付いてきた人々
カーンはそんな二人を羨ましいと思った。
以前アイラに言われたように、イリスは男を、性愛の対象として意識した事がない。だからなのだろうか、男になりきれてしまう。
なんなら、男でいるほうが楽だと、ここ最近は思っている。
十九歳にして、それはいびつなのかもしれないが、カーン自身は自覚しただけ一歩前進と思うことにしている。
セレウスが寄ってきたので、カーンはさっそく最大の疑問について訪ねてみた。
「後に付いてくる群衆は、どうする気ですか」
「彼らの自主的な行動です。わかりません」
「司祭たちは、どうなのですか」
「さあ」
まさかの無策だった。
セレウスはニコッとした。
「私がブルーネルで働く理由を、はっきり伝えましたから、問題はありませんね」
問題は、今、後ろに連なる群衆なのだが、セレウスの目には入っていないようだ。
「カーン様。神に人間の些末な事情は理解できませんよ。我らが何とかするしかないでしょうね」
ケインが助言してくれた。そうかもしれない。王族で、生まれついての教団暮らしなら、少しずれていて当たり前だろう。
その人物に神レベルの影響力が加わると、非常に危うい。
絶対に邪神にならないよう、アイラにしつこく念を押す必要があるだろう。
「アイラが彼を拒否しなくて良かった。でなければ今頃、壮絶な戦いになっていたでしょうね。考えたくないや。アイラが心変わりしないよう、神に祈っておこう」
ケインが手を握り合わせて、何か祈っている。その姿は、非常に胡散臭い。教祖様の時とは、全くの別人にしか見えない。この男も、得体が知れないのだ。
「皆に集まってもらおう。声をかけてくれ」
ブルーネルのメンバーを集め、群衆から少し離れて集まることにした。
セレウスが動くと、大移動が始まるので、彼には外してもらう。
「これで、無事にバイエルから帰国できそうだね。セレウス様の言葉は、あの場にいた民衆に受け入れられたようだ。すぐに広まっていくだろう。王家がどう動くかは、もうどうでもいい」
そう言った後、今までの事件が、全て王妃の単独行動だったこと、証拠として、一番要の部下と思われる男を、連れてきたと話した。
「これをセレウス様に伝えると、どうなるのだろうね」
本当に分からなかった。彼が怒りだすと、それはそれで拗れそうなので、聞かれない限り、黙っておくよう皆に言った。
「付いて来ている者達に、帰るよう説得してくれ。私は司祭に当たってみる」
カーンは近くにいた司祭服の数人に話し掛けた。彼らは聖騎士団員だということだった。
戻るように言うと、無理だと言い返された。団長に従うのが当たり前なのだと言う。帰る気など、みじんもないのが伺えた。
そういえば、セレウスは、聖騎士団の団長なのだった。まさかと思い、恐る恐る聞いてみた。
「貴殿方四名は、団長に従うために教団を辞めたということですか」
「そうです。7割方は辞めたと思います。私達は早く申請を出したので、すぐに通りましたが、遅かった者達は、引き止められていましたね」
そう言って、快活に笑っている。
まさか、が当たってしまったようだ。セレウスが率いる聖騎士団ごと、ブルーネルが引き抜いたことになる。それなら、軋轢は必至だろう。
その向こうに固まっている司祭達は、騎士という雰囲気ではない。
声を掛けると、何か言う前に、一緒にブルーネルに受け入れて欲しいと、頼み込まれてしまった。
「セレウス様の話は、先ほど皆さんと一緒に聞いたばかりで、私だってとまとっているのです。詳細がわかるまで、待っていただきたいです」
困って断るカーンに、彼らは、泣かんばかりにすがりついた。セレウス様が居ない教団は空っぽだ。それにイリス様にお会いしたい、と言う。
カーンは思い出した。驚くことが多すぎて、すっかりどこかに飛んでいたが、セレウスが、とんでもない事を言ったのだった。
ここで、あれは方便でした、とも言えない。
なので、教団の司祭達は、追い返すことに決めた。ブルーネルで、イリス神の娘などと騒がれては、たまったものではない。絶対ネタにされて、面白がられるだろう。
現に、ケインを筆頭として、ブルーネルの騎士たちは、時々思い出したようにニヤついている。
そこにミラがブラブラとやってきて、少し遠くから、大声で話しかけてきた
「皆ブルーネルまでついて行って、イリス様を一目見たいって言っています。どうしましょう」
「イリスは、今ブルーネルに居ない。来ても会えないと言ってやれ」
カーンは大声で答えてやった。
イリス神の娘たるイリス様のご神託だ。帰れ、付いて来るな、といった気分だった。
残念ながら、カーンの姿だからか、まあ、当たり前だが神の娘でもないからか、誰も言うことを聞かないようだ。あちらこちらで、押し問答になっている。
セレウスは、アイラを横に座らせ、ゆっくりとアイラの髪を撫でている。一見男同士のラブシーンなのに、信者たちは引かないのが不思議だった。
それで、先ほどの聖騎士達に、どう思うか聞いてみた。
「セレウス様のなさることは、全てあるがままに受け入れます。セレウス様が良しとするなら、良いことなのです」
見事なものだ。もう何も言うまいと、カーンは達観した。どっと疲れていると、十人ほどの聖騎士が新たにやって来た。後を追って出てきたと言う。
他の騎士達もおいおい団長に追いつくだろうと言っている。
「バイエルの王家や、教会は何と言っていますか」
聞いたカーンに、爽やかな微笑みと共に答えが返って来た。
「教会上層部は、泣きついて引き留めるか、一緒に行くと言うかのどちらかでした。引き留めは無理だとわかっているのに、無駄な事をするものです。王家は教会よりましで、既に諦めていますね」
彼らの話をまとめると、聖騎士団の七割、教団の司祭たちは、幹部以下ある程度の人数が、セレウスについて来たいらしい。これは、蜂の女王の巣移動のようなものか。
新しい女王蜂に従って、兵隊蜂や働き蜂が一斉に新しい巣に移動する。
教会がふたつに割れる事になる。王家はこの大規模な人材流出を、認めるのだろうか。
今の様子を見ると、教会だけでなく、一般民衆の移住もあるだろう。今後も流れて来そうに思われる。
セレウスは、誰一人連れて行くとは言っていない。彼らは自分の意志で、移住しようとしているだけだ。だがいかんせん人数が多く、目立ちすぎる。
セレウスに一言ついて来るな、と言ってもらえば、皆それに従うだろう。それを言わせるのはカーンの役目か。カーンは聖騎士達のいい笑顔をちらっと見て、暗い気持ちになった。
そのカーンの元にミラがやって来た。
「イリス神様からの伝言です。処女神である自分の影響を受けて、女性としての成熟が遅れているが、それは次第に解消される。女性として人生を楽しんでくれ、だそうです」
「ミラは、イリス神様にお会いしたの?」
「はい。セレウス様の言ったことは本当です。私も聞きましたよ」
イリス神様は実在する? 自分が神の娘? いったい何がどうなっているやら、カーンには理解できなかった。
国を出た時には考えもしなかった現状に、眩暈がしそうだった。
とにかくレンティスに帰ろうとカーンは思った。そろそろ動こうとしたところで、騒ぎが起こった。こちらに向かって、たくさんの騎馬が駆けてくる音が聞こえてきたのだ。
「何者だ。誰か確認してくれ」
カーンが叫ぶのと被るように、こちらに駆けて来る騎馬集団から声が上がった。
「バイエル国王軍が追ってきています」
さすが聖騎士団だ。声が綺麗に通ると、カーンは感心した。
この状況でこの感想はずれているが、ここまで立て込むと、逆に開き直った気分になっても仕方がないと思う。戦場で声が通るのはありがたいのだ。
そして大声で聞いた。
「数は?」
「正規軍で500人規模の隊が動いています」
数十騎が目の前に来て止まった。馬を降りると、カーンを見てから目でセレウスを探している。その割に素直にカーンに従ってくれた。
「目的は分かるか」
「初めは暴徒の鎮圧と言う名目でしたが、少しずつ内容が変わって行って、セレウス様とブルーネル一行の拘束に変わっています。私達は一緒に出てきたのですが、様子がおかしいので、別れて先に来ました」
「王からの指示か」
「......不明です」
セレウスがやって来た。アイラも一緒だった。
「多分、バイエル国王の意志ではない。だが正規軍で兵の数が多い。ここでもめると、即戦争になる。だけど、もういいだろう。受けて立とう」
アイラが前に出た。
「カーン様。勝ち目がない戦いをしてはいけません。戦いは勝たなくてはいけない」
「それなら私を勝たせてくれ」
そう言うと、セレウスとブルーネルの騎士達の面構えが変わった。




