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ダンジョン配信に映り込むピクトグラムの怪異になった  作者: 脳タリン


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74/75

第74話 天使の取り分

 白い人型の指が、チェンソーの柄にかかった。

 だが、そこまでだった。

 引き寄せることが、できない。

 背中の欠けた断面から、光が、絶えず漏れ続けている。

『……動けてない』

『指はかかってる でも、それだけだ』

『力が入らないんだ』

リョウマ「――ぐ、ぅ……!」

 リョウマの剣が、じりじりと押し込まれていく。

 黒い刃が、その白い刀身を、削るように軋ませた。

ゴウキ「……盾が、もたん……!」

カナデ「……結界、あと一回……!」

『まずい』

『何かできることはないのか』

『こっちは見てるだけなんだぞ』

『こんな大勢が見ているだけで、誰も何もできない』

『スパチャは投げた 上限まで投げた』

『でも届かないだろ、あいつには』

『金なんか受け取れないんだから』

『……いや』

 ――と、その時。

 一つの書き込みが、流れた。


『……天使の取り分』


『は?』

『何を今さら』

『いや、聞け』

『検証班だ』

『さっきから、ずっと、数字を追ってる』

『……今日の配信の、投げ銭』

『総額が、おかしい』

『どういうことだ』

『金額が合わない』

『プラットフォームの表示と、集計値が、合わないんだよ』

『……減ってるのか?』

『減ってる』

『どんどん、減ってる』

『……いつもの数%じゃない』

『……もっとだ』

『……』

『……おい』

『まさか』

『いや、そんなわけ』

『でも、今まで三十件以上、報告があった』

『どの事例も、率が揃ってた』

『あいつが出た配信では、必ず、金が減った』

『……何に使われてたんだ』

『分からん』

『分からんが』

『――今、目の前で、減り続けてる』

『……賭けか』

『賭けだ』

『どうせ、他にできることがない』

『やるしかない』

『投げろ』

『投げろ!!』

『上限まで投げろ!!』

『理屈は後だ!!』

 ――そして。

 配信のコメント欄が、色に、埋まった。

『[¥150,000] 頼む』

『[¥150,000] 立ってくれ』

『[¥150,000] 何に使われてもいい』

『[¥150,000] 持っていけ』

『[¥150,000] 全部持っていけ』

 ――それは、日本だけでは、なかった。

 海外のミラー配信、翻訳配信、同時視聴枠。

 そのすべてで、同じことが、起きていた。

 (米)『GO』

 (英)『Stand up』

 (独)『理屈は後で考える。今は投げる』

 (伯)『三ヶ月分のサンバの代金だ。持っていけ』

 (仏)『無名の徳に、報いを』

 (西)『大きめのコウモリより、役に立ってくれ』

 (伊)『コーヒー代だ』

 (加)『統計は後で取る』

 (豪)『実験だ。俺たちの得意分野だ』

 ――そして、個人だけでは、なかった。

 国内大手三社が、法人アカウントで、上限を投げた。

 海外の玩具メーカーが、続いた。

 非公式グッズで儲けてきた企業が、次々と。

『企業まで投げ始めたぞ』

『権利者不在で稼いできた分、返すつもりか』

『いや、そんな綺麗な話じゃないだろ』

『……でも、投げてる』

『理由なんかどうでもいい』

 ――そして。

 協会の、公式アカウントが。

 上限額を、投げた。

 続いて、いくつかの自治体が。

 最後に、政府広報のアカウントが。

『……国が投げたぞ』

『いいのか、それ』

『予算の名目は?』

『知らん』

『知らんが、投げてる』

『後で国会で問題になるだろ』

『なればいい』

『今は、それどころじゃない』

 ――数千万の視聴者、そしてコメント欄。

 まだまだ増えて行くその、すべてが。

 同じ色に、染まっていった。



 -------------------

 窓のない、暗い部屋があった。

 壁一面のモニターは、すべて、消えている。

 ただ一台。

 部屋の隅の、古い端末だけが、明滅していた。

 その画面に、文字が、ひとりでに、打ち込まれていく。

 ――打鍵の音は、しない。


 観測者の感情値が、規定した値を超過しました


 カーソルが、点滅する。


 システム:天使の取り分

 規定資源値に達しました


 しばらく、画面は、止まっていた。

 そして。


 システム:彩色された怒りを顕現しますか?

     [ YES ]  [ NO ]

 


 誰も、触れていない。

 部屋には、誰も、いない。

 ――だが、カーソルが、動いた。

 滑らかに。

 迷いなく。

 [ YES ]の上へ。

 ――そして、クリックされた。

 

-------------------


 四十九層。

 白い人型の、指先。

 その下で、チェンソーが。

 ――変わり始めた。

『……ん?』

『何か、起きてる』

『チェンソーが』

 金属の外殻が、内側から、押し広げられた。

 刃が、伸びる。

 伸びて、伸びて、細く、鋭く。

 そして、その表面が。

 ――脈打った。

『……え』

『脈打ってる』

『生き物みたいだ』

『いや、待て、形が』

 それは、もう、チェンソーではなかった。

 柄から伸びる、長大な、刀身。

 剣。

 だが、鉄ではない。

 表面には、血管のような筋が走り、鼓動に合わせて、明滅している。

『……剣、か』

『でも普通の剣じゃない』

『生きてる』

『……あれ、なんて言うか』

『……魔剣みたいだ』

『それだ』

『魔剣だ』

 ――そして。

 白い人型の指が、その柄を。

 ――握った。

 背中から漏れる光は、止まらない。

 欠けた輪郭も、埋まらない。

 それを、無視して。

 白い人型は。

 ――立ち上がった。

『……立った』

『立ったぞ!!』

『あの状態で!!』

リョウマ「……っ、おい、お前……!」

 白い人型は、リョウマの横を、通り過ぎた。

 その足取りは、危うい。

 だが、止まらない。

 そして、魔剣を、ゆっくりと、構えた。

 両手で。

 腰を落とし。

 ――抜き放つ、その前の姿勢で。

 ――その動きを見て。

 初めて。

 黒い人型が。

 ――慌てた。

『!』

『動いた!!』

『黒いやつが、初めて焦った!!』

『今まで淡々としてたのに!!』

 黒い人型が、黒いチェンソーを、振りかぶった。

 リョウマの剣を押し込むのをやめ、白い人型へ。

 急いで。

 初めて、急いで。

 ――だが。

 白い人型の方が、早かった。

『『『いっけえええええ!!』』』

『いっけえええええ!!』

『いっけえええええ!!』

『いっけえええええ!!』

 ――数千万、いや、ミラーを含めて数億のコメント欄が。

 その、一言だけで、埋め尽くされた。

 日本語も、英語も、ポルトガル語も、ドイツ語も。

 すべてが、同じ意味の、同じ言葉に。

 ――そして。

 一筋の、剣閃が、走った。

 音は、遅れて来た。

 いや、音ではなかった。

 ――世界が、裂けるような。

 空間そのものが、断たれるような、残響が。

 四十九層の、巨大な広間を、震わせた。

 ――静止。

 白い人型は、振り抜いた姿勢のまま。

 黒い人型は、振りかぶった姿勢のまま。

 そして。

 ――黒い輪郭に。

 一本の、線が、走った。

 斜めに。

 肩から、腰へ。

 ――そして、崩れ始めた。

 黒が、剥がれていく。

 紙が、燃えるように。

 端から、細かく、砕けて。

 黒い人型は、崩れながら――こちらを、見た。

 カメラを。

 いや、コメント欄を。

 ――そして、初めて。

 その動きに、感情のようなものが、混じった。

 両手を、広げた。

 小さく。

 ――理解できない、というように。

 なぜ、と。

 問うように。

 ――そして。

 その答えを、得ないまま。

 黒い人型は、完全に、崩れ落ちた。

 後には、何も、残らなかった。

 ――同時に。

 魔王の背に伸びていた、黒い糸が。

 ぷつり、と、切れた。

『……ぐ、……ぁ』

 三メートルの巨躯が、膝から、崩れ落ちる。

ゴウキ「……止まった。……敵が、止まった」

カナデ「……糸が、消えています……!」

リョウマ「…………終わった、のか」

 ――静寂。

 そして、コメント欄が。

 ――爆発した。

『『『うおおおおおおおおおお!!!』』』

『勝った!!』

『やった!! やったぞ!!』

『崩れた!! あの黒いのが崩れた!!』

『何が起きた!?』

『分からん!! 分からんが勝った!!』

『剣が!! チェンソーが剣になった!!』

『魔剣だ!! あれ魔剣だろ!!』

『どこから出てきたんだあれ!!』

 ――そして、その喧騒の中で。

 検証班の、書き込みが、流れた。

『……集計、確認した』

『どうだった』

『……今日の投げ銭、総額の内訳』

『……減った分が』

『……ぴったり、消えてる』

『どういうことだ』

『表示上の総額と、実際の集計値の差分』

『……それが、ちょうど、あの剣が現れた瞬間に、確定した』

『……』

『……嘘だろ』

『金が、剣になったのか?』

『分からん』

『分からんが、タイミングが完全に一致してる』

『……天使の取り分』

『……本当にあったのか』

『何に使われてるのかは分からなかった』

『……でも、今日、分かった』

『こういう時のために、貯められてたんだ』

『……ずっと?』

『……初出現の日から、ずっとか?』

『……そうだとしたら』

『……あいつ、いつか、こういう日が来ると思ってたのか』

 ――四十九層。

 ピクトグラムは、魔剣を、下ろした。

 そして、その場に、片膝をつく。

 背中の光は、まだ、漏れ出て止まらない。

リョウマ「――おい! 白いの!!」

 リョウマが、駆け寄った。

カナデ「治癒を! もう一度!」

 ――だが。

 白い人型は、片手を上げて、それを、止めた。

 そして、リョウマの方を、見た。

 しばらく。

 それから――魔剣を、床に、突き立てて。

 それを支えに、立ち上がった。

 そして、玉座の方を見る。

 欠けた背中から、光を、こぼしながら。満足気に、ゆっくりと輪郭を失くして、そのまま姿を消した。

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