王妃の断罪
ルーザーとアイラが近くに少しずつ寄ってきた。
「イクリス様。ここには戦う相手はいません。静まってください」
アイラが柔らかい声でゆっくりと言う。
そして、手で背中をゆっくりと撫でた。
イクリスの感覚が普通のものに戻り始めた。そして唐突に、『ゾーンに入るの、怖いからやめてね』 という伯母さまの言葉を思い出した。
あれになりかけていたのか、と自覚が後からやって来た。
ふーっと息を吐き、王妃に向き直った。
「ペレスが全て吐きました。レンティス王に横恋慕していたそうですね。彼に相手にされなかったのを、逆恨みしたようだが、それは無理です。あの二人は学生時代から熱愛カップルだったのだから」
王妃がたじろぎ、その後何やら、口汚く罵るような言葉を小さく言った。
「私は全て、アダム殿下の為だと思っていました。全くの肩透かしで、今でも驚きが収まっていません。女は怖い」
セレウスが、驚いたように聞き返した。
「恋の恨みでの事なのか? 自分をないがしろにする王への報復でも、アダムの継承権のためでもなく?」
「どうやら、そのようです」
「女は怖い」
聖職者のセレウスの口から、思いがけない言葉が出た。
王が前に出てきた。理解が追いついていないようだ。
「これは、一体何なのだ。何が起こっている」
「今お話しした通り、王妃がレンティスに、何度も攻撃を仕掛けていたのです。レンティス王家に、自分の配下の子供を、王子として潜り込ませるなどのね」
イクリスが説明すると、王は驚愕の表情を浮かべたが、セレウスは更に顔色が白くなっていった。
「イリスも二度、標的にされています」
セレウスが遮った。
「神の娘に対して、何ということを。王よ。王妃に処罰を与えてください」
王は理解すると共に、ここで声を張った。
「王妃を連行せよ。国に不利益をもたらす行いが発覚した。今後詳しく調査し、厳正な処罰を行う」
王妃は硬い顔つきで、イクリスとセレウスを、睨みつけた。
「私は認めません。誰が何を言おうと、それは私を陥れる陰謀です。死んでも認めませんわ」
すぐに衛兵たちが王妃を取り囲んだが、それなりに丁寧な態度で王妃を扱い、ベランダから下がっていった。
王の横で震えていた第二妃は、次第に落ち着きを取り戻し、楽しそうに様子を眺め始めていた。そして王妃が出ていくと、勝ち誇ったように笑った。
「これで私が王妃で、第二王子が王太子だわ」
なんとなく気分が逆なでされ、イクリスは珍しく嫌味を言ってしまった。
「第二妃様、あなたとお子様方が今まで無事だったのは、彼女があなたたちのことを、全く相手にしていなかったからです。おわかりですか」
第二妃は、あからさまにむっとした。
「この無礼な男は何者? カーンに似ていて気分が悪いわ」
イクリスは苦笑してしまった。
「カーンは何度もあなた方を助けたはずですが、気分が悪い、ですか。これは助けがいのないお方だ」
王がイクリスに、不敬な言葉は控えよと怒気を飛ばした。イクリスは一応、失礼しましたと答えてから質問した。
「アダム殿下はどうなるのでしょうか」
「王妃と一緒に処刑しなくては、後々の揉め事の元になるわ」
王に代わって、第二妃が即答した。王は全く否定せず、表情すら変えない。
この様子だと、元々何らかの計画があったものと思われる。イリスとの婚約に関して、妙に興味が薄かったのも、そのせいだろう。
セレウスは、じっと会話を聞いていたが、イクリスの前に出て、王と第二妃の正面に立った。
「王族の一人として、そして司祭長であった者として言う。あなた方は、王に相応しくない。イリス神がこの国を見限られたのは、王妃を含めた、あなた達のせいだろう」
その言葉は、神託のごとく響いた。
ベランダから隊長たちが落ちてきてから、固唾をのんで見守っていた民衆は、一気に沸いた。
王の明らかに嘘とわかる宣言で、民衆の気持ちは王家を離れていた。
その上、物静かな王妃が、連行されていく姿と、第二妃の勝ち誇った姿を見せられたのだ。詳細はわからなくとも、王妃と、アダム王太子が失脚したのは、見ただけで分かった。
遠くの方に居る人々に、この言葉が伝わるには時間がかかったが、どこまで伝わったかは、声の上がる位置で分かった。
民衆は王の退位を受け入れ、喜んでいる。国政に不満がたまっていた証拠だ。それに関しては先行調査で分かっていた。
特に圧政を敷いていたわけでもないが、甘い采配で、いたる所に問題が山積しているという。特に王妃が手を出していた分野は、横領と専横のために歪が出ている。そういった不満を取り込み、メイサム教団が拡大していったのだ。
民衆は、アダムとセレウスのどちらを望んでいるのだろうか。
セレウスの方がいいが、アダムのほうが国同士の付き合いが楽だろう、と思った。セレウスは、清廉潔白すぎる。
「私はこの国の民が幸福であることを、毎日神に祈ってきた。職を辞したと言えども、その気持ちは変わらない」
セレウスの言葉に、再び民衆の大喝采がわき上がった。
驚いて、動きを止めていた王が、セレウスに向かい、黙れと叫んだ。そして、室内に待機している兵たちに、セレウスを捕らえろと命じた。
兵たちは、ベランダに入っては来たが、手出しが出来ずにいる。
イクリスはブルーネルの騎士達に、戦闘に備えよ、と一声発した。
多分、その声をケインが、耳ざとく聞き付けたのだろう。
突然に、大演説を始めた。
「腐った王族が、神に祝福された善人達に、その腐った毒を吐きかけようとしている。神の手を掴むか、振り払うのか、神は貴方がたに、選択を突きつけているのだ。それに、何と答える」
ケインに煽られ、高ぶりきった民衆は、王の退位と、新しい王の誕生を声高に叫び始めた。
おろおろしていた兵たちは、次第に王から離れ、命令を待つように、黙ってセレウスを見つめている。
こうなったら、セレウスでもアダムでも、どちらでもいいとイクリスは思った。ただ、セレウスが王になったら、王妃はアイラだ。激しく違和感があるが、彼女なら二百点満点の女王をやれるだろう。王でもいけるか。
ただ、アイラが自分の傍に居なくなるのが寂しいと思ってしまった。そんな我儘は、しまい込んで置かなければいけないが、胸中に風が吹くような気分になっていた。
セレウスが手を挙げると、すぐに歓声が、収まった。
「残念ながら、王族には、国を託せる人物が見当たらない。それなら、この国の主神たるイリス神の娘、イリス・ブルーネル様に、この国を託したいと思う」
冗談のようなことを言い始めたセレウスに、イクリスは慌てて叫んだ。
「イリスはレンティスの王太子妃候補に上がっています。この国に来ることはできません」
それ以前に、どうして急にイリスの名が出るのか理解出来ない。そこの所に文句を付けたいが、危険を感じて、とにかく断りを入れた。そして続けた。
「セレウス様が王になられたらいかがでしょう」
「私はイリス様にお仕えするよう、神から仰せつかった。だからイリス様の側を離れることはできない」
「ではアダム殿下は?」
「カーン殿が、彼を見限った。私はカーン殿の見識を信用している。つまり、アダムでは駄目なのだ」
それは確かにそうだが、イクリスは自分で自分の首を絞めたような気分だった。
だが、と思った。バイエルの直系王族は駄目でも、公爵家から王を選ぶことも出来る。
確か筆頭公爵家は、問題のある人物で、もう一つの家は、そう言えば体が弱く、重責を担うのは無理だったか、と思い出していく。あまり良い人材がいない。それでも他国から連れて来るよりは、マシなはずだ。
「バイエルの高位貴族から選んでは如何でしょうか」
「残念ながら、適任者がいない。任せたら十年もしない内に腐り切るか、他国に併合される」
確かにその通りだろう。セレウスの言うことは無茶だが、筋が通っている。
「イリス様が無理なら、カーン殿に王になってもらうのもいいかもしれない」
まさかの、カーンの名が出た。
どうしてそうなるのか、もう理解が出来ないので、イクリスはとりあえずこれも止めた。
「我が愚弟に、そんな重責は担えません。むちゃくちゃな事を言うのは、おやめください」
「先ほども言ったが、私はカーン殿を高く評価している。彼が認めるだろう適任者がいれば、教えて欲しい」
それに対してミラが嬉しそうに答えた。
「それならイクリス様です。カーン様がイクリス様にはかなわないと、いつも言っていました」




