第73話 黒
扉が、開いた。
その先は、広間だった。
いや、広間という言葉では足りない。
天井は見えず、床の果ても見えない。
黒い石で組まれた、巨大な空間。
その中央に、玉座があった。
そして、そこに――座っていた。
『……あれが』
『魔王』
『布告の映像と同じだ』
『でかい』
『三メートル以上あるぞ』
『いや、それより』
『空気が違う』
黒い甲冑をまとった、巨躯だった。
二本の角。
黒い外套。
そして、その目は――赤く、燃えていた。
『……よくぞ来た、人の子よ』
声が、直接、頭に響いた。
『そして、白き異物よ』
『貴様が来ることは、知っていた』
白い人型が、チェンソーの回転を、上げた。
リョウマ「……一つ聞かせろ」
リョウマが、剣を構えたまま、言った。
リョウマ「……なんで、予告した」
『……ほう』
リョウマ「黙ってやりゃあ良かっただろ。……七日も待つ理由がない」
魔王は、しばらく、黙った。
そして。
『……そうだな。……なぜ、だろうな』
リョウマ「……は?」
『……我にも、分からぬ』
『!?』
『何だそれ』
『本人が分かってないのか?』
カナデ「……リョウマ。……この人、様子が」
ゴウキ「……前の連中と、同じか」
リョウマ「……いや、待て。……目が」
魔王の、赤い目は――濁っていなかった。
ネルガのような、白い濁りは、ない。
澄んだ、赤。
だが、その奥に、何かが。
『……問答は、終わりだ』
魔王が、立ち上がった。
『……我は、待った。……七日を、待った』
『……ゆえに、来い』
――そして、戦いが、始まった。
最初の一撃は、魔王の、拳だった。
ゴウキが、盾で受けた。
――受け切った。
ゴウキ「……っ、ぐ! ……だが、耐えた!」
『耐えたぞ!!』
『新しい盾、優秀すぎる』
『サファイア姐さんの仕事だ!!』
カナデ「強化、載せます! 全員!」
カナデの術式が、三人と一体を、包んだ。
リョウマ「――行くぞ!!」
リョウマが、踏み込んだ。
白い剣が、魔王の脇腹を、斬った。
浅い。
だが、確かに、届いた。
『斬れた!!』
『あの剣、通るぞ!!』
そして、その反対側から。
白い人型のチェンソーが、魔王の膝を、削った。
魔王が、片膝を、つく。
『押してる!!』
『四対一だ!!』
『これはいけるかもしれん!!』
――そこからは、連携だった。
ゴウキが正面を受け、カナデが補助と回復を回し。
リョウマと白い人型が、左右から、削っていく。
この四人には、既に、呼吸があった。
四十五層で一度、共に戦っている。
リョウマ「白いの、右!」
白い人型が、右へ回る。
魔王の視線が、そちらへ流れた瞬間。
リョウマの剣が、左から、深く入った。
『『『いいぞ!!!』』』
『完璧な連携だ!!』
『[¥150,000] 押してる!!』
『[¥150,000] このまま行け!!』
『上限まで投げてる奴が何人いるんだ』
『金額の問題じゃない、気持ちだ』
魔王が、後退した。
黒い外套が、翻る。
『……ぬ。……これほど、とは』
『押されてるw』
『魔王が押されてる!!』
『勝てるぞ!!』
――だが。
その時。
視聴者の一人が、書き込んだ。
『……なあ』
『どうした』
『映像、止めて見てくれ』
『何が』
『魔王の、背中』
『……背中?』
映像が、切り抜かれ、拡大された。
三メートルの巨躯。
黒い外套。
その、背中。
――そこに。
何か、いた。
『……』
『……え』
『何だ、これ』
『……人の、形?』
黒い。
だが、ただの影ではない。
輪郭が、あった。
丸い頭。
単純な胴体。
棒のような、手足。
――ただし、白ではない。
黒。
完全な、黒。
それが、魔王の背に、へばりついていた。
両手を、魔王の首の後ろに、差し込むように。
『……おい』
『おいおいおいおい』
『何だあれ』
『何だあれ!!』
『ピクトグラムだ』
『黒い、ピクトグラムだ!!!』
『『『は!?!?』』』
『嘘だろ』
『同じ形じゃないか!!』
『色が違うだけで、完全に同じ形だ!!』
『……操ってるのか?』
『首の後ろに手を入れてるぞ』
『……操ってる』
『あれが、操ってるんだ』
――そして。
白い人型の動きが、止まった。
初めて。
戦闘の、最中に。
じっと、魔王の背中を、見ていた。
――そして。
地団駄を、踏んだ。
両手を振り上げ、床を、何度も、踏みつけて。
全身で。
これ以上ないほど、明確に。
怒っていた。
『……怒ってる』
『めちゃくちゃ怒ってる』
『地団駄踏んでるぞ』
『ライガに獲物取られた時と同じ動きだ』
『いや、比べるな』
『……でも、あの怒り方は本物だ』
リョウマ「……おい、白いの! どうした!」
白い人型は、答えなかった。
代わりに――魔王の、背中を、指差した。
何度も。
何度も。
カナデ「……コメントを! コメントを見てください!」
リョウマが、端末を、一瞥した。
そして。
リョウマ「…………黒い、ピクトグラム?」
――その瞬間。
リョウマの手の中で、白い剣が、光った。
リョウマ「……っ、剣が」
光が、リョウマの目に、流れ込んだ。
そして、ゴウキとカナデにも。
ゴウキ「……む、視界が」
カナデ「……何か、見えて」
――そして。
三人が、それを、見た。
魔王の、背中に。
へばりつく、黒い人型を。
リョウマ「…………なんだ、あれは」
ゴウキ「……人型……いや」
カナデ「……白いピクトグラムと、同じ形……!」
『見えたのか!?』
『剣が、看破を付与した!?』
『そんな機能まであるのか』
『……いや、それも「勇者の剣」ってことなんだろ』
『敵の本体を見抜く力』
『理屈が通ってる…のか?』
――そして。
黒い人型が、初めて、動いた。
魔王の背から、するり、と剥がれ落ちる。
音もなく。
そして、床に、降り立った。
白い人型と、まったく同じ、姿で。
色だけが、真逆の。
『……分離した』
『二体になった』
『そして、魔王は』
――魔王は、動きを、止めていなかった。
その背中と、黒い人型の手の間に。
――細い、黒い糸のようなものが、伸びていた。
繋がったまま。
『……離れてない』
『糸で繋がってる』
『まだ操ってるのか』
『解放されてないぞ!』
リョウマ「……くそ、まだか!」
『……人の、子よ……』
魔王の声が、震えていた。
『……止まら、ぬ。……我が、身体が』
『……逃げ、ろ』
カナデ「……この人、意識はあります! でも、身体が動かされてる!」
ゴウキ「……最悪だな。……本人が抵抗してるのに、動く」
――そして。
黒い人型が、こちらを、向いた。
顔は、ない。
だが、確かに、見られている。
そして。
――何も、しなかった。
手を振ることも、頷くことも、首を傾げることもなく。
ただ、立って、こちらを、見ていた。
その静止は、白い人型のそれとは、質が違った。
白い人型が動かない時は、いつも、何かを考えていた。
これは、違う。
――ただ、動く必要がないから、動いていない。
それだけだった。
『……気味が悪い』
『何も表情がない』
『いや、顔がないのはこっちも同じなんだけど』
『違うんだよ』
『白いやつは、顔がなくても伝わるだろ』
『……こいつは、伝わってこない』
そして、黒い人型の手に、何かが現れた。
――チェンソー。
ただし、黒い。
『同じ武器w』
『笑えないんだよ!!』
『同じ形、同じ武器、色だけ違う』
『……対になってるのか』
白い人型が、前に出た。
チェンソーを、構えて。
――黒い人型も、駆けた。
速い。
白い人型と、同じ速度で。
――いや、それ以上で。
二つのチェンソーが、噛み合った。
火花が、散る。
その衝撃で、床の石が、砕けた。
『……互角だ』
『いや、待て』
『押されてないか?』
白い人型の足が、後退した。
じり、と。
『押されてる!!』
『白いやつが押されてる!!』
『相手の方が、力が強いのか!?』
――そして、同時に。
糸で繋がれた魔王が、リョウマたちへ、襲いかかった。
ゴウキ「くっ! こちらも来るぞ!」
リョウマ「……二正面か!!」
カナデ「本人は抵抗してます! でも、力が緩みません!」
『二対四』
『いや、違う』
『魔王は本人の意思じゃない』
『でも、力は本物だ』
『……実質、二対四、なのにこっちが不利だ』
黒いチェンソーが、白い人型を弾き飛ばした。
そして、その勢いのまま。
黒い人型が、リョウマの方へ、向き直る。
――淡々と。
感情の読めない、その動きで。
距離を、詰めた。
リョウマ「――っ!」
リョウマは、魔王の一撃を、受け止めた直後だった。
剣を、返せない。
黒い刃が、リョウマの、胸元へ。
――その、瞬間。
白い人型が。
二人の間に、割り込んだ。
――背中から。
リョウマを、庇うように。
『!!』
『!!!』
黒いチェンソーが。
白い人型の、背を。
深く、抉った。
『『『あああああああ!!!』』』
『やめろ!!』
『やめろおおお!!』
リョウマ「――白いの!!!」
白い人型が、膝を、ついた。
背中から。
――白い、輪郭が。
欠けていた。
まるで、紙が破れたように。
その断面から、何かが――光のようなものが、漏れ出していた。
『……嘘だろ』
『嘘だろ嘘だろ嘘だろ』
『あいつが』
『あいつが、あんな』
『[¥150,000] 立て!!』
『[¥150,000] 立ってくれ!!』
『[¥150,000] 頼む』
『上限まで投げても何もできないのが辛い』
『分かってる!! 分かってるけど、それしかできないんだよ!!』
白い人型は、床に、手をついた。
立ち上がろうと、した。
――だが、片膝が、震えていた。
チェンソーが、手から滑り落ち、床に転がった。
回転が、止まる。
リョウマ「……おい……おい!! しっかりしろ!!」
リョウマが、その傍らに、膝をついた。
カナデ「……治癒を! ……いえ、待って、この人に治癒が効くのか」
カナデ「……効くのか分かりません! でも、やります!!」
カナデの手が、白い人型の背に、かざされた。
光が、注がれる。
――だが。
欠けた輪郭は、埋まらなかった。
カナデ「……っ、効かない……!」
『効かないのか!?』
『そんな』
『いつも治す側だったやつが』
――そして。
黒い人型が、ゆっくりと、歩いてきた。
黒いチェンソーを、提げて。
その足取りは、急いでいなかった。
まるで、当然の作業を、続けるように。
『来るな』
『来るな!!』
『やめろ!!』
黒い人型が、倒れた白い人型の前で、足を止めた。
そして――しゃがみ込んだ。
顔を、覗き込むように。
しばらく。
――そして。
欠けた背中の、断面に。
指を、伸ばした。
触れた。
漏れ出す光を、確かめるように。
二度、三度。
それは、悲しむでも、嘲るでもなかった。
――ただ、確認していた。
壊れ方を。
『……』
『やめろ』
『触るな』
『調べるな!!』
『……なんだこいつ』
『こっちの方が、よっぽど怖い』
黒い人型は、指を、離した。
そして、立ち上がった。
黒いチェンソーの、回転を、上げる。
倒れた、白い人型の、上で。
リョウマ「――やめろおおおおお!!!」
リョウマが、剣を、構えた。
ゴウキ「――俺が受ける!!」
カナデ「――結界、全開!!」
三人が、白い人型の前に、立った。
――そして。
黒い刃が、振り下ろされ――
その進路に、リョウマの白い剣が、割り込んだ。
――甲高い、音。
黒と白が、噛み合った。
リョウマ「――っ、ぐ……!」
リョウマの膝が、沈んだ。
重い。
背後には、動けない白い人型。
正面には、感情のない、黒い人型。
そして、その背後から――操られた魔王が、迫っていた。
ゴウキ「――そっちは俺だ!!」
ゴウキが、盾で、魔王を受け止めた。
だが、その盾に、罅が入る。
カナデ「……結界、あと、二回分……!」
『まずい』
『まずいまずいまずい』
『三人とも限界だ』
『白いやつは動けない』
『……どうする』
『どうすればいいんだ』
黒い人型が、力を、込めた。
リョウマの剣が、押し込まれていく。
じり、と。
――そして。
その、押し合いの、最中。
倒れていた白い人型が。
――床に、手を、伸ばした。
転がった、自分のチェンソーへ。
届かない。
あと、少し。
『……動いた』
『まだ動く気だ』
『やめろ』
『やめろ、休んでろ』
『いや……』
『……いや、行かせてやれ』
『……あいつは、そういう奴だ』
白い人型の指が。
チェンソーの柄に、かかった。




