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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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アダム殿下との交渉


 カーンがちょっと混乱している所に、アイラと司祭長が戻って来た。


 司祭長とアイラは、手を繋いでいる。カーンは気を利かせて、ルーザーの横に移動した。


「アイラから司祭長を辞めた事と、レンティスへの移住を希望している事を聞きました。間違いないでしょうか」


「その通り」


「御身の身分では、そう簡単に移住は出来ないと思うのですが、どうされるおつもりですか」


「教会には理由を話し、除籍手続きを出してきた。今日ここに来るついでに、王に面会を申し入れてあるので、そこで許可をもらう」


 すごく簡単に言うが、そんなにすんなりと、教会が除籍を認めるとは思えなかったので、重ねて聞いてみた。


「教会から引き留めはなかったのですか」


「あったが、断った」


 ルーザーがニコニコしながら聞いた。


「平和的に?」


「司祭長の力と、聖騎士の力をもって。既に司祭長ではないので、セレウスと呼んで欲しい」


 カーンはレンティスの神に祈りたくなった。バイエルの神は、彼が出ていくのを認めたのだろうか。天罰など御免被る。


「バイエルの神とは、繋がりを断つのですか」


「神は私とアイラを、祝福してくださった。今後も私の神は、イリス様だけだ」


 そういえば、バイエルの主神は、イリスという名だったと思い出した。やりにくいが、些事は後回しだと、カーンは自分に言い聞かせた。


「王から許しを得る算段はあるのですか」


「真心を込めて話せば、分かってくれるだろう。身分が低い第二妃を、愛の力で迎え入れた方だ」


 カーンがバイエルに対して持っていた印象が、ガラガラと崩れ落ちた。なんて情緒的で緩い王家なのだろう。国が広く豊かで、宗教が民衆を捉えているせいで、束ねる王家が劣化したのだろうか。


 アイラが恥ずかしげだが、真剣にカーンを見ている。カーンはうろたえてしまった。アイラから懇願されることなど、いまだかつてなかったのだ。

 ルーザーは、心底嬉しそうに笑った。


「気に入った。カーン様、神が付いていてくれるなら、怖いものはありません」


 カーンは腹が立ってきた。簡単に言ってくれるが、苦労するのは結局カーンなのだ。


「すぐにアダム殿下と話をする。まずは二人で話す。その後で、三人にも話に加わってもらおう。それまでは、王との謁見は待ってほしい」


 使用人に連絡を頼み、アダムの私室を訪ねた。幸いにもすぐに時間を取ってくれたので、事の顛末をそのまま話した。

 その際に、話がこれ以上にややこしくなるのを避けるため、司祭長の相手をミラに変えておいた。


「まさか、あのセレウス様が?」


「国を出ると言い張っていて、止めたら武力行使すると言っている。どう思われますか」


「どうも、こうも。本当に?」


「教会は既に辞めたそうです。力ずくで、と言っていました。様子を確認していただけませんか」


 アダムは、力ずく……と言ったきり呆然としている。

 しばらくして気を取り直したようで、アダムは呼び鈴を鳴らし、使用人を呼んだ。そしてすぐに副司祭長を呼びに行かせた。


「カーン殿は、どうお考えなのですか」


「セレウス様の気持ちが非常に強く、絶対に彼女と一緒になると仰っています。彼女の方も同じです。かなわなければ、何処かに逃げるつもりのようです。こちらとしても、大事な騎士を失いたくないのです」


 こちらも被害者ではあるのだ。いくらアイラのせいとはいえ、こんなに突然、あからさまな行動に出なくても良いのに。苦々しげな表情を見て、アダムが申し訳なさそうに言った。


「彼の行く手を阻むのは、大変難しいと思われます。この国で還俗して暮らすのは、どうなんでしょうね」


 その道もあるのか。でもその場合、アイラはバイエルの人間になる。以前、イリスが母から問われたように、レンティスの敵に回ることもありうる。

 アイラと戦うのは絶対に嫌だ。それはアイラも同じ思いのはず。ならばバイエルに残ることはありえない。


「たぶん、それはあり得ません。アイラはレンティスを愛しています。セレウス様は、アイラが悲しむことはしないでしょう。何もかも捨てて、彼女に付いて行くというくらいですから」


「え、司祭長様が、付いて行くのですか? あの方から?」


「彼女が嫌がっていないのが幸いです。そうでなければ、とんでもないことになる。こちらの騎士総掛かりで戦うことになったでしょう」


 セレウスの強さを測ってみたが、見当が付かない。ルーザーと同じくらいか、もう少し強いようにも感じる。つまりアイラは熊やライオンに懐かれたようなものだろうか。

 アイラという安全装置付きで、早く人間社会に馴染んで欲しいものだと、カーンはしみじみ思った。


「セレウス様の進退を、この度の毒殺未遂と引き換えに出来ないでしょうか」


 カーンの言葉に、アダムがしばし考えた。


「王はその提案を飲むかもしれません。私から打診してみましょう。セレウス様はカーン殿の所にいるのですか?」


「アイラの手を離しませんので、このまま私共といたほうが、大人しくしていてくれると思います」


 アダムは、はあ……と呆れた顔で言い、そのまますぐにアダム付きの侍従を呼んだ。


 侍従に『この度の件を白紙にする提案』があると王に伝えるよう指示した所に、副司祭長がちょうどやって来た。


 一目で分かるほど、彼はうろたえていた。


「客の前でみっともない。落ち着け」


 そんな叱責も聞こえない様子で、アダムの前に慌てて駆け寄ると、声を潜めて告げた。


「司祭長様が悪魔に魅入られました。突然に全てを捨てて、想い人に従って、隣国に行くと言い出したのです。もちろん止めましたが、司祭長様の言葉に逆らえる者は、少数でした。その少数で止めにかかったのですが、一蹴されて、騎士達もボロボロです」


 カーンが想像していたより派手にやったようだ。密かに、という手を思いつかない当たりが、怖い。

 こんなに大っぴらにされると、どんな軋轢が生まれるかなど……どうでもいいと思っていそうで、なお怖い。


「子供のように、わがままで凶暴な天使様に、押しかけられた方の身にもなってくれ。はっきり言って、ものすごく迷惑なんだ」


 カーンはここぞとばかりに、思い切り腹にたまったうっぷんを吐き出した。


「何て失礼なことを」


 副司祭長は憤慨するが、どの口が言う、だ。


「だったら、彼を止めてくれよ。私達は、あんな危険物をしょい込みたくはない。もし来たいなら、ちゃんと手順を踏んで、迷惑を掛けない状態にしてから寄越して欲しい。王族で、教皇候補の押しかけ夫なんて、こちらからしたら、天災のようなものだ」


 たたみ掛けたら、副司祭長が黙った。何も言えないのだろう。

 アダムが、副司祭長の肩に手を置いた。


「カーン殿たちだって、困っておられるのだよ。ごり押ししているのはセレウス様で、しかも多分、誰もあの方を止められない」


 事態を、客観的に見る事が出来た副司祭は、うなだれた。

 カーンも、ようやく少し気持ちが晴れた。かなりストレスがたまっていたようだ。

  

 侍従が持ち帰った王からの返事は、今すぐにでも、というかなり前向きなものだった。思った通り、だいぶ困っているようだ。

 侍従に、司祭長一人だけを呼んでくるよう言いつけ、アダムとカーンと副司祭長は、王の私室に向かった。


 そこには泣き腫らした第二妃と、ジェーン王女がいた。

 三人が部屋に入ると、女性二人が、金切り声でカーンを罵り始めた。聞くに耐えない言葉を口にする彼女達を、アダムが怒鳴りつけた。


「あなたたちを助けようとしてくれた方に、なんて言い草だ。しかも彼は被害者なんだぞ。恥ずかしくて、俺は顔から火が出そうだ」


 彼の一喝で、少し頭が冷えたのか、二人は気まずそうに黙り込んだ。

 子供の出来が悪いのは、母親の血のなせる技か、育て方か、どちらなのだろう。母親の影響は大きいものだと、カーンは思った。


「カーン殿。お詫び申し上げる。不出来な妹だが、俺には切り捨てる事が出来ない。今回の話、まとめることを約束します」


 第二妃と長女がお粗末なのは、既に知っているので、カーンは何を言われても気にならなかった。


「本題に入りましょう。司祭長様が来る前に、大枠を話し合っておいたほうが、スムーズに運ぶと思います」


 アダムが感謝の言葉を述べ、王をテーブルに促し、興奮している第二妃達には、席を外して欲しいと伝えた。


「絶対に嫌だわ。私たちの事なのよ。一緒に聞かせてもらうわ」


 攻撃的な様子を隠しもせず、第二妃がアダムを睨みつける。

 彼女の様子を眺めながら、この女を王妃にした王の責任を、カーンは思った。王に、それなりの罰が下るところだったのに、今からそれを回避する案を提供するのだ。

 正直言って面白くはなかった。


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