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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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アダムを副王に


 毛穴がブワッと開くような嫌な感覚にイクリスは襲われた。今まで出た名前も、結局自分なのだが、今現在の自分に対するものは、ダイレクトに心臓に来る。

 そう言えば、ミラはイクリスがお気に入りだったが、今の言葉は駄目だろうと、ミラを睨んだ。

 それなのに、ブルーネル一行が、そう言えばそうだなと言い合い始めた。


 セレウスがイクリスに手を差し伸べた。


「では、あなただ。イクリス殿。先程、あなたに神域の空気を感じた。やはり、イリス様の兄なだけある」


 そしてセレウスは高らかに宣言した。


「新たなバイエル国王として、イリス様の兄上が王位に就く」


 すぐに民衆の歓声が上がった。ケインの笑い声も聞こえたような気がした。

 恐ろしく間違っていると訴えるイクリスの言葉など、誰も聞いてくれない。



 イクリスは、眼下に広がる民衆の海を見渡した。

 喜んでいる様子が見て取れた。

 こんな誰ともわからぬ人間が、王になることを、なぜ喜べるのだろう。


 いつの間にか最前列に居るケインが叫んだ。


「神の祝福を受けたイクリス王、万歳」


 後で、首を絞めてやろう。絶対に面白がっている。

 とにかくここから逃げなければ、と急いでベランダを後にした。


 兵士に王と第二妃はどうしますか、と聞かれたので、私室に戻し見張りをつけるよう命令した。

 兵たちは、既にイクリスに従うつもりなのが、見て取れる。


「なぜ、あんな事を言ったのですか。それになぜ、誰も反対しない?」


 最初の問いはセレウスに、次のは全員に向けて聞いた。


 セレウスは、それが最善だからと答えた。

 次の問いには、ロイが答えをくれた。


「ケインが言っていたじゃないですか。セレウス様が言えば、そのまま受け入れられるって」


 そういえば、神の啓示レベルと言っていたか。つまり民衆は神の啓示により、新しい国王を受け入れてしまっているということなのか。


「どう収拾を付けよう」


 焦るイクリスを尻目に、他の者たちは嬉しそうだ。


「イクリス様は、ブルーネルの後継者より、国王のほうがお似合いです。安心してついていけます」


 ミラなど、満面の笑みを浮かべている。きっとで現実面は何も考えていないのだろう。ため息しか出ない。


「嫌々重荷を引き受けるイクリス様って、なんかそそられます」


 アイラは、誘拐事件当時に戻ったような事を言った。

 するとセレウスが、またもやアイラを引っさらった。

 まさかだが、アイラから引き離したくて、イクリスを王位に付けようとしていないか? 下世話だが、イクリスは一瞬そんな事を考えてしまった。


 セレウスのイクリスを見る目には、カーンの時と違う色がある。多分、恋のライバルと見なされている気がする。カーンより年上だし、二十四歳だし、仕方がないと自分を慰めた。


 そうやってイクリスが動揺を鎮めている内に、セレウスが周囲のバイエル家臣たちに、次々に指示を飛ばしていった。

 その指示に従い、各職の責任者が部屋に入れ替わりでやってくる。


 呆然として見ているしかないイクリスたちを尻目に、物事は恐ろしい勢いで決まっていった。


「セレウス様。何の手配をされているのです?」


 内容を聞いていて、ある程度分かっていたが、イクリスは一応聞いてみた。


「戴冠式です。各国へのお披露目は後日としても、戴冠式と、国政の一新は素早く行わないといけません。国民が動揺します」


「戴冠式!」


 どうも逃げられない様子だ。

 セレウスは教団の切り盛りをしていたし、元々王族で各種のしきたりや式典に明るい。

 ほとんどの式典に、教会の司祭は参加する。こういった手配はお手の物なのだろう。全く淀みなく、準備作業が割り振られていくのを目の当たりにし、感心してしまった。


 イクリスは、セレウスにできること、の教団運営の欄に、祭事の取り仕切り、を追加した。聖騎士団を率いての軍事行動もだ。『私のできることはこれだけ』の裾野が広そうだ。


 こうなったら、一旦は王冠を受けなければ、収まりそうにない。

 よし、落ち着いたら、アダムに王冠を譲って逃げよう。イクリスは、その線で気持ちを固めた。


 この場をセレウスに任せて、イクリスはアダムを探した。

 アイラはセレウスの補佐として残しておき、他のメンバーでまとまって動いた。城内が混乱しているかと思ったからだが、拍子抜けするほど平常通りだった。


 アダムはすぐに見つかった。王妃の監禁されている私室の前で、兵士と揉めている。


 イクリスが近付くと剣を抜き、突き付けて来た。


「国を奪い取ろうとする賊め」


 その言葉はむなしく響いた。誰も彼に味方しないし、同調しようとしない。

 言葉が宙に浮き、行き所を失っているかのようだ。仮にも、今まで王太子だった人物だというのに、兵士たちの気持の薄さが不思議だった。


「剣を納めてくれ。話し合いたい。早急にだ」


 イクリスの前に、ミラが出た。


「気絶させて連れて行きましょう」


 アダムがムッとしたので、忠告することにした。


「彼女は非常に強い騎士だ。しかもセレウス様と一緒に、イリス神様とお会いした、強い力を持つ巫女だそうだ。逆らわないほうがいいと思う」


 アダムが動揺してミラに向き合い直したその隙に、イクリスが剣を叩き落とし、ルーザーが彼を拘束し担ぎ上げた。


「何処に行きましょうか」


「医務室かな。我らの定宿だな」


 医務室の前に兵を数人置き、アダムと対した。


「まず、言っておく。私は王になる気はない」


 アダムは驚いているが、そのまま先を続けた。


「セレウス様が、宣言なさったおかげで、一旦は王にならないわけにいかないようだ。だが、その後はアダム殿下に任せたい。どうだ、やるか?」


 驚きすぎたのか、答えてくれない。


「王妃はレンティスに連れて行く。彼女を断罪したい者は、あちらに何人もいる」


 早く母親を抑え込めばよかったものを、後手後手に回って、事を大きくしたのは、この男だ。セレウスの言うように、王の器ではないのだろう。

 王妃はこの国で毒でも飲んだほうがましだろうが、それも決断できまい。


「王と第二妃は、君が王になるまで、監禁しておこう。彼らは君を殺す算段を立てていたようだ。王妃を断罪したら、即刻、二人まとめて処刑すると言っていた。セレウス様は、その様子を見て、バイエル王族に見切りを付けた」


「私をか? 父も?」


 口にするのは、なんとなくためらわれた。イクリス自身、王はもう少し情があるかと思っていた。あの時、実は驚いたのだ。


「王たちの処遇は君に任せる。私は興味がない。さて、後はどうやって君に王位を押し付けるかだな」


「イクリス様なら、良い王になりそうなのに、残念。王様やりましょうよ。私たち手伝います」


 ミラが明るく言う。他の者も乗り気のようだ。この者たちは、イクリスがイリスな事を忘れていないだろうか。

 早くレンティスに帰りたいのに、滞在が延びに延びて行きそうだ。


「私は君に敵対する気は無い。それだけしっかり心に止めてくれ。それで、君に従う家臣たちはどうしている?」


 それからアダムの話を聞き、直属の兵や、側近が少ないことに驚いた。


 二十代前半の王太子なら、そんなものだろうか。

 自分はブルーネル最強のブルーシャドウを率いている。初めこそ護衛だったが、今ではチームだ。公爵家の兵士たちとは、昔からの訓練での絆があるし、最近の事件で、結びつきはより強くなった。公爵に代わり、公爵家の騎士団を動かす権限も与えられている。


 アダムは遠征に行った時も、大隊長の下で動いていたと言う。意図的に、アダムに訓練の機会を与えなかったのかもしれない。


 王は優しげに見えて、冷酷な人物のようだ。本来の後継者を未熟に仕立て上げ、そのせいで国を失うのか。最高に愚かだなことだが、滅ぶ時はそんな風に歯車が回るものか、と考えた。


「私はレンティスに戻るつもりだ。そうすると、この国を治める者が必要になる。だから君をこの国の副王としよう。副王として、地位を固めてくれ」


「私に民がついてくるだろうか」


「実績を積んで納得させろ。行政と軍事、外交体系の刷新から初めるか。ちなみに王妃のせいで、ロブラール、カルムは、すでにバイエルを敵国とみなしている。認識を改めたほうがいい」


「友好国のはずだ。なぜそんなことに?」


「誘拐事件でイリスと間違えて、ロブラールの王太子妃を拐った。公にはできないが、両国の王族の怒りは相当だ」


 真っ青くなっているアダムを、ミラが慰めた。


「イクリス様が王になれば、一瞬でそんなのなくなります。マーガレット様はイクリス様が大好きだもの。だからイクリス様が王になるのが、一番平和に物事が収まる道なのですよ」


 言われてみたら確かにそうだと、ミラに感心した。そういう面もあるのだった。


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