アダム殿下との交渉
カーンがちょっと混乱している所に、アイラと司祭長が戻って来た。
司祭長とアイラは、手を繋いでいる。カーンは気を利かせて、ルーザーの横に移動した。
「アイラから司祭長を辞めた事と、レンティスへの移住を希望している事を聞きました。間違いないでしょうか」
「その通り」
「御身の身分では、そう簡単に移住は出来ないと思うのですが、どうされるおつもりですか」
「教会には理由を話し、除籍手続きを出してきた。今日ここに来るついでに、王に面会を申し入れてあるので、そこで許可をもらう」
すごく簡単に言うが、そんなにすんなりと、教会が除籍を認めるとは思えなかったので、重ねて聞いてみた。
「教会から引き留めはなかったのですか」
「あったが、断った」
ルーザーがニコニコしながら聞いた。
「平和的に?」
「司祭長の力と、聖騎士の力をもって。既に司祭長ではないので、セレウスと呼んで欲しい」
カーンはレンティスの神に祈りたくなった。バイエルの神は、彼が出ていくのを認めたのだろうか。天罰など御免被る。
「バイエルの神とは、繋がりを断つのですか」
「神は私とアイラを、祝福してくださった。今後も私の神は、イリス様だけだ」
そういえば、バイエルの主神は、イリスという名だったと思い出した。やりにくいが、些事は後回しだと、カーンは自分に言い聞かせた。
「王から許しを得る算段はあるのですか」
「真心を込めて話せば、分かってくれるだろう。身分が低い第二妃を、愛の力で迎え入れた方だ」
カーンがバイエルに対して持っていた印象が、ガラガラと崩れ落ちた。なんて情緒的で緩い王家なのだろう。国が広く豊かで、宗教が民衆を捉えているせいで、束ねる王家が劣化したのだろうか。
アイラが恥ずかしげだが、真剣にカーンを見ている。カーンはうろたえてしまった。アイラから懇願されることなど、いまだかつてなかったのだ。
ルーザーは、心底嬉しそうに笑った。
「気に入った。カーン様、神が付いていてくれるなら、怖いものはありません」
カーンは腹が立ってきた。簡単に言ってくれるが、苦労するのは結局カーンなのだ。
「すぐにアダム殿下と話をする。まずは二人で話す。その後で、三人にも話に加わってもらおう。それまでは、王との謁見は待ってほしい」
使用人に連絡を頼み、アダムの私室を訪ねた。幸いにもすぐに時間を取ってくれたので、事の顛末をそのまま話した。
その際に、話がこれ以上にややこしくなるのを避けるため、司祭長の相手をミラに変えておいた。
「まさか、あのセレウス様が?」
「国を出ると言い張っていて、止めたら武力行使すると言っている。どう思われますか」
「どうも、こうも。本当に?」
「教会は既に辞めたそうです。力ずくで、と言っていました。様子を確認していただけませんか」
アダムは、力ずく……と言ったきり呆然としている。
しばらくして気を取り直したようで、アダムは呼び鈴を鳴らし、使用人を呼んだ。そしてすぐに副司祭長を呼びに行かせた。
「カーン殿は、どうお考えなのですか」
「セレウス様の気持ちが非常に強く、絶対に彼女と一緒になると仰っています。彼女の方も同じです。かなわなければ、何処かに逃げるつもりのようです。こちらとしても、大事な騎士を失いたくないのです」
こちらも被害者ではあるのだ。いくらアイラのせいとはいえ、こんなに突然、あからさまな行動に出なくても良いのに。苦々しげな表情を見て、アダムが申し訳なさそうに言った。
「彼の行く手を阻むのは、大変難しいと思われます。この国で還俗して暮らすのは、どうなんでしょうね」
その道もあるのか。でもその場合、アイラはバイエルの人間になる。以前、イリスが母から問われたように、レンティスの敵に回ることもありうる。
アイラと戦うのは絶対に嫌だ。それはアイラも同じ思いのはず。ならばバイエルに残ることはありえない。
「たぶん、それはあり得ません。アイラはレンティスを愛しています。セレウス様は、アイラが悲しむことはしないでしょう。何もかも捨てて、彼女に付いて行くというくらいですから」
「え、司祭長様が、付いて行くのですか? あの方から?」
「彼女が嫌がっていないのが幸いです。そうでなければ、とんでもないことになる。こちらの騎士総掛かりで戦うことになったでしょう」
セレウスの強さを測ってみたが、見当が付かない。ルーザーと同じくらいか、もう少し強いようにも感じる。つまりアイラは熊やライオンに懐かれたようなものだろうか。
アイラという安全装置付きで、早く人間社会に馴染んで欲しいものだと、カーンはしみじみ思った。
「セレウス様の進退を、この度の毒殺未遂と引き換えに出来ないでしょうか」
カーンの言葉に、アダムがしばし考えた。
「王はその提案を飲むかもしれません。私から打診してみましょう。セレウス様はカーン殿の所にいるのですか?」
「アイラの手を離しませんので、このまま私共といたほうが、大人しくしていてくれると思います」
アダムは、はあ……と呆れた顔で言い、そのまますぐにアダム付きの侍従を呼んだ。
侍従に『この度の件を白紙にする提案』があると王に伝えるよう指示した所に、副司祭長がちょうどやって来た。
一目で分かるほど、彼はうろたえていた。
「客の前でみっともない。落ち着け」
そんな叱責も聞こえない様子で、アダムの前に慌てて駆け寄ると、声を潜めて告げた。
「司祭長様が悪魔に魅入られました。突然に全てを捨てて、想い人に従って、隣国に行くと言い出したのです。もちろん止めましたが、司祭長様の言葉に逆らえる者は、少数でした。その少数で止めにかかったのですが、一蹴されて、騎士達もボロボロです」
カーンが想像していたより派手にやったようだ。密かに、という手を思いつかない当たりが、怖い。
こんなに大っぴらにされると、どんな軋轢が生まれるかなど……どうでもいいと思っていそうで、なお怖い。
「子供のように、わがままで凶暴な天使様に、押しかけられた方の身にもなってくれ。はっきり言って、ものすごく迷惑なんだ」
カーンはここぞとばかりに、思い切り腹にたまったうっぷんを吐き出した。
「何て失礼なことを」
副司祭長は憤慨するが、どの口が言う、だ。
「だったら、彼を止めてくれよ。私達は、あんな危険物をしょい込みたくはない。もし来たいなら、ちゃんと手順を踏んで、迷惑を掛けない状態にしてから寄越して欲しい。王族で、教皇候補の押しかけ夫なんて、こちらからしたら、天災のようなものだ」
たたみ掛けたら、副司祭長が黙った。何も言えないのだろう。
アダムが、副司祭長の肩に手を置いた。
「カーン殿たちだって、困っておられるのだよ。ごり押ししているのはセレウス様で、しかも多分、誰もあの方を止められない」
事態を、客観的に見る事が出来た副司祭は、うなだれた。
カーンも、ようやく少し気持ちが晴れた。かなりストレスがたまっていたようだ。
侍従が持ち帰った王からの返事は、今すぐにでも、というかなり前向きなものだった。思った通り、だいぶ困っているようだ。
侍従に、司祭長一人だけを呼んでくるよう言いつけ、アダムとカーンと副司祭長は、王の私室に向かった。
そこには泣き腫らした第二妃と、ジェーン王女がいた。
三人が部屋に入ると、女性二人が、金切り声でカーンを罵り始めた。聞くに耐えない言葉を口にする彼女達を、アダムが怒鳴りつけた。
「あなたたちを助けようとしてくれた方に、なんて言い草だ。しかも彼は被害者なんだぞ。恥ずかしくて、俺は顔から火が出そうだ」
彼の一喝で、少し頭が冷えたのか、二人は気まずそうに黙り込んだ。
子供の出来が悪いのは、母親の血のなせる技か、育て方か、どちらなのだろう。母親の影響は大きいものだと、カーンは思った。
「カーン殿。お詫び申し上げる。不出来な妹だが、俺には切り捨てる事が出来ない。今回の話、まとめることを約束します」
第二妃と長女がお粗末なのは、既に知っているので、カーンは何を言われても気にならなかった。
「本題に入りましょう。司祭長様が来る前に、大枠を話し合っておいたほうが、スムーズに運ぶと思います」
アダムが感謝の言葉を述べ、王をテーブルに促し、興奮している第二妃達には、席を外して欲しいと伝えた。
「絶対に嫌だわ。私たちの事なのよ。一緒に聞かせてもらうわ」
攻撃的な様子を隠しもせず、第二妃がアダムを睨みつける。
彼女の様子を眺めながら、この女を王妃にした王の責任を、カーンは思った。王に、それなりの罰が下るところだったのに、今からそれを回避する案を提供するのだ。
正直言って面白くはなかった。




