し、王権が移りました」
さすがに驚いたようで、王もエドワードも体を固くしている。
「何があった」
「カーン一行にちょっかいを掛けて騒動を起こし、国の精神的支柱だった、王族の司祭長に見限られました。それが直接の原因です」
「それで、王位は誰が継ぐのだ」
「説明は後でゆっくりさせてください。色々あった挙句、私が王に指名されました」
驚きすぎたのか、王とエドワードは固まっていた体から力を抜き、椅子にぐったりともたれた。王はブルーネル公爵に目をやり、本当か? と問いかけている。
「恐れながら、申し上げます。バイエル聖騎士団の隊長が同行しており、イクリスが次期王とみなされている、と証言しています」
王はイクリスに、なんでだ、と一言聞いた。
「カーン一行に毒を盛った事件から始まり、色々な事が連鎖して起こったのです。その間に、レンティスを攻撃していた人物を特定しました。バイエル王妃でした。全てを説明するには時間がかかります」
王は手を前に出して、イクリスを止めた。
「まさしく、最重要案件だな。想像の域を超えていて、その説明をじっくり聞かないと、さっぱりわからない」
控えている側近に、本日の予定を全てキャンセルしてくれと伝えた。そして今までの話は、極秘扱いだと言ってから、室内に控えている全員を出ていかせた。
王は謁見の間の奥にある控えの間に移動し、座り心地の良いソファを二人に勧めた。
「さあ、気楽にしてくれ。多分その方が、話が早くなるような気がする。王と臣下での話だと、まどろっこしくていけない」
エドワードがイクリスに問いかけた。相手をイリスではなく、イクリスとして捉えているのが分かる。
「なぜカーンとイクリスで、そんなに印象が違ってくるんだ?」
「役割が変わると、外観の印象が変わるようです。私自身、考え方や行動まで変わるのを、不思議に思っています。イクリスは事態を慎重に解決しようとします。カーンの方が衝動的です」
王が頷いた。そういう事はあるな、と言う。ブルーネル公爵と友人として語らう彼と、王としての彼は印象がまるで違うのを、イクリスも見て知っている。
「王妃に軍を差し向けられ、切れて戦闘に突入したところまではカーンでした。その後始末について考えている内に、印象が切り替わったようです。バイエルでは、カーンはレンティスに帰国したことになっています」
「戦闘! 本当に何がどうなったやら。初めから話してくれ」
話し終えるまでにはかなり時間がかかった。質問で止められたり、何回か元に戻ったりしたせいだった。
聞き終わった王がぽつりと言った。
「どれもこれも驚く内容で、衝撃が強いな。レンティスへの攻撃が、私への横恋慕だって? 彼女の顔もあまり覚えていないのに?」
「横恋慕なのか、プライドを刺激されたのか、どちらかは解りません。でもあの王家で一番腹が座っていて、手強いのは王妃でした」
ブルーネル公爵が、茶々を入れた。
「一番衝撃なのは、イリスが神の娘だっていう話か、もしくはイクリスが王に任命された話ではないのか?」
「おい、アルバート。少し時間をくれよ。そっちはまだ呑み込めていないんだ。ちょっと待ってくれ」
ブルーネル公爵は、容赦しなかった。
「この機にバイエルを、レンティスに併合することもできる。なにせ、神の娘イリスがいて、バイエル国民の敬愛する司祭長がイリスに仕えるわけだ。バイエル国教の教会の中心地はレンティスに移ることになる。嘘のように完璧な併合、だろ」
「そうなんだよ。だけど、なあ。その大きすぎて、急すぎる話を消化できない。イクリスは、どう考えているのだ?」
「イクリスとしての私は、王位をアダムに譲って、逃げることしか考えていません」
イクリスはきっぱりと言い切った。難しい事は、王に丸投げする。自分の正体は、公爵令嬢イリスであって、イクリスもカーンも架空の人物だ。架空の人物は、早く消えるべきなのだ。




