ケインの見立て
アイラと向かい合って飲んでいると、やっと普段の生活に戻ったような気分になれた。飲みながら、教会の様子や店の様子、ロマンの毒の知識について話すと、アイラも明日、ケインを誘って行ってみると言う。
その時コンと何かが当たって、窓が小さく揺れた。
アイラが窓に近寄り、さっと開けると、外に立っていた何者かを拘束して、室内に放り込んだ。
ケインだった。その後ろからカイルが風のように滑り込み、窓を閉めた。
「お前、絶対に俺だと分かっててやっただろ。ひでえ女だな」
「あら、気付かなかったわ。ごめんなさいね」
姿はそのままなのに、アイラが女に見える。こんなに自在に切り替えられると、自分で自分が何者か、見失なわないかとカーンは心配になった。
知れば知るほどアイラは謎めいた人間だ。
わざとらしく痛がるケインの腕を、アイラが引っ張り、立たせた。
喧嘩の仲裁をする気力はないので、さっさとロマンの絶品フライを、目の前に突き出してやった。
途端に全員フライに手を伸ばしたので、その辺にあった予備のグラスに、ビールを注いで手渡した。
「カーン様。兵の扱いに慣れましたね。イリス様の時と、距離感が違う気がします」
そう言ったのはアイラだが、他の二人も同意している。
確かにイリスなら、もう少し、心情的にも物理的にも遠慮がある。淑女としての立ち位置を守るとそうなるのだ。今の距離感は、同性の気やすさ故かもしれない。
「そうかもね。カーンはイリスより自由だよ。イリスは男の仕事を背負いながら、女としての束縛を受ける。カーンでいる方が気楽だ」
「やっぱり早く事を進めなくてはいけませんね。イリス様に戻るのが嫌になる前に、終わらせましょう」
勢い込んで言い出すアイラのグラスに、ビールを注いで、呼び鈴を鳴らした。
侍女にビールのピッチャーを二つ頼む。
もちろん、何も言わなくとも、その間2人は姿を消している。
ロブラールからの旅の間に、ブルーシャドウのメンバーに対する、こういった間の感覚ができ上った。お互いに分かっているので、合図をする必要も無い。旅でこれなのだから、共に戦場にでたら、どれだけ緊密になるのだろう。
たぶん、その間が全く通じ合わない相手と組んだら、死の確率が上がる。
そんな事を呟いたら、珍しくケインが真顔で、経験談を話してくれた。
決断力の無い指揮官の下で戦った時、前進も後退も決められないまま、敵に囲まれて全滅したそうだ。ケインは友人二人と戦いながら突破したが、二人は死に、ケインだけが生き残ったと言う。
「頭の回転と、知識と経験、胆力。せめて一つでも指揮官にあれば、全滅しないで済んだ。俺はもうあんなことは絶対に嫌だ」
アイラも以前似たことを言っていた。リーダーの責任は大きい。
「そうなると、次男で庶子で男色家のカーンは、すごく気楽だね。家門への責任も、子供への責任もない」
アイラが焦って話題を変えた。
「そろそろミラの様子を見に行きましょう」
それを無視して、ケインがケラケラ笑った。
「イリス様には家門に加えて、国の責任まで被ってきますからね。世継ぎ誕生への期待もでっかいし、こりゃあ、きつい」
アイラが本気でケインをひっぱたこうとした。相手はケインだから、スッとかわしているが、これはカーンが止めるべきだろう。
「ケイン、皆ゆとりがないんだから、爪を立てるなよ。おふざけは終了だ。ミラを診てくれ」
カイルにグラスをひったくられて、ようやくケインが腰を上げた。
部屋の場所を教えて、アイラと二人で廊下に出た。少しゆっくり目に廊下を歩いたので、ケイン達の方が先に着いていた。
ルーザーと、だいぶ具合が良くなった護衛の騎士たちは、大騒ぎをしている。
ロマンのポテトフライ、オニオンフライ、そしてチキンフライの話をしている。ここでもケインは憂さ晴らしに、彼らをいじっているらしい。
「アイラ、後ろから一発殴ってもいいよ」
すごい速さで、音を立てずにアイラが突進し、ケインの後ろ頭を一発叩いた。
「浮ついているから、ガードががら空きだよ」
怒って振り向いたケインに、アイラがざまあみろと言った顔で言い放つ。
ルーザーに目で合図すると、手をパンパンと叩いて注意を集め、ケインの背を押してミラの部屋に押していく。ケインは何か文句を言っていたが、ルーザーの力には敵わないので、仕方なしに諦めたようだ。
付き添いの女性は、適当な理由を付けて追い出してあるようだ。
まずは、カーンが先に部屋に入り、様子を確かめた。部屋もミラも綺麗でこざっぱりしていて、しっかり面倒をみてもらっている様子だった。
後でお礼を言わなければいけない。
部屋に入ると、ケインの様子がガラリと変わった。権威のある医者のように見える。
まずは、ミラの脈や肌の色、目の動き、呼吸などを調べ、次に手や足をつねって反応をみている。
「刺激に対して無反応です。この状態では水も飲めない。一週間が限界だと思います」
「後六日ってことか」
「自然に起きるかもしれません。だが楽観視できる状態ではないので、薬を用意して、出来ることをやってみましょう。ロマンとも相談してきます」
カーンは、ミラの髪を撫でて整えた。
されるがままで、人形のようだ。
「ロマンの所に教会の瞑想用丸薬を渡してある。教会の香とヘビの毒入りウイスキーもある。よろしく頼むよ」
ケインが黙って出ていった。
代わってアイラが入ってきて横に並ぶ。
「こんなに静かなミラは初めてです。いつもは寝ていてもうるさいのに」
「なんだか幸せそうな顔をしているね。何も知らない幼子のようだ」
毒で体調がおかしい間は、薬も飲んでいた。こうなったのは、体調がある程度回復してからだ。この状態になった理由がわからないことが、一番怖いのだ。
しばらく寝顔を見つめていたら、アイラが肩に手を置いた。
「昨夜は寝ていないでしょう。もうお休みください」
この夜は、夢も見ずにぐっすりと眠った。相変わらず部屋の前には衛兵が立っているが、今はアダムの手の内の者に、限定されているそうだ。
だから安心ともいえないが、この状況では誰かを信じてみるしかない。でなければ自滅する。
朝遅い時間にスッキリと目が覚めた。アイラが着替えを手伝い、ピシッと身なりを整えてくれた。
「陛下からお迎えが来ています。就寝中だと告げたら、2時間後にまた来ると言っていましたので、少し時間があります。朝食をどうぞ」
「何か進展があったのかな」
「さあ、城内がざわついている雰囲気はないのですが、どうでしょう」
軽い朝食を頼み、二杯目のコーヒーを飲んでいる所に使者がやって来た。
使者に案内された部屋は、こじんまりしたもので、陛下とアダムと、何故か第二妃がいた。
席に着くと紅茶を勧められたので、ありがたくいただいた。
香りを吸い込んでいると、王がゆっくりと話し始めた。
「ジェイド子爵家の兄弟が自供した。カーン殿がジェーン王女に執拗に言い寄るので、嫌がらせをするつもりだったらしい。蛇の毒は痺れる程度に入れるつもりが、量を間違えたそうだ。まことに申し訳ない」
「ジェーン王女とは、ご紹介時に一言交わしただけで、宴席でも離れていました。何故そう思われたのか、理解に苦しみます」
第二妃が場違いに、にこやかにしゃべりだした。
「カーン様は魅力的なので、そういった誤解を受けることも、多いのではありませんか。娘は見つめられて、困惑したようですわ」
カーンがジェーン王女にちょっかいを掛けて、気分を害した王女の仕返しを彼らがしたと言いたいのだろうか。
毒殺未遂という本題とは、かけ離れた些末事だが、一応誤解は解いておくことにした。
「宴席で一度目が合いましたが、それだけです。目が合ったときに、微笑んだのが気に触ったのなら、お詫び申し上げます」
王とアダムが、ぎょっとしたような顔付きで、第二妃の方を向いた。
「まあ、娘は執拗に見詰められて、居場所がなかったと言っておりますわ」




