王との対面
セレウスに続いて、イクリスが答えた。
「初めまして。私はカーンの兄で、イクリスと申します。噂を確かめにこちらに向かっていたところ、応戦中の一行に出くわしました。カーンは報告に帰し、私が後始末を引き受けてここに居ます。ブルーネル公爵家の一行は、襲って来る者達にのみ応戦し、倒れた者は兵士に担がせています。周囲に居た民衆や兵士達にご確認ください」
イクリスの冷静な声は、遠くまでよく通った。それほど、周辺は静かになっていた。
しばらくの後、国王軍は何がしたかったんだ? という声があちこちで上がり始めた。
それと共に、後ろの方に固まっていた兵士の集団の前に道が開いた。民衆が動いたのだった。彼らを見つめる目は、非常に冷たい。民衆に押され、彼らはまるで罪人の様に俯きがちに、おずおずと前に進んでくる。肩に人を担いでいる者が何人もいる。
アダムが先頭に居る小隊長に問いただした。
「民衆の動きを監視し、鎮めるために出動したと聞いている。なぜこのような事態になった」
「わかりません。どういうことなのか、私には全くわかりません」
「馬鹿な事を言うな。本当にわからないなら、見たことをそのまま報告しろ」
アダムが、おどおどしている小隊長を怒鳴りつけた。
「隊長は、ブルーネル一行が誰かを拉致したと言っていました。私達は周囲にいる民衆に聞きただしましたが、誰もそのような人物を見ていないと言います。そのうち、隊長が突然カーン殿に切りかかり、そこから戦闘になりました。私はどうしたらいいのか、わからずにいました。彼らを襲う理由がわからないし、そんな命令も受けていません。それに、民衆を守っている聖騎士団員が、その戦いを静観しているのも理解できず、今でも混乱しています」
小隊長は、小さい声で説明をした。
アダムは理由を理解したようだ。
「バイエル王と話したい。セレウス様も一緒に来ていただけますか。レンティスに戻り、王やブルーネル公爵と相談してからと思っていましたが、この状況では、そうも言っていられないでしょう」
イクリスが主導権を握り、アダムにそう提言した。
縮こまっている兵士たちを見回し、軽傷の隊長二名を引き渡すように言った。彼らには、王の前で証言してもらう。
「待て。君たちと話し合う前に、内部で話をしたい。数日待ってくれ」
イクリスはカッとなった。今まで何も決められなかったくせに、いつまで引き延ばす気なのだ。そう思った途端にまたもや忍耐が切れた。抑えた声で、アダムに向かい鋭く言った。
「アダム殿下。ブルーネル公爵家の嫡男殺害に、どう向き合うつもりか、答えは出たのか?」
抑えた声なのに、なぜかそれは遠くまで届いた。
ざわっと声にならない声が沸き上がった。
隣にいたセレウスが、イクリスに手を伸ばした。問いかけるような目をしている。
彼に全部を説明するには、事件が多すぎる。それはセレウスに伝ったようだ。何も聞かずに、行こう、と言った。
セレウスが先頭に立ち、アダムを置き去りにして王宮の門をくぐった。怪我をした隊長二人を、ルーザーが引っ立て、その後ろにブルーネルの一行が続く。
聖騎士達は門前で民衆の前に立ち、兵士たちに襲い掛かるのを阻止しながら、橋の向こうまで押し戻している。アダムと国王軍の兵士たちは、急いで彼らの後ろに退避した。そこで、負傷兵の状態によって、運ぶ場所を仕分けている。
ケインの教団は、既にセレウスに従う集団に混じり合い、どちらともつかなくなっていた。門前の広場の密集状態は、時間と共にひどくなり、押されて城を囲む水路に落ちるものまで出ている。
セレウスの近くに居た者たちは、先程の会話に不安を募らせていた。
セレウス様を拘束しようとしたとは、信じがたい。
それに加え、ブルーネル公爵家の使者を襲った? 極めつけはその嫡子を殺害した? それでは戦争にならないほうがおかしい。
ざわつきは大きくなり、不穏な会話の内容と共に、周囲に広がっていった。
誰かが、ブルーネル公爵家には、イリス神の娘がいらっしゃる。そんな家に害を成したら神罰が当たる、と口にした。
それも周囲に広がり、バイエル国に神罰が下される、という話に変化していった。
この数日、きな臭い噂がずっと流れていた。ブルーネルの使者に毒が盛られた話が出て、それが第二妃の仕業だとか、何らかの交渉の結果、セレウスが隣国に行くとか。真偽がはっきりしない噂の数々に、民衆は落ち着かない気分で、日々を過ごしていたのだ。
その挙げ句の現状に、一気に不安が煽られた。
民衆の騒ぎは大きくなり、暴動が起こってもおかしくないような、不穏なものになっていく。
聖騎士達が抑えようとしたが、それが爆発しそうになところまで膨れ上がったとき、ケインが周囲の者たちに語りかけ始めた。
イリス神様は慈愛の女神であり、その化身たるブルーネル家のイリス様も、女神にそっくりのお方だ。だから罪の無い者に神罰を与えるようなことは、決してなさらない。
そんなことを、ゆっくりゆったりとしたリズムで話し掛け始めた。
民衆の間に落ち着きが生まれるまでに、しばらくかかったが、今にも爆発しそうな空気はケインを中心に波状に収まっていった。
そのタイミングで、王と王妃二人が城壁のベランダに出てきた。
民衆の騒ぎが収まったのを、好機と捉えたのだろう。
「皆の者に告げる。ここ数日、不穏な噂が広められていたが、それらは全て、何の根拠もない話だ。隣国のブルーネル公爵家の使者に毒が盛られた事実は無い。それ以降に出回った噂も、同様にただのデマだ。噂に踊らされることなく、落ち着いて欲しい」
王の言葉が民衆の上に落ちて行った。
一瞬、王宮前の広場はシンとした。
それは冷たい静寂だった。
「王にお伺いする。ブルーネルの使者様方は今どこにおられるのですか」
ケインが声を上げた。他の者は一言も声を出さない。それ自体、かなり異様な状態だ。ケインが全員の代弁者になっているのだ。だが、王は、その状況を理解していなかった。
「彼らは、既に帰途に付いている。もちろん全員元気な姿でだ」
「では、セレウス様は、どちらにいらっしゃるのですか」
「セレウスも、ブルーネルに向かっている」
「我々は、たった今、この場であの方々を見ています。国王軍に襲われ、血にまみれた姿でした。このくい違いは、いったい誰のせいで起こっているのでしょう」
王は答えられなかった。
その時、ベランダの奥に、セレウスの姿が現れた。その後ろにイクリスも居る。
民衆の間から歓声が沸いた。この美しい司祭長が、民衆の前に出ることは珍しいのだ。姿を見ることが出来ただけでも、うれしいのだろう。
セレウスとイクリスは王たち三人に向かい合った。
うろたえた王が、なぜここに居るのかと聞くのを無視し、セレウスは王妃に問いかけた。
「二十年間にわたり、レンティスを攻撃し続けた理由はなんだ」
王妃は真っ青になって、よろめいた。
「何をおっしゃってるのか、皆目見当が付きません」
王妃はとてもはかなげで、か弱そうに見えた。セレウスは、本当にこの王妃が悪事を画策したのか、と疑問に思っている様子だ。
王はよろめいた王妃に手を差し伸べようともせず、第二妃の隣に立ち尽くしている。
イクリスが合図をすると、ルーザーが隊長二人を引きずるようにして、連れてきた。
「さあ、ご主人さまに、結果を報告しろ」
二人共、視線を逸らしたまま、口を開かない。
イクリスは一人の体に剣を突き付けた。軽く刺すと、ギャッと声を上げ、その場に座り込んだ。そして、王妃に助けを請うた。すると、もう一人が、その男をベランダから突き落とし、自身も落ちて行った。
第二妃が叫び声を上げてその場に座り込み、王が彼女を抱き寄せた。
イクリスは一歩前に出た。
「忠誠心の強い部下をお持ちだ。王妃、話してください。なぜレンティスを攻撃し続けたのか」
王妃はイクリスをねめつけた。
「冷酷な男ね。けが人を剣で刺して脅すなんて」
「弟はもっとひどい状態で、なぶり殺しにされました。あなたからだけは、ひどいなどと言われたくない」
シモンの最後を思い出してしまい、グラッと頭の中が回るような気分に襲われた。
手で顔を撫でてから、再び王妃に目をやると、王妃は、びくっとして後ずさった。
イクリスは薄く微笑んでいたが、それを自覚してはいなかった。しかし感覚が変わっていくのはわかった。時間の流れがゆっくりになり、いつもより物がはっきりと鮮明に見える。たくさんの音を、はっきりと聞き取れる。それはマイルズ殿下を切った時と、似たような感覚だった。
セレウスは、イクリスの変化を感じ取ったようで、一歩下がった。
「イクリス殿、貴殿から殺気が消えた。だが、今の方が更に危険な気がする。抑えてもらえないだろうか」




