どんでん返し
翌朝、王に謁見を申し出て、諸臣の集う場所で、帰国の了承を得た。
そして、帰国準備のために数日当て、その後に帰国すると報告を済ませた。これで、公式行事からは、手を引くことが出来る。
毒殺未遂事件については、セレウスをレンティスに送り出してから、扱いを軽くして、公表することになっている。子爵家子弟の手違いで、異物が混入したとして、謹慎程度に抑える事になる。もちろん、第二妃達に咎めが行くことは無い。
カーンはやっと、お土産を手配する方に、気落ちを切り替えた。例のウイスキーを、格安で大量購入することになった。それはダニエルに仲介を頼み、別便でレンティスに送ってもらう。
ダニエルは、カーン様の近くにいると、いい商売が沸いて出ると、ほくほくしている。このウイスキーも、ダニエルの商会が資金投入して、生産量を増やすことになっている。
次の日の夕方に、ケインから商人の調書が送られてきた。
商人の名は、ペレス・ローダー。年齢は40代。王妃の実家で、従者として働いていた人物だ。20年ほど前に、商会を立ち上げ、現在は女性用の衣類や、小物の輸出入と小売りをしている。
商会は小ぶりだが、女性客に評判が良く、貴族の奥方や令嬢の元を訪れて、商売をしているようだ。
直近でロブラールに行った時期は、誘拐事件の最中に一週間程度。
それ以外はバイエル国内にいたという。
もし、彼が関わっているなら、ロブラールにイリスの件が伝わっているか、探りに行ったのだろう。そして、たぶん安心してバイエルに戻った。
王妃に関しての情報は、結婚数年目までは、ごく順調なものだった。バイエルの侯爵家令嬢レナルティは、17才で王太子と婚約し、その後結婚している。
それが悪化したのは、王が第二妃に、気持ちを移してからのようだ。その頃、父親の侯爵が亡くなり、侯爵家の勢力は、急激に衰えて行っている。アダム殿下をもうけているので、王妃としての地位は安泰だが、心細かったことだろう。
ペレスを贔屓にしているのは、実家の従者だった縁ということになる。
そして、ケインの但し書きが目に入った。
ペレスにはマイルズ殿下の面影がある、という一行を、カーンはまじまじと見つめた。
側妃を受け入れなくてはならなくなった騒動以降、シモンの事件までは静かだった。
それは、第二妃に男子が産まれなかったから。男子が生まれ、アダムの立場が危うくなって、マイルズを王位に付けようとした。
それに失敗し、三年後に再び仕掛けた。何が何でも、レンティスを自分の手駒にしようとしている。
それならば、今回イリスに求婚したのは、アダムの後ろ盾に、ブルーネルの力が欲しいからだ。
アダムに、イリスを選んだのは王妃かと、聞いてみたらわかる。
あの王妃をどうしよう。敵はバイエル国でも、国王でもなく、王妃とそれに連なる配下なのか。
アダムとは、良い関係を築いていけそうなのに、その母親を殺すことになる。しばらく、何も考えたくなかった。
いつもならアイラに相談して、心の重荷を下ろすのに、今はカーンの傍らに彼女はいない。
アイラはセレウスと一緒に居るのだ。先日感じた寂しさの理由が、今わかった。
カーンは早めに寝ることにした。お土産用のウイスキーを一本引っこ抜き、封を開けて飲んでから、ベッドに入った。良い酒が、良い眠りと良い夢を運んでくれることを期待した。
ありがたい事に、願い通り夢も見ずに、朝までぐっすりと眠った。そのせいか次の日も、気持ちよく一日を過ごすことが出来た。
少しずつ国に戻る日が楽しみに待つようになり、そして両親や、エドワードに会いたい気持ちが、膨らんでいった。
次の早朝には、セレウスとアイラが出て行くのを、窓から見送った。天気も良く、良い朝で、幸先が良い気がする。明後日には、自分たちもここを出て行くのだ。
全てが順調に思えていたのに、それは突然にやって来た。ゆっくりと朝食を済ませ、寛いでいるところに、アダムが血相を変えて飛び込んできたのだ。
「セレウス様が国を出る話が、外部に漏れた。それに抗議する人々が、現状、教会と城を取り巻いていて、その規模は拡大中なんだ。緊急で重臣を集めている。君も来てくれ」
アダムの話を聞いて、カーンはしばらく無言で居た。それから、冷たい声で聞きただした。
「一体誰が、漏らしたのですか。まずは、その者の首をはねてからの話です」
会議に出ていた重臣しか、知らない情報なのだ。特定するのは簡単だろう。そいつを始末しなければ、気がすまなかった。
アダムが言い淀んだので、ピンときた。
「隠しても無駄です。まさか、王妃に話したのではないでしょうね」
あからさまに動揺して、それは違うと否定した。だが、と続けた。
「第二妃が母と出会った時に、この話を漏らしたようですが、まだ母から外部に流れたとは限りません」
カーンは王とアダムに、王妃は第二妃の失脚を狙っているのだから、決して話さないようにと、言い含めてあった。
それに今までの陰謀の黒幕なら、それを利用して民衆を煽るのも、お手のものだろう。
「愚かな首と、血に飢えた首、どちらも国の害か」
ポツリとこぼした言葉に、アダムが蒼白になった。
それを無視して、どうするつもりか、聞いた。セレウスは今朝早くに、城から出て行ったところだ。
「穏やかに事を収めるのは、無理なようです。どうすべきか、今から相談の場を設けます」
カーンの忍耐が切れた。このまま完全にバイエルと敵対したって、良いじゃないかと思えてきた。
今の内なら、カーン一行が抜け出すことは、できるだろう。そうしたら、全ての咎が、レンティスになすりつけられる。
イクリスなら、イリスなら、どうするだろう。
比べてみると、カーンとしての自分は、一番好戦的なようだ。ふと、皮肉っぽい笑いを漏らしてしまった。
アダムが、問いかけるような目を向けた。
「失礼。イクリスやイリスなら、どうしたかなと考えていました」
「イクリス殿はどうされると思いますか」
「イクリスもイリスも、もう一度話し合って、民衆を抑える手を考えたでしょう」
「カーン殿は?」
「帰国しようかと考えました」
アダムがうろたえた。カーンがこのままいなくなれば、レンティスとの国交は切れるのが分かっている。セレウスを奪った国として、レンティスを国民が許さないだろう。
「私は、国に帰って叱られるのは嫌です。だが、今の状態では、何をしても同じことだ。それについて無策だとは聞きたくない。王はどう言っておられますか」
「まだ何とも。第二妃が母とやり合ったのは、つい昨日のことです。そこから漏れたにしては、広がり方が早すぎる。だから会議の場にいたものを集めて、問い詰めています」
舌打ちしたいような気分で、アダムを睨んだ。
「では、先日聞いた、王妃様の懇意の商人を、抑えに行きましょうか」
「なぜ彼を?」
「王妃様の、実家の使用人だった男です。彼が噂を流していないか、確認したほうがいいと思う」
「そんな話は聞いていないが、もし彼が何か言ったとしても、こんなにすぐには……」
カーンは先に立って部屋を出た。
廊下の前方から、王妃付きの侍女が来るのを見て、ふと彼女を止めた。
「王妃さまのところに、商人が来ていませんか」
居ると答えが返ってきた。多分、状況の見極めと、報告のために来ているのだろう。
「手間が省けました。腕の立つ者を、3名ほど呼んでいただけますか」
「なぜです」
「私は彼に会った事がありません。だから、どんな人物か分からないからです」
「ただの、商人ですよ」
「商人でもあるのでしょう」
引く気はなかったので、黙って待った。
アダムが側近のセブと配下の2名を呼び出し、五人で王妃の部屋に向かった。
部屋の外に二名残し、誰か出てきたら拘束すること、油断は禁物だと命じた。
アダムが王妃への取り次ぎを頼むと、すぐに中に通された。奥のプライベートルームで、王妃と少し年上の男が、品物を前に話をしていた。
「どうしたのアダム。顔色が悪いわ。何か困った事でも?」
王妃が彼を残し、アダムの方に歩いてきた。
「大事件が起こっています。それで母上に確認に参りました」
王妃はアダムの手を引き、サロンのテーブルに連れて行った。
「何なの?」
「今回の騒動を外部に漏らしましたか?」
「いいえ」
王妃はいつも通りの、優しげな様子で答えた。
「今、城も教会も、群衆に取り囲まれています。この状況を招いたのが誰なのか、調査中なのです。誰にも何も話していませんね」
「もちろんよ。私の言葉を信じられないの?」
王妃は面白そうに言う。大人し気な表情に、笑い出したいのを抑え込んでいるような、不穏なものが混じっている。
やはり彼女だと、カーンは直感した。アダムも同様のようだ。




