第7話 二人分
「……ここが二十二層。若い連中に言っとくが、真似するなよ。今日のは『こういう世界もある』って話だ」
画面が薄暗い岩窟を映す。
カメラは肩に固定されているらしく、揺れが少ない。
「ゲンさんの若手向け講座、今日は深層の歩き方だ」
『若手向け(二十二層)』
『参考にできる若手いないんよ』
『毎回言ってるけど講座の難易度設定おかしいって』
『三層で解説してくれ』
ゲン「歩幅は普段の七割。音を消すためじゃない。転んだ時にすぐ止まれる幅だ」
『それは参考になる』
『なるけど二十二層の床でやるな』
『BGMが完全に上級者の呼吸音』
画面の端に、白い人型が映り込んだ。
『あ』
『いる』
『来た』
『二十二層まで来るのかよ』
『行動範囲どうなってんだ』
白い人型は、ゲンの斜め後ろを歩いていた。
歩幅は普段の七割。
完全にゲンの歩き方を再現している。
『講座受けてるw』
『真面目な生徒で草』
『前回はモノマネで馬鹿にしてたのに今回は尊敬の真似だ』
『分かるのかよその違い』
『いや分かるだろ、姿勢が違う』
ゲン「角の手前では止まる。深層じゃ、角の先に音のしない奴がいる」
ゲンが角の手前で足を止めた。
白い人型も止まる。
そして、こくこくと頷いた。
『頷いてるww』
『感心してる』
『メモ取りそうな勢い』
『二十二層の歩き方を学ぶピクトグラム』
小型の影が二体、通路の先から現れた。
ゲンの動きは短かった。
抜いて、二度振って、納めた。
二つの影が、時間差で崩れる。
『は?』
『今何した?』
『二回しか振ってないぞ』
『これが若手向け……?』
白い人型が、その場で小さく拍手をしていた。
『拍手してるw』
『音出ない拍手』
『観客と化した』
ゲン「……さて、休憩だ。深層は休む場所を選ぶのも仕事のうちでな。壁に背をつけて、通路の両側が見える場所を――」
ゲンが荷物を下ろして腰掛けた。
その隣、少し空けた岩の上に、白い人型がちょこんと座った。
『隣に座ったww』
『距離感が同僚』
『休憩ご一緒してる』
『ゲンさん、あなたの右に白い後輩がいます』
ゲンが携帯コンロで湯を沸かしながら、手元の端末に目を落とした。
コメントを読んでいる。
ゲン「……白いピクトグラム?」
『読んだ』
『気づいた』
『そう、あなたの右です』
『驚くぞ〜』
ゲン「ああ、噂のあれか。うちにも出たか」
『反応うっす!?』
『驚けよw』
『「ああ、あれか」で流すな』
『二十二層を歩く男は肝の据わり方が違う』
ゲン「深層じゃもっと妙なもんを見る。害がないなら客だ」
ゲンは湯が沸くと、カップを二つ出した。
一つに粉を落とし、湯を注ぐ。
それから、もう一つにも同じことをして、右の岩の上へ置いた。
ゲン「……客ならな」
『二個目!!』
『用意したぞ!!』
『ゲンさん!!!』
『粋すぎるだろ』
『客扱い確定』
白い人型は、置かれたカップをしばらく見下ろしていた。
それから両手で持ち上げ、口のあたりへ運んだ。
カップの中身が、減った。
『飲んだ!?』
『飲めるのかよ!!』
『えっ、飲食できるの』
『初情報だぞこれ』
『口ないのにどこ入った』
『考えるな』
ゲン「ん。減ってるな」
『気づいてるw』
『「ん」じゃないんよ』
『カップが浮いてる映像、ホラーなんだけどゲンさんが平然としてるから何か平和』
白い人型はカップを置くと、ゲンに向かってサムズアップをした。
それから、自分の身体をあちこち探り始めた。
胸。腰。手の先。
何かを取り出そうとするように、何度も手を動かす。
何も出てこない。
『何してる?』
『……あ、これお返し探してるんじゃないか』
『コーヒーのお返しか』
『ポケットないんだよな、お前……』
『何も持ってないもんな』
白い人型は、探る手を止めた。
肩が、目に見えて落ちた。
頭も下がる。
『しょんぼりしてるww』
『露骨に落ち込んだ』
『気にすんなって』
『お前が飲んでくれただけでこっちは満足だよ』
『誰目線だよ』
ゲン「さて、行くか」
ゲンが立ち上がり、カップを片付ける。
白い人型はまだ少しうなだれていたが、やがて顔を上げ、何かを思いついたように、ぽんと手を打った。
『何か閃いた』
『手を打ったぞ』
『嫌な予感しかしない』
『前科があるからな』
歩き出したゲンの前に、白い人型が回り込んだ。
そして、右の分かれ道を指差す。
ゲンには見えない。
ゲンは左へ進もうとした。
白い人型が、ゲンの右肩を、とん、と押した。
ゲン「……ん?」
ゲンが足を止める。
ゲン「今、押されたな。右か?」
『押した!』
『誘導してる』
『物理的に伝えにいったw』
『ゲンさんの適応力よ、「右か?」じゃないんだよ』
ゲン「……コメント欄。白いのは今、何をしてる」
『右の道を指差してます』
『右に行けって言ってます』
ゲン「そうか。なら右だ」
『即断ww』
『信頼が早い』
『コーヒー一杯で築かれた信頼関係』
ゲンが右の道へ進む。
白い人型は先導するように数歩前を歩き、分岐のたびに立ち止まって方向を指した。
右。
直進。
左。
ゲンはコメントを確認しながら、その通りに歩く。
『完全にナビと化してる』
『カーナビ(徒歩)』
『どこ連れてく気だ』
『罠だったら笑う』
『いや、こいつ嫌がらせはしても実害は出さないから』
『チャラ男の件で学んだ』
最後の角を曲がった先。
行き止まりの窪みに、それはあった。
鈍い金の装飾が入った、古い箱。
ゲン「……宝箱か」
『!?』
『マジであった』
『えっ、こんな分かりにくい場所の』
『ナビ有能すぎるだろ』
『どうやって知ったんだよ場所』
ゲン「二十年潜ってるが、この区画で見つけたのは初めてだ」
ゲンが箱を検分し、開ける。
中から出てきたのは、青みがかった金属の塊だった。
ゲン「……ほう。これは、いいもんだ」
『何それ』
『レア素材?』
『ゲンさんの「ほう」は相当だぞ』
『この人が感情出すの年に数回だから』
白い人型は、少し離れた場所に立っていた。
そして、額のあたりを、手の甲でぬぐう仕草をした。
汗などかいていない。
かけない。
『額拭いてるww』
『「一仕事終えたぜ」の顔してる』
『顔ないけどな』
『やりきった感がすごい』
『これがお返しか』
『コーヒー代にしては高すぎるだろ』
ゲン「……なあ、白いの。これはあんたの案内料込みってことでいいのか」
ゲンが、何もない方向へ声をかける。
少しずれた方向だった。
白い人型は自分から移動して、声をかけられた位置に立ち直った。
『自分から声の先に移動したw』
『律儀』
『ゲンさん、方向は違ってたけど気持ちは届いてる』
白い人型はサムズアップをした。
それから、くるりと背を向けて歩き出す。
肩を大きく揺らし、時折指を鳴らす仕草を挟む、その歩き方は――
『……ん?』
『その歩き方』
『チャラ男のやつだwww』
『リュウの歩き方で帰っていくな』
『こないだのモノマネが染み付いてるw』
『気に入ったんかい』
白い姿が、画面の端で消えた。
ゲン「行ったか」
『行きました』
『最後チャラかったです』
ゲン「……そうか。まあ、次も来るなら、コーヒーは二人分持ってくる」
『ゲンさん……』
『泣ける』
『次回から常連確定』
『二十二層の喫茶店』
『あいつ、深層のほうが楽しそうだったな』
『先生と生徒だったからな今日』
『先生はどっちだったんだ?』
『……どっちだった?』




