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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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帰国


 外交関係の手を打たなくては。今回の件を、なるべく納得しやすい話に作り直さないと、他国からの非難や干渉を招きかねない。


 今までレンティスがバイエルから攻撃されていた事、国民が王の退位を求めて暴動を起こしたこと、王族のセレウスが、国を譲る決断をしたこと、をあげたら何とかなるだろうか。


 なんにしろ一番始めにしないといけないのは、レンティス王への報告だ。

 勝手に隣国の王になりました、は拙い。それをしたら、いくら親しいレンティス王家とて怒る。だからその前にだ。


 すぐにでもアダムを副王とし、2週間ほどの、イクリス不在期間を乗り切ってもらう。

 アダムを抑え込みつつ、教育する役は、セレウスとアイラに任せよう。


 従者を半分残し、ルーザーとミラを連れて帰国する。

 イクリスはそう決めて、アダムを連れて、セレウスのもとに戻った。


 ありがたいことに、イクリスの計画に、セレウスも賛成してくれた。アダムの教育は、王族であった自分の責任だと言い、積極的に引き受けてくれた。


「では戴冠式は三ヶ月後として、その時に、諸外国へのお披露目を行いましょう。式は外国に知らせるためのもので、実際に現在の王はあなただ。民衆もすでに納得している」


 イクリスはセレウスに三つお願いをした。

 一つ目は、アダムの副王宣言。彼の立ち位置を確保する。

 セレウス様が宣言すれば、貴族も、城で働く者たちも、民衆も納得する。

 

 二つ目は、願いというか、期待でもあった。貴族院に正式に承認を得ることだ。ここで揉めてくれたら、アダムに押し付けて逃げられる。


 三つ目は、帰国に際し、聖騎士数名を借りること。証拠と言ったら何だが、手ぶらで帰って、信じてもらうのは難しい。


 そこからのセレウスの動きは早かった。

 高位貴族達で構成される貴族院のメンバーに召集を掛け、二日後に会議を開き、事の経緯を以下の様に説明した。


「事の発端はレンティスの使者に対し、王女が毒殺を仕掛けたことだ。王はそれに関わった第二妃一族を罰しないで済むよう、もみ消しを図った。

 次に、帰国しようとした使者に、王妃が軍を差し向けた。第二妃の時とはうってかわり、王は王妃をアダム共々処刑すると言う。

 そこまでの王族の面々の振る舞いには正義が無く、誠実さも賢さも慈悲もなく、それを示したのは、使者のカーン殿一人だった。

 王族の系統に人物がいないため、イリス神の娘に王位を継いでいただこうと考えたが、レンティス国が彼女を手放しそうにない。そこでイリス様の長兄君であり、カーン殿が自らより優れた人物として、敬愛するイクリス殿こそが、王にふさわしいと考えた」


 六割くらいの貴族が納得したようだ。想像していた反応と違うので、驚いた。


 セレウスが続けた。


「じつは今まで、王妃が各国に謀略を仕掛けていたそうだ。それによって、レンティスとロブラールとカルムは、既にバイエル国を敵とみなしている。

 前国王のままでは、三国は敵として立ちはだかっただろう。だがイクリス殿は、三国を巻き込んだ事件を見事に解決し、厚い信頼を寄せられている。彼が国王の座に付けば、三国は友好国に変わる」


 これで全員が諸手を挙げて賛成した。

 残念ながら、誰も反対してくれなかった。 『セレウスのできること』 に、説得も加えよう。


 アダムが副王になることも、すんなり通った。善良でおとなしいイメージが、副王としてぴったりハマるのだろう。

 それに副王を前王太子が勤めるということは、おおむね現在の態勢のまま統治が行われるという、意思表示にもなっている。

 だが、スムーズに話が進む最大要因は別にある。

 イクリスとアダムの間にセレウスが居ることが、絶対的な安心感を与えているのだ。セレウスは王ではなく神の立ち位置だな、と改めて感心する。

 アダムに王権を任せる場合、セレウスを何らかの形でかかわらせること、というのも頭の中にメモした。


 これで、ようやくレンティスに帰ることができる。


 数日で慌ただしく準備を整え、夜のうちにひっそりと城から出て、一気に馬を飛ばした。休みは最低限にして、四日ほどでブルーネル公爵邸に到着した。


 落ち着かない思いで、カーン達の帰国を待っていたブルーネル公爵たちは、この一行と、その報告に心底驚いたのだった。



 一晩ゆっくり休み、次の日イクリスは、ブルーネル公爵と共にレンティス王に謁見を申し込んだ。最重要案件と伝えて便宜を図ってもらい、予定の合間に時間を取ってもらった。


 王宮には、ルーザーとミラ、聖騎士団の第一部隊長の三人を伴ってきていた。彼らを控えの間に残し、ブルーネル公爵と共に、謁見の間に入っていくと、王とエドワードが待っていた。


「君がイクリスか。初めましてだな。カーンはどうしたのだ?」


 あらかじめ、ブルーネル公爵とイクリスの名で、謁見を申し入れている。

 王は物珍し気な目でイクリスを眺めている。その横で、エドワードもイクリスをじっと見ていた。


「ある時点から私に交代しました」


 不思議そうに見つめたまま、王が問いかけた。


「それで、最重要案件とはなんだ」


 一度、深く頭を下げてから顔を上げ、イクリスは王の目を見据えた。


「バイエル国王が失脚し、王権が移りました」


 さすがに驚いたようで、王もエドワードも体を固くしている。


「何があった」


「カーン一行にちょっかいを掛けて騒動を起こし、国の精神的支柱だった、王族の司祭長に見限られました。それが直接の原因です」


「それで、王位は誰が継ぐのだ」


「説明は後でゆっくりさせてください。色々あった挙句、私が王に指名されました」


 驚きすぎたのか、王とエドワードは固まっていた体から力を抜き、椅子にぐったりともたれた。王はブルーネル公爵に目をやり、本当か? と問いかけている。


「恐れながら、申し上げます。バイエル聖騎士団の隊長が同行しており、イクリスが次期王とみなされている、と証言しています」


 王はイクリスに、なんでだ、と一言聞いた。


「カーン一行に毒を盛った事件から始まり、色々な事が連鎖して起こったのです。その間に、レンティスを攻撃していた人物を特定しました。バイエル王妃でした。全てを説明するには時間がかかります」


 王は手を前に出して、イクリスを止めた。


「まさしく、最重要案件だな。想像の域を超えていて、その説明をじっくり聞かないと、さっぱりわからない」


 控えている側近に、本日の予定を全てキャンセルしてくれと伝えた。そして今までの話は、極秘扱いだと言ってから、室内に控えている全員を出ていかせた。

 

 王は謁見の間の奥にある控えの間に移動し、座り心地の良いソファを二人に勧めた。


「さあ、気楽にしてくれ。多分その方が、話が早くなるような気がする。王と臣下での話だと、まどろっこしくていけない」


 エドワードがイクリスに問いかけた。相手をイリスではなく、イクリスとして捉えているのが分かる。


「なぜカーンとイクリスで、そんなに印象が違ってくるんだ?」


「役割が変わると、外観の印象が変わるようです。私自身、考え方や行動まで変わるのを、不思議に思っています。イクリスは事態を慎重に解決しようとします。カーンの方が衝動的です」


 王が頷いた。そういう事はあるな、と言う。ブルーネル公爵と友人として語らう彼と、王としての彼は印象がまるで違うのを、イクリスも見て知っている。


「王妃に軍を差し向けられ、切れて戦闘に突入したところまではカーンでした。その後始末について考えている内に、印象が切り替わったようです。バイエルでは、カーンはレンティスに帰国したことになっています」


「戦闘! 本当に何がどうなったやら。初めから話してくれ」


 話し終えるまでにはかなり時間がかかった。質問で止められたり、何回か元に戻ったりしたせいだった。


 聞き終わった王がぽつりと言った。


「どれもこれも驚く内容で、衝撃が強いな。レンティスへの攻撃が、私への横恋慕だって? 彼女の顔もあまり覚えていないのに?」


「横恋慕なのか、プライドを刺激されたのか、どちらかは解りません。でもあの王家で一番腹が座っていて、手強いのは王妃でした」


 ブルーネル公爵が、茶々を入れた。


「一番衝撃なのは、イリスが神の娘だっていう話か、もしくはイクリスが王に任命された話ではないのか?」


「おい、アルバート。少し時間をくれよ。そっちはまだ呑み込めていないんだ。ちょっと待ってくれ」


 ブルーネル公爵は、容赦しなかった。


「この機にバイエルを、レンティスに併合することもできる。なにせ、神の娘イリスがいて、バイエル国民の敬愛する司祭長がイリスに仕えるわけだ。バイエル国教の教会の中心地はレンティスに移ることになる。嘘のように完璧な併合、だろ」


「そうなんだよ。だけど、なあ。その大きすぎて、急すぎる話を消化できない。イクリスは、どう考えているのだ?」


「イクリスとしての私は、王位をアダムに譲って、逃げることしか考えていません」

 

 イクリスはきっぱりと言い切った。難しい事は、王に丸投げする。自分の正体は、公爵令嬢イリスであって、イクリスもカーンも架空の人物だ。架空の人物は、早く消えるべきなのだ。


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