再び城に引き返す
全員に囲まれて、カーンは改めて考えた。
始めての実戦。しかも正規軍五百人に対して、こちらは十人程度。加えて一般民衆が周囲を取り巻いた状態だ。
一般民衆に被害が出れば、彼らを盾にしたとされるだろう。
「セレウス様。聖騎士団員と共に、彼らを率いて、城に向かってください。兵から守って、安全にです。ケインは、教団の信者を城近くに集めて、大集会を開いてくれ」
「城の前で、大騒動が二つ同時に起こるわけですね」
「多分、三つになるだろう。今こちらに迫っている国王軍は、王命に違反している。多分、ペレスを奪い返そうと、私たちを攻撃する。私たちは列の最後尾で戦いながら進む。隊長レベルを狙え。好きなだけ暴れてくれて構わない」
ケインとカイルは、ペレスを連れて、素早くその場から立ち去った。
セレウスは民衆の間をゆっくりと歩き、皆がそれに従って反対方向に、歩き出した。後から見ていると、川の流れが反転したように感じられる。神のごとき力だな、とカーンは感心した。
民衆の周辺を、聖騎士団員たちが走り、守っている。白い騎士服に日の光が反射し、光が民衆を守っているように見えた。
これで、軍は民衆に手出し出来ないだろう。自主的に帰っていくのだ。文句の付けようがない。
全員が立ち去るのを待ち、その最後尾にカーン達が付いた。遅れて合流した聖騎士達の分だけ、光の数が増えてゆく。
前方が騒がしくなってきたのは、国王軍が列に行き当たったのだろう。
人の流れは止まっていないので、先頭のセレウスが、立ち止まっていないのが分かった。
進んでいくと、国王軍の騎士と、兵士達が見えてきた。
先頭の数騎が、殺気立った様子で駆け寄ってくる。
知らせを持って来た、聖騎士達の言うように、兵士たちの様子には戸惑いが伺えた。
羊の群れのように、行儀よく戻っていく民衆と、ブルーネルの使者一行に、何をする必要もないのだ。隊長たちの剣幕に驚くのは当たり前だろう。
「止まれ。聞きたいことがある」
カーンは足を止めずに、何でしょうかと聞き返した。
「王妃様の、知人を拉致した疑いがある。隠し立てすると……」
途中で言葉が切れた。
最後尾で固まって歩いているので、メンバーは一目瞭然だ。来たときと同じメンバーで、それ以上でも以下でもない。
後方は広々とした平原。大人数で休憩するに適した空き地で、遠くまで見渡せる。
隊長の一人が、近くに居る数人に、カーン達が誰かを連れていなかったか、聞いて回った。
しかし誰もが、カーン達はこのメンバーで、それ以外の人はいなかったと証言した。
なぜなら、ケインは恐ろしく目立たない。カイルも気配をみごとに消す。ペレスは催眠状態でぼんやりしている。
その逆で、カーン一行は非常に目立つ。ルーザーは潜入捜査が無理なほど目立つ男だ。居るだけで人の目を惹き付ける。ミラは生き生きした美人なので、男性達がずっと目で追っかけていた。その他もアイラを筆頭に、顔がいい男が揃っているので、女性の熱い視線を集めていた。
思った通り、ケイン達三人は、見えていなかったようだ。
「その知人とは、まさかペレス様のことですか。先程アダム殿下と共に、少し話をしましたが、どうかされましたか」
カーンはニコニコしながら聞いた。
「お前たちが連れて行ったと、王子の側近から聞いたぞ。隠しても無駄だ」
突然、血が逆流したような気がした。
「ああ、残念ながら、彼らは思っていた以上に駄目だな。バイエルは腐っている。はっきり言っておくが、私たちは知らない」
カーンは周囲に聞こえるよう、大きな声で否定した。これで何をしても、悪いのは国王軍だ。
隊長の一人が剣を抜いた。
カーンに切りかかってきたので、喜んで相手をした。この数日間のイライラを吹き飛ばす機会だ。他の者たちも、一斉に剣を手にした。
「いきなり何てことを。ひどいわ」
女性っぽさを強調したセリフと共に、ミラが突っかかっていく。言葉と行動が全く一致していない。表情もだ。
満面の笑みを浮かべ、剣を振ると、相手の隊長が吹っ飛んだ。
「軽いわね。つまらない」
カーンは叫んだ。
「主に隊長たちを討ち取るか、捕まえろ。いらぬ殺戮はするなよ」
民衆は変らぬ歩調で城に向かって進んでいる。その後方、集団からは少し後に離れた場所で、戦闘は移動しながら続けられた。民衆の列の最後尾には聖騎士十人ほどが警護に付いている。
カーンは三人目を相手にしていた。
アイラは常にカーンの側にいて、背中を守っている。
こういう時は、セレウスも彼女の手を離すのだ、と意外に思った。アイラの力量を信用しているから、手を離せるのだろう。
この突然に始まった戦いに、兵たちの半数以上は驚き慌てている。事態を把握していない者には、訳が分からないはずだ。
隊長たちに従い、積極的に戦闘に加わっているのは百名程度だった。
聖騎士達は、どちらにも手を出さず、様子を見ている。国王軍の兵士たちは、聖騎士が静観しているのにも驚いているようだった。自分たちに味方すると思っていたのだろうか。
「鋭くも美しかった剣筋が、まあ荒っぽくなったこと。誰のせいですか」
ロイが戦いながらカーンに向かって聞いた。
「ミラと毎日訓練したせいだろう。おかげで力がついたよ」
以前と比べると、勢いで強引に押しきる癖が付いたようだ。腕の力だけではなく、全身のバネを生かし、力をかぶせていく。ミラのおかげで、腕力自体もアップしている。
「こっちのほうが実戦向きだ」
「まあ、そうですけどね」
ルーザーはさっさと数人を叩き切り、辺りを見回している。
「他に言いがかりをつけて、使者一行を襲いたいやつはいるか? やりたければ、相手をしてやるぞ」
大声で言う声は、遠くまで届く。ルーザーの明るくて湿りっ気のない声は、正義そのものだ。遠巻きに見ていた民衆が歓声を上げた。
隊長たちがほぼ倒れると、手出しをしてきた兵達も引いた。そして後には、統率者のいない、四百人以上の兵が残された。
なんとなく揃ってついてくるので、カーンは彼らに、倒れている者達を運ぶよう命令した。
このおかしな集団が街に入ると、驚きの声が上がった。建物から人々が出て来て、何事かと聞いている。列の前方では、セレウスを捕えようとした事、後方ではブルーネルの使者を襲った事が伝えられた。
そして、国王軍がセレウスを捕まえ、ブルーネルの使者一行を殺そうとした、という話が瞬く間に広がっていった。
その頃、城に近い街頭に、メイサム教団の信者たちが集まっていた。
バイエル国教の、瞑想用の薬は無害なのか。その流通は、富は誰の手に渡っているのか。そして今回のブルーネル一行に対する犯罪の責任は誰にあるのか。
やり玉に上げられる話は幾つもあるのだ。教祖様モードに入ったケインの話術は冴え渡った。信者で無い者も、どんどん周囲を取り巻き始め、その数は増え続け、膨れ上がっていく。
初めの内は、警備兵が演説を阻止しようとしたが、集まり続ける信者と、増え続ける聴衆に、はじき出されていった。
もう、中心で声を張る教祖様には、手が出せない。
セレウスを先頭にした大集団と、ケインを中心とした大集団が更に大きくなり、それは混じり合っていった。
その大きな輪から少し外れた小集団が、負け戦の国王軍だ。倒れていた者たちを担いで、血まみれになっている者が混じっている。
カーンも返り血を浴びていた。
アイラが差し出したハンカチで顔を拭き、髪を束ねていた血のついたリボンを取った。
「カーン様? イクリス様に見えます。戦いのせいでしょうか」
アイラに言われ、自分の体を見下ろしたが、わかりようが無い。ルーザーに声をかけてみた。
「イクリス様? どういうことですか」
「ルーザーにもイクリスに見えるのか。なんだろうね。戦っている間は、カーンだっただろ」
「ええ、カーン様でした。思いっきり暴れていましたね」
そうだ。戦闘はカーンとしての行動だった。
今からは、その後始末に当たる。その重い役目に向き合う重圧で、印象が変わったのかもしれない。
王と民衆の前で、こちらに非が無い事を披露する。そのために、セレウスとブルーネル一行を襲った国王軍を、王に突き付ける。それは王妃の行ってきた悪事を、露にすることになるだろう。
戦闘に舵を切ったのは、アダムの側近たちが、ペレスのことを漏らしたと聞いた瞬間だった。口止めさえまともに出来ないアダムにも、状況を読めない側近にも、激しく失望したのだ。
あの王家は駄目だ。いっそ戦争になって、レンティスが併合してしまったほうが良いのかもしれない。
だが、できれば戦争は避けたい。歩きながら悩み、より良い道を模索し続けていた。
それにしても、また二十四歳になってしまった。三十歳よりましとは言え、十九歳のイリスには複雑だった。イリスに戻った時、また老けて見られるかもしれない。




