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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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17/54

夜が明けて


 カーンはアイラに駆け寄った。


「起きるのは早いだろう。もう少し寝ていなさい」


「いいえ、十分休ませていただきました。カーン様こそ寝ずの番でしょう。少しお休みください」


 いつも通りのアイラで、ようやく肩の荷が少しは降りた気がする。それでも、もちろん休む気はない。

 カーンはすぐに腰にベルトを回して剣とナイフを差し、右手に革製の滑り止めを嵌めた。

 部屋の外に立っている兵を一人選び、アイラにこの部屋を任せると、その姿で医務室に向かう。兵士はカーンの腰の剣と実用的な滑り止めをチラチラ見ていたが、何も言わなかった。もうこの場所は、丸腰でうろつける場所ではない。


 医務室の前には、四名の兵が立っていた。全員がドアの前からどいたので、ドアを叩いてルーザーを呼んだ。


 ガチャッとドアが開き、ルーザーが顔を覗かせた。タフな男なので、徹夜の疲れなど微塵も感じさせない。頼りになる。感謝を込めて肩に手を置き、労った。


「皆の具合はどうだ。昨夜、薬が届けられたと思うが、ちゃんと飲めたか?」


「全員一旦起こして飲ませました。一番症状が重いのがロイですが、それでも顔色は戻っています」


 ホッとした。


「入っていいだろうか」


「少しお待ちいただけますか。見苦しいなりをしている者もいますので。見られる程度に整えます」


「分かった、待つよ。それから、ルーザー、ありがとう」


 ドアが閉まり、中でバタバタと音がした。何人かの声が聞こえる。それが静かになった頃、ハンスがドアを開けてくれた。


「もう起きて大丈夫なのかい。ハンス、無理はよせよ。ふらついているじゃないか」


 ハンスはドアノブに体重をかけて体を支えている。


「いやあ、この程度なら剣を握れますよ。カーン様が滑り止めを嵌める事態なのに、寝ていられますか」


「これは、念の為だよ」


「血で滑るのを想定した念の為、ですか。おっかないなあ。何人相手にする気です」


 周囲にいる兵士達がビクッとしたが、ほうって置いた。この国への好感度は元々ゼロだが、今はマイナスだ。寝不足で気分が良くないので、更に二段階くらい下がっている。


 部屋に入ってドアを閉めてから、ハンスの体を支えてあげた。だいぶ頑張って見栄を張ったようだ。顔色が蒼くなっているが、威勢だけは良い。元気に、バイエルへの文句を並べ立てている。


 医務室内の奥まった所にベッドが十台ほど並んでいて、ブルーネルの騎士たちはそこに寝かされていた。他の患者は別室に移されたのか、誰もいなかった。

 カーンが向かっていくと、三人が体を起こしたが、一人は体を起こすことができずに、ベッドの中でもがいていた。

 一番症状が重かったロイのようだ。カーンの部屋に来てくれた医者が、ロイの所に走り寄り、上から押さえて止めている。


「皆、調子はどうだ。完全に毒が抜けるまで、しっかり休んでおけよ」


 それに対して、もう大丈夫だと口々に言って、ベッドから出ようとする。そんなわけはないので、医者と一緒に、彼らをベッドに戻して回ることになった。


「全員、ベッドでおとなしく話を聞け」


 カーンが声を張った。とても病棟で出す声ではないが、らちが開かないため仕方がない。その命令で、やっと動きが止まった。


「昨夜から、毒薬を仕込んだ人間の捜査中だ。普通に考えて、これはあり得ない事件だ。現状、何も決められないでいる。結論が出るまで、少しでも体を整えることに専念してくれ」


 病人らしからぬ張り切った声で、ハイと返事が揃った。


 そこにルーザーが戻ってきた。いつのまにか自室に戻ってきたらしく武装している。

 腰に剣を二本、背中に弓と矢、両脚にナイフ。服装は華美な宮殿用ではなく、実用一点張りの軽装に、胸当て、手甲、脚甲のみ付けた防御軽めで攻撃に特化した装備になっている。

 この男がこういう格好をすると、非常に頼もしく見える。ただ、表情はいつもの気楽でゆったりしたもので、現在臨戦態勢というような殺気や緊迫感が微塵もない。

 そのせいもあるのだろうが、よくこの装備で止められなかったと感心した。


 途端に病人たちが文句を言い出して、自分も武装したいとごねだした。


「カーン様とルーザー隊長がそれで、俺等はパジャマでおネンネは、かなり堪えます。せめて身近に武器一式を置いてもらえませんか」


 なんとか立って歩けるハンスが、少し休んでから取りに行く言い、他のメンバーの分も持ってくると約束して、ようやく皆が納得した。


 皆の様子を見て、体調を取り戻すのに、そうかかりはしないと判断し、カーンは、ホッとした。後一日あれば、動くこともできそうだ。


 ルーザーにミラとアイラの体調を尋ねられたので、アイラはハンス程度まで回復していると答えた。

 ミラに関しては、まだもう少しかかりそうだ、と答えるしかなかった。薬を飲ませた時に、少し目を開けただけで、話すことすらできていない。


「一番症状が重いのはミラかな。体質の問題かな」


 そうカーンが言うと、近くのベッドに伏せっていたロイが違うと言う。


「ミラは確かグラス1杯分を一気に飲んで、すぐに継ぎ足していたはずです。一番たくさん飲んでいると思いますよ」


 初耳だ。確か医者が、グラス一杯飲んでいたら、えらいことになると言っていたような覚えがあった。

 カーンは、患者の間を回っている医者に駆け寄った。女性騎士がグラス1杯以上飲んでいるかもしれないと告げると、医者の顔色が変わった。


「それは危険だ。どのくらい飲んだのか、もう少しはっきりさせてください。私はすぐにそちらに向かいます」


 ロイに確認すると。二杯目は指二本分程度らしい。グラス半分飲んだルーザーより飲んでいたのだ。グラスに残った量が多かったので気付かなかった。


 廊下を早足で歩き部屋の前に着くと、丁度アダムが慌てた様子で出て来るのと、鉢合わせした。


 アダムがドアを押さえ、部屋に入るよう身ぶりで伝えた。

 彼を睨みながら部屋に入り、室内の様子を確認した。異常はないので、何か伝えたいことがあるのだろう。そう思って、振り返ると、アダムが目を伏せていた。先程やって来たセブも後ろに控えて小さくなっている。


「申し訳ありません。男性用サロンの使用人の一人が、同じ毒を飲んで死んでいるのが発見されました」


「背後関係は?」


「調査中です」


 カーンの危惧した通りになっている。後手に回り、トカゲのしっぽ切りをされた今、犯人の手がかりは残っていないだろう。カーンは、思いっきり大きなため息を付いた。


「カーン様。今回の犯行は、もしかしたら素人の思いつきかもしれません。バイエルとレンティスに諍いを起こそうとしている他国の線を考えましたが、そこまでしようとする国が思い当たりません」


 アイラが続き部屋から出てきて言う。

 すでにピシッとした服に着替え、一部の隙も無い。少々顔色が青いのと、微妙に力が入っているせいで、妙に艶めかしい。

 そのアイラの顔を見つめているうちに、カーンも同じ意見にたどり着いた。


 まずは、この国に抱いていた腹黒く陰湿で執拗という印象が間違っている可能性がある。非常に違和感があるのだ。

 そして今回の事件があらかじめ準備されていた可能性は低い。男性用サロンの使用人は、秘密の漏洩を防ぐため、厳選されるものだ。以前から潜り込んでいたとしても、その駒を簡単に切り捨てるだろうか。わざわざ犯人がすぐ分かるような事件を起こして?


 色々と考えにくい事だらけで考えがまとまらなかったが、素人か。それなら理屈の枠から、はみ出しているかもしれない。


「アダム殿下。亡くなった使用人の周辺を徹底的に調べてください。素人の仕業なら、痕跡が残っているはずです。もし何も出なければ、何者かがバイエルとレンティスに紛争を起こさせようと、計画したものでしょう」


 アダムが急いでドアから出ると、セブがぎこちなくおじぎをしたあと、その後に続いた。



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