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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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王の出した結論


 結局、第二妃がテーブルに付き、ジェーンは少し離れたソファに座ることになった。


「椅子が一つ空いているじゃないの。私も参加するわ」


 そう言って座ろうとするジェーンをアダムが止めたのだった。


「司祭長様が遅れてやってくる。向こうに行っていなさい」


 事情を知らない王と第二妃達は、驚いたようだ。


「なぜ司祭長様が?」


 カーンは椅子に座り、王を見据えた。


「彼が私の部下と恋仲になって、レンティスに移住を希望しています。私もつい先ほど、ご本人から聞いたばかりです。彼の意思が非常に固いので、私としては、今回の事件を不問に付す代わりに、彼を同行させて欲しい」


 またもや第二妃とジェーンが騒ぎ始め、アダムが、うるさい、と再び一喝して黙らせた。

 副司祭長が教会での出来事を、説明した。


「今日の午後突然に、除名届を私に渡され、理由を尋ねると、愛する人ができたので、付き従うつもりだとおっしゃいました。そして、届けを置いて出ていかれました。それから、それこそ教会中の者が、引き留めようとしましたが、口でも拳でも、かの方には敵いません」


 カーンは教会関係者が、かわいそうになってしまった。晴天の霹靂だろう。


 ジェーンが、嘘だわ、と叫んだ。第二妃と二人して、なぜか怒っている。アダムが、司祭長様は女達の憧れなのです、と小声で耳打ちした。


 二人の怒る顔が、そっくりに見えた。カーンはうんざりしたが、それでも彼女たちは、王にとっての最愛なのだろう。

 カーンは彼女達を完全に無視して、王に尋ねた。


「どうでしょうか。可能性は、ありますか」


「各所から、拒絶の声が上がるだろう。表立って許す事は出来ないと思う」


「この件で引き換えに出来る事について、よくお考えください」


 王は第二妃とジェーンを見てから、ゆっくりとカーンの方に身を乗り出した。


「セレウスは、どういう身分でレンティスに行くつもりなのだろう」


「もうすぐお越しになるでしょう。ご本人に直接お聞きください。私もまだ、詳しい事は伺っていません」


 セレウスがやってきたのは少し後だった。

 アイラの手を握って、一緒に部屋に入って来る。何でアイラがいるのかは、簡単に想像できた。セレウスが、手を離さなかったのだろう。案内した侍従は、気まずげに目をそらした。


 そして、アイラは目が合うと、ぱっと下を向いてしまった。


「セレウス、久しぶりだな。こちらへ」


 王が自分の横の席を勧める。セレウスが首を振ると、やっと隣に立つアイラに目を留めたようだ。


「その男は、何だ?」


 カーンが急いで紹介した。


「私の従者でアイラというものです。先ほど説明した、セレウス様と恋仲になった男です」


 カーンは意識して、男に力を込めた。目の前の様子を見れば、二人が恋人同士なのは丸わかりだ。せっかくミラを隠れ蓑にしたのに、無駄だった。


 二人の様子を見て、またもや女たちが悲鳴を上げた。

 追い出したくなったが、同時に聞き忘れていた事に思い至り、カーンは青くなった。


 アイラは女として関係を持ったのだろうか。何でも有りの女だから、聞いておくべきだったのに。とにかく、ここでセレウスから、女だと暴露されては困る。

 アイコンタクトを送ったら、アイラがキャッチして、大丈夫、と口を動かして伝えてきた。


 その大丈夫が、どういう意味なのかがわからない。それも後回しか。どうも、行き当たりばったりな状況が続きすぎて、カーンは心もとない気分になった。


 とりあえず落ち着こうと思い、椅子に背を預けて一息付き、周囲を見回した。アダムと、副司祭長、それに王があんぐりと口を開けていた。これは弁解が必要だろうと、遅ればせながらカーンは気付いた。


「先ほどは、いらない混乱を招かないようにと、女性だと言いました。ご容赦ください」


 王が侍従に椅子を一つ持ってこいと命じ、二人を並んで座らせた。

 それから改めて、聞いた。


「セレウス。この若者のために、レンティスに移住したいというのは本当なのか?」


「はい。ご報告をと思って、先ほど申し入れをしました」


「てっきり、私達の苦境を知って助言に来てくれたのだとばかり、思っておった」


 セレウスは何も知らないようで、何のことかと聞き返した。


「カーン殿一行に、毒酒が届けられ、従者たちが倒れた件だが、聞いていないのか?」


 突然に、彼の様子が変化した。冷たく鋭い剣を首筋に突き付けられた様な、危険な雰囲気が辺りに充満した。即座に全員が緊張した。

 その彼の腕を、アイラが柔らかく掴み、皆もう大丈夫ですから落ち着いて、と宥めると、緊張感が霧散した。


「誰がやったのですか」


 今度は王だけが青くなった。主犯は後ろに座っているジェーンなのだ。


「ジェイド子爵家の息子達だ。捕えてある」


「なぜ? なんの為に、そんな馬鹿な事をしでかしたのです? 全く理解できません」


「カーン殿がジェーンに無体を働いたと、勘違いしたようだ」


 今度はカーンがじっと見つめられ、居心地が悪くなった。


「この方は、そういう人物ではありません。イリス神様は彼を愛しておられます。それに私の愛するアイラが、この方を信頼しきっている。この方に刃を向ける人間は、私の敵です」


 主感的なのに、厳かにすら聞こえるセレウスの言葉に、王は無言だった。主犯を庇っているので、へたな反論は出来ないのだろう。


「そんなお粗末な家門は断絶です。ところで、何をお困りになっていたのですか」


 当たり前の事を、当たり前に言われ、王もぐっと詰まった。絞り出すように小声で言う。


「第二妃の実家なのだよ」


「一国の王妃の実家として、ふさわしくない家門ですね」


 このまま放っておくと、困った結論に向かいそうで、カーンは口を挟んだ。


「今回の事件と交換で、セレウス様がバイエルを出る許しを、貰おうと思っています。王もその話を、検討してくださっています」


 セレウスは不思議そうにカーンを見た。


「許しが無くとも、私は行きたいところに行く。それはアイラのいる場所だ」


 そう言って、アイラの腰に手を回し、優しい目でアイラの目を覗き込んだ。その二人の姿は天上の絵画のようだ。カーンはこの様子を絵に残したいと思った。

 だが、天使というものは、人間には御せない。この天使殿も、同様だ。

 

「今後のアイラとの生活の為にも、セレウス様には、なるべく穏便な行動をお願いしたい。お判りいただけるでしょうか」


「アイラのためなら、何でもしよう」


 彼の隣でアイラが頷いている。アイラさえいれば、この男は制御できると思い、ほっとしたのはカーンだけではないようだ。他の面々も、少し緊張が解けたようだった。


 だが、反論は思いがけないところから来た。


「セレウス様が、そんな男と恋仲なんて、何かの呪術でも使われたに決まっているわ。目を覚ましてください」


 ジェーンが騒ぎ、第二妃はおろおろしている。

 皆がぎょっとしたが、セレウス自身は聞こえていないかのように、それを無視していた。多分、興味が無い相手には、関心を持たないのだろう。


 無視されて憤ったジェーンは、更に言いつのった。


「たかが従者のどこがいいのですか。司祭長様をたぶらかした罪で、処罰すべきよ」


 ザッと、カーンの血の気が引いた。

 再び、場の緊張が増したからだ。この王女を同席させるべきではなかった、と後悔したが、遅かった。


「王よ。処罰されるべき家門と、それに連なる者達について悩まれたなら、私が助言いたしましょう。まとめて全員処刑されたら良い。それがバイエルの為だ」


 美しく威厳のあるセレウスの声が、冷たく響いた。

 ある意味、同感だが、厳しすぎるし、その結論では困るのだ。


 だが、それで王が焦った。

 そして、妃たちの非難の声を一切無視して、カーンに向かって話しはじめた。


「カーン殿。今回の件を無かった事にしていただけるなら、セレウスの移住を許可し、反対する者達を抑え込むと約束する」


「ありがとうございます。では詳細を詰めましょう」


 カーンはアダムと王と三人だけで話したいと言い、他の者を下がらせるよう王に進言した。

 王はその他の全員を下がらせ、部屋には三人だけが残された。


「申し訳ない。重ね重ね、申し訳ない」


 ソファに座り込んだカーンの元にやって来て、謝ったのはアダムだった。グッタリしている。


「焦りましたよ。あれでは……危なっかしすぎますね。ジェーン王女も、セレウス様も」


 王が奥の寝室からウイスキーを持って現れた。


「この酒は問題ない。一杯飲まないか。気付け薬だ」


 王が毒見をしてから、三つのグラスに酒を注いだ。

 それを一口飲んだ王が、はあ~っと息を付いた。疲れ切った顔付きだ。


「カーン殿。迷惑をかけた。何度もだな。非公式にだが詫びと礼を言う」


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