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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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教会見学

「二人はジェイド子爵家の兄弟です」


 アダムの言葉に王と王妃が反応した。何か思い当たることがあるようだ。

 カーンは黙ったまま、続きを待った。


 三人とも黙ったままで、アダムと王妃は目を見交わし、王は下を向いている。王の関係者なのだろうか。いつまで待っても誰も口を開かない。


「では、その二人をお調べください。アダム殿下、結果は私にも連絡いただけますか」


 カーンがそう言うと、王が目に見えて慌てた。


「そうですわね。それが宜しいと思いますわ。アダム、この後すぐに二人を事情聴取しなさい」


 呼び鈴を鳴らしてから、そう言ったのは王妃だった。侍従がやってくると、即刻二人を呼び出し拘束しろと命令し、侍従は素早く部屋を出ていった。


「慌ただしくて申し訳ありません、カーン様。アダムだけ、中座させていただきます」


 対応が素早すぎる王妃に、感じるものがあったため、カーンも同調しておいた。


「お気になさらず。王と王妃殿下がお相手をしてくださるのです。私に不服などあろうはずもありません」


 カーンが微笑んで王に向かって言うのと、アダムが中座を詫びて出て行くのは、同時だった。

 メインの皿が下げられ、デザートを食べ終わるまで、主に王妃とカーンが話をしていた。


「カーン様はあの酒に、口を付けなかったとお聞きしました。始めから疑っておられたのですか?」


「いいえ、全く。良い酒なので、供の者達に振る舞おうとしたのです。彼らが先に飲んだおかげで、難を逃れました」


「良い上官ですわ。心がけの良さが身を助けたのですね」


 一見和やかに見える昼食の席は、妙な緊迫感に覆われていた。王妃からは触れそうな、ピリピリしたものが感じられたし、王はひたすらむっつりと押し黙っている。


 昼食会のお礼を述べて退出すると、カーンはホッとした。息苦しかったのだ。


 王と王妃の間の緊迫感は、尋常ではなかった。剣を手に攻撃する王妃と、籠城する王という構図だった。ジェイド子爵家の兄弟とは、王に不利な人物なのだろう。


 それでも王が直接関わっているようには見えない。さて一体何が出てくるやらと思うと、少し気分が晴れた。




 教会は王宮のすぐ近くにあった。立派で荘厳な建物で、出入りする人々で混み合っていた。


 カーンは、人の流れに従って、教会の中に入り、周囲を見回した。非常に金のかかった見事な作りで、何処もかしこも美しい。

 バイエル国教は、大きな権力を持っているようだ。


 中央に大きな女神像が立っていた。ほっそりした女神は手に弓矢を持ち、前を向いている。女神で武器を持っているのが珍しかったので、近くで案内をしている神官に尋ねてみた。


「こちらはバイエルの主神です。狩りの女神、イリス様です。バイエルの祖先は狩猟民族でしたから」


 大きな女神像は美しく、また名前が同じイリスなのに親近感を覚えた。



 一周見て回り、人が集まっている場所に行ってみると、そこでは瞑想の受付を行っていた。神と繋がり、神に語りかけ、心の汚れを洗い落としましょう。そう書いてある。

 胡散臭く思うのはカーンのような他国民だけなのか、並んでいる人々は、嬉しそうにしている。


 カーンが薬だけ欲しいと言ったら、断られたので、瞑想もやると言って購入することにした。


 薬はビール1杯程度の金額で、高いものではない。ピンク色の小さな丸薬で、それを口に含んでゆっくり舐めながら、目を瞑って行うそうだ。


 飲むふりをして持ち帰ることにし、瞑想室に入ると、人がたくさんベンチに座っていた。目を瞑り、口を忙しく動かしている。神と語らっているのだろう。


 薬をポケットにしまい、目を瞑ってみた。天井が高く薄暗いので、下手をしたら寝てしまいそうだ。なるべく周囲の様子に注意し、一緒に入った人と同じようなタイミングで部屋から出た。


 香の甘い香りが鼻から抜けない。大きく息を吸って、新鮮な空気を吸い込み、頭をスッキリさせた。出口付近まで行くと香を売っていたので、それも買って帰ることにした。


 それらを持って、街をぶらつき、数軒の店を冷やかしてから、潜入アジトの居酒屋『B・P』の前に立った。案の定すごい人だかりができている。道までいい匂いが広がっていて、これは素通りできそうにない。


 様子を見がてら並んでみた。店内は満席で、カウンター周辺には想定した倍の客が立ち飲みしている。


 フライの皿を片手にした客に、うまそうなビールがひっきりなしに手渡されていく。これは思いのほか、体力のいる仕事のようだ。ブルーネルの見知った顔が幾つか見えるが、忙しそうにくるくると立ち働いている。


 オニオンフライとビールを頼み、カウンターに凭れた。すぐに注文したものが手渡され、紙ナプキンと一緒にメモが手渡された。

 そこには、店の二階へ上がる経路が書かれていた。


 絶品のフライをつまみにビールを飲み干し、メモの通りに、店の横の路地に入った。小さなドアをノックすると、ベースがドアを開けてくれた。


「カーン様、お体は大丈夫ですか。レンティスからの使者一行が毒を盛られたと、街に噂が出回っています。何があったのですか」


 もう噂が広まっているのかと、カーンは驚いた。広がるのが早すぎるような気がする。この事件はおかしな事だらけだ。


 2階に上がってしばらくすると、全員が2階に集まってきた。


「店はいいのか。あんなに客がいたのに、全員引き上げるなんて」


「材料が無くなったと貼り紙しました。あながち嘘でもないのです。売れ行きが飛躍的に伸びていて、今日も後一時間で売り切れでした」


 ロマンがそう言いながら、カーンの全身を見回している。


「カーン様に異常は見受けられませんね。随行員が毒を盛られたのですか。変な話だが」


 うわさで聞いても変なことだらけだな、と思いつつ現状を伝えた。毒薬と教会の薬と香を見せると、すぐさまロマンが見せてくれと言い、匂いを嗅いだ。


「教会の香はハーブです。リラックス効果と、使いようによっては催眠効果もある。薬は砕いてもいいですか?」


 どうぞ、と言うと、パンをこねる棒をぐっと押し当てて潰した。薬はきれいに粉末状になり、ロマンは小指に少し付けて舐めた。


「これも薬草です。精神を解放するもので、ある意味麻薬です。量が少ないし、強烈な常習性はないですけど」


 麻薬か。信者たちが嬉しそうな理由と、薬の販売をしない理由が、これで分かった。だいぶ危ない国教だが、王家も加担しているのだろうか。


 続いてロマンがヘビの毒にも手を伸ばしたので、慌てて止めた。教会の麻薬を少しだがなめている。彼まで昏睡したら大変だ。


「大丈夫です。料理の研究で毒も勉強していますし、飲んでみることもありますから。ヘビの毒で、神経に作用する毒でしょう。何種類か飲んだこともありますよ」


 まるでルーザーのような事を言っている。確かに料理と薬草は関連を想像できるが、そう思っていたらロマンが説明してくれた。


「キノコや薬草や魚、ヘビには毒を持っているものも多い。毒と料理は関係が深いのです」


 目から鱗だった。そういえばそうだ。それなら料理の天才は、毒の扱いの天才でもあるかもしれない。


 ロマンがヘビの毒を舐めてからしばらくして、目を開いた。


「少しふわふわした気分になります。楽しいし、悪くない。だが量を間違えたら危険だし、味は二の次になりそうだ。まことにけしからん話です」


 味を追求するロマンにとったら邪道なのだろう。もしロマンがこの薬を使って料理を作ったら、それの中毒者が大量発生しそうだ。否定的にとらえてくれてありがたい。

 そう思いながらも、一度くらいは食べてみたい気がする。好奇心とは厄介なものだ。



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