第72話 道
セントラル、地上ゲート前。
三日前の宣戦布告から、街は変わっていた。
人通りが減り、店が閉まり、代わりに機動隊の車両が並んでいる。
そのゲート前に、協会の職員が立っていた。
装備を整えたリョウマたち三人を、迎えるように。
職員「リョウマさん。……お待ちしていました」
リョウマ「……状況は」
職員「半日前から、既に、百二十名が突入しています」
リョウマ「…………は?」
職員「探索制限の特例許可を、彼らにも出しました。……いえ、正確には」
職員は、手元の書類を、少しだけ、握り直した。
職員「……彼らの方から、志願してきました。昨日の夜中に、協会の前に集まって」
職員「『リョウマ隊の道を作る』と」
リョウマ「……道を、作る」
職員「はい。……各層に散って、通り道を確保しています」
職員「今のところ、報告では――一層から三十三層まで、既に確保済みです」
ゴウキ「……三十三層まで、だと」
カナデ「……半日で、そこまで」
職員「三十四層以降は、まだ報告が上がっていません。……ですが」
職員は、少しだけ、笑った。
職員「きっと皆さんお待ちの筈です」
『百二十人!?』
『半日前から入ってたのか』
『全然知らなかった』
『そりゃそうだ、配信してないんだから』
『誰も見てないところでやってたのか』
『……あいつと同じだな』
職員「なお、我々が把握している限り、参加者には……その」
職員「探索者登録のない者も、複数、含まれています」
リョウマ「……登録なし?」
職員「はい。……鶏が五羽と、鳥が一羽と、それから」
職員「……魔族が、一体」
リョウマ「……は?」
職員「報告書には『不明存在関与事案』として記載しました」
職員「……もう、慣れました」
『ゾルドくん参加してるww』
『捕虜が戦力に』
『鶏五羽も入ってるw』
『飼い主はどこ行った』
『それが問題なんだよな』
『出現報告、まだ一件も上がってない』
――そして、ゲートが、開いた。
職員「……ご武運を」
リョウマ「……ああ」
三人が、その中へ、足を踏み入れた。
――一層。
そこには、モンスターが、一体もいなかった。
通路の脇に、討伐済みの残骸だけが、丁寧に片付けられている。
そして、壁に、一枚の張り紙が貼ってあった。
『一層〜三層、確保済み。落ち着いて進んでください ソウタ・ヒナ・カイ・ツムギ』
リョウマ「……四人組の、新人か」
『デビュー戦の子たちだ!!』
『あの子ら、もう三層を任されるまでになったのか』
『成長したなあ』
そして、その先の分岐に、四人が立っていた。
装備は、汚れていた。半日、戦い続けた者の姿だった。
ソウタ「リョウマさん! この先、三層まで安全です!」
ヒナ「回復薬、置いておきました! 使ってください!」
カイ「四層からは、別の人が待ってるっす!」
ツムギ「……道は、間違えないでください。地図、描いておきました」
リョウマ「……お前ら、半日ここにいたのか」
ソウタ「……はい。……俺たち、四層より下は、行けません」
ソウタ「……でも、三層までなら、任せてください!」
リョウマは、しばらく、その四人を、見た。
そして、頷いた。
リョウマ「……ありがとうな。助かる」
四人が、深く、頭を下げた。
『泣ける』
『できる範囲で、全力なんだよな』
『それが一番かっこいい』
――四層。
そこには、一人の男が、立っていた。
というより、転んでいた。
フミヤ「……あ、リョウマさん。すみません、今、転んだところで」
リョウマ「……大丈夫か?」
フミヤ「大丈夫です。というか、この先、ちょっと待ってください」
フミヤは立ち上がると、わざと、通路の中央で、もう一度転んだ。
その拍子に、天井から大きな岩が落ちた。
リョウマたちの進行方向を、塞ぐように。
リョウマ「おい!?」
フミヤ「……大丈夫です。こっちが正解なんで」
塞がれた通路の向こうから、獣の唸り声が遠ざかっていく。
フミヤ「……四層の主、あっちに移動させました。こっちの道、通れます」
リョウマ「……今の、狙ってやったのか?」
フミヤ「狙ってません。でも、こうなると思ってました」
『不運の使い手w』
『相変わらず意味が分からん』
『でも成功してるからすごい』
『あの人、半日で何回転んだんだろうな』
フミヤ「……あの人に、教わったんです。どこで転ぶかを、選べって」
フミヤ「……今日は、ここで転ぶ日でした」
リョウマ「…………そうか」
リョウマは、笑った。
リョウマ「……いい教えだな」
――六層。
開けた広間に、屋台が出ていた。湯気が上がっている。
リョウマ「…………おい」
「あ、リョウマさん! どうぞ!」
「一つ食べてってください! バフ効果、あるらしいんで!」
六層の駆除作戦に参加していた、地元の探索者たちだった。
リョウマ「……いや、待て。俺は今から」
「五分だけです! 食べた方が、絶対、楽になります!」
カナデ「……リョウマ。栄養補給は大事です」
ゴウキ「……賛成だ」
五分後。
リョウマ「…………うまい」
「でしょう!?」
『食べたw』
『バフ効果、本当にあるのか?』
『あの時の再現だからな、多分ある』
『レシピ、教わったのか』
『いや、教わってない あいつ喋れないから』
『見て覚えたんだよ、みんな』
――九層。
通路の奥から、剣戟の音が聞こえてきた。
角を曲がると、そこで戦っている五人がいた。
――楽器では、なく。
剣と、盾と、槍と、鎚を、握って。
カナタ「――右! テンマ、右!」
テンマ「見えてる!」
モク「……そっちは俺が受ける」
ヒビキ「後衛入るよ〜!」
ウタ「回復、間に合います!」
中型のモンスターが、三体。
五人は、それを、危なげなく、押し切った。
リョウマ「……あんたら、確か」
カナタ「ダンジョン楽器工房です。……今日は、楽器は置いてきました」
テンマ「今日は、戦いに来た。……前も同じことを言って、結局演奏したけどな」
モク「……今回は、指揮者がいない」
ヒビキ「だから、普通に戦うことにしたんだよ〜」
ウタ「……あの人がいない時に、私たちに何ができるかって、考えたんです」
『楽器隊が普通に戦ってるw』
『いや、この人たち元から強いからな』
『素材集めのついでに戦ってただけで』
『レイドにも武装参加してたし』
そして、その足元で。
虹色の尾羽が、りん、と鳴った。
リョウマ「……鳥?」
カナタ「スズネです。……ついてきちゃって」
カナタ「危ないから帰れって言ったんですけど、聞かなくて」
スズネは、倒れたモンスターの周りを、得意げに一周した。
『スズネちゃんいるw』
『五層から九層まで移動したのか』
『あの子、今日は尾羽で戦ったのか?』
『……いや、多分、警戒係だろ』
『索敵に使ってるんだ 賢い』
――十二層。
通路が広く開けたそこに、無数の岩の巨人が立ち塞がっていた。
ロックゴーレム、十体以上。
――だが、そのうち八体は、既に砕けていた。
ゴウキ「……何があった」
天井の暗がりから、無数の羽ばたきが降りてきた。
コウモリだった。数十匹。
『!!』
『来た!!』
『十四層のコウモリたちだ!!』
『二層上まで来てるw』
『主人はどうした』
通路の陰から、白い肌の男が悠然と歩いてきた。
ヴァルデ「……人の子よ。手は出さぬ。だが、この子らは、貸してやる」
リョウマ「……誰だ、あんた」
ヴァルデ「暇な老人だ」
『暇な老人(吸血鬼)』
『説明する気がないw』
ヴァルデ「……ゆけ。我が、眷属よ」
――キィィィィィィィィィィ!!!
数十の超音波が重なった。
残る二体が、内側から砕けていく。
リョウマ「……っ!? 何が」
カナデ「……音です! 共振で、岩が!」
ヴァルデ「……この子らは、そういう力を持っておる」
ヴァルデ「……以前は、我が、それを知らせずにおった」
ヴァルデ「……教えたのは、あの白い者だ」
リョウマ「…………そうか」
ヴァルデは、通り過ぎるリョウマの背に言った。
ヴァルデ「……人の子よ。我は、この世を幾度も見てきた」
ヴァルデ「……だが、こうして上へ向かって道が繋がるのを見るのは、初めてだ」
ヴァルデ「……悪くない」
『いい台詞だ』
『数百年生きてる奴が「初めて」って言うの、重い』
――十五層。
そこに、三人の坊主頭が待っていた。
上半身裸で、オイルで黒光りして。
ダイゴ「「「うおおおおおおッッ!!」」」
リョウマ「……うるさっ」
ダイゴ「マッスル坊主'z! 本日は、荷物運搬を担当する!!」
テツ「その盾、重かろう! 途中まで、我らが運ぶ!!」
ガンジ「体力の温存こそ、勝利の鍵だァ!!」
ゴウキ「……いや、これは俺の」
ダイゴ「遠慮するな!! 筋肉は、こういう時のためにある!!」
そして、その後ろから、焦茶色の巨体がのしのしと歩いてきた。
プロテイン鳥だった。
テツ「こいつも来た! 荷物を背負える!!」
『輸送部隊w』
『地味に一番助かるやつ』
『四十九層まで装備担いで歩くの、想像以上にきついからな』
『よく考えてるな、この人たち』
――そして、その先の通路で。
地響きが、聞こえてきた。
五つの、重い足音。
――「「「「「コケコッコオオオオオオォォ!!!」」」」」
リョウマ「……鶏!?」
『来たww』
『五羽そろってる!!』
『やっぱり参加してたのか』
巨大ニワトリが五羽。
通路の先で、群がるモンスターを、片っ端からついばんでいた。
そして、その傍らで。
黒い甲冑の魔族が、剣を振るっていた。
ゾルド「……ええい! 寄るな! 我は、貴様らの側ではないと言うておろうが!」
リョウマ「……魔族!?」
ゾルド「……む。……人の子か」
ゾルドは、剣を振り抜いて一体を沈めると、こちらを見た。
ゾルド「……勘違いするな。我は、魔王軍の兵だ」
リョウマ「……なら、なぜ戦ってる」
ゾルド「……この鶏どもが、勝手に進むからだ」
ゾルド「……そして、我が離れようとすると、追ってくる」
ゾルド「……ゆえに、共に戦うほかない」
『理由が最低すぎるww』
『鶏に追われて戦ってるだけw』
『でも普通に強いなこいつ』
『序列なしとはいえ魔族だからな』
ゾルド「……それに」
ゾルドは、腰に下げた小さな袋を、軽く叩いた。
豆の、袋だった。
ゾルド「……あの者に、借りがある」
ゾルド「……借りを残して死ぬのは、我の流儀ではない」
リョウマ「……あの者?」
ゾルド「……上で待っておるぞ」
リョウマ「よくわからないけど、そうか」
『ゲンさんの豆、こんなところで効いてるw』
『コーヒー外交、最強すぎる』
『魔王軍、豆で買収されてる』
――十九層。
地底湖のほとりで、三人が戦っていた。
竿では、なく。
剣と槍を、握って。
タケル「――シゲ! 左!」
シゲ「分かってる!」
ハル「僕、後ろ守ります!」
水棲型のモンスターを、三人が押し返していた。
リョウマ「……釣り部の」
タケル「あ、リョウマさん! 湖、渡れます! 筏、繋いであります!」
シゲ「主は……その、片付けました」
リョウマ「……釣り上げたのか?」
シゲ「いえ。……今日は、普通に倒しました」
ハル「本当は釣り上げて固定する案もあったんですけど」
タケル「……時間が惜しかったので」
『普通に倒したw』
『釣り部が普通に戦ってる』
『いや、この人たちも十九層に通ってるからな』
『実力はあるんだよ、元から』
タケル「……あの人がいたら、また十二時間かかりますからね」
タケルは、笑った。
タケル「……今日は、急ぎなので」
――二十二層。
通路の脇に、簡易のテーブルが設えてあった。湯気の立つ、鍋。
ケンゾー「リョウマさん。食事を」
リョウマ「……いや、六層で食ったから」
ケンゾー「あれから十六層分、歩いてます。もう四時間経ってますよ」
リョウマ「…………そうか」
ケンゾー「消化のいいものを用意しました。素材は、その、あれです。詳細は聞かないでください」
リョウマ「……食えるのか?」
ケンゾー「味は保証します。見た目以外は、本物です」
『見た目以外は本物w』
『いつもの』
『でも本当に美味いんだよなこの人の料理』
ゴウキ「……うまい」
カナデ「……見た目が、その」
ケンゾー「原材料のことは、忘れて味わうのがコツです」
『出た、名言』
『あの人の受け売りだな』
――二十六層。
通路の真ん中に、大剣が突き立っていた。
その周囲に、大量の残骸が。
ライガは、そこに座り込んでいた。
ライガ「……よお。遅かったな」
リョウマ「……お前、まさか、一人で」
ライガ「……当たり前だろ。ここは、俺の狩場だ」
ライガの装備は、ぼろぼろだった。
だが、その顔は笑っていた。
ライガ「……二十六層から三十層まで、片付けた」
リョウマ「……五層分を、単独で」
ライガ「……ちっ。……上まで行きたかったんだがな」
ライガ「……三十層で、腕が上がらなくなった」
『五層分を単独w』
『やっぱりこの人おかしい』
『でも三十層で限界か』
『いや、十分すぎるだろ』
ライガ「……行け。先は長いぞ」
リョウマ「……ああ。借りは、返す」
ライガ「……勝負で返せ」
――三十一層。
空気が、変わっていた。
そこに、三人が立っていた。
既に、戦闘は終わっていた。
ローズ「あら、いらっしゃい。……遅かったわね」
リョウマ「……サロン・ド・アビスの」
サファイア「三十一層から三十三層まで、片付けたわ〜。……ちょっと疲れちゃった」
ダイヤ「……ここまでが、我々の限界です」
ローズ「ここから先は、あなたたちの領分よ」
ローズは、リョウマの持つ剣を見た。
ローズ「……その子、大事にしてる?」
リョウマ「……ああ」
ローズ「……よろしい」
そして、ローズは、リョウマの隣の――ゴウキの盾を、見た。
ローズ「あら。……いい仕上がりじゃない」
ゴウキ「……これは」
サファイア「うちの工房で仕上げたのよ〜。三日で、徹夜で〜」
ゴウキ「……あなたが」
サファイア「縁の細工、見てごらんなさいな」
ゴウキは、盾の縁を見た。
蔓と、花の意匠が刻まれていた。
――あのハンマーと、同じ。
ゴウキ「…………これは」
サファイア「同じ手よ。……その剣の、元の岩に彫ったのと」
『泣かせにくるじゃん』
『繋がってる』
『全部、繋がってる』
――と、その時。
後ろから、三人の男が、よろよろと歩いてきた。
坊主頭の、上半身裸の。
ダイゴ「……はぁ、はぁ……。……リョウマ殿! 荷物、ここまでだ!」
テツ「……三十三層が、限界だ……!」
ガンジ「……体力が、尽きたァ……!」
三人は、荷物を下ろすと、そのまま床に座り込んだ。
プロテイン鳥も、その隣で、羽を畳んでいた。
リョウマ「……あんたら、ここまで運んでくれたのか」
ダイゴ「……当然だ! ……だが、我らの筋肉も、ここまで!」
テツ「……あとは、頼む!」
ガンジ「……プロテイン、置いていくゥ!」
――そして、ローズが、笑った。
ローズ「……ねえ、リョウマちゃん。一つだけ、教えてあげる」
ローズ「……美は、闘いよ」
ローズ「……そして、闘いってのはね。……最後まで、綺麗に立ってることなの」
ローズ「……だから、格好つけて帰ってきなさい」
リョウマ「…………ああ」
『名言だ』
『姐さん、かっこよすぎる』
『三十三層でバトンタッチか』
『……いや、待て』
『三十四層から先は誰もいないぞ』
『四十九層まで、十五層分だ』
『さすがに無理だろ』
――そして、リョウマたちは、三十四層へ、上がった。
通路は、静かだった。
リョウマ「……ここから先は、俺たちだけ、か」
そう言って、進もうとした、その時。
通路の先から、匂いがした。
コーヒーの、匂いが。
リョウマ「…………は?」
角を、曲がった。
そこに、男が座っていた。
携帯コンロ。ランプ。そして、カップが、四つ。
ゲン「……よう。遅かったな」
リョウマ「……あんたは」
ゲン「ゲンだ。……深層専門の、しがない配信者だよ」
リョウマ「……いや、待て。三十四層だぞ、ここは」
ゲン「知ってる。俺の常宿は二十四層だが、たまには足を伸ばす」
『ゲンさん来たああああ!!』
『三十四層に一人で!?』
『いや、待て、この人の最深記録って公表されてないよな』
『二十四層で講座やってるのしか見たことない』
『……もしかして』
ゲンは、湯を注ぎ、カップを差し出した。
ゲン「……飲め。ここから先は、休む場所がない」
リョウマ「……いや、そんな余裕は」
ゲン「余裕がねえ時ほど、座るんだよ」
リョウマは、しばらくその男を見て。
それから、座った。
三人が、コーヒーを飲んだ。誰も喋らなかった。
ランプの火が、時々、ぱちりと鳴った。
二十分ほどして。
リョウマが立ち上がった。
リョウマ「……ありがとう。身体が、軽くなった」
ゲン「そりゃ、いい豆だからな」
ゲンは、カップを片付けると、荷物から細長いものを取り出した。
猟銃だった。
リョウマ「……銃? ダンジョンで?」
ゲン「ああ」
リョウマ「……いや、効かないだろ。弾丸は表皮で威力が死ぬって」
ゲン「普通はな」
ゲンは、立ち上がった。
ゲン「……行くぞ」
リョウマ「……行く? どこに」
ゲン「決まってるだろ」
ゲンは、天井を指差した。
ゲン「……上だ」
『!?』
『ついてくる気か!?』
『三十四層より上だぞ!?』
『あの人、どこまで行けるんだ』
――そして、そこからの十五層は。
映像として、後世に残ることになる。
三十五層。
通路を塞いだ大型の群れ、七体。
ゲンは腰を落とし、銃を構えた。
七発。
七体が、額を撃ち抜かれて沈黙した。
装填の音すら、聞こえなかった。
リョウマ「…………は?」
ゴウキ「……今、何をした」
ゲン「撃った」
カナデ「……効いてます。……なぜ」
ゲン「気にしなさんな」
『またそれかw』
『前の配信でも同じこと言ってた』
『「深いことは気にしなさんな」』
『気になるんだよ!!』
三十七層。
通路が細く、曲がりくねっていた。
ゲンは先頭を歩き、一切迷わなかった。
ゲン「右だ」
リョウマ「……なぜ分かる」
ゲン「歩いたことがある」
リョウマ「……三十七層を?」
ゲン「ああ」
『歩いたことがあるw』
『さらっと言うな』
『じゃあこの人の最深記録は』
『……三十七層以上ってことになる』
『いや、待て、まだ上に行くぞ』
三十九層。
大型の三体が、同時に襲いかかってきた。
ゲンは、銃を背に回し――腰から、一振りの刀を、抜いた。
リョウマ「……刀?」
ゲン「弾を節約する」
そして、三度、振った。
三体が、崩れた。
ゴウキが、絶句した。
ゴウキ「……今の太刀筋。無駄が、一つもない」
ゲン「歳を取るとな。無駄が、できなくなるんだ」
『刀持ってたw』
『銃と刀を使い分けてるのかよ』
『三十九層の大型を三振り』
『ライガより速くないか』
『いや、速さじゃない 効率が違う』
『「一番少ない動きで倒す」ってやつだ』
『二十年以上潜ってる男の技術』
四十二層。
通路が広い一本道。
その先に、大型が、十体以上。
ゲンは、刀を鞘に納めなかった。
ゲン「……ここは、抜けるぞ」
そして、走った。
三人が、その背を追う。
――ゲンは、止まらなかった。
走りながら、刀を振り、走りながら、次へ移り。
振り向きもせず、道だけを、開けていく。
十体が、後方に、崩れ落ちた。
リョウマ「……はぁ、はぁ……。……あんた、なんで振り向かない」
ゲン「振り向く必要がねえからだ」
ゲン「……当たったかどうかは、手が覚えてる」
『かっこよすぎる』
『台詞が一々渋い』
『四十九のおっさんがやることか』
『やってるんだよなあ』
四十五層。
空気が、変わっていた。
そこに待っていたのは、体長十五メートルの、四足の巨獣だった。
この階層の、主。
カナデ「……大きい。……これは、三人でも」
ゲン「四人だ」
ゲンは、刀を握り直した。
ゲン「……リョウマ。あんたは、脚を狙え。ゴウキは、正面で受けろ。カナデさんは、二人に補助を」
リョウマ「……あんたは?」
ゲン「頭をやる」
リョウマ「……あの高さの頭を、どうやって」
ゲン「見てりゃ分かる」
――そして、戦闘が始まった。
リョウマが脚を斬り、ゴウキが正面を支え、カナデが補助を載せる。
巨獣が、怒りに任せて身体を起こした。
二本足で、立ち上がる。
――その、顎の下。
わずかに晒された、喉の急所へ。
ゲンは、刀を、投げなかった。
代わりに、背から銃を抜き、片手で構え、一発。
十五メートルの巨体が、崩れ落ちた。
静寂。
リョウマ「…………あんた、何者だ」
ゲン「……ただの、じいさんだよ」
リョウマ「じいさんって歳じゃねえだろ」
ゲン「……そうだな。まだ、四十九だ」
『四十九ww』
『若い!!』
『いや、深層専門でその歳って、逆に異常だ』
『二十年以上潜ってこの実力』
『……ライガ超えてないか?』
『いや、比べるもんじゃない』
『でも、比べたら、多分』
――四十七層。
ここで、ゲンの足が止まった。
ゲン「……ここまでだ」
リョウマ「……なぜだ。あんたなら、まだ」
ゲン「……行けるだろうさ」
ゲンは、笑った。
ゲン「……だがな。俺が最後まで行っちまったら、あんたが行く意味がねえだろ」
リョウマ「…………」
ゲン「……あんたは、あの剣を抜いた男だ」
ゲン「……それは、俺には抜けなかった剣だ」
リョウマ「……あんたも、挑戦したのか」
ゲン「十年前にな」
ゲン「……抜けなかった。当たり前だ。俺は、勇者じゃねえからな」
ゲンは、荷物から小さな袋を取り出した。
豆の袋だった。
ゲン「……持っていけ」
リョウマ「……いや、俺は」
ゲン「勝ったら飲め。……負けそうなら、飲む前に思い出せ」
ゲン「……こいつを一緒に飲みたがってる奴が、少なくとも一人はいる」
リョウマ「……誰だ」
ゲン「……知ってるだろ」
リョウマは、しばらくその袋を見た。
そして、懐にしまった。
リョウマ「……ああ。分かった」
――そして、四十八層。
四十九層。
三人だけになった彼らは、静かに進んだ。
道中の敵は、驚くほど少なかった。
いや、いなかったわけではない。
だが、そのほとんどが、既に討伐されていた。
ゴウキ「……誰かが、先に通ったのか」
カナデ「……いえ。……この倒し方は」
カナデが、残骸を調べた。
その断面は――回転する刃で、裂かれたものだった。
『!!』
『チェンソーだ!!』
『先に行ってる!!』
『いつの間に!?』
『誰も見てない!!』
リョウマ「…………はっ」
リョウマが、笑った。
リョウマ「……先に行ってやがるのか、あいつ」
――そして。
四十九層の、最奥。
三人は、そこに辿り着いた。
巨大な、扉があった。
高さは、二十メートル。
黒い石で組まれ、無数の文様が刻まれている。
その扉は、閉ざされていた。
そして。
その扉の前で。
白い人型が。
――座って、眠っていた。
壁に背を預け、両足を投げ出して。
傍らに、チェンソーを置いて。
リョウマ「…………」
ゴウキ「…………」
カナデ「…………」
『……』
『……は?』
『寝てる』
『寝てるぞ!?』
『こんなところで!?』
『いや、扉の前だぞ!?』
『魔王がいるかもしれない扉の前で昼寝すな!!』
リョウマ「……おい」
リョウマが、その肩を、軽く叩いた。
白い人型が、びくり、と震えた。
そして、ゆっくりと、起き上がる。
伸びを、一つ。
――両手を上げて、大きく、伸びをした。
いかにも、よく寝た、という仕草で。
『「よく寝た」じゃないんだよ!!』
『こっちは四十九層まで来るのに七時間かかってるんだぞ!!』
『百二十人が半日戦ったんだぞ!!』
『お前は寝てたのか!!』
リョウマ「……あんた、ここで、何してた」
白い人型は、少し考えてから――
両手を合わせて、頬に当て、首を傾げた。
寝ていた、という仕草。
リョウマ「……いや、それは見れば分かる」
白い人型は、次に、四十九層の通路を指差し。
それから、チェンソーを指差し、振る仕草。
最後に、扉を指差して、腕を組んだ。
『……訳すぞ』
『「道を開けて、扉の前で待ってた」だ』
『先回りしてたのか』
『じゃあ寝てたのは待ち時間だな』
『いや、それでも寝るなよ』
『……あいつらしいけどな』
リョウマ「…………はは」
リョウマが、笑い出した。
リョウマ「……はははは! ……なんだよ、それ」
リョウマ「……こっちは必死で上がってきたってのに」
白い人型は、肩をすくめた。
そして――立ち上がると、チェンソーを拾い上げた。
リョウマの持つ剣を、見る。
次に、リョウマの顔を。
そして、拳を突き出した。
リョウマ「……ああ」
リョウマが、その拳に自分の拳を当てた。
リョウマ「……行こうぜ」
――扉の向こうから、声がした。
『……来たか』
三日前、世界中に流れた、あの声が。
『人の子よ。……そして』
『……白き、異物よ』
白い人型が、チェンソーの回転を上げた。
リョウマが、剣を抜いた。
ゴウキが、盾を構えた。
カナデが、術式を展開した。
――そして、扉が開き始めた。
『……いよいよだ』
『四十九層』
『ここまで来たぞ』
『百二十人が繋いだ道だ』
『あと、寝てた奴が一人』
『そこは触れてやるな』
『[¥100,000] 頼む』
『[¥100,000] 見てるからな』
『[¥50,000] 全部見てる』
『同時視聴者、四百万超えた』
『世界中で見てる』
『行け』
『行ってこい』
扉が、開いた。




