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不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ行く!!  作者: リトナ
不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ!
12/13

不死者、異世界へ!⑪

 どんな異世界に行くつもりなのかミユに聞きに、昼前に一度(くだん)の井戸まで神妻は行っている。残念ながら空振りに終わったので、欲しい情報は得られなかったが。

 それ以外は特に異変もなく、時間は穏やかに流れ――


 今夜も昨夜同様に月と星が見える、都会では見ることのできない澄みきった空気が見せる夜空。

 日中のカラッとした暑さが嘘のように今は涼しい。


 夕食を美都家で頂いた神妻は、まだ準備が残っているからと早めに家を出た。

 みつにお別れの挨拶はしていない。

 ミユと待ち合わせしてる時間までには戻るとみつに伝えていたからだ。

 けれど、神妻は戻らなかった。

 もし、みつと会えば、神妻に優しく限りなく甘いみつのことだ。神妻を手助けしようと一緒に付いて行くと言いかねない。

 五年前と変わらず、神妻のことを大切に想ってくれるみつを、危険があるかどうかもよくわからない異世界に連れていくことはできればしたくない。

 みつが自分のことを神妻の姉だと言うように、神妻の中にも秘かにみつを姉だと慕う気持ちがあるのだ。


「お待たせ」


 待たせてはいけないと二十一時に着くつもりだった待ち合わせ場所に、リュックを前籠に入れた後荷台(リアキャリア)付き自転車を押して、昨日と同じく竿袋を肩に背負った神妻が着いたのは二十二時半前。夜道は自転車の電灯で明るさを得た。

 待ち人二人がやや冷たい視線を神妻に送ってくるので、どうにも居心地が悪い。


「亥の刻って話だったから、別に俺悪くないよな?」

 神妻の言ってることに間違いはないが、相手が悪い。

「……ええ、そうね。あと三十分ほど余裕はあるわね。

 けど、女性を待たせるなんて良い度胸……いえ、ふざけて……いえ、紳士に程遠い行為だわ。恥を知りなさい」


 何度か言い直して選んだらしい言葉もなかなか辛辣だ。

 毒舌に毒舌を重ねる、長く髪を伸ばした白銀髪の美少女ミユが井戸の縁に腰掛けて、こちらにワインレッドの瞳を向けている。

 口は悪くても、見た目はまごうことなく美人なのだから、もったいないと本気で思う。


「俺の思い出の中のミユのイメージがどんどん崩れていく……」

「それはご愁傷様」


 他人事のように話すミユの横には、腰まで伸ばした栗毛色の髪をした少女が、胡桃(くるみ)色の瞳に神妻を映している。陽のとっくに沈んだ今の時間に昨日の麦わら帽子を被っているところを見ると、結構気に入ってるのかもしれない。ちなみにミユはこの少女よりも髪が長い。

 タイプは違うが少女も隣に座っている白銀の美少女にも負けない美少女だ。

 神妻の通っている高校にもし二人がいたら、男子からきっと凄い人気が出ただろう。

 ただし、一人はしゃべらなければという制限付きではあるが。

 話しても大丈夫な方の美少女に向けて、神妻は声を掛けた。


「みつ姉、お見送りに来てくれたのは有難いけど、夜の山に女の子が一人でこんなところまで来たら危ないじゃないか。野生の猪や熊だっているかもしれないのに」

「その場合、女の子だからとか男の子だからとか、危険度は変わらないと思う」


 身の危険の平等性を説いたのは、神妻の自称姉代わりのみつだ。

 彼女は今、赤と白が目に付く、身に付ける者に清廉さを求める巫女装束に身を包んでいる。

 みつの家はこの村に唯一ある神社を管理しているので、みつが巫女装束に身を固めていても別段おかしいことはない。神社のお務め後なのかなぁと思うぐらいである。

 それだけならば――

 巫女装束の上に黒色の、多分皮製と思われる胸当てを装着している。さらに、みつが武道の稽古で使っていたのを見たことがある、樫の木を加工した練習用の薙刀を右脇で挟むように持ち、背中にピンク色のリュックサック。リュックからは収まりきれずに姿の一部を見せた弓道の竹製の弓。矢筒も見えるので当然中身である矢も数本入っているはず。


「えと……みつ姉、その姿(カッコ)戦う気まんまんなところ水指すようで悪いけど、何とバトル気で? 猪なら、まだ良いけど、熊は止めような?」

「どちらもしないわよ。あと、カヅ君のお見送りに来たわけでもないからね!」


 眉を(ひそ)める神妻に、みつの目尻が釣り上がる。


「カヅマ、女心のわからないやつは嫌われるわよ?」


 ミユの言葉に嫌な予感を覚える神妻。


「あと何も危ないのは熊や猪に限ったことじゃないわ。都会のオオカミもよ。気を付けなさい、ミツ」

「ん? 都会のオオカミ? もしかして、それ俺のことか!? 井戸の中にずっと居てたくせに随分下世話な言葉知ってるな!?」


 幼い頃は――もちろん容姿のことじゃなく、神妻とミユは仲が良かったはずである。人に聞いたわけではないが、誰から見ても仲の良い間に見えたんじゃないかと恥ずかしながら神妻は思う。

 それが恋心かと言われたら、正直わからない。子供の頃の神妻には恋愛というものがよくわかっていなかったから。そしてそれは恋愛経験の無い今も変わらない。


「どうしてこうなった……?」


 首を傾げるが誰か答える訳もなく、みつの声が夢想気味だった神妻を現実に引き戻した。


「私もカヅ君と一緒に異世界に行くわ」


 ()しくも神妻の嫌な予感は的中した。


「――みつ姉……自分が何を言ってるかわかって……」

「うん。もちろん、わかってる。けど、どんなところかもよくわからないようなところにカヅ君だけ行かせるなんて気が気じゃないわ。だから、私も行く!」

「いや、俺一人じゃないよ? ……だよな、ミユ?」


 途中で神妻は自信が無くなり、ミユにお伺いを立てるような形に。


「ええ。さっきのミツの言葉じゃないけど、カヅマ一人行かせてもろくなことになりそうにないもの。というか、せっかく異世界への道を作る私の努力が無駄になりそうだわ。……いいえ、無駄になるわ。それに楽しそうだし。だから、付いて行ってあげる」

「みつ姉の言葉はそんなキツくなかったはずだぞ! しかも、言い直して出た本音がそれか!

 ……でも、まぁ、ありがたいんだけども……」

「Mね」

「誰もキツいこと言われたことをありがたがってねぇ!」


 神妻とミユのやり取りにみつが堪えきれないという風に笑い出す。

 昔からみつは言い出したら言うことを聞いてはくれない。みつにとっての正装である巫女装束に身を包み、かつ武器を手にした姿がまさに決意の現れだろう。その姿を前にして、みつに村に帰れと説くほど神妻も野暮ではないつもりだ。それにミユはみつが付いて来ることを拒む様子がない。


「仕方ないなぁ……」


 笑われるのは心外だが、正直二人が一緒にまだ見ぬ異世界に一緒に来てくれるのは助かる。何の知識もないまま未知の外国に放り出されるようなものだ。一人だったら精神的苦痛に苛まれること間違いないはず。

 だから、神妻は二人の申し入れが素直に嬉しかった。

 それから――、


「これから行く異世界ってやつ、どんなところなのか聞きたいんだけど……? ゲームやアニメによくあるマナのある世界に行くってことは、そういう風と思ってて良いのか?」

「あっ――」


 ミユにした質問に、異世界の知識があるはずのないみつが何故か反応し――、けれど発言権はミユが握った。


「どうせ今すぐ行くんだし、行ってみたらわかるわ。リュックの中身……あなたたちが何を持ってきたのか興味あるけど、そろそろ時間だし行きましょうか」

「行くって、どうやって――」


 言い掛けて、目の前で突然起きた不思議現象に神妻は両目を驚きに大きく見開いた。


「井戸に月の光が満ちて……綺麗」


 驚き声の出ない神妻に代わって言葉にするみつの瞳に映っているのは、井戸の真上に浮かぶ月から月光が井戸にまで伸びて、井戸の中を月光が満たしている神秘的な光景である。存在していなかったはずの水が底から徐々に沸き起こり、月光が水面に反射してキラキラと美しさをより際立たせる様は、まさに奇跡としか形容できない。

 やがて井戸の中を水が満たして溢れかえる。

 二人の感動が覚め終わらないうちに、井戸の縁に腰掛けていたミユが動き出した。縁に足を掛けて立ち上がる。


「さぁ、これで道ができたわ。安心しなさい。別に溺れたりしないから。付いてきなさい」


 一度、神妻とみつを見て言う、月の光に満たされたミユの姿は美しく、まるで月からやって来た女神のようだと神妻はその姿から目を離せない。

 神妻の意識がミユの姿に心奪われていた分、神妻は一瞬ミユの身に何が起きたのか理解できず遅れてしまった。それは隣にいたみつも同じだったらしく――

 ミユが足から井戸の中に飛び込んだのだ。


「なっ――」


 慌てて井戸を覗き込む神妻とみつを余所に、ミユがどんどん底に沈んでいき、すぐに姿が見えなくなった。


「……これ、本当に大丈夫なんだよな?」

「私に言ってもわからないわよ……。でもミユちゃんが付いてくるように言ったんだから信じないと」

「あれ? みつ姉、いつの間にミユをちゃん付けで呼ぶ間柄に?」

「ん~……内緒! ほら、そんなことより私たちも早く行かなきゃ!」


 気になるが、確かにみつの言う通り急いだ方が良いかもしれない。

 時間の経過で異世界へ行き来できる道が閉じるというのは定番中の定番。実際に行き遅れて道が閉じてしまい異世界へ行けなくなってしまった、なんて奴は知らないが、その第一号になんて不名誉なものになりたくない。もちろん、神妻が脳内で比べているのは二次元の話であるが。

 神妻は乗ってきた自転車を持ち上げて、井戸の中に静かに放った。

 片足を井戸の縁に乗せ、みつに向かって右手を広げる。


「俺たちも行こう、みつ姉!」

「うん!」


 五指を広げた神妻の手をみつがしっかり繋ぐ。吹き抜けた風で飛びそうになる麦わら帽子を手で押さえながら、神妻の瞳を見て応えた。瞳にはみつが映っている。それに気付いたみつの頬が薄く赤らんだことを神妻は知らない。


 これから何があるかわからない。

 平和な世界かもしれないし、戦争真っ只中な世界かもしれない。

 そうだったら嫌だけど、

 二人にとって、まったく未知の世界――

 けれど、必ず無事に三人で帰ってこよう。

 普通の人間に戻って――


 二人一緒に水に満たされ、静寂が支配した井戸の底へゆっくり沈んでいく。

 自分の身体とは正反対に空へと向かう気泡の群れを目にしながらゆっくり、ゆっくりと――

 静かに沈んで――

 沈んで――


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