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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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調査

 二人が去ったドアを見ながら、カーンは複雑な気分になっていた。あまりにも、拙い。アダムも側近も、何で、あんなに頼りないのだろう。

 アイラがカーンの考えを見透かしたようにふっと笑った。


「カーン様は、特別に厳しい環境の中で育って来られました。だから彼らを頼りなく感じるでしょうけど、あれが普通です。エドワード殿下など、だいぶ上等な方です」


 こんな時でも、アイラはエドの売り込みを忘れない。よっぽどエドワードを気に入っているのだろうか。

 そう思ったのも筒抜けだったようだ。


「カーン様が、統治や軍事面に関して、出来上がりすぎているのです。エドワード様は、それに追いつこうと必死に励んでいるわけで、国にとってはまことにありがたい事です」


 そういうものだろうか。周囲を取り巻く者と言えば、お父様やブルーシャドウで、彼らとの差を縮めようと、ずっと走り続けてきた。確かに彼らは常人ではない。それを基準にしてきたので、その分野は上がったが、その他を取りこぼしてしまったのかもしれない。


 ふとカーンはミラの事を思い出した。こうしている場合ではないと、急いで続き部屋に入ると、ベッドの横で診察をする医師と、慌ただしく薬の調合をする助手の姿が、目に飛び込んできた。


「ミラは、どうですか」


 医者がこちらを向いた。


「あれだけの量を飲んだにしては、全身の症状は軽い方です。ただ、意識が戻らない。そして、その理由がわかりません」


 晩餐会前に警備の任を解いたので、それからカーンの部屋に来るまでの間の事だ。医務室にいる騎士達に、思い当たることが無いか聞いてくるよう、アイラを向かわせた。


 しばらくしてアイラが戻った。

 ミラは街に出て、教会に行ったと話していたそうだ。彼女は結構信心深いところがあり、他教の教会にも興味があると、常日頃言っていた。

 ここでも早速、教会に出かけていたらしい。


 それを聞いていた医師が、何か思い当たることがあるようで、助手に薬草の在庫を確認するよう言いつけた。


「国教のバイエル教会では、瞑想用の丸薬が販売されています。体に害はないとされています。これを飲むと、速やかに瞑想に入ることができるのです。神の意志を感じ取るのを、手助けしてくれる物です」


 何となくきな臭い薬だ。まさか、依存性があったりしないだろうなと、疑ってしまう。


「あなたもお使いになっているのでしょうか」


 医師は曖昧に首を振った。


「私はあまり信心深いほうではないので、数回しか使ったことがありません」


 これは、後で調べたほうがいいかもしれない。


「ヘビの毒と飲み合わせると、どうなるのでしょうか」


「わかりません。それは試したことがないと思います。私は聞いたことがありません」


 宮廷の医師が聞いたことが無いなら、多分誰も分からないのだろう。ここにケインがいてくれたら、どんなに心強かっただろう。

 いや、別働隊とは言え、ケインは近くに居る。彼の元にヘビの毒と、教会の怪しげな薬を届けて、調べてもらうことは出来る。


 医師に、毒の詳しい説明書を今すぐ欲しいと頼んだ。懇意にしている商人が薬に詳しいので、現在の症状について意見を聞きたいと説明した。


 毒入りの酒とグラスは片付けられているが、毒見を待っていたカーンのグラスだけ、そのままベッドサイドに置きざりになっている。それを小瓶に移し、医者の助手が持ってきた説明書とともにアイラに託した。


 王宮は話を広めたくないだろう。ややこしい事を言い始める前に、アイラを出て行かせた。


 それから医師相手に、医務室内の個室にミラを入れるよう交渉した。目を覚ますまで何日かかるか不明だし、一応この部屋は男二人の部屋なのだ。


 個室は空いているので、すぐに部屋の準備と、女性の付添人を手配すると言って、医師は部屋を出ていった。これでカーン自身も動ける。ミラを医務室に移動させたら、まずは教会に行くことに決めた。


 あまり待たずに看護人が数人やってきて、ミラを丁寧に運んでくれた。女性の付添人とは話をしたが、ベテランの落ち着いた中年女性で頼もしい人物だ。これなら、任せて大丈夫だと思う。思うしかない。


 一方ブルーネルの騎士たちは、だいぶ衝撃を受けたようだった。普段が元気とパワーの塊のような女性なのだ。それが目を瞑って昏睡している姿は痛々しい。

 静かに眠り続けるミラは、綺麗な若い女性にしか見えない。やんちゃ坊主のようなミラの、いつもとのギャップに、騎士たちは余計胸を突かれているようだ。


 カーンは、バイエル教会の薬の件を話し、手を出さないよう言い渡した。

 ミラの今の状態は、その薬の影響かもしれない。どうなるか、王宮の医師でもわからない。そう聞いてざわつき始めた皆に、今、アイラがケインに助けを求めに行っている、と話して安心させた。


「カーン様。バイエル王家からは、どう言ってきているのでしょうか」


 ルーザーに聞かれ、カーンはしかめ面になってしまった。


「男性用サロンの使用人の男が、同じ毒で死んだそうだ。素人の思いつきの可能性があると教えてあげたから、その線も含めて捜査中だろう」


「私も、こんな事を仕掛けそうな国は、バイエルくらいしか思いつかなくて、考えあぐねていました。素人としても、かなり王室に近い高位貴族でしょうね」

 

 ルーザーもずっと考えていたのだろう。多分、バイエル側も、犯人以外は頭をひねっているのだと思う。アダムの戸惑ったような様子を見ても、それは解った。


「そうだが、それにしてはお粗末すぎて、子供のいたずらのようだな。もしそうなら、すぐに見つかるだろう。家門断絶かな」


 カーンが薄く笑いながら言うと、ルーザーが眉を寄せた。


「公爵様のようですね。確かにイクリス様ともイリス様とも違う」


 そういえば、それをアイラに聞こうと思っていたのだった。この騒ぎですっかり飛んでいた。


「どれが一番いいと思う?」


「私は……イリス様と言おうと思ったのですが、カーン様も捨てがたい頼もしさがある。公爵家を継ぐならイクリス様かなあ。カーン様はやんちゃしそうです」


 ルーザーがそう言うと、ハンスが反論した。


「なんたってイリス様に王妃になっていただくのが一番です。そしてイクリス様が次期公爵で、カーン様が何処かの国の王配、最高ですね」


 変な会話だと思ったが、他人から見た三人のイメージは掴めた。

 カーンはお父様の危険な部分が、イクリスの時は、お父様の冷静さが目立つようだ。

 その部屋でしばらく過ごしていると、侍従が昼食への招待を伝えに来た。未だ調査中だが、経過を話したいと言う。招待を受けることにして着替えに部屋に戻った。



 侍従に案内された部屋には、王と王妃、アダムの三人が待っていた。三人とも表情が硬い。


「この度は我々の不手際で申し訳ないことになった。お詫び申し上げる」


 王が詫び、王妃も一緒に詫びの言葉を述べ、カーンはそれを受け入れた。

 雰囲気が少しだけほぐれ、全員が席に着いた。


 料理が運ばれ、食事が始まると、アダムが調査状況を説明し始めた。


 死んだ男は、七年前からここで働いていて、子爵家の三男だと言う。他国との繋がりは定期的に調査を入れるので、無いはずだという。

 人物自体にも特に問題が見当たらない。貴族内のどの派閥にも加わっていない家門で、特別なところは見受けられないという。


「では、死んだ男の同僚で、派閥に関わる者を調べてください。スケープゴートかもしれないです」


 カーンの言葉に、アダムは調書を見ながら、昨夜の担当者をあげていった。


「死んだ男以外に四人が勤務していました。その内の二人は、私と懇意の者で、あの夜はずっと傍にいたのを覚えています。後の二人は」


 そう言ってから、アダムの動きが止まった。


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