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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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ケインの見立て


 アイラと向かい合って飲んでいると、やっと普段の生活に戻ったような気分になれた。飲みながら、教会の様子や店の様子、ロマンの毒の知識について話すと、アイラも明日、ケインを誘って行ってみると言う。


 その時コンと何かが当たって、窓が小さく揺れた。


 アイラが窓に近寄り、さっと開けると、外に立っていた何者かを拘束して、室内に放り込んだ。

 ケインだった。その後ろからカイルが風のように滑り込み、窓を閉めた。


「お前、絶対に俺だと分かっててやっただろ。ひでえ女だな」


「あら、気付かなかったわ。ごめんなさいね」


 姿はそのままなのに、アイラが女に見える。こんなに自在に切り替えられると、自分で自分が何者か、見失なわないかとカーンは心配になった。

 知れば知るほどアイラは謎めいた人間だ。


 わざとらしく痛がるケインの腕を、アイラが引っ張り、立たせた。

 喧嘩の仲裁をする気力はないので、さっさとロマンの絶品フライを、目の前に突き出してやった。

 途端に全員フライに手を伸ばしたので、その辺にあった予備のグラスに、ビールを注いで手渡した。


「カーン様。兵の扱いに慣れましたね。イリス様の時と、距離感が違う気がします」


 そう言ったのはアイラだが、他の二人も同意している。

 確かにイリスなら、もう少し、心情的にも物理的にも遠慮がある。淑女としての立ち位置を守るとそうなるのだ。今の距離感は、同性の気やすさ故かもしれない。


「そうかもね。カーンはイリスより自由だよ。イリスは男の仕事を背負いながら、女としての束縛を受ける。カーンでいる方が気楽だ」


「やっぱり早く事を進めなくてはいけませんね。イリス様に戻るのが嫌になる前に、終わらせましょう」


 勢い込んで言い出すアイラのグラスに、ビールを注いで、呼び鈴を鳴らした。

 侍女にビールのピッチャーを二つ頼む。

 もちろん、何も言わなくとも、その間2人は姿を消している。


 ロブラールからの旅の間に、ブルーシャドウのメンバーに対する、こういった間の感覚ができ上った。お互いに分かっているので、合図をする必要も無い。旅でこれなのだから、共に戦場にでたら、どれだけ緊密になるのだろう。

 たぶん、その間が全く通じ合わない相手と組んだら、死の確率が上がる。


 そんな事を呟いたら、珍しくケインが真顔で、経験談を話してくれた。


 決断力の無い指揮官の下で戦った時、前進も後退も決められないまま、敵に囲まれて全滅したそうだ。ケインは友人二人と戦いながら突破したが、二人は死に、ケインだけが生き残ったと言う。


「頭の回転と、知識と経験、胆力。せめて一つでも指揮官にあれば、全滅しないで済んだ。俺はもうあんなことは絶対に嫌だ」


 アイラも以前似たことを言っていた。リーダーの責任は大きい。


「そうなると、次男で庶子で男色家のカーンは、すごく気楽だね。家門への責任も、子供への責任もない」


 アイラが焦って話題を変えた。


「そろそろミラの様子を見に行きましょう」


 それを無視して、ケインがケラケラ笑った。


「イリス様には家門に加えて、国の責任まで被ってきますからね。世継ぎ誕生への期待もでっかいし、こりゃあ、きつい」


 アイラが本気でケインをひっぱたこうとした。相手はケインだから、スッとかわしているが、これはカーンが止めるべきだろう。


「ケイン、皆ゆとりがないんだから、爪を立てるなよ。おふざけは終了だ。ミラを診てくれ」


 カイルにグラスをひったくられて、ようやくケインが腰を上げた。


 部屋の場所を教えて、アイラと二人で廊下に出た。少しゆっくり目に廊下を歩いたので、ケイン達の方が先に着いていた。

 ルーザーと、だいぶ具合が良くなった護衛の騎士たちは、大騒ぎをしている。

 ロマンのポテトフライ、オニオンフライ、そしてチキンフライの話をしている。ここでもケインは憂さ晴らしに、彼らをいじっているらしい。


「アイラ、後ろから一発殴ってもいいよ」


 すごい速さで、音を立てずにアイラが突進し、ケインの後ろ頭を一発叩いた。


「浮ついているから、ガードががら空きだよ」


 怒って振り向いたケインに、アイラがざまあみろと言った顔で言い放つ。


 ルーザーに目で合図すると、手をパンパンと叩いて注意を集め、ケインの背を押してミラの部屋に押していく。ケインは何か文句を言っていたが、ルーザーの力には敵わないので、仕方なしに諦めたようだ。


 付き添いの女性は、適当な理由を付けて追い出してあるようだ。

 まずは、カーンが先に部屋に入り、様子を確かめた。部屋もミラも綺麗でこざっぱりしていて、しっかり面倒をみてもらっている様子だった。

 後でお礼を言わなければいけない。


 部屋に入ると、ケインの様子がガラリと変わった。権威のある医者のように見える。

 まずは、ミラの脈や肌の色、目の動き、呼吸などを調べ、次に手や足をつねって反応をみている。


「刺激に対して無反応です。この状態では水も飲めない。一週間が限界だと思います」


「後六日ってことか」


「自然に起きるかもしれません。だが楽観視できる状態ではないので、薬を用意して、出来ることをやってみましょう。ロマンとも相談してきます」


 カーンは、ミラの髪を撫でて整えた。

 されるがままで、人形のようだ。


「ロマンの所に教会の瞑想用丸薬を渡してある。教会の香とヘビの毒入りウイスキーもある。よろしく頼むよ」


 ケインが黙って出ていった。

 代わってアイラが入ってきて横に並ぶ。


「こんなに静かなミラは初めてです。いつもは寝ていてもうるさいのに」


「なんだか幸せそうな顔をしているね。何も知らない幼子のようだ」


 毒で体調がおかしい間は、薬も飲んでいた。こうなったのは、体調がある程度回復してからだ。この状態になった理由がわからないことが、一番怖いのだ。

 しばらく寝顔を見つめていたら、アイラが肩に手を置いた。


「昨夜は寝ていないでしょう。もうお休みください」


 この夜は、夢も見ずにぐっすりと眠った。相変わらず部屋の前には衛兵が立っているが、今はアダムの手の内の者に、限定されているそうだ。

 だから安心ともいえないが、この状況では誰かを信じてみるしかない。でなければ自滅する。


 朝遅い時間にスッキリと目が覚めた。アイラが着替えを手伝い、ピシッと身なりを整えてくれた。


「陛下からお迎えが来ています。就寝中だと告げたら、2時間後にまた来ると言っていましたので、少し時間があります。朝食をどうぞ」


「何か進展があったのかな」


「さあ、城内がざわついている雰囲気はないのですが、どうでしょう」


 軽い朝食を頼み、二杯目のコーヒーを飲んでいる所に使者がやって来た。

 使者に案内された部屋は、こじんまりしたもので、陛下とアダムと、何故か第二妃がいた。


 席に着くと紅茶を勧められたので、ありがたくいただいた。

 香りを吸い込んでいると、王がゆっくりと話し始めた。


「ジェイド子爵家の兄弟が自供した。カーン殿がジェーン王女に執拗に言い寄るので、嫌がらせをするつもりだったらしい。蛇の毒は痺れる程度に入れるつもりが、量を間違えたそうだ。まことに申し訳ない」


「ジェーン王女とは、ご紹介時に一言交わしただけで、宴席でも離れていました。何故そう思われたのか、理解に苦しみます」


 第二妃が場違いに、にこやかにしゃべりだした。


「カーン様は魅力的なので、そういった誤解を受けることも、多いのではありませんか。娘は見つめられて、困惑したようですわ」


 カーンがジェーン王女にちょっかいを掛けて、気分を害した王女の仕返しを彼らがしたと言いたいのだろうか。

 毒殺未遂という本題とは、かけ離れた些末事だが、一応誤解は解いておくことにした。


「宴席で一度目が合いましたが、それだけです。目が合ったときに、微笑んだのが気に触ったのなら、お詫び申し上げます」


 王とアダムが、ぎょっとしたような顔付きで、第二妃の方を向いた。


「まあ、娘は執拗に見詰められて、居場所がなかったと言っておりますわ」



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