第64話 ノーム
「……えー、あの、すみません。……道に、迷いました」
画面に映るのは、狭い、岩の裂け目だった。
配信者――サトシは、身体を横にして、それを通り抜けている最中だった。
サトシ「石灰洞型ダンジョン、七層です。……マッピングを間違えて、地図にない横穴に入り込みました」
サトシ「……というか、この横穴、地図に載ってないんですよ。……新規の未探索区画かもしれません」
『やば』
『未探索区画に単独で入るな』
『いや、戻れないんだろ、多分』
『裂け目が狭すぎて、方向転換できてない』
『進むしかないやつだ』
サトシ「……通報はしました。位置は伝えてあります。……ただ、この奥に何があるかは、分かりません」
サトシは、慎重に、進んだ。
十分。
二十分。
そして――裂け目が、終わった。
視界が、開けた。
サトシ「…………え」
そこは、巨大な、空洞だった。
天井は、はるか上。
そこから垂れ下がる無数の鍾乳石が、淡い、青白い光を、放っている。
――そして、その光の下に。
家が、あった。
人の膝ほどの高さしかない、小さな家が。
一軒ではない。
十軒。二十軒。
石を積み、苔を屋根に葺いた、小さな家々が。
空洞の底に、村のように、並んでいた。
サトシ「…………なんですか、これ」
『……』
『……は?』
『家?』
『家だよな、あれ』
『小さいけど、明らかに人工物だ』
『いや、待て』
『そんな報告、聞いたことない』
『ダンジョンに、人工の建造物?』
『しかも、集落規模で?』
サトシが、そっと、近づいた。
そして、その小さな家々の、通りのような場所に。
――何かが、いた。
身長、三十センチほど。
ずんぐりとした体型。
とんがった、布の帽子。
そして、立派な、白い髭。
それが、数体。
サトシを、見上げて、固まっていた。
サトシ「…………」
「…………」
『……いる』
『何かいる』
『小人?』
『……ノームだ』
『は?』
『いや、見た目が完全にそれだろ』
『とんがり帽子に髭に、小さい家』
『おとぎ話のやつじゃん』
『ダンジョンに、そんなもんがいるのか』
小人たちは、しばらく、固まっていた。
そして、一斉に、家の中へ、逃げ込んだ。
――かと思えば、窓や、扉の隙間から、そっと、こちらを窺い始めた。
サトシ「……あの。……こんにちは?」
サトシが、しゃがみ込んで、できるだけ低い姿勢で、言った。
サトシ「……危害を、加えるつもりは、ありません。……道に、迷っただけで」
小人たちは、動かなかった。
だが、逃げも、しなかった。
『すごい』
『これ、大発見じゃないか?』
『ダンジョン内に、知性を持った定住種』
『世界初だぞ』
『協会に連絡は?』
『通報済みだけど、この映像も証拠になる』
『歴史的瞬間に立ち会ってるかもしれん』
――そして。
その、歴史的瞬間に。
当然のように、それは、現れた。
『あ』
『来た』
『来たww』
『そりゃ来るよな』
『こんな面白い場所に出ないわけがない』
白い人型が、裂け目から、するりと出てきた。
そして、空洞を見渡し――
小さな村を見て、しばらく、固まった。
それから、両手を、口があるはずの場所に当てた。
驚いている、姿勢だった。
『あいつも驚いてるw』
『知らなかったのか』
『そりゃそうか、未探索区画だもんな』
『あいつでも知らない場所があるんだな』
サトシ「……え? コメント、『白いピクトグラムが来た』? ……本当ですか」
『来ました』
『あなたの後ろで、村を見て驚いてます』
サトシ「……あ、そうですか。……えっと、じゃあ、一緒に、この状況を」
――と、その時。
白い人型が、村の方へ、一歩、踏み出した。
小人たちに、挨拶をするつもりだったのだろう。
片手を、上げて。
だが。
小人たちは。
――何の、反応も、しなかった。
『……あれ?』
『反応してない』
『え?』
『いや、待て』
『……あ』
『そうか』
『見えないんだ』
『……そうだよ、あいつは、こっち側からしか見えない』
『小人たちにも、見えてない』
白い人型は、上げた手を、そのままに。
しばらく、固まっていた。
そして、ゆっくりと、手を、下ろした。
村の中に、そっと、しゃがみ込んで。
小さな家の、窓を、覗いてみる。
中の小人は、窓のすぐ外にいる白い人型に、まるで、気づかなかった。
白い人型は、その窓の前で、手を振ってみた。
反応、なし。
小さな石を、そっと、動かしてみた。
――石が、ひとりでに動いたことに、小人たちが、慌てた。
だが、動かした「何か」の方は、誰も、見なかった。
『……あー』
『これは、切ないな』
『目の前にいるのに、認識されない』
『……こいつ、いつもこうだったんだよな』
『配信者にも、モンスターにも、見えない』
『でも、今日は、ちょっと違う気がする』
『?』
『いつもは、こっちが見えてるからさ』
『……ああ』
『初めて会った相手と、話したかったんだろうな』
白い人型は、しばらく、村の中で、立ち尽くしていた。
そして――
サトシの方を、振り返った。
じっと、見た。
サトシ「……え? ……なんですか? ……コメント、あの人、何してます?」
『あなたを見てます』
『じっと』
『……あ』
『分かった』
『そういうことか』
『あいつ、あなたに、頼みたいことがあるんだ』
白い人型は、サトシを指差し、次に、村の小人たちを指差した。
そして、両手を、握手のように、組み合わせた。
サトシ「……え。……俺に、あの人たちと、話せ、と?」
白い人型が、頷いた。
サトシ「……いや、でも、俺、言葉が……」
白い人型は、首を横に振り。
そして――どこからか、大きな、白い羽根を、取り出した。
巨大ニワトリの、風切り羽。
それを、サトシに、押し付けた。
サトシ「……え? 羽根? ……これを、どうしろと」
白い人型は、サトシの手の羽根と、小人たちを、交互に、指差した。
そして、両手で、「どうぞ」の仕草。
『……贈り物だ』
『物々交換だ!!』
『言葉が通じないなら、物で伝えればいい』
『発想が完全に交易だ』
『あいつ、外交を始めようとしてる』
サトシ「……贈り物、ですか。……でも、これ、俺のじゃ」
『いいから渡してみろ』
『あいつが渡せないから、代わりに頼んでるんだ』
『使者になれ、サトシくん』
サトシ「…………分かりました」
サトシは、羽根を持って、そっと、村に近づいた。
そして、家々から少し離れた場所に、羽根を、静かに、置いた。
それから、大きく、後ろに下がった。
サトシ「……どうぞ。……贈り物です」
しばらく、何も、起きなかった。
――やがて。
一軒の家の扉が、ゆっくりと、開いた。
一番、髭の長い小人が、出てきた。
用心深く、少しずつ、羽根に、近づく。
そして、その羽根に、触れた。
両手で、抱えた。
――そして。
振り返って、家の方に、何かを、叫んだ。
言葉ではない。
高い、鳥の鳴き声のような、音だった。
――途端に。
村中の家から、小人たちが、飛び出してきた。
羽根の周りに、群がる。
触る。抱える。撫でる。
そして、口々に、あの高い声で、鳴き交わした。
『喜んでるww』
『めちゃくちゃ喜んでる』
『羽根一枚で村が沸いてるw』
『いや、あの大きさの羽根、あいつらにとっては大変な代物だろ』
『布団くらいのサイズだもんな』
『高級素材だ』
サトシ「……喜んで、くれてる、みたいです」
白い人型は、その様子を、少し離れた場所から、見ていた。
そして――拳を、握った。
小さく、ガッツポーズをした。
『喜んでるw』
『自分は認識されてないのに』
『届いたことが嬉しいんだな』
『……なんか、泣きそう』
――そして、そこからは。
交易が、始まった。
白い人型が、次に取り出したのは。
大きな、白い卵だった。
巨大ニワトリの、卵である。
サトシ「……卵!? ……こんなの、どこから」
『家から持ってきてるんだろ』
『五羽いるからな』
『毎日産んでるのか』
『それはそれで気になるが、今は置いておこう』
サトシが、卵を、村の前に、置いた。
小人たちが、また、群がった。
そして、今度は。
小人たちの方から、何かを、運んできた。
小さな、籠だった。
中には――淡く光る、小さな鉱石が、いくつか。
サトシ「……これ、くれるんですか?」
髭の長い小人が、籠を、サトシの足元に置いて。
深々と、頭を下げた。
『交換成立ww』
『物々交換だ!!』
『あっちも、対価を返してきた』
『商習慣がある!!』
『これ、とんでもない発見だぞ』
『知性どころか、文化がある』
『協会が卒倒するレベルの映像だ』
白い人型は、その籠を、覗き込んだ。
そして、こくこくと、頷いた。
満足げに。
――そして、交易は、続いた。
白い人型が、プロテインの袋を、取り出した。
サトシ「……プロテイン!?」
『坊主'zの定期便かw』
『それも交易品にするのかよ』
『貴重な物資だぞ、それ』
『でも栄養価は高いからな』
小人たちは、袋を開けて、中身を、恐る恐る、舐めた。
――そして、また、高い声で、鳴いた。
今度の鳴き方は、明らかに、興奮していた。
『気に入ったww』
『魔王軍幹部に続いて、ノームにも好評』
『あのプロテイン、種族を越えて評価されてるな』
『坊主'z、知らないところで文化交流に貢献してる』
小人たちは、お返しに、今度は。
小さな、木彫りの人形を、持ってきた。
精巧な作りだった。
鹿のような、動物を、模したもの。
サトシ「……すごい。……これ、彫刻ですよ。……技術がある」
『工芸文化まであるのか』
『いよいよ本格的だな』
『学者が見たら泣くぞ』
――そして、最後に。
白い人型は、しばらく、迷うような仕草をしてから。
小さな、袋を、取り出した。
豆の、袋だった。
ゲンから、もらったもの。
『……あ』
『それ』
『ゲンさんの豆じゃないか』
『とっておきだろ、それ』
『いいのか?』
白い人型は、しばらく、その袋を、見ていた。
そして――
こくり、と頷いて、サトシに、差し出した。
サトシ「……これは?」
『コーヒー豆です』
『あいつの、一番の宝物のはずだ』
サトシ「…………本当に、いいんですか」
白い人型が、頷いた。
そして、村の方を、指差した。
サトシは、その豆の袋を、村の前に、置いた。
サトシ「……これ、飲み物になります。……お湯を、かけて」
言葉は、通じない。
だが。
髭の長い小人が、袋を開けて、香りを、嗅いだ。
そして――目を、見開いた。
周りの小人たちを、呼んだ。
全員が、袋を、囲んだ。
そして、しばらくして。
小人たちは、家の一軒に、走り込み――
小さな、鍋のようなものを、運び出してきた。
火を、起こす。
水を、沸かす。
そして、豆を、砕いて。
湯を、注いだ。
『淹れてるww』
『やり方、分かるのか!?』
『いや、多分、香りから推測したんだ』
『賢すぎるだろ』
『あるいは、似た文化が元からあるのかも』
小さなカップに、注がれた、黒い液体。
髭の長い小人が、一口。
――そして。
その小人は、しばらく、動かなかった。
やがて、ゆっくりと、顔を、上げた。
そして、サトシの方を――正確には、サトシの立つ方向を、じっと、見た。
それから、深々と、頭を、下げた。
村中の小人が、それに、続いた。
全員が、頭を下げた。
サトシ「…………」
『……感謝されてる』
『コーヒー、大好評だ』
『種族を越える飲み物だな、あれ』
『魔族もノームも落とす』
『恐るべし、コーヒー』
白い人型は、その光景を、少し離れた場所から、見ていた。
誰にも、認識されないまま。
それでも――両手を、腰に当てて。
胸を、張っていた。
『……いい光景だな』
『届いてるんだよ、ちゃんと』
『見えなくてもな』
――そして。
小人たちは、最後の返礼として。
何かを、運んできた。
それは、小さな、石の板だった。
表面に、文字のようなものが、刻まれている。
サトシ「……これは……文字?」
『文字だ!!』
『文字があるのか!?』
『言語が存在する種族!!』
『これは……本当に、とんでもない発見だぞ』
『協会どころか、学界が引っくり返る』
髭の長い小人が、その石板を、サトシに、差し出した。
そして、村の奥を指差し、それから、サトシを指差し、最後に、両手で「◯」を作った。
サトシ「……えっと。……これは」
『「また来い」だろ』
『通行証みたいなものかもしれん』
『友好の証だ』
サトシ「…………はい。……また、来ます」
サトシは、石板を、両手で、受け取った。
――そして、別れ際。
白い人型が、サトシの肩を、叩いた。
そして、村の小人たちを指差し、それから、自分を指差し、最後に、両手を大きく振った。
サトシ「……え? ……何か、伝えたいことが?」
『……訳すぞ』
『「僕がいたことは、言わなくていい」だ』
『……え』
『いや、待て』
『言えないんだよ、そもそも』
『言葉が通じないんだから』
『……違うだろ』
『?』
『あいつ、「自分がやったことにするな」って言ってるんだ』
『……ああ』
『交易を成立させたのは、サトシくんだ、って』
『功績を、譲る気だ』
サトシ「…………いや」
サトシは、首を、横に振った。
サトシ「……それは、駄目です」
サトシ「……全部、あなたが持ってきたものです。……羽根も、卵も、豆も」
サトシ「……俺は、ただ、置いただけです」
白い人型は、しばらく、動かなかった。
そして――肩を、すくめた。
それから、こちらへ、カメラへ向かって、手を振った。
『「まあ、好きにしろ」ってさ』
『照れてるだけだろ、あれ』
『間違いない』
白い人型は、そして、村の方を、最後に一度、振り返った。
小人たちは、コーヒーを囲んで、賑やかに、鳴き交わしていた。
誰も、白い人型を、見なかった。
白い人型は、その光景を、しばらく、見て。
そして――そっと、片手を、上げた。
誰にも届かない、挨拶を。
それから、裂け目の方へ、歩いていった。
肩を揺らす、いつもの歩き方で。
『……』
『泣ける』
『泣かせにくるなよ』
『でも、あいつ、満足そうだったぞ』
『そうだな』
『届いたことが、全部だったんだろ』
――そして、その日の夜。
サトシの配信は、全世界で、話題になった。
サトシ「……えー。本日の配信、まとめます」
サトシが、石板を持ったまま、カメラに向き直った。
サトシ「……未探索区画で、道に迷いました。……そして」
サトシ「……ダンジョン内に、集落を作って暮らす、知的種族と、接触しました」
サトシ「……物々交換に、成功しました」
『歴史的発見』
『世界初だぞ』
『学会が今頃大騒ぎだ』
『協会、緊急会見開くらしい』
サトシ「……ですが、一つだけ、はっきりさせておきたいことが、あります」
サトシは、まっすぐ、カメラを見た。
サトシ「……交易品を用意したのは、俺じゃありません」
サトシ「……羽根も、卵も、プロテインも、コーヒーも。……全部、あの白い人が、持ってきたものです」
サトシ「……俺は、ただの、使者でした」
『いいこと言うな』
『ちゃんと言った』
『あいつ、譲ろうとしたのにな』
『でも、これでいい』
『記録に残るべきだ』
サトシ「……最後に、一つだけ、思ったことを」
サトシ「……あの人、あの村の人たちからは、見えてませんでした」
サトシ「……それでも、贈り物を、持ってきて、置いていきました」
サトシ「……誰にも、気づかれないまま」
サトシ「……俺、それが、一番、すごいと思いました」
『……』
『……そうだな』
『それが、あいつだ』
『いつもそうだった』
『配信者にも見えない、モンスターにも見えない』
『それでも、来る』
『……なあ』
『ん?』
『次に誰かがあの村に行くとき、豆、持っていってやろうぜ』
『それだ』
『代わりに渡せる人間が、必要だ』
『使者は、いくらでもいる』
『よし、有志を募るぞ』
『こっちの掲示板に、スレを立てよう』
『「ノームの村に届け物をする会」』
『名前が牧歌的すぎるw』
『いいじゃないか』
『それでいい』




