容疑者が絞れない
突然の質問にアダムは面食らった様子だったが、すぐに真顔になった。
「イリス嬢は、レンティス王家と繫がりが強い、ブルーネル家の息女ですからね。イリス嬢との婚姻をきっかけに、同盟を結びたいと思っています」
「それに反対する勢力はないのでしょうか。レンティスとは、今まであまり良い関係ではなかったから、王妃をレンティスから迎える事に、反発があると思うのですが」
この話題はアダムにとっても望んでいたもののようだった。話し方に淀みがない。
「それは、もちろんあります。王太子妃の座を狙う者達も、レンティスとの関係改善を望まない者達も反対している。だが、レンティスと友好な関係を築けば、周辺国への備えに、国力を向けなくても済む。ロブラールやカルムとは一応の友好関係が結ばれているので、後はレンティスとも良い関係を結びたいのです」
友好関係、それは驚きだった。
今までのレンティスへの干渉は、どう考えても乗っ取りを企んでいるとしか思えない。それならばアダムは、一連の諜報活動に関係していないのだろうか。
「私達としたら、命を狙われるような嫁ぎ先に、イリスを送り出したくはないのです」
「もちろん、それほど強硬な反対はないと思います」
「だが、今回もし前向きな返事を持って来ていたら、どうだったでしょう」
「それは……」
この先は踏み込み方が難しい。どこまで話していいか、何を聞けばいいか、考えながらになる。
「イリスは何度か危険な目に合っているので、これ以上、大変な思いはさせたくないのです」
「それはレンティスの王位継承争いに巻き込まれた件でしょうか。その事件がきっかけで婚約解消されたことは、聞いております」
カーンはもう一歩踏み込んでみようと思った。
「ええ、どこかの大国が、側妃の息子だったマイルズ王子を、王位に付けようと画策したのです。その騒動の中で、マイルズ殿下に怪我を負わせ、責任を取ったのです」
アダム殿下は、そうなのですか、と言った後、ぱっとカーンを見つめた。
「大国とは、どの国か判明したのですか」
「いいえ。判明していないことは、ご存じなのではないですか」
カーンがじっと見つめると、アダムは目まぐるしく何かを考えている様子だった。
「他国の王族の動向は耳に入ってきます。だから、事件の概要は聞いております。事件について、高位貴族を集めて報告をしたことも聞きました。通常、そういう事件は伏せるものですが、公にしたことに驚いたのを覚えています」
あの時の様子を思い出しながら、カーンは話した。たった二年前のことだが、ずいぶん昔の事に思える。思い出すのが痛かった時期は過ぎ去っていた。
「伏せるには大きすぎる事件でした。王子が殺され、侯爵家と、親族の二つの家が、屋敷内の者諸共、全滅したのです。伏せようが有りませんよ。王家は貴族たちに、安易に他国の甘言に載らないよう、釘を刺さなければいけなかったし。おかげで今は、安定しているようです」
じっと見つめながら言うカーンに、アダムはたじろいでいる。バイエルと、この事件を関連付けて考えたことは、無さそうに見える。
もう一歩踏み込んでみることにした。
「アダム殿下は、この事件に、どの国が関わったと推測されましたか」
「その事件が起こった当時、私は別の国との紛争を抑えるために、遠征しておりました。なので、あまり詳しくは知らないのです」
それなら、アダムは除外してもいいのだろうか。それにしてはイリスのイメージがマーガレットに似通っているのが気にかかる。
イリスの誘拐事件について探るには、何を聞いたらいいか、カーンは考えた。あれは宗教団体が行ったことで、バイエル国も、バイエル軍も関係していないことになっている。
イリス側は、未婚の令嬢が誘拐監禁されていたことなど、公に出来ないため、一切口外していない。
「ロブラールでのイリスは、目立つのを恐れて、変装していたこともあるようでした。もう彼女にそんな負担はかけたくありません」
「ご苦労されたのでしょうね。体調を崩されるのも仕方ないでしょう」
「髪の毛を短くしていたのも、変装する時の為かもしれません。苦労させてしまったと思います」
「ああ、そのせいで短くしていたのですね。淑女にしては短いと不思議に思いました」
髪が短かったことは知っているが、切られたことは知らないようだ。誘拐されていた間に彼女を見た者からの、また聞きだろう。
誰から聞いたのかを聞きだしたい。
「イリスはその頃の事を話してくれないのです。ご存じの方がいれば伺いたいものですが、ご紹介いただけないでしょうか」
「私が聞いたのは母の懇意の者からです。少し聞きかじっただけなので、本当の事かどうかもあやふやなのです」
「そうですか。残念です。やはり、イリスに根気強く何回も聞くしかないか」
そう言って話を終わらせた。
アダムの母の名が出て来たのは意外だったが、王とのやり取りを見ると、ただ大人しいだけの女性には見えない。結局、疑う対象者がまた増えたのだった。
部屋に戻ると、アイラが戻ってきていた。疲れた様子で、グッタリとしている。
「ご苦労さま。教団の様子はどうだった」
もたれていたソファから顔を上げたアイラは、か弱げに見えた。
「盛り上がりまくっていました。普通の人間には付いていけないパワーで、生気を吸い取られました。カーン様、ケインは化け物だ」
物事に動じないアイラが、ここまで言うのだから、よほどだったのだろう。
「彼は、ただ微笑んで座っているだけなのに。周囲の人間の気持ちが高揚していって、それが伝わり、あっという間に部屋全体が興奮の渦に包まれる。それを2回も観ましたよ」
それは、疲れそうだとカーンは思った。
「カイルはどうしているの?」
「教祖様の後ろで存在感を消して控えています。全く目立たず空気のようです」
さすがだ。無駄な力は使わないということだろう。宗教団体の事は、ケインに任せておける。
アイラが紙を差し出してきた。
「ケインからです。ミラを救う予言の書だそうですよ。ヘビの毒に効く薬と、飲み合わせに関しての考えを書いてくれました。本格的に調べる前に、とりあえずの対策と言っていました」
紙には走り書きで、薬の処方が書かれていた。それは王宮の医師が飲ませた薬と同じだ。
その下に書いてあるのが、予言だろうか。仰々しい書体で一行のみ書かれている。
『意識を解放させる薬の成分によるが、深層意識に潜ってしまい、戻れなくなることがある』
それでは助けられないのか、と愕然としたら、アイラが裏を見てくださいと声を掛けてくれた。
裏面には走り書きで、もっと強い薬で精神の解放度を上げて、誘導してみましょう。薬の手配をします、と書いてあった。
「無駄に疲れたよ。ケインのおふざけに、付き合う余裕は無いっていうのに」
「教祖様をやっていない時は、いつものケインですから。しかも反動なのか、いつもより質が悪い。一度くらい敵に回って、叩きのめしてやりたいです」
ブルーシャドウの内紛は見たくないので、アイラを労い、ロマンが持たせてくれた鶏の唐揚げと、ポテトフライを勧めた。
さすがロマン。冷めても美味しい。
アイラの眉間のシワが消え、雰囲気が柔らかくなった。
呼び鈴を鳴らして使用人を呼び、ビールを、ピッチャーで持ってきてもらった。もちろん毒見役付きで。




