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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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アイラの誤算


 ダニエルはこの国に留学していたので、教会についても自分たちよりは、詳しいはずだ。

カーンは教会の瞑想と、司祭長について尋ねてみた。


「瞑想の時の薬は、僕は抵抗があって飲んではいません。この国の者達は抵抗が無いようですがね。ただケイトには、付き合い始めてから服用を辞めさせました」


 慣れというのは怖いものだ。効き目が弱いとはいえ、気分が良くなる薬なのだ。教会に来た時にだけ手に出来るなら、信者は離れない。

  この国の王室はそうやって国民の支持を取り付けているのだろうか。それならば、教会との関係は? 力関係はどうなっているのか、謎だ。


「司祭長様は、就任して5年になるはずです。お若くて美しい、精霊だと言っても通りそうな、俗離れした方です。そのため女性に人気なのですが、それを迷惑に思われているようで、祭事や礼拝ではベールを被っておられます」


「それはずいぶんと徹底してますね。その方は教団のどういう地位に、就かれているのでしょうか」


「前王弟殿下の第二妃の息子です。現在の王の、年の離れた従弟にあたります。生まれてすぐに教会に引き取られ、純粋培養でお育ちです。ですから今は、王都の教会の司祭長ですが、そう遠くない将来、バイエル国教の教皇様になると思います」


 それは大物だ。しかも、取り入るのは難しそうだ。アイラが秘薬の事を聞き出すのは容易ではないと思われた。



◇◇◇



 そのころ、アイラは教会の内部に潜り込み、司祭服を着て司祭長の部屋に向かっていた。手に持った盆には、お湯を張った洗面器と真っ白いふわふわのタオルが数枚載っている。


 ドアをノックして部屋に入ると、午前の務めを終えた司祭長が、椅子にもたれていた。銀色のサラサラの髪が風でふわっと揺れている。水色の目はどこを見つめているでもなく、外をぼんやりと見ていた。


 礼拝では司祭も瞑想用の薬を使う。その力で、神との交信を行うのだが、司祭長はもっと強い薬を使っているそうだ。これは、この役目を交代した司祭から聞き出していた。

 つまりそれが、ミラが飲んだ薬なのだろう。


「司祭長様、お体を清めに参りました。今からご奉仕させていただきます」


「ああ、よろしく頼む」


 アイラの方を見もせず、司祭長のセレウスは答えた。毎度の事なので、下っ端祭司の顔など確かめる様子もない。

 アイラはタオルを湯に浸し、絞ってから、セレウスの司祭服を脱がせた。ひ弱な体を想像していたが、しっかりと鍛え上げられた鋼のような筋肉が目の前に晒された。


 アイラは驚いたが、態度には出さず、ゆっくりと背中から拭き上げていった。全身を拭き終わったら、腕に軽くマッサージを施した。


「お体をもみほぐさせていただきます。ベッドにうつ伏せになっていただけますか」


「今日は珍しいね。いつもは拭くだけなのに」


「だいぶ凝っていらっしゃるようです。私にお任せください」


 うつぶせに寝たセレウスの体にオイルを垂らし、揉みほぐしていく。固い筋肉を緩く、強く揉むにつれ、セレウスの体から緊張が解けていく。

 首筋と頭を揉み終わると、セレウスはフーッと息を吐いてぐったりとした。このテクニックだけで、落ちた男も女もかなりいるのだ。そしてオイルには軽い媚薬を混ぜてある。


 耳から背筋、脇腹、尻から太もも膝裏と、感じる部分も刺激しながら降りていくと、セレウスの口から、押し殺した声が漏れた。そのまま足首まで揉むと、脚の指と足裏を丹念に揉んでいった。ここには体と繋がっているツボが集まっているので、刺激に対して敏感になるようにしておいた。


 アイラはそこで手を留めた。この司祭長は聖騎士のようだ。体の筋肉の付き方が、強さを物語っている。気やすく扱うのは、非常に危険かもしれない。


 考えていると、急にセレウスに手を引かれ、彼の胸の上に倒れ込んでいた。

 セレウスの水色の目は欲情と戸惑いで揺れていた。


「もっと続けてくれないか」


 かすれた声でそう言われて、このまま続けることにした。まずはオイルを垂らして、こめかみから目の周辺、頬とほぐしていった。それから半開きになった唇に深く口付ける。抵抗しなかったので、そこからは、手と唇を使っていく。


 どの段階で話を引き出そうかと考えながら、アイラは慎重に施術を続けた。



◇◇◇

 


 会議の少し前に、アイラが戻って来た。

 心なしか、いつもと雰囲気が違う。ただでさえ、対象者は難物なのだ。カーンは彼女が無理をしたのではないかと心配になった。


「遅かったね。何かあったのか?」


「いえ、特には。司祭長から、薬の事を聞き出しました。信者に使う薬の十倍程度の強さですが、通常は深く酩酊するだけで、一日もすれば目覚めます。ミラのような状態になるのは、シャーマンの素質を持つ者だけだそうです」


「シャーマンって、つまり巫女? あのミラが。確かに信仰心は強いがなあ。それで、目覚めさせる方法は?」


 アイラが言い淀んだ。こんな事は珍しいので、カーンは黙ったまま、アイラが話し出すのを待っていた。

 アイラがしばらくしてから話し始めた。


「司祭長様が、直接ミラを導けば、目覚めさせられると言っていました。こんな状態になるのは、二代前の司祭長候補の時以来だそうです。瞑想の中に潜ったまま帰ってこられず、前司祭長が、助け出したということです」


 それなら、司祭長に協力を仰がなくてはいけない。だが、なぜ薬を持っていたかは言えないのだ。


「司祭長様は、自らこちらに来てくれるとおっしゃっています。どうしましょうか」


 聞き出すだけでも時間がかかると思ったのに、早い。それに、司祭長の申し出は誠にありがたいが、一体どうしてそうなるのだろう。カーンはアイラをじっと見つめた。


 なぜかアイラが下を向いて、顔を隠した。こんなアイラは初めてだ。


「ミラが薬をどこで手に入れたか伝えたのか? なんでそんなに協力的なんだ」


「あ~、その。薬が効きすぎたというか。もしかしたら、もう一つ火種を抱えてしまったかもしれません」


 なぜか嫌な予感しかしない。カーンがアイラに、はっきり報告せよと命じると、おずおずと顔を上げ、申し訳なさそうに言った。


「彼は司祭長を辞めて、私に付いて来るそうです」


 カーンの体に緊張が走った。王族出身の純粋培養の司祭長で、教皇候補から、なぜそんなありえないセリフがとびだすのか?

 しかも相手はアイラなのだ。うまくいなして逃げるのも、お手の物のはず。今回に限り困っているのが不思議でならない。


「正体を知られているのか?」


「不覚ながら、そうです。彼の方も普通ではないのです。聖騎士でたぶんとても強く、幻術も使えるようです。で、つまり……負けてしまいました」


 この場合、負けたというのはつまり、ハニートラップ関係で? それは凄い。アイラに勝てるほどの研鑽を積んでいるということか? カーンの頭の中はハテナマークだらけになっていた。


「司祭なのに?」


「いえ、初めてだけど、素質の面で」


 カーンは溜息をつくしかなかった。

 自分は全く遅れているのに、なぜかそういう話をする機会だけは多い。すでに、普通を通り越した過激な会話が、平然と出来るようになってしまっている。いい加減実戦にも参加したくなって来た。


「それは、負けたと言うか、勝ったと言うか。しかしバイエル国も、教会も、彼を手放さないだろう。確かに火種だな。しかもかなりでかい」


「今夜、8時にここへ来ると言っていました。たぶんそれで、ミラを助けることが出来ると思います」


 先の事は置いておいて、まずはミラを救って欲しい。こちらは後回しに出来ない。

 会議の前に医務室に寄り、司祭長が来る事をルーザーに伝えた。


「それでは、その前にカーン様たちの荷も、この部屋に運び込んでおきます。不透明な要因が、更に増えましたからね。全てを一か所にまとめて置いたほうがいい」


 ルーザーはきっぱりと言い、これからハンスと二人でカーンの部屋へ行くと言い張った。結局、そうしてもらうことにして、彼らに後を任せ、アイラと二人で指定された部屋に向かった。



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