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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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司祭長の秘薬

「色々と予定が狂ってしまったな。今後の予定を立て直さないと」


 来て早々の毒殺未遂で、否応なく大幅な計画変更となった。カーン達が帰国するとして、ケイン達が同行するかを、まだ決めていなかった。教団の動きも、方向性を保留したままでいる。全てが中途半端なままだ。

 それに対して、ケインは王妃の身辺を探るためにこちらに残ると言った。


 「カーン様。レンティスに対する工作活動の黒幕が王妃なら、20年前にレンティス王が側妃を迎える羽目になった事件も、とお考えですか」


「イリスの時と同じだからね。バイエルの第二王妃が、輿入れした時期とも被るから、余計に王妃が怪しく思えてくる。その頃、アダム殿下は三歳位かな。何を企てたかはわからないけど、今回の事に絡めて、もう少し探れるかもしれない」


「それでは、教団の力を使って、その当時の事から調査します。ついでにイリス様誘拐事件の時の生き残りも探し出します」


 それよりも、アダムの言う、王妃の懇意の者を捕まえたほうが早い。何とかしてそれを聞き出したいのだが、と言ったら、すっと粉薬らしきものを渡された。


「自白剤です。効果は短時間なので、気付かれにくいものです。聞きたいことがはっきりしているならこれを使ってください」


 できれば、王妃に直接使いたいが、一対一で王妃と対する機会はないし、あまりにダイレクトな質問もできない。これはアダムに使おうと決めた。


 ベッドサイドの薬を片付け、換気した後に、ケインとアイラ、カーンの三人のみが部屋に入り、ミラの枕元に立った。


「ミラ、聞こえるか。ちょっと話をしないか」


 ケインが優しげな声音で、ミラに話しかけ会話に誘う。

 まぶたがピクッと動いたが、返答はない。

 ケインから、ミラに話しかけて欲しいと頼まれたカーンは、何の話が一番興味を引くか、考えて話しかけた。


「今日はロマンの絶品料理が、隣の部屋に積まれているんだ。ミラにも食べさせたいな。ついでに、極上のビールを、キンキンに冷やしたのも、たっぷりあるよ」


「ん……食べたい」


 ミラが喋った。ケインが呆れながらも、カーンに向かって親指を立てた。


「ミラ、今どこにいる?」


「神殿の庭よ。花に埋め尽くされた、真っ白い神殿。すごく素敵」


 口調はいつもの倍くらいに間延びしているが、内容は明確だ。どうやら素敵な所にいるようだ。良かったと言えばそうだが、帰ってきてもらわないといけない。


「なぜそこにいる?どうやって行った?」


「司祭長の薬を飲んだら、いつの間にかここに居たけど、どうやって来たか知らない」


 ケインがカーンとミラを交互に見たが、2人とも初耳だった。司祭長の薬?

 幻覚剤の強烈なものだろうか。そんな薬を飲んでいる司祭長とは、いったいどんなクズ野郎だ。


「司祭様が、司祭長の使う薬は、もっと効き目が強いって言っていたの。だから一粒もらった」


「その薬は何処にあった?」


「司祭長の寝室」


 司祭長の寝室に忍び込んで盗んだと聞き、呆れるしかなかった。

 確かにこんな危ない薬、そこらに置いてはおけないだろうが、ミラもよく見つけたものだと、カーンは感心した。


「ミラ、そこから戻ってこい。もうすぐ帰国する」


 ケインの声に、ミラが、もう少しだけとごねた。


「命令だ。今すぐ戻れ」


 カーンが鋭く言うと、ハイッと返事をした。少しだけ手の先が動いたが、起きる様子はない。


「ミラ、どうした」


「ここから出る方法が分からない。駄目、どうしよう」


 顔の表面が少し汗ばんでいる。ケインがここまでだなと言い、ミラに話しかけた。


「焦らなくていい。俺達が方法を探すから大丈夫。ただ、戻りたいと思っていてくれよ。それがないと、帰れなくなるぞ」


 カーンも付け足した。


「ロマンがミラのために新作を用意している。早く食べたいだろ?」


 真っ白だったミラの頬に赤みが差した。

 少しは、現実世界の方に、寄ってきたのかもしれない。もしそうならミラは今、花畑の中を、出口を探して走っているのだろうか。



 部屋から出て、三人共黙って椅子に座った。待っていた面々が心配そうに遠巻きにしている。

 

「何かわかりましたか?」


 ルーザーに問いかけられ、何と言おうか考えていたら、ケインに先を越された。


「あの女、意地汚くも司祭長様の秘薬を盗んで、試したらしい。少し話はできたけど、出口が見つからないとさ。目を覚まさせる方法が分からない」


 ケインは、意志の疎通ができれば、そのまま目が覚めると予想していたそうだ。驚き、落胆しているらしいのが、様子から見て取れる。彼にしては珍しい事だ。


「まさか話ができるのに、帰って来られないとは。全くなんて薬だ。危ないにも程がある」


 黙り込んでいたアイラが、フフッと笑って立ち上がった。


「つまり祭司長に、知っていることを、洗いざらい話してもらわないと、ってことだね。明日の午前中に偵察に行ってきます」


「聖職者相手に、どう取り入る気だ」


 カーンの問いかけに、アイラは嫣然と微笑んだ。


「聖職者のほうが簡単なのですよ。今度具体的に教えてあげます」


 カーンは背筋にゾクッとしたものを感じた。


 皆もそのようだ。普段は特殊工作の様子を見ることはない。だからこういうアイラは、見慣れていないはずだ。

 女のカーンがゾクっとするなら、他のメンバーには目の毒だろう。


「今は抑えてくれよ。病人には毒だ」


 フッと危ない雰囲気が霧散し、従者のアイラに戻っていた。忘れていたが、この女は危険物なのだ。


 ミラのことは心配だが、ケインとアイラに任せれば何とかなると思えた。その夜はぐっすりと眠り、夢見が良かった気がするが、ケインの薬を、少し吸ったせいかもしれない。


 翌朝、早くに出かけようとしたアイラに、つい好奇心に負けて、聞いてしまった。


「男のままで行くの?」


「相手次第ですね。見てから決めます。遅れているイリス様にも、思春期がやってきたようで、うれしいですよ。ライトなのからヘビーなのまで、しっかり教えて上げましょう」


 朝からやる気満々だ。


「午後の会議前に戻ってくれよ。いいね」


 カーンは会議まで暇になったので、もう一度ロマンの店に顔を出そうと決めた。

 城に向かう大通りと、交差する道沿いに、店が立ち並んでいる。そういった繁華街の中でも、一番気楽で庶民のごった返す通りに向かう。


 ロマンの店の前は人で埋め尽くされていた。窓から道に突き出したシェードの下にも、椅子と小テーブルが置かれ、そこも満員だ。客層は雑多だが、表情は同じ。幸せそうだ。


 カーンも長い列に並んだ。

 しばらくした頃、店員が横を通り過ぎる時に、水の入ったカップを倒し、飛沫がカーンの袖に飛んだ。


「お客様、まことに申し訳ございません。乾かしますので、こちらにおいで下さい」


 店員に案内されて、店の控室に招き入れられた。そこにはロマンとダニエルが待っていた。

 バイエルに来ていたダニエルが、カーン達一行の様子を心配して、ロマンのところに来ていたそうだ。

 元気な様子のカーンを見て、ほっとしたように笑った。


「よかった。何かあったらと、心臓が飛び出しそうになりました。ブルーネル公爵家の混乱が目に浮かぶようです。一体どれだけ慌てていることやら」


 ロマンからブルーネル家に、昨日連絡員を送っているそうだ。アイラも慌てて連絡したと言うし、情報の混乱は、せいぜい一日以内で解消されるはずだ。

 もし、全員で三日以上寝込んでいたら、レンティスの軍隊がやって来てしまったかもしれない。

 それを控えたとしても、たぶん殺気立ったブルーネルの騎士団は、絶対に来たことだろう。

 あの夜のアイラの忠告に感謝しつつ、カーンは胸を撫で降ろした。





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