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公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : 恋を知るまで  作者:
第一章 敵国バイエル王太子からの求婚

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毒薬を仕込んだのは誰か 2

 アダムは警備隊長に、使用人全員に聞き取りをして、酒をこの部屋に運んだ犯人を捜せと命じた。

 そして、真っ青になっている侍従に隊員数人を付けて、王に報告に向かわせた。


「とりあえず、事件の概要と、被害状況を報告しておいてくれ。今は取り込んでいるので、私は調査の結果をまとめてから報告に伺う。それまで王には部屋で静かに待っていて欲しいと伝えてくれ」


 周囲の使用人や、警備隊の行動を指示した後、腕組みをして睨み付けているカーンの方に向き直った。


「カーン殿。まことに申し訳ない。私共の油断だった。深くお詫び申し上げる」


 アダムはそう言って頭を下げた。

 アダムの表情はかなり厳しく、緊張しているのが見て取れた。それは演技には見えなかった。


「私を狙って毒殺を図ったとして、理由が思い当たりません。私は婚約の申し込みに対し、ご返答を届けに参っただけなのです。それが、どうして毒殺の対象にされるのでしょうか」


 アダムが返答に詰まっている。カーンはかまわず続けた。


「それに、この部屋に酒を届けてもらう話を知っているのは、男性用サロンに先ほどまでいた人間数人です。それがこうも素早く利用されるとは、手回しが良すぎる」


 あ、そうですね、とアダムは言い、慌てて傍に従っている騎士を呼び寄せた。

 今夜の招待客全員の動向と、サロンを出入りした使用人に聞き取り調査をするよう言いつけ、二名がすぐに部屋から出て行った。

 それを見送ってから、カーンはアダムの後ろ姿に向かって言った。


「私は王から宮殿に滞在を勧められて、この部屋を与えられた王の客です。その初日にこんな事件が起きるとは。これは、バイエル王家の面目を損なう出来事です」


 失礼な物言いだが、腹だたしい気持をそのままぶつけた。これはバイエル王家の評判を思いっきり下げる事件なのだ。バイエルを貶めたい人間の仕業としか思えないため、レンティス以外の国が仕掛けてきている可能性もある。


「申し訳ない。貴殿方の部屋の前に歩哨を置き、警戒に当たる。急ぎ犯人を捜すので、お待ちいただきたい」


 この事件の背後が全く掴めないので、身の振り方が決められないが、どう動くにしろ、まずは騎士達の回復を待たねばならない。

 幸い深刻な症状が出ている者はいない。そのためアダムに文句をぶつける気持ちのゆとりもあるのだ。

 そうでなければと考え、少し気分が悪くなった。


「よろしくお願いします。医務室にも歩哨を置いてください。今の状況では、私は誰も信じられません。まさかとは思いますが、部屋の前に居る歩哨が寝込みを襲うことが無いよう、人選をお願いします。医務室には、こちらから騎士を一名派遣します」


 カーンはルーザーを呼び、医務室に集められた五名の警護を任せた。

 アダムはその様子を気遣わしげに眉を寄せて見ていた。そして、もう一度、まことに申し訳ないと言って部屋から出て行った。


「ルーザー、本当に体は大丈夫なのか。やせ我慢していないか?」


「私は、毒に耐性があるのです。剣の師匠の趣味が薬作りで、実験だと言って色々飲まされてきていますので。とんでもない話ですが、それが今までも結構役に立っています。今回は量も少なかったので、少し舌先がしびれたくらいで済みました」


 にこにこしながら言う言葉は、驚くべきものだった。良く無事に成長したものだと、呆れてしまう。だがルーザーはやせ我慢でなく大丈夫なのだと、一安心した。


 アイラは、と見ると、ミラのベッドの上に突っ伏していた。今までは無理に平静を装っていたようだ。


「医者に診てもらうわけにはいかないから、無理をしたのだろう。私のベッドで休ませよう。私は起きていて警備に当たるから」


 そう言って、ルーザーにベッドまで運んでもらい、無理やりベッドに押し込んだ。しばらくして、医者が調合した薬を持って来てくれたので、それをアイラとミラに飲ませ、そのまま寝させた。


 部屋に一人座り、抜き身の剣を横に置いてぼんやりと今日の事を考えた。考えたが、何もわからなかったし、余計に混乱して来たので、考えるのをやめた。

 こういう時こそ、酒が欲しい。

 時間の経つのがとてもゆっくり感じられる。窓の外の暗闇が明るくなるまで、うんざりするほど待った。


 ようやく外が明るくなり、宮殿内に人の動く音が聞こえてきた。その内に、ドアがノックされ、昨夜の医者がまた来てくれた。


 医者はミラを診察し、だいぶ回復してきていると言ってくれた。カーンは寝不足と緊張で頭がぼんやりしていたが、まだ寝るわけにはいかなかったので、医者と一緒にやって来た侍従に、コーヒーとブランデーを一瓶持って来て欲しいと頼み、目の前で侍従に毒見をさせてから受け取った。


 ポットからコーヒーを注ぎ、ブランデーと交互に喉に放り込む。

 冷えていた体が温まると、少し頭がはっきりとし、目が冴えてきたので、服を着替えて身なりを整えた。こざっぱりしたら、気持ちも上向いたような気がする。

 今日は忙しくなるはずだ。


 王宮の1日は、ざわざわした落ち着かない雰囲気で始まったようだ。昨夜の毒殺未遂事件の噂が広まるにつれ、ざわつきは大きくなっていく。不安と不信が蔓延していく様子が、部屋に籠もっているカーンにも感じ取れた。


 部屋に朝食を運んできた侍女達は、寝不足気味のくぼんだ目をしたカーンを、恐る恐る見ては目を逸らす。

 カーンは侍女に現状報告を聞きたいと伝言を頼み、しばらく待つと、アダムの側近でセブ・ヒンクと名乗る者が部屋にやって来た。


「おはようございます。昨夜はよく眠れましたでしょうか」


「いいや。一睡もしていないよ」


 何を馬鹿げたことを言う、と睨み付けると、恐縮したようにバッと頭を下げた。


「申し訳ありません。歩哨を立てたので、ご安心いただいたと思っておりました」


 この国は思っていたより、おめでたいのだろうか。カーンのバイエルに対するイメージは真っ黒なのに、彼らのお気楽さがどうにもそぐわない。


「君は王の客人に毒を盛る王宮で、安眠出来るのか。本来、騎士達が毒にやられていなければ、とっくにここから立ち去っている」


 セブは青い顔で黙っていた。


「私が政治的な揉め事に関する使者だったら、即刻、開戦だ。今でもこの事態が信じられないし、どういう意図なのかもさっぱりわからない。それで、何か分かったことは?」


 カーンが軍事訓練時の声で鋭く問いただすと、セブは姿勢を正した。


「酒を届けた者が判明しました。男性用サロンの使用人で、酒と指示書が置いてあったと言っております。他の使用人も一緒に見ていますので、嘘ではないと思われます」


「いつのことだ。私が部屋に戻った時には既に置いてあったぞ」


「はい。酒を運ぶ使用人を手伝った者が、アダム殿下とカーン様が話していらっしゃる様子を覚えていたので、お戻りになる前のことだと思います」


 それなら毒入りの酒を持ち込んだ犯人は、すぐにわかるだろう。酒瓶を手にしていて怪しまれない者。つまりサロンの使用人の誰かだろう。


「それで、その酒瓶を用意した使用人は確保したのか」


「現在特定するために、関係した者全員を取り調べ中です」


 セブは、相変わらず直立不動で報告をしている。その様が新兵臭くて、どうもきつく当たってしまう。


「犯人を処分されないよう、気をつけるのだな。どうも君達は、全てにおいて緩いようだ」


 はい、と素直すぎる返事をした後、セブは下がって行った。

 ベッドの方から拍手が聞こえ、アイラが姿を現した。


「なんだかイクリス様を公爵様に寄せたような雰囲気です。私はその苛烈な感じ、好きですね」



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