セレウスが戻って来た
カーンの目を覗き込んだアダムは、混乱しながら考えていた。
カーンの質問を一つ一つ、頭の中で繰り返す。
ブルーネルの嫡子を殺したとは、カーンの腹違いの弟のことだ。
それに、イリスを襲った、誘拐? どれだけの事を仕掛けてきたのだろう。いつの間に、どうやって、と疑問がぐるぐると渦巻いている。
カーンは、いや、レンティスは、国が主導した行動だと思っていたのか。だからバイエルを拒絶していたのだと思い至った。
それが母の単独行動だと聞かされ、アダムは母のことがわからなくなった。自分が見ていた母は、なんだったのだろうか。
全ては、商人に確認するしかない。
「お前と母の関係は何だ」
「幼なじみだ」
「金はどこから調達している」
「教会の瞑想用の薬だ。あれの流通を独占している」
これは思っていたより大きな組織なのだ、庇うことが出来ないとアダムは理解した。
「仲間はどのくらいいる?」
「全てを知っているのは十名ほど。その下部組織は千人ほどだ」
カーンが、代わってくれと言い、前に乗り出した。
「バイエル国軍の、隊長レベル以上の者に、どのくらい混ざっている?」
「三十名」
カーンが向き直った。
「この者たちが軍に紛れていたら、ちょっとした手違いは簡単に起こせる」
アダムは、先ほど会議室で決定した案を思い出した。
バイエル国軍の兵士が、道沿いに並んで警備し、民衆が噂を確認しようと押しかける中を、ブルーネルの一行が進む。
多分、そこに誰かが矢を射込むだろう。
彼らが倒れるか、もしくは応戦して大混乱が起きる。どっちにしろ、レンティスとの開戦に向かうことになる。
つまりあの案は、最悪だということなのだ。変更を王に進言するには、母の所業を話さなくてはならないだろう。
カーンがアダムの肩に手をかけ、ゆすぶった。
「会議で方針は決まったのですか。どうなりました」
アダムは決定事項を話した。それは最悪の手だと、今なら理解していると言った。
「私たちは、今からここを出ます。もしかしたら、バイエルと戦うことになるのかもしれませんね。だが、アダム殿下のことは信用している。その先で、あなたが王になったこの国と、レンティスに平和が訪れる事を願います」
カーンはそう言って、商人を立たせた。
「この男は、証人としてもらっていきます」
カーンの従者が商人に何か言うと、彼は大人しくその後に付いて行った。
一人残されたアダムは、しばらく立ち上がる事が出来なかった。
◇◇◇
カーン達は用意してあった馬に乗って、城の表門に向かった。全員、防具を付けた上に、バイエルの平民が使うマントを着ている。
馬に積む荷や馬の準備は、ルーザーがあらかじめ、しっかりと手配してあった。荷には武器が山程詰められている。それとは別に、馬車で運ぶ荷は先に出発している。
門を守る衛兵達には、裏門のほうが、表門と比べ民衆の数が少ない、と勧められたが断った。
それならば民衆の間を抜けるまで、護衛として従うと言う。
カーンは、自分たちが出たら門の前に整列し、道を作るよう頼んだ。
カーン一行は門を出た所で、すぐに馬を降りフードを被った。
そして民衆達は、門の前に並び、道を開けさせようとする衛兵達に向かって、押しかけていく。その隙に人の流れの反対方向に、それぞれで抜け出していった。
衛兵たちがもみくちゃにされているのに心が痛んだが、しばらくすれば、誰も出てこないことに気付き、民衆も落ち着くだろう。
少し先でカーンの元に全員が集合し、そこからは騎馬で道を進んで行った。
「カーン様。前から来るの、セレウス様じゃないですか」
ケインがいち早く気付いた。
まだ馬を飛ばし始めて少しも経っていない。こんな街中にセレウスがいれば、大騒ぎになるに決まっている。
青くなって、カーンは全速力で駆け寄った。
「戻っては危険です。一緒にこのまま行きましょう」
「いや、皆に迷惑をかけるのは避けたい。一旦戻る」
セレウスは必要最小限の言葉しか発しないので、カーンはアイラに説明を求めた。アイラも困惑顔だ。
「民衆を納得させてから、レンティスに行くと言っています」
1日もしない内に暴動が起きるほど、民衆の支持を集めているのに、本人が姿を現せばどういった騒ぎになるのか、カーンには見当もつかない。
言葉を失うカーンに、セレウスは慰めるかのように微笑みかけた。確かに、彼の微笑みには効果があるようで、カーンも少し落ち着く事ができた。
「先日言った、私に出来ることの内、教え導く力で民衆を納得させます。私に任せてください」
周辺には、既に民衆が集まり始めている。
この男が姿をさらすことは、めったにないので、半信半疑のようだが、それでもどんどん集まってくる。老若男女を問わず、目をキラキラさせた人々が、ずっと彼の姿を目で追う。ほおっておくと、そのうちカーンたちは取り囲まれて、身動き取れなくなりそうだ。
こうなっては、セレウスに任せるしか無かった。
「皆で城に向かいましょう」
セレウスがそう言うと、ごちゃごちゃしていた烏合の衆に、何らかの秩序が生まれた。彼を先頭に、人々が付き従っていく。
「カーン様、俺らはどうしたらいいですか。ぼんやりしていたら、遥か後ろに追いやられそうですよ」
ケインが付いて行きたそうにしている。
カーンはとりあえず、全員にセレウスのすぐ後ろに付いて、彼を守るよう言った。実際には守る必要など全くないが、付いて行けと言うのも変だから、仕方がなかった。
ゆっくり進むセレウスの前に、道が開けられ、退いた人々が後ろに従う。あっという間にすごい行列になっている。
ケインの言う通り、少し様子見をしていたら、まずいことになっていた。人混みの外周にいたら、何かあっても、近づくことすら出来なかっただろう。
城門の前に付く頃には、城の前で叫んでいた者たちも、大人しくセレウスの周囲を囲んでいた。
セレウスが手を上げると、皆がその手の先を見上げた。
「神の啓示を受けた。隣国レンティスに、神の娘がいらっしゃる。その方に仕えろと、イリス神は私に命じた。だからその方に仕えるため、私は隣国に行く。その方の名はイリス・ブルーネル公爵令嬢だ」
カーンは横に居たアイラの腕を、震える腕で掴んだ。
「これは、なんだ」
「すみません。私にもわかりません」
ふと見ると、ケインは体を折り曲げて、声を殺して笑っている。ルーザーは、面白そうに眼を瞠っているし、その他の者達は、ぽかんとした顔でセレウスを見つめている。
カーン達の戸惑いには一切無関心で、セレウスは最後の言葉を告げた。
「では、私は旅立つ」
セレウスが歩き始めると、その前に道が出来た。道の両端に人々が立ち、手を組んで、彼を見上げている。
怖い話だが、皆、彼の言ったことを全面的に信じ、従おうとしているようだ。
とにかく、彼は神の啓示に従い、旅立つのだ。
隣でケインがつぶやいた。
「こりゃあ、神の啓示レベルだな」
カーンが振り向くと、ケインが困ったように言った。
「セレウス様自身が、神レベルです。もし彼がこの国の王になると言えば、その時から彼が王です」
(神、かく語れり、か?)
その神託で、神の娘にされたイリスはどうなるんだと、カーンは心の中でセレウスに問いかけた。
カーンの疑問を聞き取ったかのように、ケインが続けた。
「イリス様の属性に、イリス神の娘というのが加わるのでしょう。現在、レンティスの王太子妃とブルーネルの後継者、カーン様とイクリス様の役目がありますから、大忙しですね」
カーンもイクリスも今だけの仮の姿だ。それに、まだエドワードとは婚約すらしていない。合っているのは、ブルーネルの後継者だけだった。ケインのおふざけは、時にすごく腹立たしい。
セレウスの後に続いて、そのままカーン一行も馬を引いて歩いた。まるでセレウス様に付き従うブルーネル使者一行、という様子だ。
おかしいのは百も承知だが、民衆は納得しているようだ。
更におかしいのは、その列の後に、バイエル国教の司祭達が、ついてくることだった。
一般民衆もいる。最後尾がどこなのか、先頭からは分からなくなっていた。彼らがどこまで来る気なのか心配になった頃、セレウスが足を止めた。
「カーン様。休憩にしましょう」
声を掛けてきたのは、アイラだった。
セレウスはミラと親しげに話している。巫女のミラとセレウスの間には、他の者とは違う絆があるのかもしれない。
「おい、アイラ。ミラとセレウス様が親しげだけど、気にならないのか?」
早速ケインが、ちょっかいを掛ける。
「あれは、神域に踏み込める者同士の連帯よ。同業の師弟関係というか。ミラは力が強いらしいわよ」
「お前、男の姿で女に戻るなよ。ややこしいぞ」
アイラはセレウスといる時、性別があやふやに見える。自然に女に戻ってしまうのだろうか。それだけアイラにとって、セレウスは男なのだろうと、カーンは感心していた。




