王妃の間者
奥の部屋から視線を感じ、そちらを見ると、商人と目が合った。鋭く探るような目つきだったが、目が合った途端に、ニッコリと愛想の良い笑顔に変わった。やはりマイルズ殿下に似ている。髪の色は茶色だが、大柄な体型や顔の造作、柔和な物腰がそっくりだ。
「そちらの方は、どなたでしょうか」
カーンが聞くと、王妃が出入りの商人だと紹介した。
「商人だったら、情報には詳しいでしょう。民衆の間で流れている話を教えてもらえないだろうか」
カーンの言葉に、商人は軽く膝をかがめてお辞儀をしてから、話し始めた。
「セレウス様が、レンティスに行くことになった。それは第二妃が起こした事件を、隠すための取引だった。そんなふうな話を聞きました。本当かどうかは分かりません」
第二妃は、どこまで話したのだろう。それが掴めないので、迂闊な事は言えない。
ありがたい事にアダムが、王妃に聞いてくれた。
「第二妃様は何と言ったのですか?」
「いつ修道院に行くのか聞いたら、そんな話はもう無くなった。レンティスが許してくれた、と言っていたわ。セレウス様のことなんて、全く出てこなかったわよ」
ということは、教会がセレウスの去就について、漏らしたのだろうか。
もしかしたら、王妃はその二つを結びつけて話を作り、民衆の間に流したのかもしれない。図らずも、その作り話は真実だった、ということなのか。
「もう少し詳しく聞きたいので、一緒に来ていただけないでしょうか。それにしても、城は門を固く閉めているのに、よく入れましたね」
商人は柔らかく笑い、頻繁にこちらを訪ねておりますから、と答えた。
カーンは、控えている先ほどの若い侍女に、君が迎えに行ったの? と聞いてみた。
「いいえ。私ではありません」
「でも誰か迎えに出たのでしょう? 城外の様子を知っていたら、教えて欲しいのだけど」
若い侍女は、困ったように目を泳がせている。
「今朝は私一人しかいないので、迎えに出た者はいないと思います。ペレス殿は、王妃様の通行証をお持ちですから、いつも通りに通されたはずです」
アダムが不審げに王妃を見た。それを持っていれば、連絡もなしに、いつでも城に入りこめる。それをたかが商人に渡すとは、非常におかしな話だ。
何か言いたげなアダムを、王妃が遮った。
「彼の持って来る品が、気に入っているのよ。いい品があれば、いつでもすぐに来てもらうよう、渡してあるの」
カーンは気楽な調子で、侍女に問いかけた。
「彼は、昨夜も来ていたのかな」
侍女は、はいと答えた。
「それじゃあ、一応彼にも、もう少し話を聞いておこうか」
少しなら、というペレスに、じゃあお付き合いいただこうか、と気軽に言って、カーンが一番に外に出た。
部屋を出てから、アダムは三人の部下に彼を預けて、あらかじめ指示しておいた部屋に、案内するよう言いつけた。その部屋は、危険人物を尋問、監禁するための部屋だ。
三人は黙ったまま、緊張した面持ちで、彼の前後に付いて歩き去った。
しばらくしてから、アダムが口を開いた。
「不自然すぎますよね」
「通行証ですか? ありえませんね。彼は、王妃様の間者でしょう」
「初めから疑っておられましたね。もしかしたら、何か彼についてご存知なのですか。そのために彼の名を聞き出したのですか」
カーンは足を止めた。
「もし噂を広めたのが、王妃様だったら、どうしますか」
アダムは黙ったままだ。
「王家の権威を失墜させ、民衆の心から敬意を失わせてしまった。これにどう対応しますか」
カーンやブルーネルが何もしない内に、バイエル王家は勝手に、自滅に向かっている。皮肉なものだ。
レンティスにとばっちりがこなければ、さっさと退散しているのに、セレウスの存在が痛い。
アダムに案内された部屋には、また同じメンバーが揃っている。皆、うんざりしているのが見て取れた。
入室したカーンを見て、王が尋ねた。
「セレウスは、どうしている」
「もう、城から立ち去りました」
「今、一人ずつに、何か漏らしていないか確認した所だ。今のところ誰も漏らした者はいない。第二妃が王妃に少し話しただけだ」
何と甘い見通しの上に胡坐をかいている事か。少し間を置いて、冷たい声でカーンは王に言った。
「廊下で話したと伺いました。誰が聞いていたか、わかりませんね。せっかくの救いの手を、ご自身で振り払うとは」
さすがに第二妃も、自分がしでかしたことの危険性に気付き、青くなった。
助けてあげる気にもなれないので、そちらは無視して、聞きたいことを聞いた。
「失礼を承知で聞かせていただく。バイエル王家はレンティスに敵対するおつもりか」
「そんな思惑は一切ない」
「では、民衆の暴動を収め、レンティスの関与を否定してください」
王がこめかみをもんでいる。
「よろしくお願いします」
それだけ言って、カーンは会議から抜けた。アダムには、ペレスの尋問許可をもらったので、ケインにもらった自白剤を取りに、医務室に向かった。
医務室では全員が、旅装に着替えて、荷物をまとめていた。静かだった。
ケインも来ている。
全員の視線が、カーンに集まった。
「王妃が情報を流したようだ。王にはレンティスに敵対する気は微塵もないが、体内に害虫を二匹抱え込んでいる。これがある限り、良い方に話が進まないだろう。最悪、戦争になるかもしれない。私たちはレンティスに引き上げる」
「今すぐにでも立てます」
そう言いながら、ルーザーが前に出た。
「その前に、王妃の間者の尋問をしたい。1時間ほど待ってくれ。多分二十年に渡り、レンティスに害をなして来た実行犯だ。そして黒幕は王妃のようだ」
ケインが私も同行しますと言い、従者用のジャケットを羽織った。
カイルはと聞くと、アイラ達に状況を知らせ、早くレンティスに駆け込むよう、伝えに行ったそうだ。
ケインとロイを連れて、カーンは尋問室に向かった。
◇◇◇
その頃、会議室では方針が決定していた。
今から王が民衆の前に立ち、巷に流布した噂、全てを否定する。ブルーネル公爵家の使者が毒に倒れたことから、セレウスがレンティスに移住する話まで全てを。
これはデマで、噂が噂を呼んで、膨れ上がっただけだと、言いくるめる。
そのためにも、ブルーネル公爵家使者団の、無事な姿を民衆に見せたい。
その協力要請はアダムに任された。王はアダムを呼び、交換条件を出してきたら、アダムの裁量で受けるか決めろと言った。
民衆の抑えはバイエル軍が行い、使者一行に危険が及ばない事を約束する。
黙って聞いていたアダムが、小さな声で王に告げた。
「カーン殿が先ほど言っていました。愚かな首に、血に飢えた首。どちらも国の害だと」
王の眉が片方上がった。
「血に飢えた首とは?」
さすがに、愚かな首が第二妃なのは、わかっているのだろう。
「わかりません」
やはり、アダムは母親への疑惑を、王に話すことが出来なかった。仲の悪い夫が、妻を庇うとは思えなかった。
だが、だからこそ、母が血に飢えた首だったとしても、納得がいってしまうのだった。
アダムは静かに、その場を後にした。
尋問室の前には、アダムの部下3名が見張りに立っていた。
「カーン殿は来ているか」
「はい。室内で対象者から話を聞いています」
「なぜ全員廊下に出ている。不用心だろう。1人はカーン殿に付かなくては」
「三名でいらっしゃって、手狭だと言われたので……」
アダムはドアをノックして、開けた。
商人とカーンが椅子に座って対峙している。
従者らしき男が二人、壁際に立っている。
「アダム殿下、今から聞き取りを行うところです。ご一緒に、どうぞ」
主導権が、カーンにあると言わんばかりの様子に、アダムはイラついた。
「私の部下にも立ち会わせたい。一人呼ぶぞ」
「おやめになったほうが賢明です」
カーンの目が底光りしていた。カーンの部下たちは、置き物のように、微動だにせず、静かに立っている。
直感で、従ったほうがいいと感じた。
椅子を勧められ、座ると、カーンが質問を初めた。
「昨夜は王妃様から何を命じられましたか」
「ジェーン王女の犯罪を、民衆に広めよと命じられた」
アダムが身を乗り出そうとしたのを、カーンが押さえ込んだ。
「セレウス様の件は、どこから聞いた」
「教会に入り込んでいる、部下から」
「この件で、王妃は何をしようとしている」
「第二妃と、その係累を追い落とす。レンティスへ攻め込む口実も作れる」
「レンティスをどうしたい」
「バイエルの属国にする。レナルティ様を婚約者として選ばなかった、レンティス王への報復」
カーンは驚いたように、早口で聞いた。
「アダム殿下のためではないのか?」
「第二妃の子供が消えれば、全てはアダム殿下の物になる。つまりアダム殿下のためでもある」
浮かし掛けた腰を下ろし、一息ついてから、カーンが質問を再開した。
「マイルズ殿下の父親は、お前か」
「そうだ」
商人の目は一点を見つめている。非常に淡々と話す様子は、異様だった。
マイルズ殿下とは、二年前の事件で殺された王子か?
アダムには、今聴いている話が、どこか遠くの国のことのように感じられた。
「エドワードの暗殺未遂、それとブルーネルの嫡子を殺したのも、王妃か」
「そうだ」
「マイルズ殿下を使って、イリスを襲わせようとしたのも王妃か」
「そうだ」
「レンティスの侯爵家と、一族郎党全てを殺したのも王妃か」
「そうだ」
「イリスを誘拐したのも王妃か」
「そうだ」
カーンがアダムの方を向いた。
「他に聞きたいことがあれば、どうぞ」
カーンの目は、爛々と暗く輝いている。




